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5. ただ単に森で迷ってたら、ぼっちの美少年エルフに助けられるお話(前)

~前回までのあらすじ~

 ごきげんですわ! あらすじを担当する、ユノの幼馴染で伯爵家の直感令嬢ことシェリーですわよ!

 主人公のユノったら『ただ単に無能』なんていう酷いギフトを授り実家を追放されたのです。行くあてもないから、誰も自分を知らない国を目指し一人旅を続ける覚悟のようですわよ。前回わたくしの直感でアドバイスした通り西に進んで街を探してるみたいだけど相変わらず苦労しているみたいですわねぇ。


 あぁ、大丈夫なのかなぁ……。信じてはいるのですどねぇ……。もっとわたしを頼ってくれてもいいんだけどなぁ……。変な女にたぶらかされてなきゃいいんだけど……


※作者コメント

 当初は毎話区切りをつける連載の方針だったのですが、今回一話が長くなったので前後編に分けることにしました。こういうのもアリでいきたいと思います。どうかお許しくださいませ。



 草木が生い茂る森の中。


 背中を木の幹にはりつけて息を殺し、ぼくはそれを聴いていた。

 ノシリ、ノシリ、と草花を踏みしめる魔獣の足音だ。

 一歩、また一歩と。早く通り過ぎてくれるのを必死の思いで祈っていた。


 喉を鳴らして、悠々と歩くその肢体は異様な黒さだった。昼間にあっても周囲の光をことごとく奪い去っているかのよう。あれは、妖犬・ヘルハウンド。

 もし見つかりでもしたら……、そいつの赤い眼光に睨まれただけでも気を失ってしまいそうだ。


 ぼくは木陰に身を潜め、ただただヘルハウンドがこちらに来ないことを祈るばかりだった。時折そいつが鳴らす鼻息の音に、心臓が止まる思いがした。



 ふと、ヘルハウンドの足音が止まった。

 もしや……


 吹く風も止み、不穏な静けさが余計に胸騒ぎを抱かせた。

 額を流れる冷たい汗がまつ毛にかかる。ぼくはギュッとまぶたを閉じ、握った拳で胸をおさえた。血の気が引いてゆく。脚から力が抜けて崩れそうになった。

 次の瞬間、


 ヴォオェエエッッ!


 ヘルハウンドがうめく声だ。それに地面や体を叩く音もする。


 ヴォオエッ! ウベッ、ウオォォゥヴォエエェッッ!


 のたうち回って苦しむような嗚咽が続くと最後は、


 ドサッ――


 大きな体が地面に倒れる音がし、辺りはすっかり静かになって、魔獣の気配は消え去っていた。


 ぼくは恐る恐る木陰から顔を出し、様子をうかがう。ヘルハウンドの黒い体が地面にぐったりと倒れていた。しばらく見ていても、ピクリとも動かず、息も絶えているようだった。

 木陰から出て近づいてみると、ヘルハウンドは白目を剥いてよだれを垂らし、大きく開いたままの口の中からは血が流れ出ていた。その頭のそばにキノコの破片が散らばっていた。それは鮮やかな紫色のキノコで、近くにいくつか同じものが生えている。それらの紫色のキノコには白いドクロの模様がついていた。


 どうやらヘルハウンドはこの、どっからどう見ても強烈な毒を持った毒キノコだろと思われるこのキノコ食べて、毒にやられて死んだらしい。現場に残った証拠からいうとそうなる。

 一つ腑に落ちないのは、ヘルハウンドとは、どっからどう見ても毒キノコなキノコを間違って食べてしまうほどアホなのかという事だ。紫にドクロマークだ、普通は食べないがこの魔獣はこれを食べたらしいのだ。


 ただ単に運が良かったのか、それもただ単にヘルハウンドがアホだったのか……、いずれにせよぼくは助かったということだ。


「はあ~。助かった~」


 これでもかというくらいに大きな息を吐いてぼくは肩をなで下ろした。



『ただ単に無能』なぼくにとって、野道は危険の連続だ。さらにここ最近は、林に囲まれた道を進んでいて、徐々に深い森へと入ってきていたのだった。ぼくは獣などと出くわす度に木陰に隠れてやりすごしながら慎重に進んでいたのだ。

 問題はそれだけではない。


「はぁ~。お腹へった~~」


 一難去って気が大きくなったか、思わずなさけない声が出てしまった。

 食べ物は途中で出会った冒険者に売ってもらったわずかな食糧でつないでいたのだが、それももう尽き、お金も残っていない。今は、昨日出会った修行僧に土下座して譲ってもらった〝スコンブ〟という四角い樹皮の欠片みたいな食べ物をちびちびとかじって気を紛らわせている。

 うーむ、なんともひもじい。


「ひもじいよ~~」


 ひもじいけど、そろそろ雑草を食べる覚悟を決めなければならないのかもしれない。

 ぼくは辺りの地面を見渡した。あるのはどう見てもただの雑草、それと傘の大きなキノコだ。キノコは一昨日あたりから沢山見ているが、危険すぎて食べられやしない。傘の色が怪しすぎるのだ。橙色、水色、ピンク色、波模様や星型の模様が入っている。中には「旨」や「ホンモノ」、「マツタケ」という字の模様が入っているのもあったが、絶対に罠だろう。


「ステーキ~~。エビフライ~~」

 

 そう言いながらスコンブを一なめして、ぼくは気を取り直した。旅を再開しよう。前に進むしかぼくに選択肢はないのだ。



 ほどなく歩いた所で、木々が開けた場所に出た。

 空から明るい陽射しが差し込んで、涼しい風が気持ちよくて、ぼくはそこで立ち止まり深く息を吸った。目を閉じて陽射しを全身に浴びる。こんな時、ぼくは自由を感じることができるのだ。大きな自然を満喫しているような気になれる。

