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カラフル野菜のミートローフ

 こんがり焼けた肉塊にナイフを入れると、切り口に色鮮やかな花畑が広がる。


 カラフルな野菜が散りばめられたミートローフは、見た目にも美味しい。


 作り方も、それほど手間がかからない。

 合い挽き肉に、パン粉・牛乳・卵を入れてよく混ぜ、茹でたブロッコリーやパプリカ、炒めた玉ねぎを加えて粘りが出るまで練り合わせる。

 あとは一つにまとめて形を整え、オーブンでじっくりと焼き上げれば完成だ。


「さぁどうぞ、召し上がれ」


 見習い天使のフレデリカは、ミートローフを切り分けて皿に盛り付け、赤ワインをベースにした特製ソースを添えて差し出した。


 カウンター席に座る老人は、ぎこちない手つきでナイフとフォークを握ると、困った顔でフレデリカに助けを求めた。


「お嬢さん、すまないが食べるのを手伝ってくれないかね? 物心ついた頃からずっと、家族に介助してもらっていたから……一人ではナイフとフォークを上手く使えないんだ」


 フレデリカは、カウンターの中から出ると老人の背後へ回り、彼の手に自分の手を重ねるようにしてミートローフを一口大に切り分け、口へ運ぶ手伝いをする。


 今思えば、これまでにフレデリカの元へとやって来る死者の魂の中には、生前に何らかの障害を抱えていた人々も多く含まれていた。

 だが、彼らの直接の死因は病死や医療事故、老衰など多岐にわたっていたので、自分の過去を知るまでは特に違和感を覚えずにいたのだ。

 けれども過去を思い出した今、フレデリカの胸には、ある疑念が渦巻いていた。



 もしかしたらこの老人は、フレデリカが開発に(たずさ)わった毒入り製品を食べ、その後遺症で肢体に不自由を抱えることとなってしまったのかもしれない。


 かつてフレデリカは『命と引き換えに、できる限り多くの人を救いたい』と望み、マチルダの助けを借りて天使となった。


 今までにも知らず知らずのうちに、毒入り製品のせいで後遺症に苦しんだ被害者や、その家族の魂と相対(あいたい)していたのではないだろうか。



「ごめんなさい」


 気付くと、口から謝罪の言葉がこぼれ落ちていた。


「もしもあなたが、毒入り製品を口にしたせいで辛い人生を送ったのだとしたら……その責任の一端は、私にもあるんです。製品の開発チームにいた私は、市場へ流通する製品にも、試作品と同じように純度の高い化合物が使われるはずだと思い込み、製造現場への注意喚起を怠りました。そのせいで、毒素を含む粗悪な化合物が製品に混入してしまい、多くの方々に被害を与えてしまったんです」


 老人は驚いた表情で振り向き、フレデリカの顔をじっと見つめる。

 それから、ふっと目を細めながらこう言った。


「最初に会った時、どこかで見たことがある顔だと思ったんだ。あんた、命を()った開発責任者の部下だったんだろう? 家族がスクラップしていた新聞記事の中に、あんたの顔写真もあったよ。その記事には『フレデリカという名の開発スタッフが、遺書を残して姿を消した』と書いてあった。まさか、死んだ後に天使になっていたとはなぁ。これが、あんたなりの償いなのかい?」


「先日まで、人間だった頃の記憶がありませんでした。今までにも、被害者の魂を天上へ送り出していたのかもしれませんが……自分の罪を自覚した後にお会いした被害者の方は、あなたが初めてです」


「そうか……。わしは被害を受けた者の中では、おそらく最後の生存者だろう。つまりお前さんにとっては、被害者からの言葉を直接耳にする、最初で最後の機会になるわけだ」


 そう言って、老人は落ち窪んだ目の奥に、仄暗(ほのぐら)い光を宿した。


「長年の間ずっと、毒入り製品を生み出した奴らのことを恨んできたし、責任逃れをしようとする経営陣にも憎しみを募らせてきた。あいつらを同じ目に遭わせてやりたいと願いながら、関係者全員を心の中で何度も何度も殺し続けてきた。だけどある日、ふと思ったんだ。この憎しみのエネルギーを、同じように苦しんでいる人のために使えないだろうかと。それから家族と話し合って、後援者達の助けを借りながら、被害者を救済するための組織を立ち上げたんだ。長い闘争の(すえ)、毒入り製品を撒き散らした企業に罪を認めさせ、賠償金を勝ち取ることが出来た。だが……金をもらったからといって、事件が無かったことになるわけじゃない。わしは死ぬまで自分の運命を呪い続ける人生を送り、家族もまた、筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい苦しみを味わった」


 老人はそこで言葉を切ると、涙に濡れたフレデリカの頬に、そっと手を添えた。


「わしは、あの事件に関わった人間達のことを、決して許すことは出来ない。ただ……あんたからの謝罪の気持ちは……それだけは、被害者の一人として受け取っておいてやる。だからもう、泣かなくていい」


