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File14 どぶの臭いとランチの匂い

 半地下のどぶ臭い食堂は、すでに多くの生徒で賑わっていた。

 

 なにゆえこんな衛生的に問題のありそうな場所に食堂を作ったのだろうと僕は思う。

 

 しかし食べ盛りの高校生にとってそんなことは些末なことらしい。

 

 小林は目ざとく隅の方に出来た空白を見つけると、星崎の手を引いてずんずん人混みを掻き分けていく。

 

 四人掛けの丸テーブルを陣取ると、こちらが恥ずかしくなるくらい大きな声で小林は叫んだ。

 

「空野ー! 席とったどー!」

 

 勘弁してほしい……

 

 僕は小さく手で合図を返してから、人の群れにぶつからないようにそちらに向かった。

 

 席に着くと星崎は手作り弁当の包みを開いて、ランチョンマット代わりにしてすでに準備万端で待っている。

 

「空野も学食? 私も金曜は絶対学食!」

 

 小林が金曜の日替わりメニューを指さしてうっとりと言う。

 

 見るとメニューには『エビフライ&クリームコロッケ定食!』の文字。

 

 確かに他の曜日のメニューと見比べてもお得な気がする。

 

「いや……コンビニとかでテキトーに買うつもりだった……」

 

 その時じっとりとした視線を背後に感じて振り向くと、目を細めた星崎がこちらを睨んでつぶやいた。

 

「空野はいつも菓子パンかコンビニ弁当……コンビニ弁当は国民を洗脳しやすくするために思考力を低下させる化学薬品が使われているとも知らずに……」

「残念ながら成績は上位ですが何か?」 

「ふっ……実におめでたい回答。学力と思考力は別物。そもそも戦後の日本教育はアメリカが仕組んだ愚民化計画の一環。高得点を取るほど奴らの思う壺……」

 

 どうもこいつと話してると調子が狂う……

 

 勝ち誇ったような薄笑みをメガネの奥に覗かせる星崎を見下ろしながら僕は思った。

 

 絶対にこちらが正しいはずだった。

 

 それなのに謎理論を展開されると言い返せなくなる。

 

 僕はこれ以上の舌戦は不利と判断して‘‘戦略的逃走‘‘を選ぶことにした。

 

 星崎を席に残し小林とともに食券の列に並ぶ。

 

 少し迷ってから、僕は月見うどん定食を選んだ。

 

 込み合った食堂の中、やっとのことで席に戻ると、星崎はまた微動だにせず固まっている。

 

 真っ直ぐに見据えた先には窓があり、目線はちょうどアーケード脇の植え込みの高さになっていた。

 

 植木が邪魔して何が見えるわけでもない。

 

 それでもそこを見据えて固まる星崎に、僕は声をかけた。

 

「おい……何見てるんだよ?」

「……」

 

 星崎はやはり微動だにしない。

 

 僕は少しためらってから、星崎の肩に触れて名を呼んだ。

 

「星崎?」

「んはっ……⁉」

「うおっ……⁉」

 

 突然そう言って目を見開いた星崎に驚き、お盆に乗ったうどんが激しく揺れる。

 

「ごめん……寝てた……」

「寝てた⁉ アッツ……!」

 

 こぼれた出汁が手にかかり、僕は慌ててお盆をテーブルに置いた。

 

「もしかしてお前、授業中も……?」

「‼ まさか監視していた……?」

 

 監視とは違う気がする……

 

 かと言って「ずっと見ていた」はまずい気もする……

 

 仕方なく僕が「そうだ……」と言うと、星崎は目を細めて僕を睨んで言った。

 

「エッチ……」

「はあ⁉ なんでそうなるんだよ⁉」

「眠ってる女子を監視するのが空野の趣味……思春期の男子はケダモノ……よってエッチ。すなわち変態」

 

 僕と星崎が睨み合っているといると、日替わりランチを抱えた小林が帰ってきた。

 

「おやおや? 夫婦喧嘩?」

 

「誰が!」

「どこが!」

 

 僕らは同時叫んだ。

 

 小林は珍しく黙りこくってから得心したようにつぶやいた。

 

「あんたたちって、似た者同士?」

 

 僕と星崎はその言葉に心外しつつ、結局一緒のテーブルで黙々と昼食を食べた。

 

 その間中、小林は一人で何かを喋っていたけれど、誰も互いの在り方に干渉する者はいなかった。

 

 思えば誰かと一緒に食事をしたのは、中学を卒業して以来初めてかもしれない。

 

 どぶ臭い食堂に漂うランチの匂いが、なぜか心地よく思えた。

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