1. ただ単に無能な主人公が、ただ単に追放されるお話
ようこそ。
このお話を開いてくれて、ただただ感謝であります。
〝ギフト〟って知ってるかい?
ギフトは、15才になると誰もが天から授かる固有能力のことだ。どんなギフトを授かるかで人生が決まると言っていい。例えば『剣士』のギフトを授かれば、騎士の職につくことができる。もし、自由を選びたいのなら冒険者を目指したっていい。
でも『剣士』のような戦闘向きのギフトを授かる人は少ない。ほとんどの人は、『商業』や『農業』といった普通の職業向きのギフトを授かるのだ。
他には『鍛冶』とか『魔術師』とかいろいろある。すごくレアなのだと『勇者』や『賢者』なんてのもあるんだ。
おっと。自己紹介を忘れていたね。ぼくはユノ。
今は騎士を目指してる少年ってとこかな。そしてゆくゆくは英雄って呼ばれる存在になるんだ。すごいって思った? それとも、そんなの夢を見過ぎだよって思うかい?
きっとなれるよ。とても強力なギフトを授かれば、夢じゃないんだ。
そういう強力なギフトは確かに超レアだから、なかなか授かれないものなんだけど……、
ぼくの場合はね。ふふっ、ちょっと事情があって……
「ユノ、まだか。早く出て来なさい」
扉の向こうで父上がぼくを呼んでるようだ。
父上はぼくの自慢なんだ。だって『剣聖』のギフトを持っている王国騎士団最強の剣士なんだ。すごいでしょ。
ギフトは遺伝が関係するんだ。だから僕も、父上の『剣聖』と同じくらいのレアで強力なギフトを授かるはずってことなんだよ。
で、今日はぼくの15才の誕生日。そしてぼくがギフトを授かる日なんだ。これから授かったギフトを神官の人に鑑定してもらうんだ。
「はーい、父上。いま行きまーす」
ぼくは扉を開けて自室を出た。そこに父上と母上が二人で待っていた。
「準備はいいかい、ユノ?」
「はい父上。とっても楽しみです」
普段は厳しい顔をする父上がにこやかに目を細めている。自慢のあごひげをさする仕草はとても機嫌が良さそうだ。きっとぼくが授かったギフトが楽しみなんだろう。
母上も、若い頃は王国一の美女といわれたその優しい笑顔で、
「ユノ、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、母上」
ちなみに母上は『聖女』のギフト持ちで、父上と結婚する前は王宮お抱えの聖職に就いていたらしい。職の位では、父上よりすごい人だったみたいなんだ。今もたまにいろんな所から呼ばれるみたいだけど、基本的にはこの屋敷の中で、なかば隠居みたいな感じでいるかな。
だから『剣聖』と『聖女』の間にできた子供がぼく。まさにサラブレッド、周りの大人からもよくそう言われてる。どんな素晴らしいギフトを授かるのかを貴族や騎士団から注目されていたりするんだよ。
父上、母上と一緒にぼくは神官の待つ客間に向かった。客間の扉を開くと、声をかけてきたのはぼくの可愛い弟だ。
「兄上ぇ。遅いですよぉ」
「ごめん、ティル。気持ちの整理をしていたんだよ」
弟のティルは2つ下の13才。弟もぼくの鑑定をずっと前から楽しみにしていた。
弟のとなりには、真っ白い法衣を着た高齢の神官が立っていた。
「ユノ坊ちゃま、立派になられましたな」
「神父様、本日はよろしくお願いします」
今日はぼくの鑑定のために神父様が来てくれたようだ。鑑定のできる神官は何人かいるのだが、神父様がわざわざやって来るのはぼくが特別だからだろう。
神父様は父上らとも挨拶を交わし、軽く思い出話をして、場の雰囲気を和ましてくれた。そしていよいよ、
「それでは、ユノ坊ちゃまの鑑定を始めましょう。こちらへどうぞ」
