041:地下7階4
見たことのない木の実を収穫し終わったら、次は先ほどの通路へ戻り、その先に見つけてあった扉へ進む。
「鍵なし、罠なし、気配あり。オークっぽい? でも何となく変な感じ? 数はたぶん1だよ」
「オークっぽい、か。1なら試しに配置されたやつって可能性もあるが。まあいい、やっていこう」
隊列を組み直し、エディが先頭に立つ。横から手を出してフリアがそっと扉を開ける。部屋の奥には横を向いたオークのような魔物が確かにいたが、様子がおかしかった。
ほうけたような顔が上を向いている。上腕の肉がそげ、骨が一部露出している。脇腹が裂け腸がはみ出している。足のももの肉が裂け赤黒い血のようなものがこぼれ落ちている。
顔がこちらを向く。左目は眼球がないのか空洞だ。鼻から上顎にかけて大きく肉がそげ、歯茎が露出している。その口が開く。フゴーーッといううなり声のような、空気が漏れるような音が響いた。
「ファイアー・ボルト!」
フェリクスとカリーナからほぼ同時に炎の矢が飛ぶ。胸の辺りに命中し大きな炎を吹き上げたが、それを物ともせずにオーガが振り上げた右手には巨大なこん棒が握られている。
エディが盾を構えて肩で押さえるような体勢を取り、受け止めるために前に出る。
ガアンッという盾を打ち据える激しい音。
正面をエディに任せたクリストはオークの左手側へと大きく回り込む。こん棒がある側は剣で切り込むには少々やっかいだった。
オークが再びこん棒を振り上げ盾を目掛けて振り下ろす。エディは手に持っていた斧は放り出して両手を使って盾を支え、打ち下ろされるこん棒に耐え、殴るように上に突き上げてオークの動きをけん制する。
オークの左側面に移動したクリストがその勢いのまま、すでに傷があり血が噴き出している左足を狙って剣を思い切り振り切った。
骨まで絶たれたのか足がそのまま勢いに負けて後ろにずり、とずれる。オークは片足では体重を支えられず、左足側へと崩れるようにして体を落とした。振り上げたこん棒を支えられずにあてどなく腕ごと緩く落ちてくる。エディはその腕を狙って盾を大きく左方向へ払うように振り、正面からこん棒をどかした。
「マジック・ミサイル!」
そのがら空きになって落ちてきたオークの顔面を狙ってフェリクスの魔法の矢が束になって襲いかかり、立て続けに命中すると、オークはそのまま頭を地面へと落とすことになった。
足を失い体重を支えることができなくなった巨体など後はもろいものだ。崩れ落ちたオークの体がドオゥッという大きな音を立てて横倒しになり、もう頭をもたげることも腕を持ち上げることもなかった。
「ふぅ、こんなもんか。よし、大丈夫だな。こいつはオークのゾンビってことでいいのか」
「そうだね、オーク・ゾンビ、かな。今まで人とか動物のゾンビは見たけれど、オークは初めてだね。なるものなんだね」
「ああ。それに普通のオークよりも体力がある感じだったし力も強かった。他のゾンビが混ざるとかこいつも数が増えるとか、そうなってくると面倒だな」
魔石は普通のオークと同じように取ることができた。恐らく新種と思われるこのオーク・ゾンビの魔石はギルドも喜んでくれるだろう。
「ねえ、宝箱があるよ」
部屋の左奥の隅には宝箱があった。どうも最近は部屋の中央奥というパターンからは外してくるようになっていた。
「鍵あり、罠あり、これは見たことがあるやつだから外して、開けるよ」
すでに調べ初めていたフリアが蓋を開けると中からはスクロールが見つかった。
「見せて見せて、うーん? 見たことがない魔法ね」
カリーナがそれを受け取って内容の確認をする。
「これは僕も知らないな。またこのダンジョン特有の、かな」
「そうね、うーん、これ、何となくあのグッドベリー? あれと似た系統に思えるわね。ちょっと調べたいわ」
このダンジョンは正体不明の魔法のスクロールを出すことがあるが、そのうちのグッドベリーに似ているとなるとドルイド系という可能性があった。
「まあ興味はあるっちゃあるんだが。さて、この後はどうするか。地図だとここだな、で、見ていないのはこの先と、あーこれを行くとあの刃が降りてくるところへ続くのか」
「そうだね。それでここが扉で、ここに通路があって。吹き抜けのこっち側の半分見たっていうような広さだね?」
「ああ、今までのペースで行けば残りエリアは2つ分くらいか」
