2.魔王VSスライム
アークトゥルスは必死に剣を振るい続けたが、スライムはピョンピョンと跳ねるだけでまったくダメージを受ける様子がない。むしろ、剣がスライムに当たるたびに手に伝わるブヨンとした感触が、彼の自信を徐々に崩していく。
「くっ…なんだこの感触は!?俺の剣が通じないだと?まさか、これが冒険者の厳しさなのか…?」
アークトゥルスは魔王として数々の強敵を倒してきたが、こんなにも無力感を味わったのは初めてだった。スライム相手にこんな苦戦をするなんて、誰にも知られてはいけない。
「ま、まずは落ち着け…落ち着くんだアークトゥルス!いや、今はナツキだ!そう、ただの冒険者ナツキだ!」
そう自分に言い聞かせ、再び剣を振るが、またしてもスライムはぷよぷよと反発するだけ。
「…これはもう、別の手段しかないな…」
魔法を使いたい!けど…!
心の中で魔法を使う誘惑が沸き起こる。彼が魔法を使えば、スライムなんて一瞬で消し飛ぶだろう。しかし、それをしたらただの冒険者でいられない。確実に魔王としての正体が露見する。
「くっ…スライム相手にここまで追い詰められるとは…!」
魔王のプライドが揺らぎながらも、アークトゥルスは拳を握りしめた。
「だが、これも試練だ…俺は、いや、ナツキは冒険者としての道を歩むんだ…!ここで魔法に頼るわけにはいかない!」
拳を振り上げ、力を込めてスライムに殴りかかる。だが、スライムはぷよんと跳ね返り、まるで攻撃が効いていない。
「うおっ!?なんだと!!拳も効かないのか…!」
彼はスライムから大きく後退しながら、心の中で冷や汗をかいた。剣もダメ、拳もダメ…次はどうすればいいのか?
「これはもう魔法を…いや、待て、我慢だ…俺は絶対に冒険者としてこの試練を乗り越える…!」
だが、スライムが再び彼にじわじわと迫り、ぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる。
「なんと、恐ろしい存在だ!やっぱり魔法しかないのか…いや、それじゃ意味がない…!でも、どうすれば…!」
アークトゥルスが困惑しているその時――
突然、背後から軽い音が聞こえた。小石がスライムに向かって投げられ、それがスライムに直撃すると、スライムはぷよんと跳ねて、シュッと音を立てて消えていった。
「えっ!?スライムって…小石で倒せるのか!?」
アークトゥルスが驚いて振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。彼女はにっこりと笑いながら、さらっと言った。
「スライムって物理攻撃が効かないから、一点の強い衝撃で倒すんだよ。知らなかったの?」
アークトゥルスは唖然とした。あれほど苦労して倒せなかったスライムが、小石一つであっさりと消えてしまったのだ。
「……なんだって?」
「うん、スライムはね、柔らかいから剣とか拳じゃ意味がないの。でも、硬いものを当てると一瞬で溶けちゃうんだ。まぁ、初めてなら知らなくても仕方ないけどね!」
少女は軽く肩をすくめながら、無邪気に笑う。アークトゥルスはしばらく言葉を失い、その場に立ち尽くした。彼が壮絶な戦いを繰り広げていたと思っていたスライムとの戦いが、実はあまりにもあっけなかったのだ。
「クエストって…こういうものなのか?」
アークトゥルスはその場でぼう然とした。自分が壮絶な戦いを繰り広げたと思い込んでいたのに、現実はたった一つの小石で解決するものだったとは。彼の中で、「魔王としての戦闘力とは一体何だったのか」という大きな疑問が湧き上がってくる。
「ま、まあ…とにかくクエストは成功だ。俺の初クエスト、無事達成だ!」
何とか自分を納得させるように言い聞かせ、少女に向かってお礼を言おうとするが、すでに彼女は立ち去っていた。
「え、いない…?さっきの小石の天才はどこに…?」
辺りを見回しても、少女の姿はない。彼女の謎の助けに感謝しつつも、アークトゥルスは胸に抱く微妙な敗北感をどうしても拭いきれなかった。
「まぁ…いいさ!俺はただの冒険者、ナツキだ!スライムだって、小石で倒せるって学んだんだから、次のクエストではもっと上手くやるさ!」
こうして、なんとか前向きに考えることに決めた彼は、ギルドに戻って報告をすることにした。
冒険者ギルドの扉を開けると、アークトゥルスは意気揚々とカウンターへ向かった。さっきのスライム討伐があっさり終わってしまったことを引きずりつつも、報告はしなければならない。
「スライム討伐…終わりました!」
そう宣言すると、受付嬢は驚いた表情で彼を見た。
「えっ、もうですか?ナツキさん、あのスライムの群れを倒したんですか?」
「群れ…??あ、ああ、もちろんだ!全て、俺が倒したぞ!」
アークトゥルスは焦って、慌てて補足を加える。確かにスライムは1匹だったが、ギルドの説明によれば群れを成しているはずだった。今さら「1匹だけ倒しました」なんて言えるわけがない。
「す、すごいですね!スライムの群れは新人冒険者にはかなり手強い相手だったはずですが、ナツキさん、あっという間に討伐されるなんて…」
受付嬢は感嘆の声を上げながら、彼の報告を記録に残した。
「いやいや、そんな…簡単なことだよ、ははは…ははは…」
内心、心臓がバクバクしながらも、アークトゥルスは平然を装った。まさか小石一つで片付いたとは言えないし、そんなことを言えば「魔王」としての威厳が台無しだ。
「それでは、これが討伐報酬です。どうぞ!」
アークトゥルスは手渡された袋の中にゴールドコインが数枚入っているのを確認し、心の中でほくそ笑んだ。
「これが…冒険者としての初報酬か!なかなかいいじゃないかー!」
彼は、味わったことのない大きな達成感に包まれながら、その日のクエストを終えた。スライム一匹しか倒していないが、冒険者としての最初の一歩を確かに踏み出したのだ。