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いろいろトッピングの焼きたてピザ

 夕暮れ時にフレデリカが鍋を磨いていると、四人の来客があった。


 扉が開くなり、賑やかな声が飛び込んでくる。


「あー、お腹空いた!」


「ヒルダは食いしん坊だなぁ。さっきお菓子を食べたばかりじゃないか」


「お兄ちゃんが横取りするから全然足りなかったの!」


 兄妹喧嘩をする子供達の背後には、(うつろ)な目をした両親が(たたず)んでいる。


「こんばんは」


 フレデリカの声かけに、女の子が元気よく挨拶を返す。


「こんばんは! あれ? ここどこ? さっきまで車に乗ってたはずなのに」


「ホントだ。いつの間に降りたんだろう」


 兄の方は、キョロキョロと店内を見回している。


「ここは、天上へと繋がる場所の一つです。つい先ほど、皆さんは車ごと崖から転落して海へ落ちました。そしてそのまま……」


 フレデリカの言葉を、母親が途中で遮る。


「あの……もう一人、マリーという娘が一緒にいたはずなんですけど……」


「マリーさんは一命を取り留めたようです」


「そんな……!」


 両手で顔を覆って泣き出した母親の肩を、父親が震える手で抱き寄せる。


「これも神の(おぼ)()しだ」


「でも! あの子はまだ六歳なのよ? たった一人で残されて、これから一体どうやって生きていくっていうの?」


 父親の表情が苦悶に歪む。

 母親は涙声で感情を吐露し続けた。


「だから言ったのよ! もっと確実な方法にしましょうって! 先に子供達を天国へ送ってから後を追えば、こんなことにはならなかった!」


 両親を見る兄の表情が、みるみる(かげ)っていく。


「俺達……死んじゃったの?」


 息子から尋ねられた両親は、目を伏せて口を閉ざす。


「嘘だろ……?」


 愕然とした表情になる兄を、妹のヒルダはキョトンとした顔で見上げている。


 フレデリカの把握している彼らの死因は、事故による溺死だ。

 だが両親の話から察するに、単なる事故ではなく無理心中だったようだ。


「さっき、『先に子供達を天国へ送ってから後を追えば』って言ってたけど、どういうこと?」


「……借金が膨らんで、もうどうしようもなくなってしまったんだ。父さんと母さんにかけられた保険金で借金を返済するよう迫られて……最初は自分達だけで死ぬつもりだった。でも、残されたお前達がどうなってしまうのかと思うと心配で……置いていくわけにはいかなかったんだ」


 苦しそうに言葉を吐き出す父親の隣で、母親が嗚咽する。


「だからって勝手に殺すなよ!」


「ごめんなさい、クラウス……」


「ふざけんな!」


 クラウスと呼ばれた少年が、両親に向かって怒鳴りつける。

 妹のヒルダは、大きな声で泣き出した。


「私たち死んじゃったの? マリーだけ生きてるの? もう二度と会えないの?」


 ヒルダの悲痛な叫び声に、母親が泣き崩れる。



 どうしよう。カオスだわ。



 フレデリカは冷静を装いつつ、内心は困り果てていた。


 そこへ、暖かな光がシャワーのように降り注ぎ、天使のマチルダが姿を現す。


「あらまぁ、ずいぶんと嫌なオーラが充満してるわね」


 そう言ってマチルダは、父親の額に指先を当てて記憶を読み取る。


「ふーん、ずいぶんと身勝手な理由で子供達の未来を奪ったのね」


「仕方なかったんだ! 借金は、私と妻の保険金を合わせても支払い切れないほどの額になっていたから……残された子供達が代わりに背負わされるんじゃないかと思うと……」


「で、道連れにしようとしたと。言っておくけど、無理心中って殺人よ? あなたは、自らの手で子供達の命を奪ったの。それを『仕方なかった』ですって?」


 マチルダの体から、怒りに満ちた光が放たれる。

 バンッと凄まじい音を立てて、天窓のガラスが割れた。


「他人を巻き添えにしておきながら、自分の行為を正当化する。私が一番嫌いな人間の姿だわ。恥を知りなさい」


 フレデリカは、小さくため息を()きながら手をかざし、天窓のガラスを修復した。


「マチルダ、もうやめて。あなたが怒る気持ちもよく分かるけれど、今となってはもう、どうしようもないことでしょう? だからお願い、今は怒りを飲み込んで、最後の一皿を作る手伝いをしてくれない?」


