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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
ハイド・アンド・シークin大塔病院

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32/91

File32 覚悟とお尻

「急げ……! もっと早く……!」

「これが限界。無理なものは無理……!」

 

 四つん這いで通気口を進む星崎を、僕は後ろから大声で急かした。

 

 下の廊下ではマネキン達が集結しているらしく、不気味なコキコキという音が増えていく。

 

 ガン……ガツン……!

 

 網目状の蓋が音を立て始めた。

 

 仲間を踏み台にしてマネキンが天井の通気口に侵入しようとしている姿が容易に浮かぶ。

 

 僕は恐怖で形振り構っていられなくなった。

 

 覚悟を決めて星崎のお尻を凝視する。

 

 ゾク……

 

 星崎も僕の殺気を感じ取ったらしい。

 

 虫けらをみるような目で振り向き、何かを言おうと口を開きかけた。

 

 ヤるしかない……

 

 僕は彼女が言葉を発するよりも先に、お尻に手を伸ばした。

 

 ぷにゅ……と柔らかい感触が伝わってきたけれど、心を無にして力を籠め、雄……! 違う……! 押す……!

 

「んにゃぁぁああああ……⁉」

 

 星崎が真っ赤な顔で奇声を上げたが、僕はもう止まらなかった。

 

 力いっぱいお尻を押して、少しでも早く星崎を前に進ませる。

 

「つ、ついに本性を現した……性欲の魔人ムッソリーニ……! 危機に乗じてJKのお尻に触るケダモノ……!」

 

 無視だ……全部無視だ……今はとにかくマネキンが上ってくるより先に逃げ道を……

 

 その時前方からヒュウウ……と冷たい風が吹いてきた。

 

 まだ何かを喚き散らしている星崎の後ろから覗き見ると、通気口がT字に枝分かれしているのが見えた。

 

 星崎を左の通路に押し込み、僕は右の通路に入る。

 

 僕らはやっとのことで顔を見ながら話す機会を得たけれど、星崎は赤い顔で目を潤ませながら、噛みつかんばかりの顔でこちらを睨んでいた。

 

「エッチ……変態……ケダモノ……!」

「悪かったって……! それに仕方なかっただろ……⁉ それより……」

 

 僕はT字路にポッカリと空いたもう一つの選択肢に視線を移して息を呑む。

 

 突き当りに設けられた、階下に続く垂直の穴。

 

 どうやらこの通気口はセントラルヒーティングの為に作られた空調のものらしい。

 

 つまり全ての階の通気口は、一階だか地下だかにあるボイラー室に繋がっているということ……

 

「ここを降りれば……あいつらと鉢合わせせずに下の階に行ける……どうする……?」

 

 星崎は頬を膨らませたまま、暗い穴を覗き込んだ。

 

 同時に顔の赤みが消えて、今度は青い顔になる。

 

「ここを行くのが正解……でも……」

「でも……?」

「わたしの運動神経では無理……」

 

 その時通路の奥の暗闇からガラァァァン……という不吉な金属音がした。

 

 入り口が壊された……

 

 またあいつらが来る……

 

「空野一人で行って……わたしはどこかに隠れてやり過ごす。助けを呼んできて欲しい……」

「無理だろそんなの⁉ 見つかるに決まってる……!」

「落ちて死ぬのは確実……二人で捕まるのはもっとダメ。それよりはいい……」

 

 僕はもう一度下へと続く暗闇を睨みつけた。

 

 遠くからはコキコキという音が近づいてくる。

 

「ああああああ……! もう……! わかったよ……!」

 

 僕はお尻と足を突っ張りながら、穴の中に潜り込む。

 

 それを見た星崎は儚げに笑ってつぶやいた。

 

「それでい……」

 

「なにがそれでいいだ……! 全然よくない……! お前も来るんだよ……!」

 

「え?」

 

「僕の肩に乗れ……! 肩車だ……! こう見えても、昔は鍛えてたんだ。足腰と体幹には自信がある。星崎くらいなら支えられる……!」

 

「でも……もし……」

 

「だから……! 《《僕も》》星崎が死んだら嫌なんだよ……!」

 

 その言葉を聞いて星崎は目を丸くした。

 

 どうやら彼女も覚悟を決めたらしい。


 僕の頭にお尻を乗せながら、ゆっくりと肩に太ももをかける。

 

『わあああああああああああ……‼‼‼‼‼』

『わあああああああああああ……‼‼‼‼‼』

 

 声には出さなかったけれど、多分頭の中では同じ言葉を叫んでいたと思う。

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