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6. ただ単に森で迷ってたら、ぼっちの美少年エルフに助けられるお話(後)

~前回までのあらすじ~

 あ、よろしくお願いします。あらすじを担当します、ユノお兄様(ニセ)の弟のティルです。覚えてくれているでしょうか。

 兄上(ニセ)は本当に優しかったんですけどねぇ。ニセ者だったらしいです。うーん……、大好きだったんですが、僕にはよくわかりません。とにかく僕の屋敷にはもういません。

 風の噂によると、デンジャラス峠近くの森の中で見かけた人がいるそうですよ。あそこの辺りには、変なエルフが住みついてるって噂も聞いたことがありますね……。よく分かりませんが、あまりこの話はしないように父上に言われていますので、この辺で。じゃ……


※作者コメント

 当初は自身にはっぱをかけるために週一回更新を宣言しておりましたが、実力不足でした。ごめんなさい。1~2週に一回更新に変更します。

 それと今回のお話はちょっと硬いかもですが、次回はもっとポップでキャッチ―です。今後もよろしくなのです。では、はりきって、美少年エルフの後編です!



 そのエルフは名前をサキーといった。

 切れ長の目、ウェーブのかかったブロンドの髪、まだ幼さの残る美少年だった。白い肌に無邪気なえくぼをうかべながら、火打石を叩いて干し草に火を起こした。

 そして慣れた手つきでブルーラビットをさばくと、太い串に刺して火にかけた。


 ぼくよりも頭一つ背の低いこの少年がとても頼れる人物に思えたのだ。


「ブルラビちゃんはここの、お尻んとこがうまいんやで。へへへ」


 サキーは愉快げに油が滴る肉塊を、木の枝でツンツンしている。

 焚き火の音がパチパチと鳴る。肉塊に焼き色がついていくのをぼくは喉を鳴らして見ていた。




 ぼくは今、森の中でたまたま出会ったエルフの少年に誘われてキャンプみたいなことをしているわけだ。彼が狩ったブルーラビットの肉を焼いて食べさせてあげると言われたのだ。

 タダで。

 何度も確認したけど、本当にタダでいいって言ったんだ。

 お金も無ければ食べる物も無かったぼくには心の底からありがたかった。こんな親切な少年に、こんな森の奥深くで出会えるとは思ってもみなかった。


「ユノはさ。冒険者とかなわけ?」

「いや、まだ、そのぉ、ただの浪人とか、旅人とか――」

「あ、ワケアリってことやね。へへ。別に言わなくてええで、悪い奴じゃなさそうやし」


 サキーはニコニコとした表情で炎にかけた串を回す。


「あれなん? デンジャラス峠に行くつもりやったん?」

「うーんと今、街を目指してるだけなんだけど。出来ればもっと安全な道を通りたくて引き返そうかなと思っていたところ」

「へへっ、そやろなー。へへ、ユノって弱そうやし。へへ、んへへ」


 こんな幼い顔の少年に笑われるのはしゃくだけど、さっきブルーラビットを射止めた弓の腕は相当だった。森の民エルフという種族の持つ技能なのだろうか。

 悔しいから、ぼくは話題を変える。


「サキーって、ここで暮らしてるの?」

「ふん、せやで。ここら辺の森で狩りをしたり魚を釣ったりしながら一人気楽に暮らしてんの。だからオイラの生活圏じゃ強いモンスターはほとんどおらんよ。安心してな」

「一人で、か……。すごいね。ぼくも一人だけど、大違いだ……」

「へへへ。あんまり他人に入って来てほしくないから、『この先危険』て看板をあちこちに置いてるんやけどね。たまにユノみたいな、お困りな人が入って来ると助けてあげたりしてる。デンジャラス峠で傷ついた人なんかがやって来るんよ」


