147.配信者、幸せな時
「なおきゅん、また数日後に来てちょうだいね」
「あっ、はい……」
持って帰ってやるものだと思ったアンケート用紙も、そのままその場で書くまで帰らせてもらえなかった。
その結果、根掘り葉掘り聞かれた俺は違う意味で疲れた。
それでも先生と話しながら質問に答えていると過去を思い出そうにも全く出てこないことに気づいた。
ほとんどが両親がいなくなった時の幼少期と働くようになってからの記憶ばかりだ。
先生の話では、その時が一番辛かった時期と重なっている可能性があると言っていた。
「いいなー、ドリもほちい」
「日記帳か?」
「うん!」
治療の一環として一冊のノートを渡された。
ノートには今まで気づけなかったことや、日頃のあったことを記録してほしいとの話があった。
なんでも記憶が解離していないか確認する作業にもなるらしい。
書かないと毎日健康チェックと一緒に過ごすことが条件に出された。
一緒のベッドで隣に寝るとか、トイレまで付いてくると言ってきたのだ。
先生の言うことには従いたかったが、俺にもプライベートがあるからな。
それに配信を通して日常を確認できるから、毎日やることがなくても、配信するように言われた。
配信で個人の体調チェックをしても良いのか疑問ではあるが、視聴者はそれも見たいから良いらしい。
時折、電話をしながら治療方針を決められたが、そんなに俺の状態は悪かったのだろうか。
「ただいまー!」
家に着くと普段は賑やかな家が、珍しく静まり返っていた。
「みんな帰ってきてないのかな?」
「んーんー、いりゅよ?」
居間の扉を開けると急に大きな音が聞こえてきた。
「うわぁ!?」
目の前に紙吹雪やリボンのような紐状の物が飛び出てきた。
急な音はクラッカーから出てくる音だった。
「直樹おかえり!」
声をかけてきたのは、大量の唐揚げを持った春樹だった。
その後ろにはカラアゲやポテトの子ども達が一生懸命お手伝いをしている。
「これはどういうことだ?」
「いやー、犯人を捕まえたお祝いをしようってことになってな」
「なおきゅん、すぐに帰ろうとするから大変だったわよ」
遅れて先生も家に入ってきた。
どうやら俺を帰らせないように、先生が足止めをする役割をしていたらしい。
だから、電話で話したり持って帰るつもりだったアンケート用紙を書かされたのだろう。
「ほら、はやく手を洗ってきなさい」
祖母に言われた通りにドリ達と手を洗っていると、春樹と祖母は先生と何かを話していた。
「直樹は大丈夫か?」
「はるきゅんは心配性ね。やっと自分なりに病気を理解してきている段階だからゆっくり見守っていましょ」
「そうか」
何を話しているのかは聞こえない。
ただ、二人の表情を見ている限り、何か良いことがあったのだろうか。
「パパ?」
「ああ、手を洗わないとな」
ドリとチップスの手を洗うと、俺達はすぐに居間に向かっていく。
「わぁーしゅごいね!」
「よくこんなに作れたね」
テーブルに置かれているたくさんの料理に、俺もついつい驚いてしまった。
「せっかくだから直樹の好物を用意したんだぞ?」
ほとんどが昔から食べ馴染みのある和食ばかりで、ポテトやカラアゲのために揚げ物が少し置いてあるぐらいだ。
「今回は私も手伝っておひたし作りました」
どうやら小鉢に入っているナスのおひたしは聖奈が作ったのだろう。
ここに来てから料理をしているところを見たことがないが、聖奈は料理もできたらしい。
「ナスのおひたしっていうよりは、ナスのそのまま漬けだぞ?」
「拙者には食べる勇気がないでござる。Sランクの魔物より怖いでござる」
「あなた達は盾でミンチにされたいのかしら?」
さっきまで畑作業をしていたのに、探索者達は体力が有り余っているようだ。
聖奈は盾を取り出して凡人と侍を追いかけていた。
「おひたし美味しそうだけどな」
俺はナスのおひたしを口に入れる。
シャキシャキしたナスの食感が口に広がっていく。
おひたしにしては味はついていないし、野菜をそのまま食べているようだ。
「あっ、パパじゅるい!」
どうやらつまみ食いしているところをドリに見られたようだ。
ドリも俺をマネして一口食べる。
「うま……うまだね?」
「ドリが作った野菜は全部美味いからな」
「んーんー、ドリとパパがいっちょにちゅくったの!」
満面の笑みで笑っているドリを見ると、さっきまで疲れていたのを忘れそうだ。
これが推しの笑顔っていうやつだろうか。
「いやあああああああああ。無理無理無理無理、命が何個あっても足りないわ」
追いかけっこしていた聖奈はその場で崩れ落ちている。
貴婦人みたいに毒は吐いていないが、理性が口から抜け出ているのかと思うほど発狂していた。
「おいおい、つまみ食いはダメだろ。カラアゲ達が見ているだろ?」
「お祝いだから良いじゃん?」
テーブルにある唐揚げを春樹の口に無理やり突っ込む。
これで春樹も同罪になる。
「やっぱり俺が作った唐揚げはうまいな」
「今更当たり前のことを……」
「くっ……直樹が珍しく素直――」
春樹は目頭を押さえていたが、それよりも気になる存在がいた。
「ギュフフフ、これは畑作業のご褒美かしら。もっと畑作業はないかしら」
「百合、バケツを今すぐに持ってきて」
「もう、毒を吐くならちゃんと言ってよね!」
貴婦人が部屋中に毒を振り撒いている。
だが、それだけではない。
唐揚げを食べているのを見たポテトやポテトの子ども達、カラアゲがテーブルに飛びついていた。
誰も止めることもできないこの状況――。
「昔に比べて賑やかになったな」
祖父母の三人でしか住んでいなかった我が家は、いつの間にか大勢の人達で賑わっていた。
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