151.配信者、お別れは少しずつ
「おい、それじゃあ子ども達に示しがつかないぞ?」
「しめじ?」
「それはキノコだな」
ドリは首を傾げながら俺の顔を覗いている。
きっと言葉の意味を知りたいのだろう。
「示しがつかないってのは、お手本にならないってことだな」
あれからポテトの魔力回復のために、家では野菜料理が増えた。
もちろんポテトのお皿にはじゃがいも料理以外も置かれている。
だが、一向にポテトが野菜を口にすることはあまりない。
チップスとドリに無理やり口を開けさせられ、食べている時ぐらいだ。
その姿は苦手な野菜を親に食べさせられている子どものようだった。
それにここ最近は寝ている時を狙って、俺の尻を噛みにくることも増えた。
この間はそのまま眠たくなったのか、ベッドに侵入して俺に抱きつきながら寝ていた。
もちろん俺の尻をしっかり噛みながらだ。
眠っていたから俺は気づいていなかったが、ドリとチップスが朝になって一生懸命引き剥がしてくれたらしい。
『イイモン』
案の定、ポテトはこんな感じでそっぽ向いている。
そもそもポテトに魔力を供給できない俺が悪いんだが、ここにいる以上は魔力の供給方法をどうにかしないといけない。
ダンジョンの魔物はどうやって魔力を吸収しているのかは未だ謎に包まれている。
ダンジョン自体が魔力に溢れているのも、関係しているのだろう。
野菜を食べたくないなら無理をさせたくないが、俺の尻も無理はさせたくない。
魔力の回復の仕方を教えるのも、親の役目だが中々うまくはいかないようだ。
ちびっこわんこ達も中々野菜を食べないからな。
そのうち俺の尻を四匹の犬が噛むって考えると、俺の尻は無事でいられるだろうか。
貴婦人が昔からお尻の心配をしていたのは、こういうことだったのかと今頃気付かされる。
「まぁ、今度ポテトが食べられる料理を作ってやるからさ」
「直樹もついに飼い主ぽくなってきたな」
「いや、俺じゃなくて春樹が作るんだけどな」
「あん!? 結局俺が作るのかよ!」
「もちろん俺も手伝うからさ」
俺だけではきっと得体の知らないものができるからな。
ここは料理人と我が家のスーパー祖母に助けを求めた方が早い。
「そういえば、小屋はそろそろ完成するのか?」
祖父はベランダから外に出て、ポテトの小屋を眺めていた。
こんなところに大きな小屋を建てるとは、祖父が一番考えていなかっただろう。
ただ、その目はまるで少年のような好奇心と輝きに満ちていた。
昔から犬を飼いたかったっていうぐらいだから、楽しみにしていたようだ。
『ジイチャンカゼヒクヨ』
そんな祖父の手をポテトが引っ張っていた。
ひょっとしたら、祖父の相手をして魔力の消費が激しいのだろうか。
そう思うと何も言えなくなる。
認知症の祖父に寄り添って遊んでくれているのはポテトだ。
「シャンシャンのおかげでだいぶ進んだから、明日には完成するぞ」
クマって思ったよりも手先が器用な生き物らしい。
凡人とシャンシャンで作った小屋はどんな構造になっているのだろうか。
見た目がプレハブ小屋のようになっているが、それでみんなが住みやすいなら問題ないか。
小屋のお祝いにも出せそうなじゃがいも料理を考えないといけないな。
「お風呂先にいただきました」
石鹸の匂いを漂わせた聖奈がゆっくりと隣に座る。
濡れた髪が肩に落ちて、艶やかに光っていた。
水滴がポタポタとタオルの上に落ち、昼間との違いに少しドキッとしてしまう。
「ネーネ!」
「ドリちゃん?」
「かわかしゅよ!」
ドリは聖奈のタオルを手に取り、必死に頭の水気を取っていく。
聖奈も嬉しいのか、笑みを浮かべていた。
「んー、今日も特に書くことはないな」
「そんなに毎日何かあったら疲れるだろ」
「それもそうだな」
俺は今日あった出来事をノートに書いて閉じた。
五味との問題が解決したら、普段と変わらない日常が戻ってきた。
冬が近づいてきたのもあり、畑仕事も前よりはやることが減っている。
雪下野菜の準備を今のうちにして冬は畑作業は休みになる。
大根やにんじん、キャベツと作ったことある野菜ばかりだから問題はないだろう。
その前に急遽使ったさつまいもの収穫が大変になるぐらいだ。
「推し達が見れないのが残念ですが、そろそろお店の準備が忙しくなるのでしばらくここから離れますわ」
「拙者と凡人もギルドからパーティー依頼が来ているでござる」
ダンジョン近くにできる大都市計画は春頃を目安になっている。
それに合わせて貴婦人は一時的にこの町から離れるらしい。
お店の人の育成と本の調達をしにいくと言っていた。
凡人と侍もギルドの依頼で一時的にいなくなるって思うと、冬の間は少し寂しくなるのだろう。
夏から秋の終わりまでみんなずっと一緒にいたからな。
「せっかくだから小屋ができたタイミングでお疲れ様会でもしますか?」
小屋のできるタイミングがちょうど良いのも、凡人が離れることを想定していたのだろう。
「うっ……拙者嬉しくて涙が出てくるでござる。お疲れ様会に呼ばれたこと――」
「あー、はいはい。お前は影が薄くて誘ってもらえなかっただろ」
「じゃあ、皆さんにも声かけしておきますね」
少し寂しさも感じるが、外の涼しさとともに時間の流れを感じた。
10/10に二巻が発売します。
今後の続刊のためにも、購入検討していただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
また、活動報告に応援書店についてとPOPの写真が貼ってあります。
直樹と春樹の見守るパパ感が最高なので、ぜひチラッと覗いて見てください。