 そういえば、看板がいくつかあったけど、サキーが作った看板だったのか。言われてみれば、彼が書きそうな字だったな……


「お、焼けたよー。ぃよっと、……ほれ、ガブッといっちゃいなよ、ガブッと」


 サキーはポケットから調味料の容器を取り出すと、焼き上がった肉にそれをふりかけて、串をぼくに渡した。

 ぼくは湯気の立つこんがりと色の着いた肉塊を受け取ると、その湯気を鼻から大きく吸い込んだ。香りを堪能したら、一杯に口を開けてお尻の部分に食らいつく。ガブッ、と。


 久々に食べる肉の歯ごたえ。脂身は少ないが柔らかくて味わいがある。噛むたびに体に精がつくような気さえした。ぼくは夢中になって肉を噛み切っては頬張った。


「必死かっ。へへ、 うまい?」


 サキーは面白い物を見るような目でぼくが肉を食べる姿を見ていた。ぼくは口に入れた肉をゴクンと飲み込んで、


「美味しいよ! お肉もだけど、この香辛料が良い風味だね。サキーが作ってるの?」

「へへ、せやろぉ。この森でしか採れへん香辛料とかハーブをいろいろ混ぜた〝サキサキサキスパイス〟やしな。へへっへっ」


 どうりで珍しい風味だと思った。そのスパイスが食欲をそそるから尚更夢中で食べてしまっていたのだ。


「ぃよし。ごはんが済んだし、近くの小川に寄って体を洗うとええで。ほんでその後、近くに大きな木があるから、その上で今夜は休んだらええよ」





 川で水浴びをして、西の空が赤く染まる頃、ぼくはサキーに連れられて一際大きな木の根元に辿り着いた。地に太い根を張った立派な大樹だった。


 サキーは木のツルをつかみながらスルスルッと器用に高くまで登っていくと、木の上からツルを降ろし、それにつかまって登るようぼくに言う。ぼくはつかんだツルに引っ張られながら上まで登っていった。

 てっぺんに近い所まで登ると、サキーは二本の太い枝の間に網を張ってぼくの寝床を作った。枝も網も丈夫にできていて、そこに寝転ぶと、まるで宙に浮いているようだった。


 この旅を始めてから、夜に木の上で眠るのはいつもの事だった。だけど、枝に座って幹にしがみつきながら眠っていたのだ。それに比べると、この網の寝床はとても快適な寝心地だった。

 そして何より、敵に襲われる心配が無い。だから、心の底から安心できるんだ。

 ぼくがその寝心地の良さにふけっていると、口笛が聴こえた。


 サキーは、一本の枝に仰向けになり足組みをした体勢で、口笛を吹いていた。心を落ち着かせる澄んだ音色だった。小鳥たちが近くの枝に並んで聞き入っていた。



 そして日が暮れる。東の空には銀色の三日月が昇った。

 この森に入ってからずっと見ることができなかった満天の星空が広がる。星がつかめそうだ。今まで感じたことがないほど星が近い。


 ホーホー ホーホー


 リンリン リンリン

 

 ぼくとサキーは、木の上で星空を眺めながら、フクロウと鈴虫たちが奏でる音楽を聴いていた。




「なあユノ?」

「なに?」

「人間にはギフトっていうのがあるんやろ?」

「うんあるよ。エルフにはないの?」

「ギフトのようなハッキリしたものはないけどね。でも一人一人に〝才能〟みたいなものはあるねんで。得意や不得意みたいなものかな」

「へえ、才能……」

「オイラが思うにさ、ユノはあまり良いギフトに恵まれなかったんちゃうかなぁ?」

「う……、分かるの?」

「へへぇ。そりゃさ、良いギフトならこんなに困ってないでしょ。へへっ」

「たしかに……」


 サキーは急にいつもの陽気さを潜めた。


「あのさ……。能力とか才能って、何なんやろうね?」

「え?」


 そんなの、考えたこともなかった。


「オイラさ……。生まれた国ではね、弓の才能は一番やったんよ。誰もがオイラを認めてくれてた。へへ。大昔の話やけどね」


そうか、あの弓の腕前はエルフの中でも一番のものなんだ、納得。ただ、それよりも、


「ん? 大昔?」

「うん、昔ね。600年くらい前かな」

「え、600年! サキーっておじいちゃんなの? めっちゃ年上ってこと?」

「へへへっへっ。あ、人間さんはオイラ達のこと子供に見えるんやっけ。別にええで。気にしない気にしない」


 そういえばエルフは長生きだと聞いたことがある。おもっきり年下だとナメていたからビックリしてしまった。

 まだ頭の整理のつかないぼくをよそにサキーは話を続ける。


「でな。昔は国で一番の弓の才能やったんよ。狩猟に魔物討伐に、ときには戦争に、大活躍ってわけ」


 本当のサキーはぼくなんかよりも、とても人生経験豊富なエルフだったのだ。


「そう……すごいんだね、サキーって」

「でもな。オイラの国のエルフ達はね、精霊の力を得る方法をちょっとずつ学んでいったんよ。で遂に、エルフ達は魔法が使えるようになった。風を起こしたり、水を操ったり、光を生み出したりね」


 ぼくは魔法を操ることができるエルフの話しか聞いたことがなかった。


「へえ……昔は、そんなことがあったんだ……」

「そう。エルフが魔法を使えるようになったらさ、弓の才能は価値を失っちゃったわけ。魔法こそが有用な才能になった。そしてオイラは魔法が全く使えなかった。だから……オイラは凡庸なエルフになっちゃって。誰も……オイラを褒め称える者は誰も……いなくなった」