ぼくは神父様に向かい合った。神父様は水晶玉を荷物から取り出すと、それを両手で持ってぼくの胸に押し当てた。
いよいよだ。部屋の明かりを反射して輝く水晶玉、ぼくの顔を小さく映す。
今、ぼくのギフトが明らかになる。ぼくの未来がこれで、決まる。
神父様が気力を込めていくのを気配で感じた。
すると水晶玉が光だした――
「なんと!」
神父様が驚きの声をあげた。光は強さを増し、そのまばゆさにぼくは目を細めた。初めは白かった光が、赤色に変わった。
その赤に、ぼくの心は躍った。輝く赤。危うい魅惑の中に、ぼくは神聖を感じた。
やがて光は弱まり、止むと、ぼくは目を広げた。水晶玉の中には文字が浮かんでいた。
神父様は水晶玉を胸から離し、中をのぞき込んだ。ぼくも一緒に水晶玉の中の文字をのぞき込んだ。
『××××無能』
という文字だった。これはなんだろう。神父様なら分かるのだろうか。
「こ、これは!」
神父様が叫ぶ。ぼくは固唾をのんで神父様の言葉を待つ。
「ユノ坊ちゃん! あなたは無能です!」
「へ?」
部屋の中がシーンとする。
「ユノ坊ちゃん! あなたは無能です!」
「ふへ?」
神父様は同じ言葉を2度繰り返したが、ぼくは2度ともよく理解できなかった。「む」と「のう」という音が聞こえた気はするが、ぼくに相応しいレアギフトの中にそういうのは無い。
「ユノ坊ちゃん! あなたは無能です!」
ようやく理解してきた。どうやら神父様は「無能」と言ったらしいのだ。そんなの、
「いやいやいや、おかしいでしょ、何かの間違いでしょ!」
「ユノ坊ちゃん! あなたは! 無ゥゥ! 能ォォ! デッスッ!」
「待って! 待って! やり直してよ! 間違いだよ!」
「ユノぼ――」
「待あああってって!! はあ……はあ……」
ぼくのシャウトに神父様が口をつぐむと、ぼくは息を整えた。そして疑問をぶつける。
「この××××って何なんですか。なんかおかしくないですか」
そうだ。ぼくはこんな変なギフトを聞いたことがない。水晶玉の中には『××××無能』と書いてあるのだ。
「これは私の気力が不十分なために一部不明になってしまっているのです。とてもレアなギフトの場合に起こることなのです」
「じゃあ、すごくレアで強力なギフトってことだよね?」
「いいえ。無能は無能です。レアだろうがなんだろうが無能なのです。おみくじの大凶はかなりレアですが、大凶は大凶なのです。それと同じです。残念ですがユノ坊ちゃんは……無能! デッスッ!」
「いやでも××××が何かまだわからないじゃないか」
神官はフッと鼻を鳴らした。心なしか半笑いのように見えた。
「いやあ……、さすがに……、××××に何が入ろうが無能は無能じゃぁ、ないですかぁ、ねぇ」
「分かんないじゃないか、そんなの!」
「例えば?」
「んー……」
ぼくが無能なはずなんてないんだ。××××はきっと何か重要な言葉なんだ。いったい何が入るんだろうか。
神父様は悩むぼくをジトーっと半目で見てくる。
「ほぉれ? 何を入れても無能は無能じゃろ?」
「んー……これはどう? 〝たまーに〟とか……」
「たまーに?」
「そう、たまーに無能で、いつもは最強、みたいな」
神父様は首をかしげる。
「それちょっと、無理あるかなあ」
そんな中。弟のティルが「あのぉ……」と手を上げる。
「〝ある意味〟なんてのはどうでしょう。ある意味無能で、逆に超強い、みたいな――」
「それだ! でかした我が弟!」
ぼくは弟を指さし、声を張り上げた。
続けて、「はい」と手を上げたのは父上だった。
「〝神よりは〟もありかなと。神よりは無能で、神の次に強い的な――」
