139.聖女、推し活最高!
溢れ出てくる魔力に家が少し揺れている。
「おい、落ち着くんだ!」
「お主が暴れたらこの世が終わるでござる!」
「私の毒沼に一旦埋めるわ!」
ベランダから外に飛び出した私は一瞬にして、身動きが取れなくなった。
体が少しずつ毒沼の中に埋まっていく。
皮膚が溶けていくが、それを上回る速さで私の体は傷を修復する。
私の体はスキルで丈夫になっているからね。
「あいつを今すぐに抹殺しなければ……」
「いい加減落ち着きなさい?」
「パパさんをあんな目に遭わせたやつを生かして――」
「私が生かすと思う?」
貴腐人の見たこともない不気味な笑みを見ると、背筋がヒヤッとした。
彼女も同じSランクの探索者だ。
強い殺気を感じて、自然と頭が冷静になってくる。
推しを傷つけられて我慢できないのは、私だけではなかった。
「やるならこの世に生きてきたことを後悔するぐらいのことをしない気が済まないわよ」
むしろドリちゃん推しの私より、パパさん推しの貴腐人の方が腸が煮え繰り返る気持ちなんだろう。
私は毒沼から出ると他の探索者達に頭を下げる。
「止めてくれてありがとう」
いつも私が暴走すると誰も止められない。
気づいた時には周囲に屍のようになった仲間達の姿があった。
だから誰かを傷つけるぐらいなら、私は傷つけないように一人でいることを選択した。
だが、こうやって止めてくれる仲間達がいることで、何かが変わるような気がする。
「ちょ……急になによ!」
「ついに頭逝ったか?」
「早く病院に行った方がいいでござるよ?」
うん、凡人と侍には後でお仕置きをしておかないといけない。
「あー、俺は犬小屋の続きがあったな」
「拙者も忍者村のバイトが――」
それに気づいたのか逃げようとする凡人と侍をすぐに捕まえる。
Aランクの探索者だけあって、危機回避能力が高い。
決して今すぐにお仕置きをするわけではないから安心するといい。
「まずはどうするかミーティングをする方が大事です」
今はミーティングをする方が大事だからね。
「お話し合いする前にご飯を食べていきなさい」
そんな私達にお祖母さんはご飯を用意してくれた。
本当にここの家族の優しさに心が温かくなる。
大事なものを傷つけた人を私は許さない。
あっ、決してパパさんが大事な人ってわけでは……いや大事なのは大事だけど……。
どこか胸が痛くなるような気がした。
また救急外来に行った方が良いのかな。
昼食を食べ終わると、部屋に戻ることにした。
「そこで何をやっているんですか?」
「シィー」
パパさんの部屋の前で耳を澄ませている貴腐人がいた。
静かにするように、口元に指を当てている。
「こっちに来てみなさい」
呼ばれた私は貴腐人とともに、扉に耳をつける。
どうやら中で誰かが話しているようだ。
パパさんの声も聞こえるため、目を覚ましたのだろう。
邪魔になると思い、外から元気になったのか確認しているようだ。
「おい、やめろって!」
部屋の中からパパさんの元気な声が聞こえてくる。
その声を聞いて少しホッとした。
私は扉を開けようとしたが、すぐに貴腐人に止められた。
「ギュフフフ、今いいところなのよ」
良いところ?
私も貴腐人と一緒に再び扉に耳を当てて、中の様子を伺う。
「パンツはそのままでいいぞ」
パパさんは着替えでもしているのだろうか。
何か春樹さんと話している気もするが、Sランクの聴力を使っても貴腐人の呻き声でかき消される。
「んあっ……いたいって……」
痛い……?
ケガでもしているのかな?
「はぁ……はぁ……ハルナオ最高よ」
目の前で貴腐人は毒を撒き散らしていた。
さっきまで怖かった彼女はどこかにいき、普段のように戻っている。
「それ以上は無理……苦しい……」
段々と苦しそうに小さくなるパパの声に私は心配になってきた。
苦しいって……胸が痛いのだろうか。
私も頻繁に胸の痛みがあるため、緊急外来に行くことが多い。
優しい先生がいるから教えてあげないと。
命に関わったら大変だ。
「開けますね」
「愛の巣を邪魔したら――」
私が扉を開ける前に部屋の扉が開いた。
扉にくっつくように耳を澄ませていた私達は勝手に体が倒れていく。
――ドーン!
大きな音を立てて、私達はパパさんの部屋に入ってしまった。
「二人してどうしたんだ?」
そこには春樹さんが立っていた。
倒れた私達に注目が集まる。
奥には乱れたパジャマ姿のまま、ベッドに寝ているパパさんがいた。
そして口元から何かが垂れている。
「ギュフフフ! 愛する推し達……もう私は死んでもいいわー!」
それを見た貴腐人はそのまま毒を撒き散らしながら、動かなくなった。
本当に死んでしまったのだろうか。
「えっ!?」
「はぁん!?」
パパさんは私達が心配なのかベッドから降りようとする。
だが、ドリちゃんにパジャマを掴まれて引き止められていた。
「パパはねりゅの!」
「俺は大丈夫だぞ?」
「メッ!」
ドリちゃんに怒られたパパさんは渋々ベッドの中に戻っていく。
「何かあったんですか?」
「ドリが介抱するって聞かなくて……」
さっきまで無理やり服を剥がされて、着替えさせられたらしい。
「パパいいこ!」
そして今は頭を撫でられながら、お粥を無理やり口に入れられていた。
レンゲに山盛り乗ったお粥が口から垂れていただけだ。
そういえば、倒れてからお昼ご飯も食べていなかったね。
ドリちゃんのよしよしには、パパさん専用の回復魔法がかかる。
これだけ元気であればパパさんも大丈夫だろう。
「おい、変な勘違いしていないか? 俺達は何もしていないぞ?」
「ハルナオ……最高!」
春樹さんが貴腐人に何かを言っているが、貴腐人は幸せそうな顔で時が止まっていた。
尊死って推し活ではあるあるだよね。
私もドリちゃんに名前を呼ばれると、ドラゴンの一撃よりも胸が痛くなる。
「また何かあれば呼んでくださいね」
「えっ……大丈夫か?」
「はい!」
私は倒れている貴腐人の足を掴み、部屋に運んで行く。
元気な推しが見れて、ミーティングも捗りそうだ。
あー、推し活最高!
純情な聖奈と腐りまくった貴腐人の差がすごい笑
次からは直樹視点に戻ります!
書籍第一巻発売しています!
よかったら購入していただけると嬉しいです!
次回、ご報告もさせていただきます!
そして、新作を昨日から投稿させていただいてます。
下にリンクがあるので、読んでいただけたら嬉しいです。
【タイトル】
田舎の中古物件に移住したら、なぜか幼女が住んでいた
~ダンジョンと座敷わらし憑きの民泊はいかがですか?~