153.配信者、無自覚だと心配される
「いくぞ! よーい、ドン!」
合図を出すとともに大きく息を吸い込む。
口を風船につけた途端、隣から声が聞こえてきた。
「できちゃ!」
「できました!」
「うぇ!?」
風船に空気を送り込む前に声が出てしまった。
隣にはパンパンに膨らむ風船。
ドリと聖奈は俺が空気を入れる前に、一回で風船を膨らませてしまった。
その光景に競争を挑んだ俺は間違いだった。
魔物と探索者に勝てるわけないか。
でも、ここで諦めるわけにはいかないからな。
「パパ、ドリとネーネにはこれがいいんじゃない?」
他の風船を探していると、百合はどこからか大きな風船を取り出した。
「確かにこれなら平等かもしれないな」
二人の手にはストローとフィルムバルーンを持っている。
直接よりはストローを通すことで、送り出す空気の量が減るため、膨らませるには時間がかかるだろう。
「次こそは勝つぞ!」
「百合も負けないもん!」
大人気ないと言われたら認めよう。
だって、こうでもしないと勝負にならないからな。
「よーい、ド!」
再び大きく息を吸って空気を入れていく。
言い切る前に息を吸ったのがバレたのか、みんな俺を見ている。
だが、そんなのは関係ない。
「むー! じゅるいもん!」
「探索者として負けるわけにはいかないわ」
俺に遅れてみんなも空気を入れ始める。
だが、明らかにドリと聖奈の風船の膨らむスピードが速い。
二人とも息を吸いながら吐き続けている。
管楽器奏者が鼻から息を吸いながら、同時に息を吐き出す奏法があると聞いたことがある。
それをやっているのだろうか。
スポーツ万能だと思っていたドリが、まさか音楽にも才能があるとは思わなかった。
そういえば、ポテトチップスに味付けをしている時にも思ったが、リズム感は確実に俺よりはよかったからな。
「できた!」
だが、一番はじめに膨らませたのは百合だった。
俺は二人を見ていたからか、風船は萎んでしまい最後に完成したようだ。
ズルまでしたのに負けたなんて……いや、ここは子どもに勝ちを譲ってあげたってことだな。
「あっ、パパ!」
「こっちはドリちゃんですよ」
そんな俺に興味はないのか、自分達の風船に興味を示していた。
ドリと聖奈が膨らませたのは、俺とドリの顔が印刷されたフィルムバルーンだった。
密かに聖奈が準備をしていたのだろう。
グッズを勝手に作っているって言っていたしね。
他にも祖父母やポテト、カラアゲのフィルムバルーンが用意されていた。
ただ、ドリの表情は暗くなっていく。
俺がズルをしたからなのか?
「ドリ、大丈夫?」
「ネーネがにゃいよ……」
ドリは一生懸命聖奈の描かれた風船を探していた。
確かにあるのは俺達は家族だけの分だった。
予算が足りなかったのか、もしくは作るのを忘れたのだろうか。
「私は別にいいので――」
結果、どちらでもなかったようだ。
「家族なのに?」
「えっ……」
「ネーネ、かじょくだよ? ねぇ、パパ?」
「そうだな。ずっと一緒にいるもんな」
聖奈は探索者の中でも一番長いこといる。
今の俺達にとったら、家族といっても過言ではない。
「なっ……、ちょっと山を一周してきます!」
急に立ち上がり聖奈は走りに行ってしまった。
やっぱり探索者はジッとしているのが苦手なのかな?
「パパさんが心配でござる」
「あいつが暴走しなければいいけどな」
なぜか凡人と侍が温かい目でこっちを見ていた。
「一緒に準備しますか?」
「やっぱり無自覚だな」
「あれが意図的なら策士でござる」
二人とも手を横に振っていた。
まだ、犬小屋が完成していないのだろう。
できた風船は紐を結んで、飛ばないように固定すれば完成だ。
「せっかくだから聖奈さんの風船も準備する?」
「うん!」
「せっかくならみんなのやつも作ろうか」
俺は黒のペンを準備して、風船にみんなの似顔絵を描いていく。
「パパ、これは誰ですか?」
「ん? これは春樹だよ?」
「ハル……キ……? ハルキは――」
周囲をキョロキョロして、耳元で小さく呟いた。
「もっとかっこいいよ」
まさか百合の口から、春樹がかっこいいと聞けるとは思いもしなかった。
ここにいたら今頃悶えていただろう。
だが、俺の画力ではこれが限界だ。
俺も頭にワカメを被った卵にしか見えない。
ドリに関しては聖奈を描こうとしたが、力が強すぎて風船が割れてしまった。
「ここは私がやるからこっちをお願いね」
「ありがとう」
「ありあと!」
「二人のためじゃないからね!」
相変わらず百合はツンツンとしていた。
やっぱり春樹は特別なんだろうね。
似顔絵を百合に任せて、代わりに手渡された物を取り付けることにした。
「ガーランドって届かないよな?」
百合に手渡されたのは野菜の絵がたくさん書かれた旗が付いているガーランドだ。
柱などに取り付けるが、我が家に高い脚立ってあったかな?
祖父が勝手に使う可能性もあって、倉庫には小さいのしかなかったはず。
どうしようか迷っていると、ドリが何かを連れてきた。
「きゃらあげ!」
「ああ、鶏なら飛べるか!」
カラアゲのクチバシにガーランドの先端を咥えさせて、飛びながら引っ掛けてもらう作戦のようだ。
俺はカラアゲにガーランドを咥えさせる。
カラアゲもやる気満々なのか、後ろに下がり勢いよく走り出す。
翼をバタバタと羽ばたかせて大きく舞い上が……れなかった。
飛んだのはおよそ5cm程度。
飛ぶよりは跳ぶに近いな。
「カラアゲ、食べすぎて太ったのか?」
明らかに見た目も前より丸々して、大きくなっているからな。
体が重くて飛べないのだろう。
今なら子ども達がカラアゲの中でかくれんぼができそうだ。
『クゥエエエエ!』
「いたっ……痛い痛い!」
どうやらカラアゲは太ったわけではないようだ。
大きく翼を広げて、自分のスタイルを自慢している。
「相変わらず良い鳩胸……」
「痛い痛い!」
どうやら鳩胸を見せたいわけではないようだ。
そういえば、カラアゲって鶏に見せかけたカカポ(仮)だったもんな。
そもそもカカポって飛べなかったっけ?
「やっぱり無自覚でござる」
「無自覚を通りすぎて心配になるな」
俺はしばらくカラアゲに突かれていた。
10/10に二巻が発売します。
もう今週になってしまいましたね。
考えると胃が痛くなってきます笑
今後の続刊がここで決まるので、予約や購入検討していただけると嬉しいです!
もう一つ……。
つぎラノのエントリーが始まりました。
一作品から応募できるので、よければこの作品もよろしくお願いします!