七
茶筅髷を猛々しく結い上げた頭髪の下に黒光する鉢金、
その中心には揺れる炎の紋章。革鎧の上に薄紫の長着を着込み、
そこにも燃え上がる炎の文様が染め上げられている。
手甲と足甲でよろわれた凛々しい若武者姿の播磨悪兵衛。腰に刀は、無い。
やさしげな笑顔で七重を見つめている。大穴が開いた屋根から陽光が降り、
全身が輝いて見える。
「遖。よく頑張った。吉房どの。」
突如、自らの絶対空間を破り突入してきた侍らしき男を認めた弥者は、
狼狽の色も見せずに両腕を振り上げ、力を充溢していく。
あらたな空間を創造し始めていた。
向き直った悪兵衛は高く足を上げる。ほぼ垂直に振り上げた足をゆっくり
徐々に加速をつけて降ろし、最後は床板を抜くほど力強く踏みつけた。
床に接触した瞬間に一瞬の光と轟く爆発が発生した。
悪兵衛の足元より、弥者に向かって太い束のような衝撃が発生し、神殿の壁を
爆破しながら弥者を屋外まで吹き飛ばす。
「四股」と呼ばれる戦技であった。体内の士魂を足先に集中、
地面を踏み抜くと共に撃ちだすように任意の方向を爆破する。
武徳殿の外壁が独特の破裂音と爆音で吹き飛ぶ。
同時に巨躯の弥者が転がり出てくる。
「相変わらず悪兵衛殿の四股は爆破範囲が大きい。内偵には向きませんね。」
のんびりとした口調で炎の紋章の羽織を着た灰音が言った。
校庭にはすでに藩の兵士が入り、学徒を誘導している。爆破でざわつき、
弥者の姿を認めて悲鳴があがる。緊張の面持ちの兵士達が学徒の前に立ち、
槍を構えている。
武徳殿の内部より悪兵衛が現れる。その飄々とした表情を認め、
灰音は作戦の成功を知った。
手元の絹の刀袋から、重い金属音が流れ出したのは
悪兵衛が姿を見せたのと同時であった。
土煙が晴れると、一人、弥者が陽光の元に仁王立ちしている。
あれほどの爆破に巻き込まれながら、傷一つ負っていない。
長い体毛がなびき、岩のような筋骨の肉体の入れ墨は遠目にみて
虎の文様に似て美しい。学徒の誰もが恐怖に苛まれながら、それがかつて
敬愛した教師であると気づくものはいない。
悪兵衛に灰音が歩みより二人並び、灰音は膝をついた。
まっすぐに弥者を見つめながら、戦旗を立てる。
純白の旗にはなんの印もない。
悪兵衛が懐より折った書を取り出し、広げる。
「宣戦布告」
大音声が校庭を走った。悪兵衛を中心に校舎の窓の襖が振動し、破裂するように破け校長室の玻璃の窓が粉々に砕けちった。
兵士たち、学徒達、教師達があとずさりし尻もちをつくものもいる。
灰音が掲げた戦旗より炎が噴出し、燃え上がりながら揺れる炎の紋章となった。
人々が遠巻きにざわめく。
「本土決戦軍閥師団」
「吶喊白兵集参、不知火 播磨悪兵衛少佐である。」
「同じく灰音章雪中佐。」
「我が国民の命を脅かし奪う行為を侵略敵対行動とみなす。」
「佐官判断によりいまこの時をもって、戦争行為を行うものとする。」
「あらためて告げる。」
「いざ尋常に勝負」
「勝 負」
悪兵衛と灰音の大音声が再び校庭を走る。声による攻撃に弥者は苦痛に顔をゆがめ
後ずさりながらも炯炯とした目は変わることがない。
ざわめく人々の口から洩れる言葉。
「不知火だ」
「不知火」
「本閥だ」
「弥者を撃ちに不知火が」
宣戦布告と共に刀袋の内部の音が大きく響き、外から見ても振動し始めているのが