「素晴らしい! 父上それです!」
そして今度は、母上が「ご提案が」と言って手を上げた。
「私と神父様が一緒に鑑定をすれば、文字が全部見えるかもしれませんわ」
「ほんとですか母上!」
神父様はポンと手のひらにハンコを押し、「ほ。その手があったか」と言ってうなずいた。なんせ母上は聖女だ。人並外れた聖属性の力を持っている。母上ならば鑑定の補助ができるってことのようだ。
神父様がぼくらに説明するところによると、神父様に合わせて聖属性の気力を母上が足してくれたらよいということだった。
そして、神父様と母上、二人の力を合わせた鑑定が始まる。さっきと同じように水晶玉をぼくの胸に当て、二人が気力を込める。さっきよりも強い気力を感じた。
また同じように赤く光って、そして光が止む。
水晶の中に文字が浮かんだ。今度は何やらさっきよりも文字が多く、文章が足されているようだった。どうやら成功したようだ。
ぼく達はみんな固唾を飲んでその文字を読んだ。
『ただ単に無能』
解説:才能とか努力とか以前に、ただ単に無能。
覚醒とかそういうの無し。隠された使い方とか
そういうのもマジでなくて、ただ単に無能。
ぼくはそれを読んだ。読んだ。ちゃんと、読んだ。
「た、ただ単に?――」
ぼくはみんなの顔を見まわした。なぜか、みんなは絶句したままぼくと目を合わそうとしない。
「ね、ねえ神父さん? これっておかしい、よね? こんなギフトないよね? へへ……」
神父様は口を閉ざしたままうつむいてぼくを見ない。
「ねえ母上? こんなの噓だよね?」
母上もうつむいたままだ。
「ねえ父上? 父上ってば?」
父上もあさっての方の壁をじっと見ている。
弟のティルと目があった。弟は涙を浮かべてぼくを見ていた。
「兄上なんか! もう顔も見たくない!」
そう叫んで弟は走って部屋の外へと出て行ってしまった。
弟が廊下を駆けていく足音だけが部屋の中に響いた。ぼくは言葉を失った。どうして、
どうして、こんなことに。
「神父様」
と、父上の低い声。表情を失った父上が神父様に向かって口を開く。
「神父様、もう結構です。ただ、今日のことは他言しないで下さい。後ほど、教会にお布施を持って参りますので。このことは何卒、お願いしますよ」
「承知しました。事が事ですし……そういう事にいたします。では、これにて失礼します」
神父様はそう言って、そそくさと部屋を出ていった。
部屋には3人になった。すると、父上と母上が壁を向いて、こそこそと小声で話し始めた。ぼくには聞こえないように。
しばらくして話が終わると、母上は部屋を出ていった。ぼくとは一度も目を合わさなかった。
扉が閉じられ、二人きりになると、父上はやっとぼくの方を見た。
「ち、父上。ぼくは、ぼくはその――」
父上の目はとても冷たくて、恐ろしかった。その目にぼくは声を失った。
父上の目が益々恐ろしくなっていく。ぼくの視界が潤んでいく。何も言えず震えるぼくに、父上は冷たく睨めつけるばかり。
そしてついに、その宣告がなされた。
「勘当だ! 我が屋敷から出て行ってもらう!」
・・・
こうしてぼくは屋敷を追い出された。
『ただ単に無能』というギフトだけを持たされて。いや何も持っていないに等しい。お金も、頼る人も、才能も、何もない中、ぼくは一人になった。
『ただ単に無能』って……ヒドくない? ヒドいよね?
よし。
とりあえず、3時間くらい泣こっか――
(つづく)
読んでくれてありがとう。
初回はちょっと悲しいラストでしたが、今後は1話ずつスッキリできるシリーズ短編の形式で更新していきます。ユノを応援してくれると嬉しいです。