ep.1
黄昏時の学校では僕の足音だけが階段にこだましていた。踊り場で時折姿を現す窓からは、夕焼けとも言えない、紺を被った空が顔を覗かせていた。
静まり返った学校で、僕は一段また一段と階段を登っていった。こんな暗い夜であっても愛おしく、又は居心地が良く思える理由が今の僕にはあった。
僕は屋上と四階との踊り場で足を止めた。
そこには、窓と扉があった。扉は東に、窓は西にと向かい合う形になっている。
扉は深く温かい色の木で造られ、上部の弧の部分には、くすんだステンドグラスがはめ込まれていた。窓は外を映しているのがまるで嘘のように、青く儚げに澄んだ色をしている。
僕は扉の取手に手を掛け、重力に逆らわずにそのままカチャン、と降ろした。それをきっかけに、扉の奥で歯車が動くような音がする。僕はその音の様子に耳を澄ませ、取手に手を掛けたままじっと立ちつくした。
ふと、歯車の音が止まった。『準備が整った』という合図だ。
その一連の流れに沿って、吸い込まれるように僕の手が扉を押し開ける。
カチ、という音がして扉が開く。
そこには教室一つ程度の空間が広がっていた。一言で表すなら、放送室だ。カウンターに機材やらマイクやら、ペンケースやらが置かれている。カーテンが半開きになった窓からは儚げな光が差し込んでいた。
「やっほー」
雑多に置かれたそれらの中から顔を覗かせたのは、僕と同年代ぐらいに見える恐らく少女だ。彼女の名は時雨。彼女曰く、『私は此処に住んでるんだよー』だそうだ。僕は彼女からこの階段の踊り場の部屋への入り方を教わり、よく此処を訪れている。
「今日は早かったね。どうしたの?」
彼女は体育座りで椅子に座ったまま僕の方に体を向けた。
「昨日も今日も、いつも通りに来たと思うけど」
僕は彼女の質問を疑問に思いながら答える。
「あれ?そうだっけ?」
また彼女は僕に質問で返した。
「うん」
時雨はどうしたのだろう?と思いながら僕は答える。
「そっか」
彼女は納得したような声を出した。
彼女はキャスター付きの椅子に座ったまま、足を使い器用にカウンター前まで移動した。
カウンターに乗っていたケーキの箱を開け、チョコレートケーキを取り出し彼女はそれを食べ始める。彼女は本当に美味しそうに物を食べる。口いっぱいに食べるので、まるでリスのようだと何度も思う。
僕は入り口近くの椅子に腰を下ろした。居心地の良い位置を見つけ、そこに体を落ち着かせる。僕は思いついた事をふと彼女に聞いた。
「時雨、今日何か変じゃない?」
「へ?」
彼女はケーキを口に頬張ったまま、こちらに焦ったような顔を向けた。
「はんへ?」
彼女はケーキを飲み込まないまま、もごもごと喋る。
「ケーキ、ちゃんと飲み込んでからで良いよ?」
僕は慌てて彼女に言った。彼女はむぐむぐと口を動かし、ケーキを飲み込む。
「何で」
唐突に彼女は言った。そのどこか緊迫したような彼女の雰囲気に押される。
「だって、窓が明るくない?なんか薄いって言うか……」
「……ああ、そういう事!そうかな?昨日もこんな感じじゃなかった?」
一拍置いてから彼女は安堵したように言った。
「時雨、僕が何の事言ってると思ってたの?」
焦っていた彼女が可笑しくて、僕は少し笑いながら聞いた。
カタン
不意に、そんな聞き慣れない音がした。
「あ」
彼女は思い出したように、言い換えれば、何かを悟ったように声を出した。彼女は天井を仰ぎ見る。それにつられて僕も天井へと視線を向けた。
急に僕の視界が暗くなった。そして、不意に誰かが現れた。時雨に視線を注いでいる。僕の意識は、より一層暗くなっていく視界と共に徐々に遠のいていった。
悠々です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。