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イベント・夏

幸せ探す帰り道

掲載日:2023/07/10




「すっかり遅くなっちゃった。早く帰ろう」

 ひまわりとヨルガオに見守れ、わたしは道を急ぐ。

 やがてカエルのオーケストラと田んぼに観客が変わり、家へと帰る。


「わっ!」

 あぜ道の小石に足を取られ、わたしは盛大にすっころぶ。

「あらあら。そんなに慌てるから」

「ありがとうございます」

 わたしは差し伸べられた手を取って、ゆっくりと立ち上がる。


「これで良しっと。もう暗いから気をつけて帰るのよ」

「………………」

 女の人が服についた土を払ってくれた。

 そのしぐさと振る舞いを夢見心地で見ていた。

「どうしたの?どこか痛い?」

「あ、少し考え事を」

「どんなこと?」

「幸せってこんな感じなのかなって」

「あらあら」

 女の人は箸を転がしたように笑う。

「幸せの意味を知りたくて。教えてくださいって神社でお参りしてきました」

「そうなの?だったらお姉さんが教えてあげる」

 女の人はわたしのおでこを指で軽く押す。


「魔法をかけておいたわ。家に着くころには幸せの意味、分かるはずよ」

 女性は楽しそうに笑い、歩き出す。

「え?どういう意味ですか――ってあれ?」

 意味を聞こうとわたしは振り向く。

 女性の姿は立ちどころに消えていて、わたしは首を傾げた。


 空が暗くなりはじめ、街灯がつき始める。

 ぽつぽつと民家も見えてきた。

 家まであと少しと、わたしの気持ちを急がせる。


「だれっ!?」

 ほっとしたのも束の間、背中に鳥肌が立つ。

 振り向いて見えるのは街灯とあぜ道だけだった。

 頭をかき、沈みゆく夕陽に向かって走り始める。


 しばらくしてまた鳥肌が立ち、振り向く。

 それが何度も続くと怖さがどんどんと膨れ上がり、全力で駆け出す。


「なんで追ってくるの?」

 いまだにぞっとする感覚がある。

 その間隔はだんだん短くなっていく。

 帰り道に子ども一一〇の文字が見え、その家にかけ込んだ。


「どうかしたのかい?」

 老夫婦が姿を見せ、事情を話す。

 おじいさんは門の外に様子を見に行った。

 おばあさんはわたしに麦茶を出してくれて、それを一気に飲み干す。

「こんな時間だし、車で家まで送ろうか?」

 帰ってきたおじいさんが心配そうに聞いてくる。

 返事をしようとすると、また悪寒が走った。


「すぐ近くなんで大丈夫です!麦茶ありがとうございました!」

 わたしは一目散に走り出し、家までの帰り道を全速力で駆け抜ける。


(もし車でなにかあったら、お爺さんにも迷惑かけちゃうよね)

 そのことばかりを考えて、家路を急ぐ。

 息も絶え絶えになる頃、家の灯りが見えてきた。


「ただいまー」

「おかえりなさい。暑かったでしょう」

 家の明かりとお母さんの声に、吐く息に安心が混ざる。


(そっか。幸せは家にあったのね)

 わたしは式台に腰をおろし、靴を脱ごうとした。


「追・い・つ・い・た」

 家の中から声がして振り向く。

 そこにはわたしの影が起きあがって話しかけていた。


「今日は大丈夫、よね?」

 玄関で気を失ったあの日以降、わたしは普段通りに暮らしている。

 背筋は凍ることも影が起き上がることもあの日だけだった。

「大丈夫よね?本当に?」

 念には念を、入念に調べる自分に嫌気がさす。

「帰りたいな、あの頃に……神社に行く前の日に」

 幸せだったころをつくづくと思い出す。

 過去への帰り道を空想し、わたしは現実から目を背けた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸福を自ら手放した、と気付たときの恐怖がよく出ていました。 [一言] 過去の不幸を過大視するタイプと、過去の幸福を過大視するタイプの人種が時々いますが(大抵は、幸福とか不幸とか考えずに過去…
[良い点] 無病息災で平穏無事な日々は確かに幸せな状況ですが、それが当たり前にあるうちは、なかなか有難みに気付けないですね。 英語圏には「井戸が枯れるまで水の有難さは分からない」という諺があるらしいで…
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