将太くんと狐の神様
この作品は武 頼庵(藤谷 K介)様ご主催の「正月はこれでしょ」企画の参加作品です。
また、武 頼庵(藤谷 K介)様ご主催の『繋がる絆企画』参加作品です。
将太くん(5歳)にはある計画があります。
それは、お正月におじいちゃんの家の裏の山にある祠に居ると言われている狐の神様にお願い事をすることです。
今年の年末も将太くんの家族はおじいちゃんの家に帰省していました。
おじいちゃんはこう言っていました。
「裏の山には祠があっての、狐の神様が居るんじゃ。お正月に狐の神様にお願い事をすると、願いが叶うんじゃ。でもな、願いが叶うまではそのことは絶対秘密じゃぞ。それに、すぐに泣いてはいかんぞ」
将太くんはそれをちゃんと覚えていました。
今日はその待ちに待ったお正月。
「よし!」
まだ暗いうちから将太くんはムクリと起き上がりました。
「つめたい」
顔洗って、歯を磨いて、服を着替えました。
そして、用意していたリュックを背負ってそっと部屋から出ました。
誰にも見つからないようにキョロキョロと周りに気をつけながら、家の中を歩いて行きます。
ハンカチがどこにあるのかわからなかったので、お風呂場からタオルを持ち出しました。
おじいちゃんとお父さんは、酔っ払ってリビングで寝ています。
お母さんどはこにいるのかわかりません。おそらくどこかの部屋で寝ているのでしょう。
そして、キッチンにたどり着きました。
「あぶらあげ」
おじいちゃんは、狐の神様は「油揚げ」が好物だと言ってたのを将太くんはちゃんと覚えていました。
でも将太くんは「油揚げ」というのがよくわからなかったので、おせちの中からエビフライを2つ、キッチンペーパーに包んで、大事にリュックにしまいました。
エビフライが揚げ物ということ将太くんは知っているのでしょうか?
それは、将太くんにしかわかりません。
そして、そ〜っと玄関から外に出ました。
「よし、しゅっぱぁ〜つ!」
将太くんは、初めての一人での冒険でワクワクとしていました。
そうです、将太くんの計画とは「祠に行って狐の神様にお願い事をする」事です。
おじいちゃんの家の隣には小さな果樹園があって、その向こうの登り坂を少し歩くと小さな田んぼがあります。
将太くんはブンブンと手を振ってズンズンと歩いて行きます。
ザク
ザク
ザク
「ん?」
田んぼのあぜ道を歩いていると、足元からザクザクという音が聞こえてきました。
「なんだろう?」
ザク
「おもしろい」
ザク
それは、霜柱なのですが、将太くんはそれが何か知りません。
でもなんだか楽しくなってきました。
ザク「ふんふん♪」
ザク「ふんふん♪」
歩くたびに音の出る方に、歩いて行きました。
でも、霜柱の音に気を取られてしまい、祠の方とは違う道を歩いてしまいました。
その道の先には小さなため池があるので「危ないから行ってはいけない」と、おじいちゃんに言われていた道でした。
「あっ!」
足を取られて、ゴロゴロとため池の方に落ちてしまいました。ほとんど人が通らないところなので、地面が緩んでいたのでしょう。池に落ちなかったのは幸いでした。
「い、いたい」
普段の将太くんなら泣いていたでしょう。でも今日は泣くわけにはいきません。
「ううっ、なかない」
体のあちこちに擦り傷ができていますが、歯を食いしばって我慢しています。
ここまで来て諦めるわけにはいきません。
「いくぞ」
頑張って立ち上がり、また歩き始めました。
今度は絶対道を間違えません。
山と言っても、小さなものです、しかし5歳の将太くんはにとっては、まるで大森林にいるような気分になります。
「よし、このみちだ」
祠へ行ける道を見つけたようです。
「がんばる」
こう言っていますが、本当は泣きたいほど帰りたいのです。
しかしお願いをするまで諦めるわけにはいきません。
自分に言い聞かせてまた一歩一歩、歩いて行きます。
「さむい」
もうかなり明るくなってきたのですが、急に寒くなりました。放射冷却でしょうか?
