15.配信者、おこおこぷんぷん!
あれから数日が経ち、畑で作った野菜が少しおかしいと気づいたのはいつだろうか。
「これって本当に食べてもいいのかな?」
「見た目は大丈夫そうだけど、お腹を壊してもばあちゃん知らないよ」
俺は目の前にあるトマトを食べるか迷っている。
収穫したトマトを落として、冷蔵庫に入れるのを忘れていた。少しずつ気温が高くなるこの時期に、家の中に放置されたトマト。
しっかり涼しい場所であれば問題ないが、少しずつ夏に向かって暑くなっている家の中で常温放置されたトマトは傷んで腐っているはずだ。
だが、目の前に置いてあるトマトはそのままの状態で落ちていた。
「ドリは食べても大丈夫だと思う?」
「うん!」
笑顔で答えられたら、逆に食べないといけない気がしてきた。
トマトにスッと包丁を通すと、すぐに中のゼリーが溢れ出てくる。よく切れる包丁で素早く切れば大丈夫だと聞いていたが、どうやらうちのトマトにはダメなようだ。
この間ドリに渡した時は丸齧りしていた。食べ終わった時には、服は鮮やかな真っ赤に染まっていた。
切ったトマトをビクビクしながら一口食べてみる。
「あれ? 普通にうまいな」
味の質も落ちているわけでもなく、数日経ったトマトなのにみずみずしさが残っている。
「さすがにそんなはずは……えっ? 美味しいわね」
祖母も疑いながら食べると、やはり俺と同じ意見だった。どうやらあの畑から採れる野菜は他の野菜と少し変わっているのだろう。
「ごめんくださーい!」
そんな中、家の扉を開けて誰かが訪れた。すぐに祖母が対応すると、俺を呼んでいるようだ。
玄関にはスーツを着た男性が立っていた。綺麗にされた身だしなみは、どこかこの田舎とは合っておらず違和感を感じる。
「どうしましたか?」
「本日は探索者ギルドで配られた野菜についてお話が聞きたくて伺いました」
きっとトマトとレタスを配った時のことを言っているのだろう。今まで野菜を渡したのはギルド関係者と小嶋養鶏場のおじさんぐらいだ。
きっとギルドに関わっている人で、視聴者が野菜を宣伝したのだろうか。
「単刀直入にいいます。野菜を売る気はありませんか?」
彼の提案に祖母は喜んでいた。もちろん俺も野菜を卸して欲しいと言われて嬉しくないはずはない。
ただ、今さっき問題が発生したばかりだ。
ドリが関わったうちの畑で作られる野菜は、賞味期限がすごく長いかもしれないってことだ。
得体の知れないわけのわからない野菜を売って問題が起きてからでは対応が遅くなる。
ひょっとしたら数時間後にお腹が痛くなるかもしれない。
それを調べるまでは売り物にはできないだろう。
「すみません。まだ試作段階なので、売ることはできないんですよ」
「そうですか……。探索者ギルドから直接卸売業者の私達に依頼をしてきたんですけどね」
「はぁー」
売ることを断ると、さっきまでの表情は急に変わった。穏やかな顔は一変して不満そうな顔になり、圧力のようなものを感じる。
同じ卸売業で勤めていた俺でも流石にこの対応はしない。
むしろ生産者あっての卸売業だ。
「探索者ギルドと関わっているなら、協力しないといけないことを知っていますよね? いや、田舎だから知らないのか」
そもそも彼から生産者側に対する感謝の気持ちが全く感じない。
「おい、田舎に文句をつける気か?」
そんな中、奥で聞いていた祖父が怒って玄関まで来た。元生産者として怒りが溢れ出たのだろう。
「探索者の命令は絶対ですよ? それを断るって非国民――」
確かに探索者ギルドからの頼みはある程度、国を守るためにも受け入れて欲しいと国から発表されている。
それなのに探索者ギルドが関わると、ここまで横暴な態度になるのだろうか。
「おい、それは聞き捨てならないな。お前みたいな卸売業者で働くやつが生産者を馬鹿にするとはどういうことだ!」
俺の怒りが爆発する前に祖父が爆発していた。
「おい、クソジジイのくせに――」
「俺の野菜は良いとして、じいちゃんを馬鹿にするところに野菜を売る気はない。今すぐに帰ってください」
「あっちいけ!」
俺はそのまま突き返すように押し出して、玄関のドアを閉める。
ドリも怒っているのか、足をジタバタと動かしてぷんぷんしている。
その姿を見て俺達の怒りはだんだんと収まってくる。ドリは怒っても可愛い。
一度直接探索者ギルドに確認してみないといけないな。
「さあ、休憩してまた畑に行っておいで」
俺達は家の中で再び休憩して、仕事に戻ることにした。
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