「6階の拠点からここまで結構距離があるのが難点だね」
拠点からは5階へ上がり階段まで移動、そこから6階を大きく移動して7階へという形だ。移動距離がとにかく長くなってきていた。移動が長いということは当然魔物との遭遇の危険性が上がる。今までは移動中の遭遇は少なかったがこれからはわからない。
「よし、今日はここまでだ。戻ろう。戻る距離も長いからな。それで今日は終わりだ。明日はこっち側ってことでいいだろう
戻る途中には案の定遭遇戦が待っていた。
「気配あり。2かな? 位置はあの臭いのがいたとこだよね」
「もう復活してんのか。早いな。仕方がない、倒してさっさと移動するぞ」
部屋から出るために扉に近寄ったフリアが察する。やはり通路上の魔物の数が増えているようだった。
こっち、と右を指さしてからフリアが扉を開け、それを待ってエディが盾を右へ向けた体勢で通路へ出る。
右、確かに小太りのあの臭い魔物がうろうろと所在なさげに動いている。エディは手に持った斧を切る突くではなく殴るようにして振るう。それを頭部に受けた1体が大きくふらついて壁に寄りかかった。
続いて通路に飛び出したクリストがそのままの勢いでこちらに気がついて腕を広げたもう1体に対して、こちらも剣で殴りつける。弱い魔物だ。このまま殴って押し切れるだろう、そういうタイミングで。
「羽音! 何かくるよ!」
気がついたフリアから警告が入る。
「増援か!? 羽音は初だな!」
このエリアで羽ばたいて飛ぶ魔物は吹き抜けで見た大型の1体だけだ。それがこの通路で出ることはあまり考えたくはないことだった。
「見えた、小さい! ピンクのコウモリみたいなの! 3!」
どうやら別種の魔物のようだった。こちらにたどり着くまでに殴りきれると判断し、臭い魔物への対処を優先する。
「マジック・ミサイル!」
通路の向こうから確かにコウモリのような魔物が近づいてくるのが見えたところでフェリクスの魔法が飛ぶ。その魔法の矢を受けたコウモリは1つ、2つと耐えられずに落下したが1つはダメージに耐えてそのまま向かってきた。
「ファイアー・ボルト!」
そこへカリーナの魔法が飛び、今度も正面から直撃を受けたコウモリはそのまま落下することになった。
殴られ続けた臭い魔物も動かなくなり、これで戦闘は終了だ。
「よし、これ以上はないな? ふぅ、まあ弱かったな?」
「弱かったね。普通に1発だ、バットと変わらないよ」
「ピンクで、頭以外に毛がないな。で、口か? トゲのような長い口だな。どれ魔石は、胸の中だな。よし、これもギルドが喜ぶだろう」
臭い魔物は切り開きたくはなかったので放置だ。いつか誰か勇気ある冒険者が魔石を回収するだろう。それまでは名無しの臭い魔物だ。
ここからは6階への階段まで移動だ。途中オークがいる可能性はあるので慎重に前進する。部屋から出たところからは左へ、そのまま真っすぐ。オークのいた部屋を前にして右への分かれ道へ進めば階段だ。
「正面、たぶんオーク。1かな?」
あと少しで階段というところでオークが見え始める。
「通路でうろうろしていたやつだな。吹き抜けに落としても変わらず復活だ」
不幸にも吹き抜けに落とされて恐らくそこの魔物に食われたオークが復活したものと思われた。今回は幸い吹き抜け部分ではないので普通に戦うことになる。
まだ距離が離れているというのに斧を振り上げたオークがそのままドシ、ドシ、と巨体を揺らして駆け出す。今までにはないパターンだった。
「ファイアー・ボルト!」
勢いを落とさせるためにフェリクスがその顔面に向けて魔法を放つ。正面で受け止めることになるのはエディだ。盾と、そして勢いよく突っ込んでくるのならそれに合わせるために斧をオークの腹に向くように構えた。
「ん?」
後方に下がっていたフリアが後ろを気にする。
ドンッという激しい音をさせてエディの斧がオークの腹にめり込むが、それを気にもしないようにオークは手に持った斧を振り下ろし盾へ打ち付けた。
ガアンッという音が通路に響く。
「オーク! 後ろ!」
最初に倒してあった部屋にいたオークが復活したのか、そして部屋から出てこちらに向かってきたのか、後方からの増援という形になっていた。
「ウェブ!」
カリーナが後方の通路上へ進行を阻害するために魔法を設置する。これでオークの足を止められれば良いのだが。