さらに、それほど曇ってもいないのに雪がちらちらと降ってきました。
それでも頑張る将太くん。何をお願いするのでしょうか?
クリスマスのプレゼントで貰えなかったレアのキャラカードかな?
それは将太くんにしか分かりません。
「はっ、はっ、はっ」
本当はそれほど時間が経ってないのですが、翔太くんにしてみれば永遠にも感じる時間でした。
「みつけた」
ようやく祠を見つけました。
祠は長い間放置されていたため、枯れた落ち葉や、ほこりなどでとても汚れていました。
「おそうじ」
僕にだっておそうじくらいできるんだ!と、将太くんは祠の落ち葉などを片付けました。
そして、持ってきたタオルで祠をゴシゴシと拭きました。
「きれいになった」
大人が見れば、とても綺麗ではないのですが、将太くんは満足していました。5歳児ならこれくらいで十分でしょう。
「あれ?」
お供え用に持ってきたエビフライなのですが、キッチンペーパーに油が染み込んでぐちょぐちょになっていました。さらに池の方に転がり落ちた時、潰していました。
「だいじょうぶ」
「何が?」と、聞きたくなりますが、将太くんが満足しているのでいいのでしょう。
将太くんは祠にエビフライをそっとお供えをしました。
「こうするのかな?」
お祈りの方法がわからなかったのですが、おばあちゃんがお仏壇の前でしていたことと同じようにして、お祈りしました。
「.........zzz」
よほど疲れていたのでしょう。そのまま眠ってしまいました。
ーーーーーー
コン コン ココン コン ココン♪
コン コン ココン コン ココン♪
『ん?』
そこは真っ白く何もないところでした。
『ゆめ?』
将太くんは夢かな?と思いました。
コン コン ココン コン ココン♪
コン コン ココン コン ココン♪
『なんのおと?』
頭の中に音が響き渡っています。
コン コン ココン コン ココン♪
『あっ』
『きつねのかみさま?』
コン!
どうやら狐の神様?が返事をしているようです。
『おねがい、あります』
コン!
『ぼくのおねがいはね、あっ』
おじいちゃんに誰にも言ってはいけないと言われていたので、思わず手で口を押さえました。
でもここは夢の中です。
大丈夫、と思った将太くんは狐の神様?にお願いをしました。
『ぼくのおねがいはね、ごにょごにょごにょごにょ』
コン!!
ひときわ大きく狐の神様?は返事をしました。
『おねがいします』
コン!!
ーーーーーーー
おじいちゃんの家ではちょっとした騒ぎになっていました。
「将太はどこに行ったのかのぅ」
「大丈夫かしら」
おじいちゃんとおばあちゃんはとても心配そうにしています。
でも、お父さんとお母さんは平然とした顔をしています。
どこに行ったのかわかっているからです。
昨日あれだけ聞きまわっていたらご両親ならすぐにわかります。
5歳児のすることです。わからないはずがありません。
でも、元旦の今日、しかもこんな朝早くに決行するとは思ってもいませんでした。
「あなた」
「ん、行ってくる」
そう言うとお父さんは迷わず祠に向かって歩き出しました。
そして、祠で寝ている翔太くんを見つけて、そっと抱き上げおじいちゃんの家に戻って行きました。
目を覚ました将太くんはそれはそれは叱られました。
でも何をしに行ったのかは絶対に話しませんでした。
今年のお正月はとてもみんな暗いです。
誰も一言も話しません。
こんな暗いお正月に将太くんは一人、顔をあげて決意していました。
ぼくはしっているんだ。
はんとしまえから、おねえちゃんがびょうきになって、にゅういんしていること。
おかあさんが、「あのこはもうだめかもしれない」といってないていたこと。
おとうさんが「だいじょうぶだ」といってたけど、なきそうなかおをしていたこと。
でも、だいじょうぶだよ。
きつねのかみさまに、おねがいしたから。
だれにもいってないし、ないてない。
だからしんぱいしないで。
ぜったい、だいじょうぶだよ。
ー3ヶ月後ー
「ただいま!」
おわり