 フレデリカに触れる老人の指先が、徐々に透き通っていく。


「本当に……ごめんなさい」


 老人が消え去った後、フレデリカは床に崩れ落ちた。


 呼吸が、上手く出来ない。


 息苦しさに胸を抑えながら(うずくま)っていると、視界の端がチカっと光り、ルカが姿を現した。


 苦しげな表情で床に手をついているフレデリカを、ルカが冷ややかな目で見下ろす。


「マチルダからの伝言だ」


 そう言って、ルカは天井に向けて光の球を放った。

 するとそれは天窓に届く直前で弾け散り、光のシャワーが雨粒のようにフレデリカの頭上へと降り注いだ。

 それと同時に、マチルダの声が室内に響き渡る。


『今から大事な話をするから、落ち着いて聞いてちょうだい』


 一旦言葉が途切れた後、再びマチルダの声が聞こえてきた。


『……どう? 心の準備は出来たかしら? 今から話すことは、一言(ひとこと)も聞き漏らさずに頭と心に刻んでね。……フレデリカが役割を終えた今、私をはじめとする上級天使や大天使は、この場所……つまり私が譲り渡した店内には、立ち入ることが出来なくなってしまったの。接触できるのは、使いを頼まれた見習い天使のみ。それも条件付きで、使いの見習い天使は、師である上級天使の用件を伝えることしか許されない」


 そこで少し間を置いてから、マチルダは話を続ける。


「このままでは、役割を終えたフレデリカは消滅してしまう。もし天使としてこの場に(とど)まりたければ、私の後継者として名乗りをあげなさい。猶予(ゆうよ)は十日間。期日を過ぎてしまうと、フレデリカは最後の晩餐会の席で、天使として最期(さいご)の時を迎えることになってしまう。どうか、賢明(けんめい)な判断をしてちょうだい。私の後を継ぐ決意が固まったら、“マチルダ、あなたの地位と役割を譲り受けます”と呼びかけなさい。そうすれば、フレデリカは消滅することなく、天使のままでいられる』


 マチルダの声が聞こえなくなると同時に、光の粒も消え()せる。


 黙ってその場に(たたず)んでいたルカは、何か言いたそうな顔で口を開きかけたが、フレデリカと目が合うと再び口を閉ざしてしまい、苦々(にがにが)しげな表情を浮かべて姿を消した。





 マチルダからの伝言を受け取った数日後、フレデリカがカウンター席に座って物思いに(ふけ)っていると、淡い光を放ちながらニーナが姿を現した。


「久しぶりね、フレデリカ。元気にしてた? 今日は、カレン様からの招待状を預かってきたの」


 ニーナは手にした招待状の束から一つを抜き取り、フレデリカへと手渡す。



『天空の庭で晩餐会(ばんさんかい)(もよお)します。ぜひ、いらして下さい』


 天使の翼をかたどったカードには、短くそう記されていた。

 晩餐会が行われる日は、マチルダからの伝言で指定された期日と、ちょうど重なっている。


 ニーナは、さらに二通の招待状を取り出すと、ためらいがちにフレデリカの方へと差し出した。


「カレン様から、マチルダとルカにも渡すように言われたんだけど……この前怒らせちゃったから、渡しに行く勇気が出なくて……」


 そう言って、ニーナは儚げな表情で上目遣いをする。

 フレデリカは、苦笑しながら招待状を受け取った。


「私から渡しておくから大丈夫よ。マチルダもルカも口調がキツいから……慣れないうちは、少し怖く感じるわよね。でも、悪意は無いのよ。彼らはただ、正直なだけなの」



 これは、フレデリカも最近気づいたことだ。

 マチルダとルカの言動は、意地悪で悪意に満ちているように感じられることがある。

 でも、彼らは特定の誰かに対して悪意を向けているわけでは無いのだ。

 ただ単に自分の信念にそぐわない行為を許せないだけで、その相手が考えを改めたり反省する素振りを見せたりすると、態度がやわらぐ。

 もちろん、逆もまたしかりだ。好意を抱いていた相手に嫌な部分を見つけると、手のひらを返したように敵意を向ける。


 よく言えば素直なのだろうし、悪気があるわけでもない。

 だからこそ、タチが悪いとも言えるのだけれど。



「ありがとうフレデリカ、いつも助けてもらってばかりでごめんなさいね。それじゃ、大天使様にも招待状を渡しに行かなきゃいけないから、今日はこれで失礼するわ」


 そう言うと、ニーナは慌ただしく姿を消した。


 フレデリカは手に持った招待状をカウンターの上に置くと、ゆっくりとした仕草で薄手の白い手袋を外す。


 数日前から徐々に両手が透き通って見えるようになり、今では向こう側が透けて見えるほどだ。

 カウンター席に腰掛けてブーツと靴下を脱ぐと、足も透き通り始めていた。


 ため息が口からこぼれ落ちる。

 そして再び、あの言葉が脳裏によみがえった。


『役割を終えた天使は、消滅する』


 マチルダに真偽を尋ねた時には答えてもらえなかったが、自らの姿が消えかけていることから考えると、あの言葉は事実なのだろう。



 このまま姿が見えなくなったら、どうなるのだろう。

 すぐに消滅するのだろうか。

 それとも、浮遊霊のように長い永い時を彷徨い続けた後に、ようやく消滅することになるのか。


 怖い。

 だけどきっと、逃れることなど許されない。



 フレデリカは、もう一度大きなため息をつくと、ニーナから預かった招待状をマチルダとルカのところへ届けに行くことにした。


 だが、移動しようとしても、なぜか出来ない。

 そこで、フレデリカはマチルダからの言葉をもう一度よく思い出してみる。


『接触できるのは、使いを頼まれた見習い天使のみ。それも条件付きで、使いの見習い天使は師である上級天使の用件を伝えることしか許されない』


 確か、そう言っていた。

 ということは、師であるマチルダに使いを頼まれない限りは、フレデリカの方からも接触出来ないのかもしれない。



 どうしよう。このままじゃマチルダとルカに招待状を渡せない。



 フレデリカは、安請(やすう)()いしてしまったことを悔やみながら、晩餐会までの数日間を暗澹(あんたん)たる気持ちで過ごした。

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