19.配信者、野菜に魔力があることを知る
今日から朝と夜の二話投稿になります
パッケージデザインを決める生配信を終えると、一通のメッセージが届いていた。
「鉄壁の聖女さんか」
探索者について詳しい彼女は初回から俺達の配信動画を見ている視聴者だ。ファン一号が誰かと言われたら彼女になる。
「えーっと、トマトとレタスをありがとうございます」
トマトとレタスをもらった人なら、イーナカ探索者ギルドにいた現役の探索者か職員の人だろう。
「あのあとすぐに気になったので調べたところ、パパさんが作る野菜には魔力が含まれているようです……? 魔力ってなんだ?」
その後も魔力について詳しく書かれているものを読んでいくと、どうやら魔石の中に含まれているエネルギーも魔力と呼ばれるものらしい。
探索者もその魔力をエネルギーとして、魔法を放つことができるらしい。魔法の適性がなく、魔法武器も使うことがない俺とは無縁だ。
「一般的にダンジョンの中で採取するか、ドロップ品にしか魔力は含まれません。私も野菜に魔力が含まれていた例を聞いたことがありま……ないの!?」
あまりにも驚く内容ばかりで何度も読み返す。どうやら俺が作っている野菜はダンジョンでも手に入らない、魔力が含まれた珍しい野菜ということだ。
ただ、特に食べても体には被害がないため、問題はないらしい。もし食べてはいけないと言われていたら、働き先を探さないといけなくなっていただろう。
またあの社畜生活には戻りたくない。
♢
「おい、そこのお前!」
畑で作業をしていると、突然声をかけられる。この間のこともあり警戒心を強める。
基本的に言葉遣いが荒い人は無視だ。
「俺は探索者ギルドから来た――」
確か探索者ギルドの名前を出されても、気にしなくても良いと言っていたな。
「おい、聞いているのか。そこのお前!」
探索者ギルドの職員ってこんなに乱暴なやつばかりなのか?
あの女性と比べると天と地の差だ。
あまりにも無視し続けていると、ずっと文句を言うハエみたいで作業の邪魔だ。
度々出る言葉が暴言ばかりでドリに悪影響を与えるだろう。
「お帰りいただいてもよろしいですか」
まともな言葉遣いもできない人の話を聞く気もおきない。ついこの間、探索者ギルドの名前を出す人とは取引しなくて良いと言われたばかりだ。
「おいおい、話ぐらい聞けよ! 俺達が高値で野菜を買い取ってやるって言ってるんだ。そっちも良い条件だろ?」
渡された紙に目を通すと、確かに普通の野菜より買い取り価額は高いだろう。
やっとパッケージが決まったばかりで、まだ販売するための準備も整っていない。さらにこの間の人もだけど、今日来た人も怪しく感じる。できれば俺自身で決めたところに野菜を卸したい。
認知症の祖父とドリの三人で作った野菜だ。それだけこの野菜達には俺達の想いが込められている。
「いや、今は販売する気も――」
「はー、なんでこんな田舎に来て俺が頼み込まないといけないんだよ」
俺はその声を聞いて一瞬にして時が戻った。過去の出来事が動画として俺の脳内に瞬時に蘇ってくる。
何も考えられなかった社畜生活の日々が、一瞬にして思い出される。
これがフラッシュバックなのか。
初めての経験で俺はどうすることもできない。
「パパ?」
急にしゃがみ込んだ俺に、ドリは心配そうに抱きついてきた。俺の頭を必死によしよししているが、土がたくさん髪の毛に付いている。
「ってここはお前の実家なのか」
そこにいたのは前の職場で上司だった阿保がいた。
「阿保さんのお知り合いなんですか?」
「ああ、俺のために働いてくれた後輩くんだけどな。まぁ、こいつがミスばかりしてくれたから、俺の役職が上がったけどな」
俺を踏み台にした阿保は思った通りに昇進したようだ。あの会社を去った身としては今はどうだって良い。
「お前も元卸売業者ならこの価格帯が破格の値段なのは知っているよな?」
確かにトマトは高級トマトぐらいの値段設定だし、レタスも同様に高く設定している。それでもこんな人を通して売りたくはない。
生産者としてのプライドもあるし、どうせならギブアンドテイクで助け合える関係でいたい。もうあの時のような失敗はしたくない。
