表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしたちの日常  作者: 悠々
帳が下りる
1/1

ep.1




 黄昏時の学校では僕の足音だけが階段にこだましていた。踊り場で時折姿を現す窓からは、夕焼けとも言えない、紺を被った空が顔を覗かせていた。

 静まり返った学校で、僕は一段また一段と階段を登っていった。こんな暗い夜であっても愛おしく、又は居心地が良く思える理由が今の僕にはあった。

 僕は屋上と四階との踊り場で足を止めた。

 そこには、窓と扉があった。扉は東に、窓は西にと向かい合う形になっている。

 扉は深く温かい色の木で造られ、上部の弧の部分には、くすんだステンドグラスがはめ込まれていた。窓は外を映しているのがまるで嘘のように、青く儚げに澄んだ色をしている。

 僕は扉の取手に手を掛け、重力に逆らわずにそのままカチャン、と降ろした。それをきっかけに、扉の奥で歯車が動くような音がする。僕はその音の様子に耳を澄ませ、取手に手を掛けたままじっと立ちつくした。

 ふと、歯車の音が止まった。『準備が整った』という合図だ。

 その一連の流れに沿って、吸い込まれるように僕の手が扉を押し開ける。

 カチ、という音がして扉が開く。

 そこには教室一つ程度の空間が広がっていた。一言で表すなら、放送室だ。カウンターに機材やらマイクやら、ペンケースやらが置かれている。カーテンが半開きになった窓からは儚げな光が差し込んでいた。


「やっほー」


 雑多に置かれたそれらの中から顔を覗かせたのは、僕と同年代ぐらいに見える恐らく少女だ。彼女の名は時雨(しぐれ)。彼女曰く、『私は此処に住んでるんだよー』だそうだ。僕は彼女からこの階段の踊り場の部屋への入り方を教わり、よく此処を訪れている。


「今日は早かったね。どうしたの?」


 彼女は体育座りで椅子に座ったまま僕の方に体を向けた。


「昨日も今日も、いつも通りに来たと思うけど」


 僕は彼女の質問を疑問に思いながら答える。


「あれ?そうだっけ?」


 また彼女は僕に質問で返した。


「うん」


 時雨はどうしたのだろう?と思いながら僕は答える。


「そっか」


 彼女は納得したような声を出した。

 彼女はキャスター付きの椅子に座ったまま、足を使い器用にカウンター前まで移動した。

 カウンターに乗っていたケーキの箱を開け、チョコレートケーキを取り出し彼女はそれを食べ始める。彼女は本当に美味しそうに物を食べる。口いっぱいに食べるので、まるでリスのようだと何度も思う。

 僕は入り口近くの椅子に腰を下ろした。居心地の良い位置を見つけ、そこに体を落ち着かせる。僕は思いついた事をふと彼女に聞いた。


「時雨、今日何か変じゃない?」


「へ?」


 彼女はケーキを口に頬張ったまま、こちらに焦ったような顔を向けた。


「はんへ?」


 彼女はケーキを飲み込まないまま、もごもごと喋る。


「ケーキ、ちゃんと飲み込んでからで良いよ?」


 僕は慌てて彼女に言った。彼女はむぐむぐと口を動かし、ケーキを飲み込む。


「何で」


 唐突に彼女は言った。そのどこか緊迫したような彼女の雰囲気に押される。


「だって、窓が明るくない?なんか薄いって言うか……」


「……ああ、そういう事!そうかな?昨日もこんな感じじゃなかった?」


 一拍置いてから彼女は安堵したように言った。


「時雨、僕が何の事言ってると思ってたの?」


 焦っていた彼女が可笑しくて、僕は少し笑いながら聞いた。


 カタン


 不意に、そんな聞き慣れない音がした。


「あ」


 彼女は思い出したように、言い換えれば、何かを悟ったように声を出した。彼女は天井を仰ぎ見る。それにつられて僕も天井へと視線を向けた。

 急に僕の視界が暗くなった。そして、不意に誰かが現れた。時雨に視線を注いでいる。僕の意識は、より一層暗くなっていく視界と共に徐々に遠のいていった。





悠々です。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