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「この宿り木の枝があなたを幸せに導いてくれるでしょう」
「え? 宿り木?」
占い師が俺に向かって突き出してきたのは小さなどこにでもありそうな木の枝だった。
長さは十センチくらいだろうか。
先に向かって片方は短く、もう一方は長めに二股に分かれ、それぞれの先に青々とした小さな葉が数枚揺れている。
「今ならなんと1万円であなたに幸せをもたらすこの宿り木をお譲りしましょう」
「い、要りませんよそんなの。っていうかどこかで拾ったような枝が1万円とかぼったくりすぎる」
俺は一歩退き、直ぐにでも逃げ出せる体勢で片手を前に出して断りを口にする。
「で、では五千……いや千円でも構いません! あなたの未来には絶対に必要なものなのです!」
「だったらタダでくださいよ」
「ただより高いものは無いって言うじゃ無いですか」
「そういう話じゃ無いでしょ!」
予想以上にしつこく食い下がる占い師に俺は辟易して逃げようとする。
だがそんな俺の服の裾を予想外に強い力で占い師は掴んで離さない。
「じゃあ五百円で! ワンコイン! 大サービスで!」
何故この占い師はそこまで必至なのだろうか。
いつもなら無理矢理にでも引き剥がして逃げ帰る所だが、今の俺は深夜まで続いた残業のせいでふらふらの状況だ。
一刻も早く帰ってベッドに倒れ込みたい。
なんせ明日も朝六時には家を出なければならないのだ。
「わかった。わかったから! 買うよ。買いますよ!」
俺は駅前のコンビニで貰ったばかりのお釣りが521円ほどポケットに入っていたことを思い出して、そのうちの一枚を占い師に手渡した。
「まいどありがとうございます」
毎度どころか初めてだし、二度と買うことも占って貰う気もないが。
憮然とした表情を浮かべてそう思っていると、俺のワイシャツの胸ポケットに占い師が手にしていた木の枝を突っ込んできた。
「この枝はっぜったいに手放してはいけませんよ」
そしてそれだけ言い残すと、占い師はそそくさと俺の前から離れ近くの路地へ消えていった。
「いったい何だったんだ……」
俺は暫く占い師が消えた路地を眺めていたが。
「ふわあー」
自然に出て来たあくびに、さっさと帰ってコンビニ弁当を食べて寝なければならないことを思い出す。
占い師の言葉は気になるが、考えるのは明日でも良いだろう。
「一応車に轢かれないようにくらいは注意しておくか」
俺はそう呟きながら、コンビニ弁当片手に愛しの我が家である安アパートへの道を一歩踏み出し――
「えっ」
自分の目の前の風景が、一瞬で深夜の町並みから石造りの古めかしい部屋に変わったことに目を白黒させた。