「俺が頼んでいるんだから、先輩の命令は絶対だよな? 今までお前がどれだけ会社に迷惑をかけたと思っているんだ。償いとして半額ぐらいの値段で売ってもいいんじゃないか?」
「それはいいですね。お前も阿保さんに迷惑かけたならここは潔く――」
それにしても判断能力が鈍っていたあの時は気づかなかったが、阿保……いや、阿保は人を怒らせるのが得意のようだ。
しかも、探索者ギルドから来たって男も本当に何がしたいのだろうか。
このままでは単純にギルドの質を落とすようなものだ。
俺に毎回対応してくれる彼女とは差がありすぎる。ちゃんと教育し直すように言っておこう。
「おい、馬鹿森田聞いて――」
「さっきから聞いていたらお前達は生産者を馬鹿にしているのか?」
後ろで様子を見ていた祖父が怒って近づいてきた。あの声は完璧に怒っているだろう。
「だいじょぶ! ドリいる!」
ずっと声をかけてくれるドリに俺の気持ちは落ち着いてきた。相変わらず優しい子に育っているようだ。
土で汚れていなければ、俺も頭を撫でてあげたい。
「おお、あなたはここの生産者様ですか。お孫様には前からお世話になっております」
それはどういう意味で言っているのだろうか。踏み台になったお礼にも聞こえてしまう。
それに祖父から注意されているのに、謝る様子もない。
「お世話になった……か」
一度仕事を辞めた理由を祖父にも話している。ただ、認知症で覚えていないはずだ。
その時もぼーっと窓から外を眺めていた。
「はい! 直樹くんにはたくさんの指導をしてきたのですが、退職されて残念――」
「帰れ!」
「えっ……」
「さっさとここから出ていけ! それにこの畑も野菜も全て直樹のものだ。お前らみたいな生産者を……いや、大事な孫に馬鹿にするやつに売る野菜はない!」
祖父の怒りは頂点に達していた。元生産者でもある祖父の怒りに触れてしまったようだ。
ドリもその場にある石を投げそうになったため、急いで止める。畑から取り除いた石だが、俺の顔より大きい石だと、流石に流血事件になる。
やるならわかりにくい小石程度にするんだ。
「いえ、私達はそんなつもりで――」
探索者ギルドから来たと言った人物も祖父が怒り出してあたふたしている。阿保も俺の方を見てどうにかしてくれと言いたそうな顔だ。
「そもそも探索者ギルドがそんなに偉いのか? 横暴なヤクザみたいなやつを連れてきて何様のつもりだ!」
歳をとっても祖父の怒った時の怖さは健在だ。前よりもどこか元気になった祖父を見て、少し安心してしまった。
「すみませんが、ここはお引き取りください。それにあなた達とは商売する気もないのでここには来ないでください」
「おい、生産者になったお前が大手卸売業者の俺達に――」
「つべこべ言わずに早く帰れ! 一生顔を見せるな!」
近くにあった鍬を持った祖父が今にも襲いそうだ。それに驚いた男達はすぐに帰って行く。流石に鍬でもおもいっきり当たると怪我になるからな。
「ははは、じいちゃん強いね」
「じいじちゅよい!」
俺達が祖父を褒めるとどこか誇らしげな顔をしている。
「じいちゃんが孫達を守るのは当たり前だから……いたた」
「じいちゃん!?」
突然祖父はその場で倒れる。
「急に鍬を持ち上げたら腰をやってしまった」
どうやら腰を痛めたらしい。自分の体を気にせず孫のために戦う祖父が、どこかかっこよく見えた。
「俺もじいちゃんみたいになりたいな」
「いやいや、それはあかんぞ。ああ、腰が痛いわ」
作業を中断して俺は祖父を抱えている家に帰ることにした。
「ドリも運ぶ!」
ドリには祖父の靴を預けた。嬉しそうにできないスキップをしているからよかった。
「パパ……」
ドリは勢いよく走ってきて、俺の足で顔をスリスリしている。
「どうしたの?」
「くちゅ……」
ドリの手には破かれた靴があった。靴が破かれることがあるのかと、疑問に思ったが強く引っ張ると破れるのだろう。
「あー、きっと古かったんだよ。あとで一緒に謝ろうか?」
「うん……」
ドリを慰めるが、どこか悲しそうにトボトボと歩いていた。
ブックマーク、⭐︎評価よろしくお願いいたします。