わかる。手早く灰音は紐をほどき、柄頭を悪兵衛に向ける。
黒色の拵えに炎の紋章の鍔、音を鳴らして刀身が内部で暴れているようだ。
これが、人間の最後の力、士魂で揮う決戦軍閥兵器、魁音刀である。
「士魂と剣。」
魁音刀を差し出した灰音がまっすぐに悪兵衛を見ていった。
「士魂と剣。…けりを付ける。烽火に夢み、研鑽を積む学徒を狙うとは」
悪兵衛も返しながら、その目の光は燃えるように輝き、髪が逆立つ。
秘密裡に殺され、その存在さえ強制的に忘れ去られていた哀れな学徒達に
思いを馳せる。
優れた力を日々鍛えながらもその夢を奪われた少年たち。
その中にはあの船山も片岡も含まれている。彼らも武に灯を見ていたはずなのだ。
「斬って捨ててくれる。」
悪兵衛が柄に手をかけると振動が止まった。一気に引き抜くとつんざくような
炸薬音と共に、青い火花が激しく刀身より散った。
「琿青」と名付けられたその魁音刀は夜空のような深い青の刀身に
日の光をかえして輝く。不知火隊内に於いても、
播磨悪兵衛少佐のみ扱える軍神の刃であった。
弥者はうっすらと笑みを浮かべている。
絶対的な力を持つ侍を恐れる弥者は多い。が、相対する場合は
対侍の力を持つ者であると考えられる。
恐怖の悲鳴をあげていた人々から、刀を抜いた不知火の侍への
声があがりはじめる。
一歩、二歩、三歩踏み出して弥者が両手を広げる。
「我はウイゴノカミ。」
「我が眷属に勝利を誓い、ワレビトの宣戦を受ける。」
「八百万と ヤシャヂカラと共に。」
「ハ ザ マ」
弥者の呪詛が響いた。神殿を充溢していた「何か」と同じ物質が
悪兵衛の足元を凝固し始める。それは先ほどの水中のような圧力とは
まったく別物で、石のように固まりながら、
悪兵衛の下半身を締め上げ始める。その形は薄く黒く煙るようで目視できた。
「飽和破常力…空間凝固は範囲を狭めるとその強度が上がるのか。
操るのも早い。だが…」
弥者に相対する灰音は冷静に二人を見つめている。その表情はいつも通り。
「だが、悪兵衛殿には」
悪兵衛は青銀に輝く刃を振るう。
身の回りの空間が透明な炎をあげて消滅する。
何事もなかったように無造作に歩を進める。
その様子に表情を歪ませるウイゴノカミと名乗った弥者。
「ワリヂカラ」
「死神め」
畏怖と憎悪に歯をむき出しながら吐き捨てる。
「リ ヤ ウ ノ ハ ザ マ」
ウイゴノカミは渾身の力を尽くし、侍達のいう飽和破常力を紡ぐ。
一抱え程の黒い煙が複数出現し、それぞれ悪兵衛の右腕、右足、左足の
凝固を始める。
同時に突進し、悪兵衛の目の前で飛び上がるとその自らの足元に黒煙が出現、
足場にしてさらに飛び上がる。
「ヤマトビトの剣は上下に標的をもてない」
数々の暗殺を行ってきた歴戦の弥者、ウイゴノカミは
武士が刀を振るい戦闘する場合、真上及び真下からの攻撃の手段が
極端に少ない事を知っていた。たとえ士魂による攻撃を行う侍といえど、
ハザマと呼ばれる空間凝固能力で有利な環境を作り出し、
数々の拝命殺戮を成功してきたのだ。
右腕を固定した煙を琿青の咆哮で消滅させ、足元を一振りした悪兵衛は
同時に飛び上がる弥者の姿を途中まで目で追い、やめた。
頭上を飛び越す上空に位置する弥者を感じながら刀を上段に構える。
やや刀身を倒し、片ひじをあげる変形上段であった。
