107.配信者、畑の戦いを眺める
「はぁー、ひとまず安心だな」
俺は生まれたばかりの子ども達をチップスに任せてその場から離れることにした。
少し体も汚れたため、お風呂にでも入ろうかと思っていると、あることが頭をよぎった。
そういえば、祖父は何かあって急いで帰ってきたはずだった。
あの時はチップスの出産に気を取られていたが、大事なことを言いかけていたような気がする。
「じいちゃん、そういえば何かあったの?」
「あー、なんだったかな? 何か大事なことだったのは覚えているが……」
やはり認知症が良くなってきても、短期記憶自体はあまり良くなさそうだ。
ただ、忘れるぐらいなら特に問題はないような気がした。
「確かポテトに用があったんだよな……」
祖父は必死にポテトを見て思い出そうとしている。
しばらく頭を抱えたり、ポテトの頬を掴んで引っ張っていると急に表情が明るくなった。
「あっ、そうだ! 畑が荒らされてるってクリニックで聞いたんだった!」
『なぁに!?』
うん、思い出せたのは良かったが、表情が明るくなるところではない気がする。
ポテトも驚きすぎて普通に話しているように聞こえた。
「ポテト行くぞ!」
『おう!』
やはり普通に返事をしているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「ばあちゃんはチップス達の面倒を見てて」
「気をつけてね」
きっと祖母がいたら、何かあっても対応はできるだろう。
森田家のスーパーばあちゃんだからな。
俺は急いで畑に向かうことにした。
ちゃんと倉庫から鍬を持って、この間の聖奈熊が出た時に威嚇方法の対策はできている。
あの時は靴べらだったから、全く音が出なかったからな。
急いで畑に向かうと、遠くから何か破裂しているような嫌な音が聞こえてきた。
「いやーん、すばしっこいのね」
畑に着くと釜田クリニックの先生が、一生懸命イノシシを追いかけていた。
ちょうど柵を作ったことで、イノシシが逃げられなくなっているのだろう。
俺はポテトと目を合わせると、急いで柵の外に回った。
「へいへい、イノシシかかってこいよ!」
『ワォーン!』
必殺、外からの威嚇攻撃だ。
俺は必死に鍬を地面に叩きつけて音を出す。
あっ……。
鍬なら問題ないと思っていたが、ここは畑だった。
音も全く鳴らないし、地面を耕しているだけだった。
『ハァー』
そんな俺を見てポテトはため息を吐いていた。
遠くにいると思っているが、俺には呆れた顔のポテトがはっきりと見えているからな。
どうにかイノシシを柵に突進させて、動きを鈍くさせようとしたが全くうまくいかないようだ。
扉をあけて逃がさないと、ずっと先生との鬼ごっこが続くだろう。
「先生頑張ってー!」
結局先生を応援するしかなかった俺は柵の外から応援することにした。
だが、それが問題になるとは思いもしなかった。
「あら、なおきゅんが私を応援してるわ」
先生は手に力を込めると、大きく畑に打ちつけた。
――ドン!
鈍い音が聞こえたと思ったら、衝撃がイノシシに向かって飛んでいく。
正確にいえば畑を通して、ボコボコと地面が揺れるように何か動いているような気がした。
『ワワワワ!?』
それを必死にイノシシは避けていた。
「いやーん、悔しいわ!」
先生は何度も何度も畑に拳を打ちつけて、イノシシを追い詰める。
だが、それをあっさりと避けてしまう。
体が軽いのか、身動きが速くて中々追いかけられないようだ。
「パパ……?」
そんな光景を柵の外から見ていた俺のところに、ドリは遅れてやってきた。
俺の脇腹をツンツンと突いている。
「ドリ、どうしたの?」
「畑……壊れちゃうよ?」
「へっ!?」
俺は言われた通りに畑に目を向けると、じゃがいもが粉々に砕けて、畑にひび割れがいくつもできていた。
すでにじゃがいも畑は戦場の跡地のようになっている。
『グルルル! くそ……アイツめ!』
気づいたらポテトも怒って先生に威嚇をしていた。
また普通に話しているように聞こえているが、俺は気が動転しているのだろう。
「先生待った!」
先生は集中していて俺の声が届かないのだろう。
確か先生は元Sランク探索者と聞いている。
きっと獲物を捕まえるのに意識が向いているのだろう。
止められそうにもない先生とイノシシの追いかけっこを俺達は、ただただ眺めるだけしか出来なかった。
「あけましておめでとうございます!」
「あけおめ!」
「今年も畑の日記ちゃんねるをよろしくお願いします」
「おねしゃす!」
俺はドリと共に新年の挨拶を視聴者にした。
新作も下のリンクから飛べますので、よろしくお願いします!
ほのぼのダンジョンスローライフです!