3. ただ単に運が良くてお弁当少女とピクニックをするお話
~前回までのあらすじ~
ごきげんよう。あらすじを担当いたします、ゴーシュギと申します。
主人公のユノ殿は『ただ単に無能』というどうしようもないギフトを授かってしまい実家を追放。その後運よく拾ってもらった冒険者パーティからも追放されてしまいました。ふふっ、笑っちゃいますねえ。
まあ私が居れば何とかなるっちゃあ何とかなるんでしょうが。程々に頑張って下さいな、ユノ殿。
陽だまりの下。
見渡す限りに広がる緑の草原の上に、ぼくとその子は寄り添って座って。
晴れた空に白い雲が流れていく。
その子はお弁当箱のフタを開けた。
「はいユノくん。あ~ん、てして? あ~~~ん」
ぼくは言われるがままに、
「あ~~~ん」
細くて柔らかそうな両手でそっと三角形のパンをぼくの口へと運ぶ。
幸せってこういう事だろうか。充実ってこういう事なんじゃないか。なんて言うか、
胸が一杯なんだ。
「どう? おいしい?」
「(もぐもぐ、もぐもぐ)」
「どう、どう?」
「すぅっごくおいしいよ! リンカちゃん」
その子は顔がパァアっと明るくなって、「やった」と言って、パチパチと手を叩いている。
その子はリンカという女の子。名前も可愛いけど、お顔もとても可愛い。年は多分ぼくと同じくらいだと思う。
言いたい事は分かるよ。どうしていきなりそんな幸せな状況になってるんだと思ってるでしょ?
ふふふっ。
そう。ぼくはあの時、冒険者パーティの荷物持ちのバイトをクビになって捨てられた。その後、物陰に隠れながら過ごし、また近くを通りがかった別の冒険者パーティにお願いして雑用としてついて行って、そしてまた途中で捨てられたんだ。
似たようなことを3回繰り返したんだけど、追放は何度されてもつらくって、今度こそはさすがにつら過ぎると本気で落ち込んで途方に暮れていたんだ。
原っぱの上でへたり込んでふさいでいた時に、リンカちゃんに声をかけられたんだ。しかも、一緒にお昼ご飯を食べようと誘われちゃった。
ぼくにはその時の彼女が女神に見えた。鑑定の瞬間からずっとつらい事ばかりだったんだ。きっと神様がそんなぼくを見かねて巡り合わせたんだと思う。だから目一杯この幸運に身をゆだねようよ。
それにしてもリンカちゃんの料理はおいしい。このパンで野菜やベーコンを挟んだ料理はとてもおいしくって初めて食べた。玉子をゆでたものも入っている。
ぼくがパクパク食べる様子をとなりでリンカちゃんはニコニコして見ている。
「それはね、サンドイッチていうの。わたしの育った村のサンドイッチ村長が発明したのよ。へへ、すごいでしょ」
「へえそうなんだ。始めて食べたよ。とってもおいしいね」
リンカちゃんはお弁当箱の二段目を開いた。そこに入っていたのは始めて見る料理ばかりだった。
リンカちゃんは一つ一つ教えてくれた。三角形のお米のかたまりはオニギリというらしい。そして黄色いのはタマゴヤキ。赤くて沢山曲がった足がついてるのはタコサンウィンナー。尖った二つの耳がある果物はウサギリンゴだとか。
どれもリンカちゃんの村で発明された料理らしい。本当はハート型ハンバーグも作ったんだけど、失敗して黒焦げになったから今回は入れられなかったという。うーん、なんとも残念だ。
お弁当もおいしいけど、彼女とのお話もとても楽しい。
「わたしのギフトは『お弁当』なの。お弁当を作って、食べた人の体力を回復したり能力を補強したりできるの。だけど、まだスキルのレベルが低くて、ちょっと回復するくらいしか効果はないの。だから色んな人に食べてもらって経験を増やすためにたまに遠出するの」
「そっかぁ。そう言われると元気が湧いてきてるような気がするよ」
元気が湧いたのは本当だ。それがスキルのおかげかどうかはよく分からなかったけど。
「『お弁当』のギフトを持っている他の人に教えてもらったんだけどね。食べた人を喜ばせた方が経験値が貯まるみたいなの。だから一番喜んでもらえる食べ方を研究してるんだぁ」
「なるほど、経験値、かぁ……」
経験値が貯まるとスキルのレベルが上がったり、新しいスキルを覚えることがある。まあ、『ただ単に無能』のぼくには関係ないことなんだけど。うん、なんか悲しいね。
経験値はギフトをより有効に使った方が貯まりやすいとはぼくも聞いたことがある。
「そう。男の人は、あ~んとか、するとだいたい喜んでくれるの。あとニコニコして見つめてあげたりすると喜びやすいんだぁ。男の人ってよく分かんないよねぇ」
「あ。そ、そうだったんだね。は、はは……」
ちょっとあれだね、……複雑だね。
「でも喜んでもらえるとわたしも嬉しいの。だからありがとう、ユノくん!」
「リンカちゃんが喜んでくれたらぼくも嬉しいよ。感謝するのはこっちの方だよ。ありがとう」
ニコニコして話していたリンカちゃんが「あっ」と不意に気づいたような声をあげた。
「スキルを獲得したわ! すごい!」
「ほんと? それは良かったね」
「えっと……『レートーショクヒン』だって!」
「へえ。どんなスキルなの?」
スキル保有者はスキルについての解説を脳裏にイメージすることができる。彼女は視線を宙に向ける様子でそれを確認すると、
「うんとね。『寝坊して朝時間がないときの強力な味方』だって。よく分かんないけど、たぶんすごいと思う!」
