21.配信者、野菜を売る
突然の元上司の訪問から数日が経ち二度目の直売所での販売が始まった。今回は野菜の販売もすることが決まっている。
「じゃーん、これがトマトのパッケージになりました!」
畑の日記大好きさんによる包装がついに完成した。しばらく時間がかかると思っていたが、頼んだ業者先の社長の孫が視聴者だったことが判明。孫の好きな配信のためならとすぐに作ってくれた。
孫の頼みを断れないのは、どこの祖父も同じなんだろう。
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貴腐人様 最近
ぜひぜひ、買いに行きたいですわ。
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鉄壁の聖女 最近
やっぱり可愛いです。
これも神棚行き……いや、なんでもないです。
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畑の日記大好きさん 最近
私のデザインが形になるとは……。
感動で画面と一体化しそうです。
▶︎返信する
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ちゃんと前日の生配信で野菜を販売することは伝えている。ただ、住所とかは身バレすると思い伝えはいない。
前回の動画で直売所を見たことがある人が来てくれたら良いと思った程度だ。
それが今日はすでに列が出来ていた。
あまりにも人の列が出来ており、近所の人達も気になって並んでいるぐらいだ。
「今から野菜とお花の販売を始めます!」
いつも通りにスマホを置き、早速販売が始まった。お客さんの身バレを考慮して、映るのは祖父母、俺とドリの四人だけだ。
「あっ、貴婦人さん」
「野菜を一通り二つずつと大きな花束をお願いするわ」
一番初めに並んでいたのは、この間探索者ギルドで声をかけてくれた女性だ。貴婦人と呼ばれていたぐらいだから、流石に並ばないと思ったが、一番前に彼女はいた。
「色々大変だと思うけど、配信も頑張ってね」
「ありがとうございます」
「ありあと!」
俺達が野菜を渡すと貴婦人は優しく微笑んで受け取った。名前からして優雅な笑みに少し見惚れてしまう。
「次の方どうぞ」
次はどこか目を合わせないようにしている静かな女性だ。ドリが必死に目を合わせようとしているが、その度に視線をずらしている。あまりにも早い動きに残像が見える。
「はい。何にされますか?」
話しかけても中々話す様子がない。何か悪いことでもしたのだろうか。
「全部ください!」
「へ?」
「全部買います!」
「はぁん!?」
テーブルに置かれた札束に俺達は時間が止まった気がした。きっと帯封の数からして300万円が目の前に置かれているのだろう。
明らかにそこまでお金は必要ないし、全部買われてしまったら後ろに並んでいる人が買えなくなってしまう。
後ろからもどうしようかと声が聞こえてくるほどだ。
流石にテーブルに置いて何かあったら怖いため、俺は急いでお金を手に取り彼女に渡す。
「全て二つまでにしているので申し訳ありません」
俺の言葉にどこかがっかりしていた。ここまでこの野菜が好きなのか、配信の影響かはわからないが、幸先が良いスタートだ。
「ありあと!」
ドリが彼女に野菜を渡すと、その場で崩れ落ちていた。
「もう一生手を洗いません!」
野菜を渡す時に手が触れたのだろう。少し変わった人ではあるが、ドリのファンなのは確かだ。
誰から見てもドリは可愛いからな。
ただ、手は洗ったほうが良いだろう。よく俳優やアイドルと握手した時のファンを間近で見るとは思いもしなかった。
「次の方どうぞ。何にしますか?」
次はサイズ感を間違えたのか、胸元ががっつりと見えるタンクトップを着た男性だ。少し露出している部分が多いのは、今日も暑いからだろう。
「パパさんを!」
「へっ?」
「パパさんをお願いします」
これは何かの聞き間違いだろうか。ちなみに俺は販売されていない。まさか俺を買いたい人が現れるなんて思ってもいない。
「あのー、俺は売っていない――」
「現行犯で逮捕します!」
突然現れた男性達にその人は連れて行かれた。なぜか今日は変わった人達が多いようだ。
それでも順調に売れていき、初めは全種類買っていた人も多かったが、みんなで気を使って買う個数を調整していた。
無事に列に並んだ人全員が買えたので一安心だ。
「皆さん無事に売れました! また夜に配信させて頂きますね!」
「ありあと!」
ドリと視聴者にお礼を伝えて動画配信を終えた。今日の夜はお祝い配信ができそうだ。
それにしてもみんないつまで直売所にいるのだろうか。ずっとこっちを見て、俺達が帰るまで待っていた。
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