 フレデリカに言われて、マチルダは眉間の(しわ)をゆるめた。


「いいわよ、手伝ってあげる。ただし、両親の希望は聞かないわ。そこにいる二人の子供達が食べたいものしか作らない。それでいいなら協力する」



 ここで揉めても仕方がない。

 とりあえずは、子供達二人の魂を先に天上へ送り出してしまおう。



 そう考えたフレデリカは

「それでいいわ」

 とマチルダの出した条件を了承する。それから、クラウスとヒルダに向かって問いかけた。

「お二人が最後の一皿として食べたいものを、それぞれ一つずつ教えて下さい」


 ヒルダは目を輝かせて

「私はピザが食べたい! ママが生地(きじ)から作ってくれる、あのふわふわしたピザがいい!」

 と答える。


 だが、クラウスは拳を固く握りしめて(うつむ)くばかりだ。


「お兄ちゃんは?」


 無邪気に尋ねるヒルダを、クラウスが悲しそうな目で見つめる。


「ねぇ、お兄ちゃんってば! 早く言いなよ!」


 ヒルダに()かされて、クラウスはようやく口を開いた。


「俺も、ピザにする」


 クラウスからも返事を聞かせてもらえて、フレデリカはホッと息を吐く。


 レシピを確認しようと母親の方へ目を向けると、彼女は夫に体を支えられながら放心状態になっており、とてもじゃないが会話など出来そうもない。


 仕方なく、フレデリカは記憶を読み取らせてもらうことにした。


「失礼します」


 両親の方へと歩み寄り、指先で母親の額に触れる。

 記憶の中から手作りピザのレシピを探ると、沢山の思い出が溢れるように流れ込んできた。


 子供達と一緒に生地をこねたり、具材は何にしようかと相談したり。

 みんなで楽しそうにトッピングをする姿や、焼き上がったピザを目の前にした時の、嬉しそうな子供達の表情。


 いくつもの場面が、浮かんでは消えていく。


 それらの記憶は喜びに満ち溢れていて、フレデリカは胸が締めつけられるような気持ちになる。


 深呼吸を一つして沈んだ気持ちを奮い立たせると、フレデリカは母親の元を離れた。

 それからカウンターテーブルの向こう側へ行き、作業台の上に必要な材料を出現させていく。


 アンチョビ、オリーブ、ドライトマト。

 ルッコラ、コーン、サラミ、チーズ、トマトソース、などなど。


 野菜や塩気のある具材だけでなく、果物や甘いものも用意する。


 バナナにベリーにチョコチップ。

 それからアイスクリームやホイップクリームも。


 その間に、マチルダはクラウスとヒルダをカウンター席に座らせて、オレンジジュースの入ったグラスを差し出した。


「これを飲みながら待ってなさい」


 二人は素直に頷いてストローに口をつける。


 フレデリカは、マチルダと分担して作業へ取りかかることにした。


 マチルダが材料を一口サイズにカットしたり千切(ちぎ)ったりしている間に、フレデリカはピザ生地を作り始める。


  ボウルに強力粉、塩、砂糖、ドライイーストを入れ、ぬるま湯を少しずつ加えながら混ぜていく。

 オリーブオイルを加えてさらに混ぜ、生地がなめらかになるまで()ねたら、二つに分けて丸める。

 そのあとは、生地が乾燥しないように濡れ布巾をかけ、常温でしばらく休ませておく。


 作業が一段落したフレデリカは、マチルダに声をかけた。


