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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
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旭光の侍


八百万の神のおわす時代。

日のいずる山とみ霊の宿る大地の国。

命の白い炎燃え、天に丹の稲光走り、

わだつみは蒼く嘯る国。


来るべき訪れる益荒男の時代。


人類は狗族(くぞく)と呼ばれる異形と(いくさ)を繰り返していた。

超然の力を身に着けた狗族に劣勢を強いられ、数多の命を散らしている。

また狗族を指揮する者達によって度々の敗戦を喫し、

滅びの時が来るのも時間の問題と考えられていた。


しかしこの非対称戦争に戦勝をもたらすと言われる兵器が登場した。

現在より約三十年程前になる。


*


戦場は陽光に輝く雪原であった。針葉樹が影を落とし、冷たい風が吹く。

点のように落ちている赤黒い染み、それはすべて死体である。

無念の表情をうかべる血まみれの兵士達。ぽつりぽつりと倒れている

それはやがて、おびただしい数になった。

埋葬も死を悼むことすらできない、生き残りの兵士達が集まっている。


「生存数六十七名。半数が戦死、戦時中行方不明含まれます。」

茶色の胴丸に折れた槍を持った兵卒が年配の男に申告する。

その額には血が滲んだ鉢巻が痛々しく巻かれている。

「敵は入道蜘蛛と編切り、背後と前方に無数に出現。」

「一時方向の丘陵、指揮をしている弥者(やしゃ)確認。」


矢継ぎ早に悲鳴に近い報告が上がってくる。

残存兵達はすでに恐慌をきたしていた。

隊長と呼ばれた年配の男は言葉を発する。

「もはやこれまでと知って姿を現したか、異形めら。」

「皆、国と仲間を思いながら死のう。」

隊長の絶望の言葉と共に兵士達は微笑を浮かべる。

諦めと、戦う意思と、空白の混沌とした感情に支配され、異様な

雰囲気になっている。

「それぞれ3方に退却、敵の包囲の薄い」

足元の雪が爆発したように吹き出し、隊長の腹部を背後から

黒々とした節足が突き刺した。胴丸を突き破り、刺にも似たそれは

鮮血とともに隊長の命を易々と奪う。

全身を雪中から現したそれは、およそ人の三倍はあろう巨大な蜘蛛で

その頭部は人間の老人に酷似していた。薄ら笑いさえ浮かべている。

「敵襲」

「退却、退却、退却。」

「蜘蛛が」

「岩本殿が」

「敵が」

兵卒の悲鳴がその場にいたおよそ六十名程の者たちに波及していく。

すでに戦う隊列を成してはいない。恐怖が支配する混乱した只の人間の

集まりに過ぎなかった。


狗族、とは。異形である。その出自は詳しくわかっておらず

太古より存在していた。人外の地に潜み、例外なく攻撃する危険な生物で

その駆除も行われていたが、廃絶には至っていない。

約百年ほど前、狗族を統率する「弥者」と呼ばれる亜人種が現れた。


戦場を見下ろす小高い丘陵の先、二人の屈強な男が虐殺を視ている。

分厚い皮製の肩掛け、鈍く金に光る装飾具、また衣服の上からでもわかる

大柄な肉体と力を秘めた腕の血の筋。細かく文字の刻まれた仮面をしている。

一人は静かに見守り、一人は背後に付き従い膝をついている。


「アリの巣をつつくがごとし」

「まさにまさに」

嘲笑を含んだ声で会話する。弥者である。

背後の男が仮面をとり、死者の数を確認する。

男の容貌は頑健な成人男性のそれだが、複雑な文様の入れ墨がその表面を

覆っている。またその額には瘤のような角が生えている。ふと、遠くの音に

気が付き、顔をあげる。


兵卒にとって地獄、であった。

槍を揮い、漆黒の蜘蛛を突いてもその刃先は岩石のような表皮を貫くことはできず、

節足で頭蓋を粉々にされる者。噛みつかれ、首元から鮮血を噴き上げる者、

逃げ出す背中の皮ごと脊髄まで引き裂かれる者。

