60.幼馴染、知らない時期の後悔 ※春樹視点
知らない男から声をかけられた時にすぐに止めればよかった。あいつが会場で質問していた時にも直樹の様子は少しおかしかった。
あの時、直樹の表情が一瞬にして、幼い頃に戻った気がした。
言いたいことだけ言い放って男は帰って行く。直樹に向ける視線は、どこか人に向けるようなものではなかった。
「おい、直樹大丈夫だ。俺がいるぞ」
俺はその場でしゃがみ込み直樹を抱きかかえる。久しぶりに持ち上げたが、昔と比べて重く感じた。
「ごめんなさい」
「大丈夫だ。直樹はいつも頑張っているぞ」
俺は必死に何度も呼びかける。まさか大人になってまで発作が出てくるとは思いもしなかった。
ひょっとしたら、都会で働いている時も発作が出ていたのかもしれない。
「親父、どこか休めるところがないか聞いてくれないか?」
「わかった」
親父が休憩できる場所を聞きに行っている間にも、直樹は常に震えていた。
「あらー、こんなところで抱き合ってどうしたのよ」
声をかけたのはピンクのスーツを着ている男だ。確かさっき癒しの空間を作りたいと言っていた人だろう。
「直樹の発作が出ちまって――」
「それは大変ね。発作が出た原因はもう大丈夫かしら」
きっとさっきの親父の言葉が発作の原因だろう。俺が頷くと男はどこか微笑んでいる。
どこかその笑顔に安心してしまう自分がいた。
「大丈夫よ。少し落ち着いてきているから、あとは安静にしてあげなさい。きっと防御反応が出たんでしょうね」
「えっ……」
「そんなにあたしっておかしいかしら?」
「こんな見た目をしているけど、カマちゃんは特殊職業専門精神科医よ」
男の後ろには貴婦人が立っていた。彼女も直樹を心配そうな顔で覗いている。
聞いたこともない言葉に俺は首を傾げる。
――特殊職業専門精神科医
精神科医のさらに専門分野になり、主に探索者の心のケアを徹底的にする医者らしい。
探索者は仲間が目の前で死ぬことも珍しくない。
生き残った自分を責め続ける人や家族を失った人。そういう人達の精神面をサポートするのが彼の仕事だと貴婦人は言っていた。
直樹の家の周囲でよく見かけるのは、ギルドに派遣されてこっちにきたらしい。
「春樹、こっちに休憩室があるそうだ」
親父が戻ってくると、そのまま直樹を休憩室まで運ぶ。
変な男もその場で状態確認するが、今のところは特に問題はないという判断になった。
「なおきゅんの症状はいつ頃から出ているもの?」
なおきゅんとは直樹のことだろうか。確か親が亡くなった時には症状が出ていたはず。
「小学生の時だと思う。高校生の頃にはあまり出なかったし、社会人になった時はわからないな」
「原因となった男とはどういう関係かしら?」
「話の内容的には、こっちに戻ってくる前の職場だと思います。確か"笹島ホールディングス株式会社の五味"だったと――」
誰が原因かが明確になっていれば対処はしやすくなるらしい。
直樹の症状的には出来事やある関係において、過度な自己責任感が強く、自分が少しでも他人に迷惑をかけたら謝罪する傾向があるかもしれないと。
トラウマの対象が変化することもあるため、長い間発作が出ていないことで、何か変化は確実にあるだろう。
結局は防御反応も様々で、その人に合った治療が必要になると男は言っていた。
「カマちゃん、私がそのクソゴミを沼に落としてくるわ」
「ダメよ。そんなことしたらあなたの綺麗な沼が汚れちゃうわ」
やっぱり探索者達はどこか頭がおかしいようだ。類は友を呼ぶというのか、直樹が変な奴ばかり呼んでいるのかそれはわからない。
「ちょうどあたしがやっている実験にいいわ。"どこまで精神的に痛めつけたら、オネエになるのか"って論文を出そうとしていたのよ」
うん、この男は見た目以上にサイコパスのようだ。どんな痛めつけ方をしたらオネエになるのだろう。
「んっ……」
そんなことを話していると、直樹は目を覚ました。
「直樹大丈夫か?」
「あれ? 俺寝不足で寝ていたのか?」
「急に倒れたからびっくりしたぞ」
「あれはお前が押したからじゃないか。ネクタイぐらい自分で着けれるぞ」
直樹の中では時間が止まり、朝の時と記憶が混ざっているようだ。体を起こすと不思議な顔をしていた。周囲を見渡している。
家の中にいたのに、いきなり外にいたらびっくりするのは仕方ない。
「ここってどこだ?」
「いや、公民館の休憩室だぞ」
「そうか……」
この様子だと俺から離れていた間にもあったのだろう。
ただ、今回に関しては俺に対してあまり嫌な感情を抱いていないようだ。
「ドリちゃんが待っているから早く帰るぞ! あっ、お土産にケーキとか買ったらどうだ?」
「さすが父親だな」
直樹も無事に歩けるところまで回復したため、ケーキ屋に寄ってから帰ることにした。
「カマちゃん、パパさんのことどう思う?」
「あれは守りたくなるぐらいの逸材ね」
「パパさんは春樹さんのものよ? そこじゃなくて症状のことよ」
「小学生からってなると結構重症ね。まぁ、私が治療すれば泣いて喜ぶわ」
「そうやって探索者の人達が治療拒否しているんだからね?」
「貴婦人さん行きますよー」
「はーい!」
貴婦人と謎の男は何か話していたようだ。
「ブックマーク、★評価よろしくお願いいたします。ほら、ドリも」
「ほちちょーらい!」
ドリは両手を振って配信を終えた。
ぜひ、可愛いドリちゃんにたくさんの★をプレゼントしてください!
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