幸せ探す帰り道
「すっかり遅くなっちゃった。早く帰ろう」
ひまわりとヨルガオに見守れ、わたしは道を急ぐ。
やがてカエルのオーケストラと田んぼに観客が変わり、家へと帰る。
「わっ!」
あぜ道の小石に足を取られ、わたしは盛大にすっころぶ。
「あらあら。そんなに慌てるから」
「ありがとうございます」
わたしは差し伸べられた手を取って、ゆっくりと立ち上がる。
「これで良しっと。もう暗いから気をつけて帰るのよ」
「………………」
女の人が服についた土を払ってくれた。
そのしぐさと振る舞いを夢見心地で見ていた。
「どうしたの?どこか痛い?」
「あ、少し考え事を」
「どんなこと?」
「幸せってこんな感じなのかなって」
「あらあら」
女の人は箸を転がしたように笑う。
「幸せの意味を知りたくて。教えてくださいって神社でお参りしてきました」
「そうなの?だったらお姉さんが教えてあげる」
女の人はわたしのおでこを指で軽く押す。
「魔法をかけておいたわ。家に着くころには幸せの意味、分かるはずよ」
女性は楽しそうに笑い、歩き出す。
「え?どういう意味ですか――ってあれ?」
意味を聞こうとわたしは振り向く。
女性の姿は立ちどころに消えていて、わたしは首を傾げた。
空が暗くなりはじめ、街灯がつき始める。
ぽつぽつと民家も見えてきた。
家まであと少しと、わたしの気持ちを急がせる。
「だれっ!?」
ほっとしたのも束の間、背中に鳥肌が立つ。
振り向いて見えるのは街灯とあぜ道だけだった。
頭をかき、沈みゆく夕陽に向かって走り始める。
しばらくしてまた鳥肌が立ち、振り向く。
それが何度も続くと怖さがどんどんと膨れ上がり、全力で駆け出す。
「なんで追ってくるの?」
いまだにぞっとする感覚がある。
その間隔はだんだん短くなっていく。
帰り道に子ども一一〇の文字が見え、その家にかけ込んだ。
「どうかしたのかい?」
老夫婦が姿を見せ、事情を話す。
おじいさんは門の外に様子を見に行った。
おばあさんはわたしに麦茶を出してくれて、それを一気に飲み干す。
「こんな時間だし、車で家まで送ろうか?」
帰ってきたおじいさんが心配そうに聞いてくる。
返事をしようとすると、また悪寒が走った。
「すぐ近くなんで大丈夫です!麦茶ありがとうございました!」
わたしは一目散に走り出し、家までの帰り道を全速力で駆け抜ける。
(もし車でなにかあったら、お爺さんにも迷惑かけちゃうよね)
そのことばかりを考えて、家路を急ぐ。
息も絶え絶えになる頃、家の灯りが見えてきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい。暑かったでしょう」
家の明かりとお母さんの声に、吐く息に安心が混ざる。
(そっか。幸せは家にあったのね)
わたしは式台に腰をおろし、靴を脱ごうとした。
「追・い・つ・い・た」
家の中から声がして振り向く。
そこにはわたしの影が起きあがって話しかけていた。
「今日は大丈夫、よね?」
玄関で気を失ったあの日以降、わたしは普段通りに暮らしている。
背筋は凍ることも影が起き上がることもあの日だけだった。
「大丈夫よね?本当に?」
念には念を、入念に調べる自分に嫌気がさす。
「帰りたいな、あの頃に……神社に行く前の日に」
幸せだったころをつくづくと思い出す。
過去への帰り道を空想し、わたしは現実から目を背けた。