083:国軍、その勇猛さを示す。
7階に到達した軍の取った方法は単純だった。見知った魔物、ホブゴブリンとゴブリンを皆殺しにすることだ。階段から下り立った場所から左方向へは1部隊を偵察に出したが、残りの4部隊がまとまって右方向、ホブゴブリンとゴブリンがいると分かっている方向へと進軍する。左方向も適度に見たところで合流で構わないと指示が出されているのはダンジョン内で偵察がそこまで必要ではないと分かっていることと、4部隊がまとまって右へ進む都合上、進路上が大変に狭くなるという事情からだ。
戦闘はホブゴブリンとゴブリンが部屋の中にいると見えた段階で弓手が射かけ、そこから盾と槍で固めた前衛がなだれ込んで終わりだ。ホブゴブリンが2体、ゴブリンが2体。そんなものが抵抗できるような相手ではないのだ。部隊はそのまま通路をひたすすみ、その先の部屋でも同じように通路からホブゴブリン2体が見えた段階で矢を射かけ、そして部屋へとなだれ込んだ。
このダンジョンの特異性が発揮されたのはここからだった。体に矢を受けたホブゴブリンが左右に分かれ、その先の通路へと駆け込んでいく。部屋へ兵士がなだれ込んだ段階で、部屋の中央、斜めに部屋を分断するように床がせり上がり壁を作る。これによって最初に突撃した兵士のうち4人が右側に取り残されてしまった。
「ふむ、そちらはどうだ」
「いやー、完全に分断されましたね。これがあれですか、このダンジョンの罠ってやつですか」
「そうだろう。ここまでが順調すぎたな。部隊の分断を狙った罠、それに引っかかったということだ。で、どうだ?」
「あー、今ホブゴブリンが戻ってきたんで倒しました。この先通路、その先部屋、ですかね。前進します」
「うむ。分かった。ここがいわゆるホブゴブリンのエリアというものだろう。そろそろ上位種が出るかもしれん、注意は怠るなよ」
「了解です。どうせどこかで合流できるでしょう。そこまで進みます」
分断されたのはフロカートの他に3人。全員が前衛で固まってしまっているが、特に問題はないだろう。それよりも合流地点まで他の魔物を掃討しながらこちらも前進しておかなければならない。手こずるようならばそこから支援にも入れるのだ。もう一方、こちらも先が通路、そして部屋だろう。前衛4人が離脱しているがそれでもこちら側の人手は多い。そのまま隊列を組み直すと進軍を再開した。
結局やることは単純だ。弓手がいる側は矢を射かけてから突撃を繰り返すだけでこの程度の脅威度ならば一切気にする必要もなく進める。前衛4人だけになってしまった組も、そのまま通路を埋めるように横一列に並び、盾と槍とで前面を埋めた状態で前進するのだ。向こう側に見えてきた部屋にいた鎧を身にまとったホブゴブリンが叫び声を上げ、そしてその周囲にいたホブゴブリン2体が剣を振りかざしてこちらを威圧する。だがその程度でひるむような兵士たちではないのだ。一応は部隊長として一番立場が上のフロカートの合図に全員が足並みをそろえて前進。ホブゴブリンにひたすら圧力をかけていく。ホブゴブリンの動きに合わせて両翼が立ち位置を調整し、相手を部屋の片隅に追い込んでいったらそのままの態勢を崩さずにひたすら盾と槍とで場所を埋めていく。剣を振り回したところで届かず、たとえどうにか届いたとしても盾は抜けず、結局はそのまま体を槍に貫かれそのままその場所を兵士たちに埋められていく。鎧を身につけたホブゴブリンは抵抗を示してはいたが、できることなど特になかった。鎧で止められる攻撃など一部でしかない。隙間に潜り込んだ穂先が一つ二つと増えていき、そのまま身動きが取れなくなったころには同時に息の根も止まっているのだ。冒険者のようにあの手この手で魔物を手玉に取り撃破していく戦い方とは違うが、これもまた鍛えられた肉体と確かな装備による暴力だ。
その先でもう一部屋分ホブゴブリンとゴブリンが2体ずつ配置されたところがあったが、そこも結局やることは同じだった。大人数がそろっていればより簡単な暴力の使い方になるのだが、人数が少なくてもその暴力にホブゴブリンやゴブリンが耐えられるものではなかった。