「へえ……。よく分かんないけど、すごそうだね」
リンカちゃんはあごに人差し指をあてて首をかしげた。
「でもおかしいなぁ。新しいスキル獲得はまだ先だってサンドイッチ村長さんに言われたんだけどなぁ」
「へえ、リンカちゃんの村長さんてそういうことが分かるんだ。神官の人みたいだね」
「そう! 村長さんてすごいの。でも不思議だなぁ、村長さんが間違うことなんて無いのになぁ」
「今回の料理がとても上手にできたからじゃない?」
リンカちゃんは腕を組んで「うーん」と悩んだ顔をしていると、また「あっ」と何かに気づいた。
「称号を手に入れてたみたい!」
「称号を?」
「うん称号! 称号が手に入るときって沢山経験値が入るの。きっとそれだよ!」
ぼくも聞いたことはある。決まった条件を満たすと称号を獲得し、それと同時に経験値が得られる。称号はギフトと関連があるんだけど、どういった称号があるかや、その条件は明らかではない。
リンカちゃんは丁度ぼくにお弁当を食べさせた時に称号を手に入れたようなのだ。
「そっか、それは良かったね。どんな称号?」
「うんと、『無能キラー』だって!」
「む、むの……」
「もしかしてユノくんって……?」
ぼくは彼女との会話で、自分のギフトについては触れないでいた。だって、なんか、カッコ悪くって。でもこれはもう、バレちゃったようなものかもしれない。
ていうか『無能キラー』ってなんなんだよ。ギフトがバレた上に、ベタ惚れしてるのもバレたってことになるんじゃないか。いろいろ恥ずかしすぎるでしょ。
言わなきゃだめなのかなあ……、しかたないけど。
「う、うん。確かに、その、無能のギフトを持ってる、っていうか――」
「あわっ、そ、そうなんだ。なんか……ごめん、なさい……」
彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「いや、いいんだよ全然。君が謝ることじゃないよ」
ぼくが慌てて手を振ると、彼女は表情を引き締めてぼくの目を真っすぐに見つめた。
「ユノくんのおかげで、称号とスキルを手に入れたわ。あなたはきっと私の勇者よ」
「へ? そうかな。うーん……」
「本当に! ありがとうねッ!」
「なら……どういたしまして」
そう言うと、彼女は頬を緩めた。
僕も笑った。
それからぼくらは沢山話をした。リンカちゃんは生まれ育った村の事を教えてくれた。そして胸に抱いた夢を聞かせてくれた。将来はお店を持ちたいと言い、さらには移動式のお弁当屋で各地を旅したいなんて言っている。想像力が豊かだなと思ったけど、ぼくにはちょっと、ついていけなかった。それでも、楽しそうに話すリンカちゃんが羨ましかった。
「ユノくんは冒険をしてるの?」
「う……うん。そんな感じ。なんとか一人で生きていけるようになりたいって思っているところだけど……」
「夢はもっと大きく持たなきゃ! あなたはきっと、いろんな国を回って、誰も辿り着けなかった場所に立って、誰にも出来なかったことをするのよ!」
そんな事が出来たらいいなあ。出来っこないよとうつむく弱気なぼくと、そんな冒険にワクワクして夢を膨らますぼくがいた。
ギフトは受け継がなかったけど、紛れもなくぼくは『剣聖』と『聖女』の血を継いでいるのだった。それを思い出し、強くあろうと心に誓った。楽しそうに夢を語るこの女の子のように。
だから彼女の事、もっと知りたかった。ぼくの知らない事をもっと教えて欲しかった。でも、
「もう帰らなきゃ!」
日が傾いたのに気づいた時、リンカちゃんは慌てた仕草で立ち上がった。彼女は日が沈む前に村まで帰らなければいけなかったからだ。
お別れの時がやってきてしまったのだ。
途方に暮れていたぼくに沢山のプレゼントをてくれた彼女にお礼を言わなければいけない。ぼくも立ち上がった。
そしててお別れをする。
「本当にありがとう。沢山元気をもらったよ」
「ありがとう、ユノくん。あなたならきっと強くなれる。私にとっては立派な勇者よ」
「へへ、うん。がんばるよ。きっとまた会いに来るよ」
「そうだ。これ、お礼に……」
リンカちゃんはお弁当箱の入ったお弁当袋をぼくに差し出した。
「これ、お弁当箱。これはね、魔道具なの。中の食品が腐りにくくなるんだよ。受け取って」
「え、いいの? 魔道具って貴重なんじゃ?」
「いいの。お礼よ。それに、わたしのお弁当をいろんな国で宣伝してくれると嬉しいなって」
ぼくはとまどいながらも、そのお弁当箱の袋を受け取った。
「……本当にいいの?」
「うん。有名になって、リンカのお弁当屋を宣伝してね」
「わかった。みんなにこのお弁当箱を自慢するよ。ありがとう、すごく、嬉しいよ」
リンカちゃんはニカッ笑った。ぼくはお弁当袋を握りしめて、はにかんだ。
ピンクの水玉模様がほんの少しだけ恥ずかしかった。
そしてお互い手を振った。
その時の彼女の笑顔は自信に満ちているように見えた。ぼくも同じような顔ができていただろうか。
分からないけど、ただ、一つ言えることは、
今ぼくは自分の運命を本当の意味で受け入れたよう気がしているんだ。前へ進んで行こうと思えたんだ。
そしてぼくらは背を向けて、
お互いに別々の道へと、歩き出した。
(つづく)