踏み固められた白い地に大量の血液が降り注ぐ。

六十名程いた生き残りが相対するのは二百以上の入道蜘蛛と呼ばれる狗族だった。


「ヤマヒコノヌシ……恐れながら」

「ワリビトが現れたか」

ヤマヒコノヌシと呼ばれた男が仮面の奥の目を光らせる。

雪原の向こう、かすかに太鼓の音が響いている。

山びこのようなその音は徐々に音量を増し接近してくる。


逃げまどい、血にまみれながら戦う若い兵卒がその音に気付く。

幻聴をうたがい、耳元を掌で打ち付けて自らの意思を確認する。

「あれは……」

「あれは……本閥」

死を覚悟していた兵卒の瞳に涙があふれる。

隊長を失い、仲間を虐殺されながら踏みとどまっていた者たちから

絶叫に近い声が沸き起こる。

「本閥だ!」

「不知火太鼓だ……!不知火だ!」

「不知火だ……不知火が!」

若い兵卒は狂喜しながらも、目の前に現れた入道蜘蛛に槍を叩き折られ

命を失おうとするその刹那

飛来した光源が入道蜘蛛を爆撃した。

八本の節足のうち四本まで爆散し、胴、胸、首も穴が開いている。

雪原に飛来した光源は矢であった。その矢羽には揺らめく炎の紋章が描かれている。

矢によってばらばらにされた入道蜘蛛はゆったりと動きながらその命を終えた。

戦場には蜘蛛だけを精密に狙った矢が降り注ぎ、すべて命中後血潮を噴き上げて

破壊していった。


「空爆命中、距離六十」

「第二射放て」

幾人かの純白の陣羽織を纏った兵士の中、その長と思われる初老の男が

冷静に言い放つ。その脇には轟音を放つ太鼓を打つ僧形の男。

傍らにつく面長の男が長による指示を他の男達に与え続ける。

二名の射手が打ち上げた矢は光弾となり、降り注ぎ、

入道蜘蛛だけを確実に屠る。

太鼓の轟音と矢に、蜘蛛達の動揺の蠢きが広がる。


次々と破壊される入道蜘蛛を見つめている弥者。

狗族の主とも思われる身分の高い男が、剣の柄を強く掴みその戦意で

揺らめいている。付き従う男が重い口を開く。

「ワリビトの部隊、ビャッコと思われます。数七名」

「死神の連中か」

「退却する。ヤツマタノナリムシは捨て置け」

「しかしヤマヒコノヌシ」

「勝負にならぬ。ここで命を落とすことも許されぬ」

「奴らは人に非ず。ことわりを破壊する我等の天敵」

盟主の弥者二人は戦場に二百の入道蜘蛛を残し、踵を返した。


「空爆停止、抜刀準備」

弥者達にワリビトと呼ばれ恐れられた戦士団の長が低い声を出す。

十名に満たない男達は腰の刀に手をかける。

鞘の奥で低く唸るような金属音をあげた刀は、

渦のような音響になっていく。


何代にもわたる狗族との死闘、弥者との戦争。

そのなかで人類はとうとう最後の攻撃手段を身に着けていた。

本土決戦軍閥師団、通称「本閥」と呼ばれる戦士団は四つの軍団に分かれ

中でも拠点防衛義務を持たない攻撃専門の軍閥が「不知火」と呼ばれる。

異形との戦争に勝ち抜く為の最後の人間兵器「侍」である。


阿環 址間 

刃羅 別那

聡羅刃 波螺邪弥 

苦羅斗羅 阿環邪

刃羅 別那

刃羅 別那


侍達が同音異口を発する。面頬に包まれた戦士達の目は光り

異形に対する恐れはない。発する文言により戦意が膨らんでいく。

腰の刀からは異様な金属音が唸り、小刻みに震えている。

それを抑えるかのように炎の紋章の鍔を抑える侍達。


士魂しこん」が発動していた。

それは戦いの中で編み出され、研鑽されてきた怒りを含む精神力。

手に持つその刀は、力を刃で射出する兵器である。

しかしそれを発動し殺傷力として扱う事のできる兵士はごく僅かにとどまる。

精神と肉体を極限まで鍛え上げ、かつ希少な精神力を持つ超人兵器、

それが本閥の侍である。

弥者には死神と忌まれ、人々には軍神と崇められる

人類最後の剣であった。

不知火の侍達の抜刀の金属と炸薬の異様な音が雪原に響いた。


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