「手が空いたから、そっちを手伝うわ」


「あら、もうピザの生地を作り終えたの?」


「ほとんど終わりよ。あとは生地を伸ばすだけ。ぬるま湯を使ったから、発酵時間が短くて済むの」


 話しながら、切り分けた具材を小皿に移し、カウンターの上に並べていく。


 ヒルダがベリーをつまみ食いしようと手を伸ばし、それに気付いたクラウスが止める。


「まだ食べちゃダメだろ」


「少しくらい良いじゃない」


「ダメ!」


「意地悪!」


 二人のやり取りを微笑ましく感じながら、フレデリカはピザの生地を伸ばし始めた。

 円形に薄く広げてから、(ふち)の部分だけ土手のように少し盛り上げる。

 薄く伸ばした部分にフォークで穴を開け、焼く時に空気が抜けるようにしておく。


「さあ、ピザ生地が出来ましたよ。お好きなトッピングを載せていって下さい」


 それぞれの目の前に一枚ずつ、大皿に載せたピザの生地を置く。


 ヒルダは待ってましたと言わんばかりの勢いで、チョコチップ、バナナ、ベリーの順にトッピングしていき、最後にほんの少しだけチーズものせた。


「ヒルダさんはデザートピザにしたんですね。クラウスさんも、お好きな具材をどうぞ」


 横目でヒルダのピザを見ているだけだったクラウスも、ピザ生地にトッピングし始めた。


 トマトソースを薄く塗り、右半分にはアンチョビとオリーブとドライトマト、左半分にはサラミやコーン、チーズをのせて、最後にルッコラを散らす。


 それを見ていたヒルダが

「二種類も作るなんて、ずるい!」

 と非難の声を上げる。


「うるさいなぁ、少し分けてやるよ。その代わり、ヒルダのも食べさせろよ」


 クラウスが笑いながら言うと、ヒルダは機嫌を直してニッコリした。


 ピザを焼いている間、マチルダが兄妹の話し相手をしてくれたので、フレデリカは床に座り込んでいる両親に温かい紅茶を持って行った。


「少しは落ち着きましたか?」


 フレデリカの声かけに、母親が顔を上げて(すが)りついてくる。


「あのっ、マリーのところへ連れて行ってもらえませんか? あの子が今どんな状態で、これからどうなってしまうのか知りたいんです」


「連れて行くことは可能ですが……あまりお勧めはしません。マリーさんがどれほど辛く苦しい状況に置かれていたとしても、何もしてあげられないからです。言葉を交わすことも、触れることも出来ませんし、目に映ることさえありません」


 フレデリカは、なんとか思いとどまらせたくて説得を続けた。


「それに……この世に強い未練を感じて地上に(とど)まることを選んだ場合、あなた方は浮遊霊となってしまいます。そうなるともう、(みずか)らの意志で天上へ向かうことは不可能になります」


「それでも……それでも構いません。どうか、あの子のところへ連れて行って下さい!」


 懇願する母親の隣で、父親も頭を下げる。


「どうか、お願いします。私達二人をマリーのところへ行かせて下さい」


 フレデリカが困り果てていると、マチルダが会話に割り込んできた。


「いいじゃない、行かせてあげなさいよ。浮遊霊にでもなって、自分達の無力さを思い知るといいわ。身勝手な判断で子供二人の命を奪ったんだもの。愚かな罪人にはお似合いの罰だと思うけど?」