全身の血液を送り込むように士魂が刃先に集まる。
呼吸と共に練り上げられた士魂が刃を振動させ、たかい金属音が鳴り始める。
悪兵衛は刃を袈裟に振り抜くと同時に士魂を爆発させ、叫んだ。
「旭光」
切っ先の地面が円形にえぐれ、鋭い収束音の直後、あたりを震撼させる
轟音が響いた。振りおろした剣の中心から輝く渦のような光弾が
現れ、真上に吹き上がる。
上空のウイゴノカミは突如、足元に発生した渦の力場に引き込まれるような
感覚に襲われ、次いで足元が粉々に分解していく様をみた。
引き込まれながら下半身が粉々になり空気になっていくのを
まるで夢のように感じ、苦痛はなく意識が透明になっていく。
「割れる 身体 割れていく」
魁音刀から発する殺傷能力を持った衝撃、魁音撃。そして悪兵衛が使役するのは…
「爆璧魁撃砲「旭光」。発動後、剣先に爆壁を生成、垂直上昇し」
「範囲内の狗族及び弥者を殺傷 昇る日に因み命名される」
灰音は、編纂された魁音撃一覧の一文を反芻していた。
旭光に吹き飛ばされたウイゴノカミは消滅した。
焼け焦げのある神主衣装から煙が上がっている。
灰音は悪兵衛に歩み寄り琿青の鞘を渡す。
「こやつとの付き合いは長いはずなのに、いう事を聞くのは悪兵衛殿だけ。」
「恩知らずな刀ですまぬ。」
頭をかいて苦笑しながら刀を鞘に納める。
同時に人々の歓声があがった。人々を先導するべき兵士たちも兜を脱ぎ、
拳を突き出して鬨の声をあげる
校庭が歓声で包まれる。
学徒の間より、白いあごひげをたたえた校長が杖をついて前にでる。
灰音が気づき、悪兵衛を促す。
「悪兵衛殿。」
「うむ。」
校長が背筋を伸ばし、敬礼する。
「私立武僑高等学園校長、吾妻平太郎 元大尉であります。」
「休め。」
「局地戦とはいえ、迷惑をかけた。内偵を進めていた弥者の討伐を完了した。」
「協力を感謝する。」
悪兵衛は校長に一礼した。
校長はまぶしく若武者を見つめている。
「見事なお手前でございました、少佐。」
「…優秀な生徒が多いと聞く。なお一層文武を奨励する。」
「はっ」
敬礼で返す校長、悪兵衛と灰音もそれにこたえる。
沸きあがる学徒たちの歓声、興奮した表情の重森も見える。
照れくさそうな無表情で手をあげて答える悪兵衛。笑いをこらえながら灰音が
それを見つめる。
兵士をまとめる部隊長が灰音と後処理の話を始めている。
学徒たちの中に、笑顔の七重を悪兵衛は見つけた。
その手には炎の紋章の入った振鼓が強く握られている。
悪兵衛は少し微笑み、七重に問う。
「武道は続けるのか?」
「はい。不知火をこの目で見ましたので。」
「そうか。」
「さらば。」
歩き出す悪兵衛を見つめる七重に桜が降り始める。
話を終えた灰音が悪兵衛に付き従う。薪取りの諜報員こと
井上と共に校門を出る三人。それを見守る藩の兵士達。
「章さん、屯所に帰ろう。」
任務を終え、白い歯を見せて悪兵衛が言った。
狗族とそれを統率する弥者による侵攻を防ぐため、
時には先陣をきり、時には内偵活動を行ない、場合によっては
単独でも戦争行為を行う吶喊白兵衆参、不知火。
佐官以上の者には状況判断の末、単独で戦端を開く事が
許されていた。
圧倒的な攻撃力を持つ本閥と弥者の戦いは混沌とし、
戦局は激しさを増していったと後に記される。
旭光の侍 了