 体がほぐれていくのを感じる。森の中では歩くだけでもずっと気が張っていたのだろう。


 気持ちが穏やかになったところでぼくは目を開く。すると視界の先に山が連なっているのが見えた。その木々は色濃く、山の高い所では黒い大きな鳥が羽を揺らしているのが見え、けたたましい鳴き声がかすかに聴こえてきた。

 このまま進むとあの山を通ることになるのだろうか。


 視線を足元の道の先へと戻すと、人が作ったと思われる木の板が地面に倒れているのに気が付いた。近寄って見てみると、棒の部分がボキリと折られた立て看板だった。無数の爪痕のような傷のついた看板の面には赤いインクでこう書かれている。


『これより先、デンジャラス峠』


 で、デンジャラス……。不穏だ、不穏すぎる峠だ。何故か苦笑いがこぼれる。

 明らかに危険なその峠をこれから進まねばらないというのか。無理だ。

 頭の先から絶望がおそってきた。


「どうしよぉ……」


 ぼくは暗鬱な気持ちになり、その場から足を踏み出す勇気が持てなかった。へっぴり腰で一歩ずつ後ずさりし、よろよろと後ろに進みつづけ、ぶつかった木の幹の所でへたり込んでしまった。

 行くもデンジャラス、戻るもデンジャラス、途方に暮れるとはまさにこの事。「どうしよぉ…」ばかりを繰り返し、気持ちのよい風が吹くこの場から動いて行く気力が遠のいていった。


 その時、ふと。視界の端に、ツヤめく赤い何かが映った。ぷるるとテカる赤く熟したラズベリーの果実だった。果実は風に揺られ、こちらを誘っているように見えた。ぼくは四つん這いで駆け寄り手を伸ばして、果実をもぎり取った。

 甘酸っぱい、弾けるような口当たりだった。無心になって実をもぎ取っては口へと放り込んだ。全身に果汁が染みわたるよう。欲するままに目に映る果実を全て取っていく。


 あるもの全部を食べてしまうと、今度は辺りを注意深く見渡す。

 ――あった。

 急いでラズベリーのある森の奥の方へと走り、宝石のような赤い果実を次々と口に中に放り込んでいく。


 この一帯はラズベリーが沢山なった場所だったようだ。まだまだあった。

 無心でラズベリーを追いかけ、道のない森の中を進んで行ってしまっていた。少しはラズベリーの甘酸っぱさを味わって食べられるようになった頃、こんな深い森の中には似合わないきれいな立て看板が立っているのを見つけた。看板には枠一杯に汚い字でこう書かれている。


『この先危険』


 傷一つない真新しい看板だった。が字は汚かった。

 危険だと言われると少し不安になってしまうものだ。がしかし、戻る道が分からない。それに今はお腹を満たすことに必死なのだ。とりあえず注意しながらラズベリーを探して進むことにした。


 しばらくしてまた立て看板があった。


『いや マジで危険』


 これまた真新しい看板で、さっきと同じ人物が書いたであろう汚い字だった。本当にそれほど危険なのだろうか。ここに来るまでに危険なことは何も起きなかったので、引き続き注意しながら進もうと考えた。


 看板はまたあった。


『冗談ちゃうし マジ危険やから』


 前回より汚い字だったが同じ人物が書いたであろうことは分かった。もう無視してもいいだろう。これはもう、いたずらか何かだと思うにいたった。


 いい加減飽きてきたが看板がまたあった。


『帰れ!!』


 無視してラズベリーを採っていく。

 そろそろお腹が満たされてきたので、採ったラズベリーを魔道具のお弁当箱に入れていく。しかし、

 不意に草が擦れる音がした。


 ぼくは獣の気配にハッとし、身を潜めた。ただ、それほどの脅威は感じられない。慎重に様子をうかがっていると、飛び出して来たのはブルーラビットだった。通常のウサギより体が大きいモンスターだが、人間を襲うことはないと聞く。


 ふっ、と鼻で笑ってみた。驚かせやがって。と思いつつも、追い払う勇気までは出なかったので、そのまま隠れてそいつがどこかへ去るのを待った。

 ブルーラビットは鼻をヒクヒクさせながら、てんとう虫を追いかけたりしていた。早くどこかへ行ってくれよとぼくが焦れていると、


 ――パシッ


 突然、鋭い矢が飛んできて、ちょうど宙に飛び上がったブルーラビットの首の根本に突き刺さった。ブルーラビットは耳がへたり込み、力なくパタリと地に倒れた。

 何者かが矢を打ったのだ。ハンターか。それとも何か別の……

 ぼくは急いで這って大きな木の影に移り、息を潜めた。


 山賊なんかだったら身ぐるみ剥がされるかもしれないと不安な気持ちでいると、

 急に近くで、スタッと木から飛び降り着地する音が聴こえた。そして鳥がさえずるような音色の口笛を吹きながらその人物が近づいてくる。


「へへ。ブルラビちゃん、ゲットやでっ」


 幼い声、おそらく自分より年下の男の子だ。出会ったことがないタイプの……


「でさあ? 隠れられると思ってんの、そこの兄さん?」


 ギクーッ! なんだこいつは!


 彼はためらうことなく真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来る。

 そして脅かすように突然ぼくの視界に現れた。


「ぃよっ!」


 と軽い調子で声をかけ、両手を顔の両脇でパーにしている。なんとも陽気な笑顔だった。


 そいつは、とても綺麗な顔立ちで、耳の長い、

 エルフだった。



(つづく)

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