 母親の目から、再び涙がこぼれ落ちる。

 それを見たヒルダは、急いで母親に駆け寄った。


「泣かないで、ママ」


 母親に抱きつきながら、ヒルダはマチルダに怒りの目を向ける。


「ママをいじめないで!」


「いじめてなんかいないわ。犯した罪の重さを、分からせてあげようとしただけよ」


「あなたなんか大嫌い! いなくなっちゃえ!」


「あらそう。それじゃ、私は消えるわね。さようなら」


 そう言って、マチルダは地下へと向かう階段を降りて行き、バタンと音を立てて地下室の扉を閉めた。


 オーブンのタイマーが鳴り、ピザが焼き上がったことを知らせる。


 フレデリカは熱々のピザを皿に移し、食べやすいように切り分ける。


 まずは、クラウスがトッピングした方のピザを取り皿と一緒にカウンターへ置く。


「どうぞ、召し上がって下さい」


 呼びかけに反応したヒルダが、フレデリカの方へ顔を向ける。


「食べてらっしゃい」


 母親に促されたヒルダは、小走りにカウンター席まで戻ってくると、嬉しそうな顔でピザに手を伸ばした。


 大きな口を開けてかじりつき、ぎゅっと目を閉じる。


「あっつい! でも、ふわふわでおいしい!」


 クラウスもピザを口に入れて同意する。


「ホントだ。母さんが作ってくれたピザと同じ、ふわふわの生地だ。」


 デザートピザは、粗熱をとってからアイスクリームとホイップクリームを添える。


「お待たせしました。こちらもどうぞ」


「わぁ! クリームたっぷり!」

 ヒルダは歓声を上げて頬張りながら

「お兄ちゃんも食べなよ」

 とクラウスの皿にも一切れ取り分けた。


「うまいけど、ちょっと甘すぎるな。ヒルダはいつもチョコチップを入れすぎるんだよ」


 クラウスから不満をこぼされて、ヒルダはムッとした顔になる。


「何よ! 分けてあげなきゃよかった!」


 半分くらい食べ進めたところで、二人の体が透き通っていく。


 フレデリカは、まだ床に座り込んだままの両親のところへと歩み寄り、子供達には聞こえないくらいの小声で話しかけた。


「もうすぐ、お子さま達の姿は見えなくなります。最後に伝えておきたいことがあれば、今のうちにどうぞ」


 二人とも何か言おうと口を開きかけたけれど、何一つ言葉にならないのか、涙に濡れた目で子供達の背中を見つめるばかりだ。

 そして結局、何も伝えられないまま、子供達の姿は光に包まれて消えてしまった。


 そこへ、凛とした声が響き渡る。


「さぁて、それじゃあ次はマリーのところへ行きましょうか」


 いつのまに地下室から戻ってきたのか、フレデリカのすぐそばにマチルダが立っている。


「待って、マリーのところへ連れて行くのは……」


 フレデリカが「賛成できない」という言葉を続ける前に、マチルダは両親を連れていなくなってしまった。



 後を追うべきだろうか。

 だが追いかけたところで、出来ることなど何もない。



 自らの無力さに打ちのめされながら、フレデリカは身動きができずにいた。


 そうして時間だけが過ぎていき、マチルダだけが戻ってきた。

 両親の姿は、どこにもない。


「あの二人は……?」


「マリーの行く末が心配だから、地上に留まるんですって。そばにいたって、何も出来ないのにねぇ」


「そう思うんだったら、説得して連れ帰って来れば良かったじゃない!」


「だって、どうしても天上には行かないって言い張るんですもの。無理()いは出来ないわ。まぁ、これで良かったんじゃない? 子供を道連れに無理心中した親が、何の罰も受けずに天上へ向かうなんて……私があの両親の子供だったら、絶対に許せないもの」


「あなた、この前は『罰を与えるだけなら、天使じゃなくて悪魔だ』って言ってたじゃない!」


「そうよ。だからこそ私は、あの二人の決断を後押(あとお)しした。それは、罰であると同時に救済にもなると判断したからよ」


「気の遠くなるような長い間、浮遊霊として地上を彷徨った挙句に消滅することが救済? そんなはず無いじゃない!」


「あの二人にとっては救済よ。一命を取り留めたマリーは今、植物状態に陥っている。意識を取り戻したとしても、何らかの後遺症が残るかもしれない。彼らは、自分達の行いを心から悔やんでいたわ。二人の子供を道連れにして死なせた上に、生き残った子の未来にはきっと、苦難が待ち受けている。だからこそ、マリーの人生を最後まで見届けたいと言っていた。『それが、愚かな行為に対する罰だ』と」


「やっぱり罰じゃないの。救済なんか、どこにもない」


「後悔を抱え、償いたいと願いつつも、何一つ自分に出来ることはない。その苦しみを味わいつくしてようやく、あの二人は救われるのよ」


 マチルダの言葉は、稲妻のようにフレデリカの心を貫いた。


「だったら……私はやっぱり、マチルダの後を継げない」


「どうして?」


「だって……生きている人間から寿命を奪うことは、本当の意味での罰と救済にはならないと思うから。罪を悔やみながら寿命を全うすること。それこそが罰であり、罪と向き合い続けた者だけが、最終的には救われるんだと思う」


 フレデリカは、強い決意を秘めた眼差(まなざ)しをマチルダに向ける。


「あなたって、つくづく私の思い通りにはならない子ねぇ。でもまぁ、そういうところがまた(いと)おしいんだけど。いいわよ、好きなだけ迷って悩んで模索しなさい」


 そう言うと、マチルダはカウンターテーブルへと近付き、残っていたピザを手に取ってかじりついた。


「冷めたピザって、カチコチで美味しくないわねぇ」


 文句を言いながらも、マチルダの顔は笑っている。


「デザートピザの方はこのまま食べるしかないけど、もう一つのピザはオーブンで温め直せばマシになるかも」


 フレデリカの提案を、マチルダは笑顔で退(しりぞ)ける。


「このままでいいわ。これはこれで、ちょっとクセになる味だし。ほら、あなたも食べてみなさいよ」



 変なの。

 でも、マチルダらしい。


 この風変わりな天使は、誰もが眉をひそめるような代物(しろもの)や、何の変哲もないものに価値を見出すのが、とても得意だから。


 もしかしたら、マチルダの弟子として拾い上げられた私は、とても幸運だったのかもしれない。



 最近のフレデリカは、そんな風に思い始めていた。

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