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宇宙猫は今日も宇宙(そら)に向かってアンテナを伸ばす  作者: 深川我無@書籍発売中
脳味噌chuchu〝INVASION〟

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102/102

File102 爺と親父

 柳生は最上階の窓から街を見下ろした。

 

 地方都市といえど、そこには星の瞬きを曇らせる煌々とした夜景が広がっている。

 

 光の数以上にある人の営みを思いながら、その中に紛れた愛弟子のこれからを想いながら、柳生は知事室の扉に手をかけた。

 

「久しいな。灰廻(はいまわり)……」

 

「そうですな。隠居されたはずのあたなが今頃何用でしょう? とっくの昔に話はついたじゃありませんか?」

 

 知事の灰廻は落ち着き払った声と態度でそう言った。

 

 その様子が柳生は気に入らない。

 

「吐かせ。参議院のケツを追いかけてた小物のくせに……随分態度がでかくなったじゃねえか?」

 

「それだけ私も背負うものが増えたんですよ。今じゃこの街も行政特区に指定されました。政府の進める計画、それも宮内庁が認可した案件にあなたの出番はなーい!」

 

 勝ち誇ったような、挑発するような顔で灰廻は口走った。

 

 その口が閉じるよりも早く、老兵は床を蹴り竹刀袋を脇に放る。

 

 床を駆けながらも流れるような動作でするり……と腰に刀を差し、灰廻目掛けて居合の構えをとった。

 

「そうだ……これは己の意志よ……馬鹿な大人が決めた愚劣極まる計画を……後世に残さねえためのなぁああ……!」

 

 薄闇に光る白刃が灰廻の眼前に迫り、男の汚い悲鳴が夜の知事室に響き渡る。

 

 しかし血飛沫は吹き荒れない。

 

 虚空を斬った太刀を正眼に構え直す柳生の前には、失禁する灰廻の襟を掴む、一人の男が立っていた。

 

「そうだ……おめえさんだけは子どもたちの手に余る……悪いが爺と一緒にこの舞台から降りてくれや……なぁあああ⁉ 《《星崎》》ぃぃいい…!」

 

 逆袈裟に放った太刀筋を男は逆手で握った黒い刀で受け止め、灰廻を知事室の奥に突き飛ばした。

 

「避難を……」

 

 無機質な声でそれだけ言うと左手を前に伸ばし刀を自身の背後に隠すような構えで柳生に相対する。

 

「まったく以て趣味が悪い……死人に、それも父親に、我が子の未来を奪うような真似をさせるんじゃねえぇえええ……!」

 

 激しい斬り合いだった。

 

 机が壁がそして肉が、二人の刃で切り刻まれていく。

 

 暗い知事室の床は、いつしか両者の血にまみれていた。

 

 月明かりがそれを黒く見せる。

 

 闇に生きる者の血にふさわしい漆黒に変える。

 

 しかし戦いの均衡は失われつつあった。

 

 黒ずくめの男は、斬られても斬られても、呼吸ひとつ乱さない。

 

 それに引き換え老兵は血を失うたびに、残り僅かな命さえ失くしていく。

 

 霞む視界に黒塗りの刃が見えた。

 

 それと同時に弟子の姿が敵の姿に重なった。

 

 いつか自分を超すと信じた愛弟子の姿が。

 

「見事だ……悠太……」

 

 深々と刃が柳生の脇腹に食い込んだ。

 

 その瞬間、老兵は刮目しその刃を敵の腕ごと羽織の裾に巻き込んでしまう。

 

「端から生きて帰る気はねえ……だが生きて帰すつもりもねえ……最後の花道、俺と一緒に散ってくれや……?」

 

 老兵は男を巻き込んだまま窓ガラスを突き破って夜の空に飛び出した。

 

 この男と再会するのは、あの子には酷過ぎる……

 

 バカ弟子の手にもあり余る……

 

 まっこと数奇な運命(さだめ)よな……

 

 まさかこの男の御令嬢にバカ弟子が惚れるとは……

 

「柳生先生……」

 

 落下の風切り音に紛れて微かな声がした。

 

 柳生が声の主を見やると、マスクの下、濁った眼に何かが光った。

 

「娘を……ありがとうございました……」

 

 消え入るような声だった。

 

 死してなお、完全には自我を失っていなかった男の最後の言葉に柳生はにやりと口元を歪める。

 

 同時に激しい衝撃が全身を襲った。

 

 意識の消える間際、見上げた夜空には満天の星が瞬いていた。

 

 

 柳生敏光、八十八年の人生に幕が下りた瞬間だった。

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