155.配信者、力の調整を教える
「準備は終わ……何しているんだ?」
しばらくすると、買い出しに行っていた春樹達が帰ってきた。
両手にはたくさんの食材を抱えている。
「いや、ボールごっこをしている」
寝転んでいる俺の姿を見て、何をしているのか気になったのだろう。
飾りつけを終えた俺達は、我が家の犬達と遊んでいた。
最近ハマっているのは、ボール投げと人間転がしだ。
ボール投げはその名の通り、ボールを投げて俺に拾ってもらうという簡単な遊び。
以前はメークインだけがやっていたが、今では三兄弟揃って好きになったらしい。
親のポテトはどちらかと言えば、ボールを取りに行く方が好きだから、ドリやポテトも俺と一緒にボールを拾いに行っては満足するまで付き合っていた。
一方、チップスは俺が疲れたのを見計らって近寄ってくる。
転がすのが楽しいのか、雑巾片手にキラキラした目で見ていた。
俺はただ寝ているだけだが、本当にそれで遊んでいることになるのだろうか。
ボールを拾いに行って、疲れたら転がってを交互に繰り返して遊んでいた。
「また変わった遊びをしているな」
「どこの家庭もこんな感じだろ?」
「おっ……そうか」
俺は何か間違ったことを言ったのだろうか。
「犬五匹、鶏一匹、子ども二人となると大変だからな」
みんなが満足して遊べることって中々見つからないからね。
ただ、百合は遊びに参加せずに俺をずっと見ていた。
「ハルキ、止めなくていいの?」
「直樹は昔から変わっているからな。小さい頃、蝉の抜け殻を全身につけて蝉人間になるって言ってたぞ」
「さすがパパだね!」
春樹と百合が楽しそうに話しているのを見ると俺も嬉しくなる。
『コロコロ、タノシイナー』
その間も俺はチップスに転がされている。
ただ、百合からどこか温かい目で見られているような気がした。
さすが春樹の子どもだな。
「あとでご飯の準備をするから、終わったら手を洗ってこいよー!」
『「はーい!」』
きっとみんなで何かを作るようだ。
『コロコロ、タノシイナー』
呼ばれるまで俺はひたすらチップスに転がされていた。
何が楽しいのかはわからないが、犬特有の何か感じるものがあるのだろう。
ボールを転がして遊ぶのは猫のイメージだが、実は猫だったってことは……ないか。
その後も30分ほど転がされていると、春樹が茹でたじゃがいもを持ってきた。
『ハァ!? タベル!』
匂いで気づいたのか、ポテトはすぐに正座になって待機している。
本当にじゃがいもが好きなんだろう。
「コロッケに使うじゃがいもを潰してくれ」
その言葉にポテトは春樹とじゃがいもを交互に見ていた。
『タベル、ダメ?』
ひっそり食べようと手を伸ばしたが、チップスに奪い取られていた。
『「メッ!」』
ポテトがドリとチップスに注意されたようだ。
大きく振っていた尻尾も今ではふにゃんとしている。
「少しならつまみ喰いしてもいいけど、食べ過ぎるなよ」
あまりにもポテトが可哀想に見えたのだろう。
春樹は別の皿に茹でたじゃがいもを持ってきた。
次々とホカホカに茹でたじゃがいもがテーブルに並べられていく。
それを見て再びポテトは尻尾を振っていた。
「もうダメだぞ?」
『ナオキノブン!』
「俺はつまみ喰いしないぞ?」
俺がつまみ喰いすると思い、それをもらおうとしたのだろう。
生憎茹でたじゃがいもをそのまま食べたいほど、お腹は減っていないからな。
「直樹、フォークで潰してくれ」
俺はフォークを受け取ると、一つ一つじゃがいもを潰していく。
粒が残っていても美味しいが、しっかりくっつけるにはしっかりマッシュする必要がある。
ただ、マッシュするにもマッシャーがないため、他の物で代用するしかない。
『アワワワワ!?』
ポテトがフォークでじゃがいもを潰しているのを見て、あたふたとしていた。
じゃがいもを潰すことってあまりないからな。
「コロッケは細かくしないとできないから仕方ない」
自然とポテトの手はフォークを持った俺の手の上に置いてあった。
動かそうとしてもギュッと掴まれてしまう。
「コロッケを潰したポテトサラダも美味しいんだけどなー」
コロッケを食べたことなくても、ポテトサラダは馴染みがあるからな。
ポテトはすぐに手を放した。
「パパ?」
「ん? どうした?」
「ドリもやりゅ!」
ドリでもフォークを使って潰せるだろうか。
一度フォークを渡して、ボウルが動かないように支えて固定する。
「ぎゅー!」
ゆっくりとフォークを押さえつけていくが、次第にフォークの先が曲がっていく。
まるでマジシャンがフォークの先を曲げるマジックをした後になっている。
「ドリ、力が強いよ?」
「んー、むじゅかちい」
フォークでじゃがいもを押さえると、そのままボウルに力強く押してしまったようだ。
「ふん!」
すぐにフォークの先を持って戻した。
うちの娘は将来マジシャンでも食べていけそうだな。
「手で潰すにも火傷をするからなー」
「これならできないか?」
どうするか考えていると、春樹がゴマスリをするときに使うすりこぎ棒を持ってきた。
ドリは受け取るが、使い方がわからないのか首を傾げている。
「たぶん叩けばできるんじゃないか?」
俺はすりこぎ棒をじゃがいもに叩きつける。
茹でたじゃがいものため、形もすぐに崩れていく。
これなら軽く叩けば良いから、問題ないだろう。
「やりゅ!」
ドリも俺のマネをするように、大きく手を振り上げた。
おい、ちょっと待てよ……。
――ブン!
――ガンガン!
あれ?
さっきまで押し潰した時にムニュッと音が鳴っていたはず。
だが、明らかに強い力で押し潰している気がする。
隣で見ていたポテトもだんだんと怯えた表情をしている。
『カワイソウ……』
ポテトにとったら、じゃがいもをいじめているように見えるのだろう。
「ドリ、もう少しゆっくりやったらどうだ?」
「うん!」
ドリはゆっくり腕を上げる。
――ブン!
――ガンガン!
ただ、結局振り下ろす腕の速さは変わらないようだ。
『オラガヤル』
すぐにポテトはドリからすりこぎ棒を奪うと、ゆっくりと叩きつける。
――ブン!
――ガンガン!
『アレ?』
――ブン!
――ガンガン!
『ンー、ムリダ!』
どうやら子どもと犬では力の調整ができないようだ。
ポテトとドリはチラチラと俺を見つめてくる。
「俺がやるから遊んできなさい」
『「はーい!」』
結局、じゃがいもを潰す作業は俺と百合の二人でやることになった。