4. 幼馴染が白馬を駆って追いかけて来たお話
~前回までのあらすじ~
こんにちは。あらすじを担当する、お弁当少女のリンカだよ。
主人公のユノくんは『ただ単に無能』という超かわいそうなギフトを授かっちゃって実家を追放されちゃったの。で、一人孤独にふらふらと旅をしているみたい。前回は私から魔道具のお弁当を貰ってちょっと元気になった感じだね。
これからも一人旅をがんばって続けていくみたいだよ。がんばってね、応援してるよ!
なんとなくだけど、何とかなる気がしている。今日この頃です。
相変わらず流浪の、いや浮浪者同然のぼくだけど、気持ちは前向きなんだ。家を放り出された時は、この世の終わりだと思ったものだけれど、案外生きていけるし、今はささやかな希望だって持っている。
とりあえずこの道に沿って進んで行けば、いつか町にも着くんじゃないかと思うんだ。
ぼくは静かで平坦な道を歩いていた。天気は良好。一本道の脇に生えている木々からは小鳥のさえずりが聴こえてくる。
そんな穏やかな雰囲気を突き破るように、背後の方から馬の駆けるせわしい音が聴こえてきた。どうやらこちらに近づいて来るようだ。
振り返って音の方を見ると、2頭の白馬が引く立派な馬車だった。操縦席で手綱を握り、立ち上がって鞭を打っているのは、
長い赤髪の少女だった……
――見覚えが、なんかある。いや、かなり見覚えがある。
「ユ~ノ~! 待ちなさ~い!」
小鳥たちが一斉に羽ばたいていった。その大きな声、
かなり聞き覚えのある声だった。相変わらず男勝りな子だな……
「こら~! ユ~ノ~! 止まりなさ~い!」
シェリーだ。
リングッド伯爵家の一人娘。そしてぼくと同い年の、幼馴染だ。
◇
馬車はぼくの目の前で止まると、赤い髪を振ってシェリーは馬車から飛び降りて、勢いよくぼくに詰め寄る。腰に両手をあてて、鼻息を鳴らすのだ。
「やっと見つけたわよ、ユノ! どうして勝手にどっか行っちゃうのよ!」
国から遠く離れたこんな場所でいきなり幼馴染のご登場だ。いろいろとツッコミたい事と、説明したい事があるよ。それに聞きたい事もある。んんー、
あぁ、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「あのさ――」
「ちょっと何そのピンクの水玉の袋は! 変な女にホダされたんじゃないでしょうねっ!」
「ホダさ……って――」
「バカバカバカっ! ユノのバカぁ!」
あぁ。ややこしすぎる。
むっかーしからこうなんだ。グイグイくるんだよこの子は。そんで一人で話進めるし……
でもこういう時の対処法をぼくは知っている。付き合いが長いからね。こういう時には、
ぼくはシェリーの手を優しく握って、
「シェリー? 今日のその髪留め、とても可愛いね?」
彼女は視線をその赤い髪につけた蝶々形の髪留めへと上げて、
「え? あ、そぉお?」
「うん。とても似合ってるよ」
シェリーは「へへぇ」とニマニマしながら髪留めと頭をぺたぺたと触る。
よし、これでよしだ。落ち着いて一つ一つ話をしよう。
「ねえシェリー。どうしてここが分かったの?」
「ああ、んと……。ステッキをくるくる回している紳士の人に教えてもらったのよ。たまたま会って、たまたまユノの居場所を知ってたから」
なるほど。ゴツ・ゴウシュギさんだな。
さすがというか、なんというか、だな。とりあえず納得。
「なんで、わざわざぼくを追いかけて来たの?」
「ユノに会いに屋敷に行ったらね、執事の人がユノはもういないって言うの。家の財産を盗んで怪しいお店とかギャンブルにつぎ込んだ挙句、使用人に手当たり次第セクハラをして、それを問い詰めたら偽物だったことが発覚して、追放したって聞いたの」
「え? なにそれ? そんな事言われたの?」
「もちろん、わたしは信じなかったわ。だからユノを探しに飛び出して来たのよ」
ひどい。ひどくないか。
授かったギフトが『ただ単に無能』だっただけじゃないか。手当たり次第セクハラって、それじゃあクズ中のクズじゃないか。しかもぼくを偽物ってことにしたのかよ。
ということは、もう完全にあの国にはぼくの居場所が無いということじゃないか……。
ひどいや……。
でも、シェリーはぼくを信じてくれたのか。やっぱり持つべきは幼馴染だな。
貴族社会じゃ、陰謀、策謀、騙し合いは当たり前ってことなんだろう。家族なんて……貴族にっての家族の絆なんて、あてになんかならないんだ。
「聞いてシェリー。ぼくが追放されたのはね――」
そこまで言ってぼくは、あの日のトラウマがよみがえってしまった。この事を、ぼくのギフトをシェリーに言ったら、彼女もぼくの家族のように人が変わってしまうのだろうか――
「どうせ、かなり残念なギフトを授かったとか、そんなところでしょ?」
シェリーは腕を組み、見透かしたような目でぼくを見た。
「え。なんで分かるの?」
「ふふん。実はね、わたしのギフトは『鑑定士』なの。まあ、まだLv.1の『直感』のスキルしかないんだけど。幼馴染のことなんだから、なんとなく分かるわよ」
「ぐっ……」
シェリーは得意げに口角を横に引いてぼくを見た。
『鑑定士』か、やっかいなギフトだな。思い返せば、シェリーは以前からなにかと勘が鋭いほうだった。