結局合流したのはその次の部屋だった。分断の効果は少人数であればかなりの脅威となったのだろうが、この規模の軍相手には意味のないものだった。もう一つ、最初に別動として偵察に出ていたイェレミアスの部隊もコッカトリスやジャイアント・バットのいる場所を掃討して、その次に見つけた扉の先にホブゴブリンエリアを発見、そのままの流れで合流している。
合流を終えたところで進む通路が一つしかなくなり、そこへと入る。何度も曲がり角のある通路を進んだ先で再びホブゴブリン2体とゴブリン1体のいる部屋へ到達。今回も同じように弓手による先制からの突撃で終了。というところで最初の矢に射られて地面に転がっていたゴブリンが口に角笛をあて、それを吹き鳴らした。その直後に剣に貫かれて動かなくなったのだが、その時には今度はその部屋から続く通路の先の方で同じように角笛の鳴る音が聞こえた。
「ほう、どうやら何かあるようだな。ああまた角笛の音だ。よし、この先がこのエリアの難所になりそうだぞ」
その言葉に全員が顔を上げ、そして装備の位置を確認しながら整列する。結局のところやることは変わらないのだ。相手はホブゴブリンにゴブリン。ある程度上位種も混ざってくるのだろうが、それでもしょせんは、だ。
長い通路を進み、途中の分かれ道も放置してそのまま直進すると、やがてその先に広い空間が現れた。これまでの部屋の数倍はありそうな高さ、そして幅。かなりの広さがあった。確か報告にもあった時折現れる広い空間はたいがいそのエリアのボスと言われる魔物がいる場所であるようで、そうなると先ほどの角笛とあわせてここがホブゴブリンとゴブリンのエリアのボス戦の会場だろうと思われた。
その場所も薄暗く遠くにいるのだろう魔物の姿はまだ見えていない。フロカートの部隊を中心に、右にクウレル、左にイェレミアスの部隊が並ぶ。マリウスの部隊とパキの部隊がその後ろだ。正面に盾と槍を並べ空間を埋める。あとは弓手の支援を受けながら前進していくという今までと同じ作戦だ。
魔物が見えていないこともあって前進はゆっくりと慎重に行われる。一歩、二歩と進んだところで風を切る音が聞こえた。
「盾を頭上へ!」
前進を止め、全員が頭上へ盾を構えて上の隙間をなくす。ガガガガッと立て続けにそこへ当たる音と衝撃が伝わってくる。当たったのは矢だった。どうやら相手はこちらと同じ戦術をより遠距離から仕掛けてきたらしい。
さらに正面から何かが地面を蹴るような、強いて言うならば馬のひづめが地面を蹴るような音が響いてくる。と同時に、再び空気を切り裂く矢の飛来音がする。
「前列、盾を正面! 後列、盾を頭上へ!」
何も矢を完全に防ぐ必要はないのだ。兜なり肩当てなり盾なりに当てればそれでいい。それよりも恐らく正面から来るだろう突撃に備える必要があった。バチバチと盾に当たる矢。一部は隙間をすり抜けて落ちてくるがそれは兜に弾かれ肩当てに当たり、さらに抜けた矢が数本鎧に当たって弾かれた。
そして見えてきたのは馬ではなくイヌのようなオオカミのようなハイエナのようなそんな形をした獣に乗ったゴブリンどもだった。手にはジャベリンを持ち、それを肩に担いでいる。数は8騎。迫り来るそいつらはこちらへ近づくとジャベリンを投てき、そのまま左右に流れてまた後方へと駆け戻っていく。投げられたジャベリンはゆるく弧を描きながら迫り前列がそれを盾で防ぐ。再び空気を裂く矢の飛来音。どうやら手を止めるつもりはないらしかった。
「悪くないですね。ゴブリンにしては良くやる」
「そうだな。だがこんなところで立ち止まっているわけにはいかん。アエリウス、指揮を任せる。われわれは右の壁際を全速で突っ込む。おまえたちは次の戻りに合わせろ」
「了解です。次の戻りに合わせ全速前進! 構え!」
その指揮を聞きながらマリウスは部下3人とともにクウレルの部隊のさらに右側へと移動する。見通しの悪いこの部屋の、さらに矢の音、ひづめの音が合わされば彼らの移動の音など紛れてしまう。そうして再び聞こえてきた飛来音を聞きながらマリウスは駆けるようにして前進を開始した。
その脇を今度はひづめの音が駆け抜けていく。だがマリウスの前にはすでにゴブリンどもの本陣が見えていた。弓手が10人。さらに槍と盾を構えたものが10人。その背後、一段高くなった場所に恐らく指揮官だろうゴブリンが見えていた。
「ふむ。悪くはない。われわれと同じことを考えたのだろう。騎兵も用意した辺りは優秀だと言っても良い。だがしょせんはゴブリンだな。体格差、練度、そして装備の質。全てわれわれの方が上だよ」