エディはオークの腹に埋まってしまった斧から手を離し、剣を抜いて切りつける。そのオークは任せることにしたクリストが後方へ下がる。
その後方、丁字路の右側からはオークが1体2体と現れる。そのうち最初の1体はウェブの魔法で足を止められるが、もう1体は止まった1体を強引に横に押しやり、乗り越えるようにして通路へと侵入してくる。ウェブの魔法でも足は止まらなかった。
「マジック・ミサイル!」
そこへフェリクスが魔法の矢を放つ。まとめて侵入してきたオークの顔から胸の辺りに命中するが、まだ倒し切れてはいないのか、両手で斧を振り上げた。
振り下ろされる斧にクリストが剣を合わせて横へずらす。ガツンッと音を立てて地面をたたいた斧に沿ってそのまま剣を振り上げる。斧の柄に沿って、つかむ腕に沿って斜めに切り上げられた剣がそのままオークの首の半ばまでを切り裂いた。
と、その時最初にウェブに捕まったオークが拘束を脱したのか一歩を踏みだし、たった今切り裂かれた手前にいたオークの首ごと、横へと思い切り斧を振った。
「うおっ」
剣を振り抜いていたクリストがその斧の直撃を剣を使って交わしながら壁際へと押しやられる。後方から乗り出してきたそのオークは中央に固まっていたフェリクスとカリーナの方へ視線が向いていた。振り抜いていた斧を両手でつかみ直し振ろうとする。
「シールド・オブ・フェイス!」
「ストーン・スキン!」
それぞれが防御魔法を展開する。そしてカリーナが前に出て斧を受け止めにかかると、ゴガンッと激しい音を立てて斧がぶつかる。
「きゃあっ」
ダメージは軽減できても攻撃が受け止められるわけではない。そのまま勢いに負けて転がってしまう。だが追撃はなかった。後方から急所目掛けて突き入れられたクリストの剣が体を貫通している。
剣を抜く動きに合わせるようにオークの体が後ろへと倒れていく。勢いよく剣を抜ききったクリストがそのまま下がると、その前へドオッとオークが崩れ落ちた。
「はあー、ストーン・スキンなんて久しぶりに使ったわね」
「大丈夫か、ダメージは。ふぅ、完全に想定外の動きをするようになったな」
武器を構えて走り出す、自傷をいとわない、部屋を出て移動し後方から攻撃をしかけてくる、仲間を押しのける、傷ついた仲間ごと攻撃に巻き込んでくる。
何もかも今までにはなかった動きだ。増援自体は今までもなかったわけではないが、それにしても今回はオークの戦意を含め、強度が完全に上がっていた。
最初の通路のオークが2体だったら、後方からの増援が3体だったら混戦になる。後衛の危険度が跳ね上がってしまうのだ。今後の戦い方には気をつかう必要があるだろう。
後始末を終えると階段を上がり、6階を引き返す。道中でオークの気配自体はあったものの部屋を出てうろついたり、通路を駆けてきて強襲をしかけてきたりといった動きはなく、戦闘も発生しなかった。今のところ6階は変わっていないようだった。
5階へ上がり、通路を通って6階の拠点へと戻る。
茶を入れ、食事を作り、しっかりとした休憩を取るのだ。
「ねえ、鑑定はしてもいい?」
「うん? ああ、そうか、まあいいんじゃないか。使ったら書き置きはしておいてくれ。ギルドで追加してくれるだろう」
カリーナが発見した魔法のスクロールに対して鑑定のスクロールを使用する。どうしても気になっていたらしい。
「おー、おー? これは、ドルイドクラフト、まさにドルイドの魔法ね。当たりだわ」
「効果はどうなんだ?」
「待ってね、えーと? 大自然の精霊に働きかけ1つの効果を作り出す。24時間以内の天候を予測する、1つの花を咲かせる、1つの種を発芽させる、1つの葉芽を芽吹かせる、葉が落ちたりそよ風が吹いたり小動物の鳴き声がしたりかすかにスカンクの臭いが漂うなどの無害な感覚的な効果を1つ生じさせる、ろうそくやたいまつそして小さなたき火の火を1つ付けるか消す。すごい、といえばすごいけれど、どうなの? でもすごいわね」
「何だ、スカンクの臭いって」
「すごいようなそうでもないような、でも要するに自然現象と関係した何か小さなことが1つ起きるっていうことのようだね」
「やっぱりドルイドは自然と関わるクラスのようね。これは仕組みが知りたいわ」
1階からすでにドルイド関連のものは出てきていた。10階の先にはさらに直接ドルイドを学べるものがあるかもしれないのだ。カリーナは強く興味を引かれていた。