数年前、一緒に通っていたダンスのレッスンでぼくが休んだときがあった。彼女はぼくの屋敷の前で「どうせ仮病でしょ!」と騒いで、結局無理やりレッスンに連れて行かれたんだよな。ぼくはなかなかステップが覚えられなくて、先生に怒られるのが怖かったから休もうとしたんだけど。
その後2人で一緒に居残りして練習したっけな……
どうやらシェリーには隠し事をしても無駄のようだ。
「まあ、だいたいシェリーの言う通りだよ。そういう事だから、もう国には居られないし、旅をしながら何とか生きていく方法を探そうと思ってるんだ」
「そう……」
シェリーは少し寂し気な表情を見せた後、またすぐに勝ち気な表情に戻って、
「まあでも、わりと元気そうで良かったわよ。ユノったら、途方に暮れて泣き崩れてたりしてるんじゃないかと思って」
それもわりと当たってる。
「そうだったんだね……ごめんね、心配かけて」
「べ、別に心配とかじゃ、ないんだかんねっ」
シェリーは目をそらして不機嫌そうな顔をする。こういうところがよく分からない子だ。シェリーはそわそわした様子で話題を変える。
「あの……。これよ、これを渡したかったのよ」
そう言って、洋服の隙間から何かを取りだす。
「わたしの家、リングッド伯爵家の紋章入りの身分証よ。これがあれば関所を通れたり、なにかと使えるはずよ」
シェリーが差し出したのは、獅子を模したリングッド伯爵家の紋章の入った立派な羊皮紙だった。伯爵家の身分証、確かにこれが有れば、伯爵家の権威でいろんな場所で融通が利きそうではある。
「いいの? シェリーの家に迷惑がかかるんじゃ……」
「いいって、いいってぇ。その代わり、ユノはわたしの、そうね、従者ってことになるかしら」
ぼくはリングッド伯爵家の雇われ人としてこの身分証を使うことになる。で、シェリーの従者ってことか。シェリーはぼくを従えて得意な気分になるっていうのもあるんだろうけど、貴族の彼女にとってぼくとの関係は厄介な問題にもなりかねない。それなのにぼくを手助けしてくれるのは、本当にありがたい。
「わかったよ、シェリー……お嬢様」
「あわ、い、いいのよ! そういうのは。いままで通りでいましょ?」
シェリーは焦って腕を振った。
「うん、ありがとう。いつになるか分からないけど、必ず恩を返すよ」
そうぼくが言うと、シェリーは少しうつむいて黙ってしまった。そしてうつむいたまま、つぶやくような声で言う。
「本当にこのまま、一人で旅をするの?」
「うん……。仕方ないから。今のぼくには、何もあてがないしね。誰もぼくの事を知らない国に行った方がいいと思うんだ」
「んと……んーと。それでいいの?」
「仕方ないよ」
シェリーは顔を上げると、少し頬を膨らましていた。
「わたし! お見合いの依頼沢山来てるんだからね! モテるんだかんねッ!」
「だろうね、分かるよ。シェリーなら、きっと立派な人と結婚できるよ」
「んんもっ! お家の都合で、わたしが変態ハゲおやじと結婚しちゃってもいいの!?」
「え? 家の都合で変態ハゲおやじと結婚するの?」
「バカっ。もういいわよ! こうなったら王子と結婚してやるんだから! ユノなんか手の届かない雲の上の存在になってやるから、せいぜい後で悔しがりなさいっ!」
シェリーはさらに頬を膨らまてそっぽを向いてしまった。
「あはぁ……。今のぼくじゃ、シェリーはもう十分雲の上の存在な気もするけど。うん。お互い、がんばろうってことで……」
シェリーは肩を落として大きく溜め息を吐いた。
そしてもう一つ溜め息をつくと、今度は優しくも引き締まった眼差しになって僕と向き合った。ぼくも彼女の瞳を見つめた。青く澄んだ大きな瞳。
子供の頃からいつも喜怒哀楽が大きいんだけど、たまにこういう凛とした顔を見せる。こんな時いつも、その大きな瞳に吸い込まれそうになるんだ。
「ユノ……元気でね。あなたの味方はきっといるわ。きっと、独りじゃないわ」
シェリーの瞳が潤んでいるように見えた。
「ありがとう。君が来てくれて本当に嬉しかった。本当に、心強いよ」
きっと独りじゃない。
ここでシェリーに会えてよかった。ぼくはまた一人で旅をする。小さい頃からずっと一緒だった彼女とはこれでお別れになって、この先彼女と会う日が来るかどうかも分からない。けど……。
シェリーは最後に僕の手を握って、
「じゃあね……」
と、か細い声で言った。ぼくもその手を握り返して、
「必ずまた、会いに行くから」
ぼくらは、笑顔を見せ合った。
そして互いに手を離して、シェリーは一度手で目元を拭うと、白い歯を見せた。「またね」と言ってぼくに背を向け、馬車の操縦席に飛び乗った。
もう一度白い歯を見せると馬車は走り出す。
遠ざかる馬車の背をぼくは眺めた。
しばらくして、「んああっ!」と叫び声がし、急に馬車が止まった。
「あたしのさー!! 『直感』なんだけどさーあ!!」
その高家の御令嬢は恥ずかしげもなく大声でこちらに向かって叫んでいる。
「西に行くといいよー!! あとー!! ユノは誰よりもー!!」
その麗しきお嬢様は馬車の上に立ち上がり大股になって叫んでいる。
「誰よりも強くなるよーぉ!!」
その姿に自然とぼくの頬は緩んでいくんだ。
「分かったー!!」とぼくは叫んで、大きく両手を振った。
さっ爽と走っていく馬車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
シェリーの直感ならば、きっと当たる。
ぼくは今、あの日以来初めて、心から信じれるものを手にいれたんだ。
(つづく)