海辺のゆりかご
港町にあるティムの酒場は、今日も昼間から漁師たちの姿で賑わっていた。
この辺りに住む漁師たちは、夜明け前から船を出して漁に出る。
獲れた魚を市場へと運んだ後は、行きつけの店で仲間達と食事をしながら酒をあおるのが日課だ。
その日も、酒場の片隅で数人の男達がテーブルを囲み、噂話に興じていた。
「なぁ、知ってるか? アーサーの家に生まれた赤ん坊が、聖なるコインを授かったらしいぞ」
「ああ、俺も小耳に挟んだ。赤ん坊が生まれた日の翌朝、ベビーベッドの端っこに布袋が置かれていたんだろ?」
「そうそう、中には古びたコインが数枚入ってて、気味が悪いからって捨てようとしたら、手伝いに来てた近所の婆さんが『天からの贈り物に違いない』とかなんとか言い出して、神父のところへ持って行ったんだよな」
「そしたらなんと『これは天から授かった聖なるコインだ!』ってんで大騒ぎ」
「でもよ……その聖なるコインってのは、いわくつきなんだろ?」
「ああ、そうみたいだな。遠い昔、異国の地で似たような紋様のコインを授かった赤ん坊がいたらしいんだが……そいつは数奇な運命に翻弄される人生を送ったそうだ。最終的には幸福を掴んだって話だけど、そこに至るまでには散々な目に遭って、相当苦労したんだとよ」
「うわぁ。聖なるコインどころか、呪いのコインじゃないか」
「だよなぁ。だからアーサーも『そんな不吉なものはいらない』って言って、そのコインを布袋ごと神父に預けちまったわけだ」
「ところがどっこい、次の日の朝アーサーがベビーベッドを覗きこむと、その布袋が置いてあったんだろ?」
「まったく、薄気味悪い話だよ。どこへ捨てても、誰に預けても、翌朝には手元に戻ってきちまうって言うんだから」
「自分の身に起こったらと思うと、心底ゾッとするね」
男達の間に、しばし沈黙の時が流れる。
その後、一人の男が話題を変えて話し始めた。
「そういえば、しばらく前に教会へ置き去りにされていた双子の赤ん坊達のこと、覚えてるか?」
「ああ、そんなこともあったな。今は町外れの屋敷に住んでる夫婦が引き取って育ててるんだよな?」
「そうそう。それでついこの間、その夫婦が赤ん坊を抱っこしながら散歩してるところに出くわしてさ、挨拶がてら声をかけたんだ。その時に赤ん坊達の顔も見せてもらったんだけど、それがまぁ可愛いのなんのって! ありゃあ、まさに天使だね!」
「へえ、そいつぁ将来が楽しみだ」
「男と女の双子だって言ってたけど、どっちも綺麗な顔立ちをしてたから、きっと美男美女になるぞ」
「ふうん。まぁ、いくら顔が良くたって、こんな寂れた港町で生まれ育ったんじゃあ、大した恩恵にはあずかれなさそうだがね」
「まぁな。でも、せっかく生まれてきたんだから、アーサーのところの赤ん坊も、捨て子だった双子達も、みんな幸せになってくれりゃあいいなと思うよ」
「そうだな、この町に生まれてきたのも何かの縁だ。困った時には、みんなで手助けしてやろうじゃないか」
しんみりとした口調で一人の男が相槌を打つと、他の男達も頷きながら同意する。
そこへ、酒場の店主であるティムが料理を運んできた。
「待たせたね。曾祖父さんの代から引き継いだ、当店自慢の特製クラムチャウダーだ。ゆっくり味わっていってくれ」
「なんだよティム。クラムチャウダーを注文するたんびに同じことばかり言いやがって」
「言いたくもなるよ。同じ味が出せるようになるまで、何度も何度も作り直しをさせられたんだから。まぁ、親父も祖父さんも、曾祖父さんから同じようにしごかれたって話だし、そのおかげで旨い料理のレシピを受け継ぐことが出来たわけだから、恨んじゃいないけどさ」
ティムの言葉に、奥の方の席から年老いた男の声が飛んでくる。
「そうだぞ、ティム! この店が潰れずに済んでるのは、曾祖父さんが残したレシピのおかげなんだからな! 感謝しろよ!」
「分かってるって!」
大きな声で返しながら、ティムは白い歯を見せる。
その時、酒場の屋根から一羽のカモメが飛び立った。
カモメは大きく翼を広げながら空を飛んでいく。
そして、海辺に佇む小さな家の窓辺にそっと降り立ち、羽を休めた。
開け放たれた窓からは暖かな春の風が吹き込み、室内は潮の香りで満たされる。
ゆりかごの中で眠っていた赤ん坊は、鼻先をくすぐる風に目を覚まし、泣き声をあげながら両腕を大きく広げた。
まるで、これから起こり得る出来事の全てを、その身で、その心で、何もかも受け止めようとするかのように。
それから時は過ぎ。
アーサーのところに生まれた赤ん坊と捨て子だった双子は、紆余曲折を経てティムから店を譲り受け、三人で食堂を開くこととなる。
けれどもそれはまた、ずっと先のお話。