「そう、だったんだ……」


 月明りに照らされるサキーの顔が寂しそうだった。


「でオイラは国を出た。才能で、偉くなったり貧しくなったり。才能で、称えられたり(けな)されたり。なんとなく、嫌になったんやろな。へっへへ」

「……」


「昔は国のためにとか、誰かのためにとか頑張ってたと思うねん。立派なエルフになろうって何かスゴいものを目指してた。けど、そういう生き方が出来なくなってな。全部捨てちゃえーって思って、煩わしいモノ全部捨てて、ただ単に、生きていこうって思ったんよ」


 サキーは言葉を探すように、うーんと唸って、


「なんていうかな。生きることを目的に生きていこうって。それでこの森にたどり着いた。ここならひっそりと静かに生きていけるなって。うん」


 サキーはうなずいた。が、また首をひねる。


「でもな……それだけでもないねん。ここって、デンジャラス峠で希望を失った人らがやってくるやん。そういう人らを助けながら、高みを目指す人達の話を聞くのが楽しみやったんやろなぁ。きっとそういう人達が羨ましくて。ずっと羨ましいって、思ってるねん」

「……」


 ぼくは何も言えず、サキーの話を聞いていた。サキーは元の陽気さを取り戻して言う。


「オイラがユノを見たときな。ほんと必死に生きようとしてるように見えた。それに、でっかい未来を目指してるように見えたで」

「……」


「ごめんな、喋りすぎた。へへ。今日はゆっくり寝てってな。また明日、ユノの話聞かせて」


 サキーは寝返りをうって、ぼくに背を向けるように体を横にし「おやすみー」と言った。


「ありがと、サキー。聞かせてくれて。おやすみなさい」


 その日最後の「へへ」という笑い声を聞くと、ぼくはまぶたを閉じた――





 次の日の朝から、サキーは峠を越える安全な道を案内してくれた。彼の持つこの森の知識は確かだった。手強い魔物に遭遇することは一度もなかった。

 途中、森での暮らし方を沢山教わった。火の起こし方、川の探し方、網の作り方、他にも沢山。毒キノコじゃないキノコも教わった。釣りもした、弓を使って狩りもやってみた。残念ながら弓の才能はやっぱり無かったんだけどね。


 4日間ぼくらは道なき森の中を進んだ。毎晩、共に大きな木に登って星空を眺めた。



 そして遂に、

 木々が途切れ、平らな草原が広がった。


 無事に、森を抜けることが出来たのだ。長く、一時は途方に暮れた森の中の旅が今、終わりを告げた。後半はサキーのおかげでとても楽しい旅になった。

 なんだかこの、暗くて険しい森が名残り惜しくなっていた。


「ユノ。ここでお別れやな。がんばってな」

「サキー……。君の、この森はとっても素晴らしい所だね。ぼくも……」

「どうしたん?」

「ぼくも、サキーのように暮らせないかなって思ったんだよ。ギフトに恵まれなかったぼくはサキーのように生きるのが正解なのかなって……」


 サキーは首をふった。

 

「へへ。それはダメやな。森で暮らすにはまだまだ修行がいるんやで。それに……」


 サキーはえくぼを消して、ぼくの瞳を覗いた。


「ユノはまだ全てを捨てるには早いよ。まだ今は、もっともっと自分の可能性を広げる時期やから。ユノには目指すべきものがあるはず。突き動かす熱いモノがまだまだ、あるんやろ?」


 拒絶されたように感じたぼくは、サキーから視線をそらした。

 でも、サキーの言う通りなんだと思った。600年以上も才能と向き合ってきた彼が言うのだから。


「へへ。まーでもさ。もしも、もしもどうしようもなくなったらさ、オイラみたいなこんな生き方もあるって事を思い出したらいいやん。そん時は、気楽に、気楽に生きればいいって思えば?」


 サキーは白い歯を見せてニカッと笑ってみせた。


「あ、そうや。これ持ってって……。あとこれも」


 サキーは、ポケットから火打石と特製調味料の容器を取り出した。サキサキサキスパイスだ。


「うん、ありがとう。どっちもすごく助かるよ」


 ぼくは快くそれを受け取った。

 固く握手をして、一緒に過ごせたことにお礼を言った。


 ぼくは手を振って、草原へと歩き始めた。寂しさはあるけど、一人になることは怖くはなかった。





 サキーと別れ、しばらく行ったところで、ぼくはお弁当箱を取り出した。中に入った調理済みの骨付き肉を手にとって、サキサキサキスパイスをふり、一口かじった。

 お腹はへってなかったんだけど、どうしてもそのスパイスをふって食べたくなったのだ。

 口の中に風味が広がると、森の中での思い出がよみがえる。


 右手に握ったスパイスの容器。それを見ていると、この先どうなろうとも、


 まー何とかなる。


 そう思えたのだ。



(つづく)

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