1話
前世の最後はあまりよく覚えていない。断片的な記憶しかないのだ。
誰かと一緒にドライブしていた。
海に行く途中だった気がする。
細い道を車で走っているときに目の前に小さい女の子が見えた。
彼女は何かに怯えるようにうずくまって震えていた。
何も話してくれなかった。
こんな場所に1人で放置することもできず、その女の子を車に乗せて走り出した。
そこで、記憶が一旦途切れている。
次の場面では、得体の知れない何かに追われていた。
周りで大きな爆発が起きていた気がする。
どうしてもその何かから逃げ切れなかった。
最後はガードレールを突き破って車ごと崖から落ちた。
これが、前世での最後の記憶。
そして今。
目が覚めたらベットの上にいた。
全く知らない場所。
鏡があったので自分の顔を見る。
目がクリクリの青年になっていた。17歳くらい?
テーブルの上には手紙と粉のようなものが入っていた瓶があった。
「私の名前はアウロ。住んでいた村は魔物に襲われ、何とか逃げ延びオース王国に移住しました。そこで生活は悲惨でした。貴族たちから奴隷扱いされ家族はそれに耐えられず父、母、ともに死に至りました。とある男性に助けられ、森の中にいまは誰も使われていない小屋があることを教えてもらい、ここにたどり着きました。この瓶の薬は先日ベットの上にメモ書きと一緒に置いていました。」
「この薬を飲めばあなたの魂は天へと帰るであろう。」
そう書かれたメモ書きが机の下に落ちてあった。
え、何このやばい薬。
絶対毒じゃん。
それで、この文章書いた人はどこの宗教団体の方ですか?
手紙の続きを読む。
「私は家族を亡くし、もう生きる希望がありません。最後にあの男性の方にもう一度お礼がしたかった。助けていただいて本当にありがとうございました。助けていただいたのにすみません。お元気で。それでは。」
それでは。って最後の言葉はどうなんだろうか、と思いながら、ここから出る準備を始める。
つまり本物のアウロはもうこの世にいないっぽい。
天に帰っちゃった。
もともと天から来たのかね?人って。
私はアウロ。私はアウロ。私はアウロ。よし。
まあ間違えんでしょ。3文字だし。
別にアウロって名前にこだわりはない。
ないけど、亡き本物のアウロに敬意を示してこの名前でいこう。
体も本来はアウロのものだしね。
ドンドンドンドン。
急に小屋のドアを叩く音がした。
アウロは反射的にベットの下に隠れた。
「おい、あのアウロとかいう人間小屋にいねーぞ。」
「おかしいですね。薬は飲んだ後があります。外で倒れているのでは。」
「ちっ、めんどくせえな。まあ魂はもう抜けてるんだろ?」
「はい、おそらく。手紙にも書いてありますし。」
「しっかし馬鹿だよなぁ。騙されているのにお礼まで丁寧に書いて。人間なんて俺たち魔物に支配される運命なのさ。」
「魔王様復活の儀式のために魂が抜けた人間の器がたくさんいりますからね。」
めっちゃ教えてくれるじゃん。
え、何。
やっぱり馬鹿っていうやつは馬鹿なの?
本当は隠れてるのばれてて最後にドッキリ大成功!!!みたいなことされないよね。
アウロは不安だったが、全く問題なかった。
魔物たちは、ベットの下のアウロに気づく気配も無い。
「おい、はやく外を探すぞ。せっかく手に入ったのに逃したらまた最初からだ。薬も用意するのめんどくせーんだぜ。」
そういって喋る魔物たちは小屋から出て行った。
はぁ……。
異世界に行ってみたいみたいな夢は前世でも思っていたかもしれない。
詳しくは覚えていないので分からないが。
でも、これじゃないよ?絶対。
ミラクルハードモードじゃない今?
隠れてなかったら死んでたよね?
え、始まって5分経たずに死ぬ可能性がある異世界転生ってどう??
不満が多すぎる。文句しかないよ、今のところ。
まだ神様にも会ってないんですが。
なんか貰えるんですよね?チートみたいな。
可愛い女の子もつけてもらえますか?
あとお金もください。豪遊したいんです。
苦しいの嫌なんです。
もしかしてこんなやばい状況から始まるってことは前世で人でも殺しました?
今世で罪を償うんでしょうか?
助けてもらえませんか?
あー。愚痴がとまらない。もう嫌。
イライラしながら急いで準備の続きをする。
明日まで、頑張って生きよう。
せっかく転生したから。
それからのことは、……知らない。