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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
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行燈の明かりに照らされた七重。ぼんやりとした表情で

絵物語をめくっている。


「播磨くんってどういう人なんだろ……。」

「後ろの剣、避けられなかったのかなぁ。」

「や、むしろ石を投げて助けてくれたの、播磨くんじゃないのかな。」

「重森にかけた合気の技……。」

まとまらない考えが頭の中をまわり、覚えたばかりの悪兵衛の顔を

思い浮かべている。

階下から母親の足音が聞こえ、襖が開けられた。


「七重、母さん今から生徒さんくるからっ。」

「薪屋さん来てるから代金とお駄賃払っておいて!」

三味線を持って座敷に向う母親。

座敷には幾人かの女性徒が待っている。

「はぁい。」

面倒くさい…と思いながら薪と聞いて何か引っ掛かり巾着を持って階下に下りる。


土間では男が薪を積み荷から降ろしていた。その腕は重量を持ち、支え、

降ろすごとに瘤のように筋繊維が盛り上がり、太い血管が脈うっている。

うっすらとあせばみながら機械のように薪を下す。

強大な膂力とその持久力が見てとれた。

強靭な肉体に七重は目を奪われる。

男が顔をあげる。播磨悪兵衛である。


「代金をいただきたい」

笑いかけた白い歯の童顔の男をまぶしく七重はみた。

「あ、ごめん…まって」

「これ、駄賃分。」

「かたじけない。」


山のような薪を背負って土間から出て行く悪兵衛。

呆気に取られていた七重が草履をひっかけ、提灯を持って追う。

「まってよ」


夕闇の中、提灯の小さな明かりが揺れる。足元を意にも介さず日中と

同じ速度で歩を進める悪兵衛。

七重はその様子をうかがうようにして連れ添っている。


「まだ集金と配達せねばならぬ。」

「どこに?」

懐から懐紙を取り出し、確認する悪兵衛。提灯で照らす七重。

「香田・・榊原・・山芝・・上野だ。」

「井上さん…いつものじい様は?」

「寝ておる。腰痛だ。」

「播磨くんはじいさまの子なの?」

「いや。遠縁だ。」

ぶっきらぼうな播磨の横顔を七重が見つめている。

「頭・・割れたの大丈夫?」

「何ともない、世話になった。」


言葉少ない悪兵衛の物腰を見て七重は思う。

目の前の同級生は決して薪取りを生業にしているわけではない。

ましてや一般の町人でもないだろう。


「吉房どのに伺いたい事がござる。」

「先だっての武芸大会の折、優秀な成績を残したものが失踪したと聞き申した。」

「それも三大会連続。」


悪兵衛の言葉に表情を伺う七重。だが宵闇の中では光を湛えた

黒い瞳の様子しかわからない。

「いっちゃだめな話なんだけど…家の人が自慢しちゃうんだよね。」

「秘密に軍に召集かけられたって」

「軍に召集?」

「本閥かもって。家の人にそれらしい事をいっていなくなっちゃったんだって。」

「本閥?」

「本閥が極秘に…本閥選無しで入隊を認めたって。」

「いなくなった家の人は名誉な事だって喜んでるから…いってまわるの。」

歩きながら、七重は悪兵衛の身体から熱気のような圧が吹き出すのを感じた。

一瞬だけであったが溶岩のように噴火したその気は、また静かに霧散した。


「そろそろ暇しなくては。」

「あ、そうだね。」

「播磨君は武芸大会…」


「吉房」

悪兵衛にいいかけた七重の前に爛々と目を光らせた船山が立ちはだかった。

狼狽した七重はとっさに悪兵衛をみたが今までそこにいた級友は

影も形もなくなっている。

「今朝の話の続きだ。」

明かりの消えた水車小屋の脇に船山は七重をおし込めた。

「本戦を辞退してないようだな。」

「お前は下級の癖に、武専への尊敬が足らん。俺が教えてやる。」

正気を失い、口の端に涎を垂らして嗤う船山。顔を近づけられて背ける七重。

また、鈍い音が鳴った。鳩尾に丸石がくいこみ、息がつまる船山。

その顎にもうひとつ、風を斬って投げつけられた石が、上昇する奇妙な軌道で

当たった。天を見上げて倒れる船山。

荒い息をつきながら道にでる七重。その視線の先には、手の丸石を放り投げる

悪兵衛の姿があった。

逆光の月明かりでその表情はわからない。悪兵衛は無言で籠を背負い直し、

闇に消えていった。

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