マリウスがそう言う背後からは戻ってくる騎兵の音、そしてそれに続いて駆けて来る軍の兵士たちのガチャガチャと騒々しい、物々しい、勇ましい音が響いてくるのだ。矢の飛来音が聞こえてくる。全速前進の最中の支援のための矢だ。命中精度など何も考えずただ射るしかないのだが、それでもゴブリンの前列が盾を頭上へと向ける。
完全に横からゴブリンの部隊を見られる場所まで移動したマリウスたちが剣を構え、雄たけびを上げる。
前からは兵士たちの迫る激しい物音、そしてすぐ横からマリウスたちの雄たけび。ゴブリンどもも反応はした。したがそこからどうする。
そのまま突撃を開始したマリウスたちが次々にゴブリンを切り倒していく。戻ってきたばかりの騎兵はこれから追加のジャベリンを受け取ろうというところ、前列はジャベリンの受け渡しの体勢、弓手は次の射かけの準備、横からの攻撃に対応できていなかった。しかもすでに兵士たちが盾と槍とをそろえて構えて突撃してきているのが見えている。早く切り替えないとあれが来てしまうぞ。
指揮官が慌てたように何事かを叫び、前列で盾と槍を持っていた一部が立ち位置を調整しようと動き始める。マリウス側にも壁を作り、止めようというのだろう。それはいい。それはいいのだがしょせんはゴブリンだった。言っただろう、鍛えられた兵士との体格差、練度の差、そして手にする装備の質の差があるのだ。マリウスの振る剣によって槍が両断され、部下が盾ごとゴブリンを蹴り倒し、思い切りたたきつけられた剣によって鎧がひしゃげそのまま地面に転がされる。
ようやく反転した騎兵たちがもう一度突撃を、弓手よ支援をとそこへ一列に並んだ盾と槍が面になって突っ込んできた。盾に押され、槍に貫かれ、切り裂かれ、次々に押されてゴブリンが隊列を崩されそのまま塊にされていく。ゴブリンとゴブリンの間隔が狭くなり、盾も槍も弓も何もかもが動かせなくなっていく。外側から順番に切り崩されていくゴブリンの塊がどんどんと小さくなっていった。苦し紛れに振るわれた槍は簡単に弾かれ、簡単に切り落とされ、頭上に飛んだ矢は目標もなくただ落下するだけで、状況を変えることができない。いつの間にか指揮官のすぐ近くにマリウスが立って見下ろしていた。それにようやく気がついたゴブリンが見上げる。その頭上に今まさにマリウスが剣を振り下ろすところだった。
ゴブリンを最後の一体まで確実に仕留める作業に入った兵士たちに、終わったところでケガの確認や治療などを指示したマリウスは、斥候役としてトラセレルをクウレルから借り、自ら偵察に出た。
ゴブリンの指揮官がいた場所から少し進んだところで宝箱を発見し、中から金貨20枚を入手した。さらにそのすぐ先では左に扉があり、その扉の先は通路になっていてしばらく進んだ先で右に分かれ道、左に扉と続いていく。右の通路の先には鉱石の塊のようなものとそこにへばりつくようにしているラスト・モンスターを発見した。ここで部下が一度引き返してゴブリンが使っていた武器をかき集めてくる。ラスト・モンスターは金属類が大好物で、倒すこと自体は簡単なのだがその時に使った武器は体液で使い物にならなくなるというやっかいな魔物なのだ。そこでゴブリンの使っていた武器だ。これならばいくら傷んだところで困ることなどない。そのままラスト・モンスターに対して使い倒し、撃破すると今回の戦果の一つとして鉱石も回収する。これもまた今回の軍の実績の一つとなるのだから。
そしてここに見つかっていた扉の先に、階段室を発見した。水場があり、下り階段がある。ゴブリンの統率された集団戦という驚きこそあったものの、損害らしい損害もないままどうやら8階に到達することができたようだった。だがこの先の情報は一切ない。冒険者が到達していた8階はここではなく、別のエリアであるらしかった。クオトアという魔物の集団による攻勢に耐えられずに撤退を余儀なくされたというそのエリアは重装備の軍にとっても容易な場所ではなく、今回の別ルートの開拓という選択肢になったのだが、果たしてこの先の展開はどうなるのだろうか。湖があり、その中に浮かぶ島に下り階段らしきものがあるという情報だけは得ている。まずはそこに到達する必要があった。




