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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
ハイド・アンド・シークin大塔病院

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25/91

File25 手形と案内図

 左上に大きく『1F』と書かれた埃まみれの案内図を見つめながら、僕らは嫌な予感に言葉を失っていた。

 

 病院全体を立体的に描き、断面図のように書かれた院内案内。

 

 自分達のいるフロアの上下に書かれた別の断面図。

 

 それは上階の存在とは別に地下が存在することを示していた。

 

 たいてい地下には……

 

 そう考えて、ぶる……と震えた肩を誤魔化すように、僕は鼻を啜った。

 

 地下室の事は今は考えないでいよう……

 

 何か他に手掛かりになるものは……?

 

 そう思い直して案内図を凝視すると、なぜか埃の薄い箇所が数カ所ある。

 

 どうやら星崎もそれに気が付いたようで、僕らはその箇所を順に凝視した。

 

 最上階に位置する六階に一箇所、三階に一箇所、そして地下室に一箇所……

 

 それは明らかに人の手で埃を拭った跡だった。

 

 その手形をなぞるように手をかざしながら、星崎は順に件の部屋を読み上げていく。

 

「一番上は院長室……三階はナースセンター……地下室は……」

 

 ゾクゾクと肌が粟立った。

 

 霊安室……その言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 

 しかし星崎の口から出たのは意外な言葉だった。

 

「放射線治療室……」

「え……?」

 

 思わず声が出た僕を、星崎はにやりと笑って一瞥する。

 

「放射線治療室と言った。もしかして霊安室を想像していた?」

「びょ、病院の地下の心霊スポットといえば霊安室だろ……⁉ 普通な思考回路だ」

「別に異常とは言っていない。ビビりとも言ってない」

「はあ⁉ ビビるとか話題に上ってないだろ?」

「ふ……内緒にするから安心してほしい……」

 

 思い切り地団太を踏みたい。というかこいつの憎たらしい顔を踏みつけたい。

 

 そんなことを思いながら歯噛みしていると、彼女の顔がすぅ……と真顔に戻って無機質な声で言った。

 

「それで……どこから行く?」

 

 僕は答えに窮した。

 

 本当は地下から一番離れた最上階の院長室に行きたい。

 

 だけどそれだと本当にビビっているように思われても仕方がない。

 

 それに最後に地下室に行くなんていうのは、映画では確実にヤバいパターンだ……

 

 なら、死亡フラグを折るためにも……

 

「地下から行こう……一番近いし……」

 

 星崎は少しだけ目を大きくしてから、何も言わずに小さく頷いた。

 

 再び僕の手首を握った彼女の手は、僅かに震えているような気がした。

 

「なんだ……お前も怖いんじゃんか……」

「も、ということは、空野《《も》》怖いという意味。素直に認められて偉い」

「お前ってほんとにムカつくな……」

 

 呆れ顔でそう言った僕を見て、星崎が小さく微笑んだ気がした。

 

 なぜか僕は、その顔を見てドキリとした。

 

 そのことは絶対に悟られたくないし、多分バレていない。

 

 異常な状況が生んだ吊り橋効果。それだけ。

 

 心臓の鼓動がバレないように細く息をしていると、星崎はいつもの何を考えているか判断しづらい表情に戻って、ぼそ……とつぶやくように、独り言のように言った。

 

「わたしは……すごく怖い」

 

 その言葉は、一僕の血を一瞬で凍えさせるのに、十分な力を秘めていた。

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