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インサニア ー凄惨なる悪夢ー  作者: 信玄餅茂
4/4

4話

 準備ができた夫人を連れ、ぼくは一階に降りた。

 一階ではジャンが大口をあけてサンドイッチを頬張っているところだった。ぼくたちを見て食べかけのサンドイッチを置き、腕を伝うトマトの汁を布巾でふいた。


「出かけるのか?」


 コップの中身はきっと酒が入った水だ。


「人を探しにね。・・・そういえば、きみもジャンという名前だったね」


「ああ、そうだが?」


 だからなんだと言わんばかりのジャンの顔。


「この町に同じジャンという名の情報屋がいるらしいんだが、どこにいるか知っているかい?」


「さあな。情報屋になんの用だ?」


「なに、売る情報と買いたい情報があるんだ」


「どんな?」


 ずいぶん食いつくなこの男は。まさかと思うが彼が情報屋のジャンなのだろうか。


「きみが情報屋のジャンか?」


「・・・」


 冗談のつもりで、そう、本人でもないのに首を突っ込みすぎだという意味で言ったのだが、ジャンは冷や汗をかいている。


 ぼくにとっては信じがたいことに、この世には嘘をつけない人間が一定数いるらしい。嘘をつくことに罪悪感をおぼえ、嘘をつかなければいけない場面に直面したら曖昧ににごし、嘘をつくことを徹底して避ける。

 ジャンはどうやらそういう人間のようだ。否定すればいいものを、嘘をつけずに黙り込む。表ではともかく、こういう裏の社会ではさぞ生きにくいだろう。


「ジャン・・・。きみは情報屋に向いていないよ」


 知っている、とジャンの目は語っていた。


「まあ気を取り直して、あらためて自己紹介をしよう。ぼくの名前はアージェス。魔法使いだ」


「わたしは・・・ジェーンよ」


「おれは情報屋のジャン」


 ジャンは夫人をじろじろと見ている。

 夫人が偽名を使ったことは気になるだろうし、ぼくは魔法で夫人の姿・気配が消えるよう認識阻害して彼女を2階まで運んだ。通した覚えのない人間が2階から降りて来たから、まあ見るのはしょうがないが、なにも気づいていないのは如何なものか。客であるぼくから言うのも何だが、言わせてもらうことにした。


「ジャン、ぼくたちは客だ。きみに情報を売り、そしてきみから情報を買いたい。客人に対してするべきことがあるんじゃないか?」


「・・・?」


 思い当たる節などまったくないという顔をしたが、しばらくして合点したようで、


「茶は隣から買って来てくれ」


「椅子と机はどこにあるんだ」


「それも隣にある」


 ーーー

 ーー

 ー


 結局、椅子も机もないのでぼくたちは立ったまま話を始めた。ジャンだけは座っているが。


「あんたらが欲しい情報ってなんだ?」


「アヴァグース王国にあるエーデルシュタイン邸までの安全な経路だ。入国検査所を通過する必要なく、国境警備隊に勘づかれることなく、命の危険もなく安全に、そして入国した人間が誰なのかバレないような経路を知りたい」


 言いながら結構な無理難題ではないかと思った。優秀な魔術師が各国の国境に結界を展開している。密入国防止の役目もはたしており、入国検査所以外の場所からは入れないのだ。結界を破ることはできるが、バレないように破るのは至難の技だ。果たしてそんな方法があるのか・・・・


「あるが高いぜ」


 あるのか。無理難題を言っている自覚はあったが、ジャンは存外優秀な情報屋のようだ。


「きみが欲している情報がある。それと交換だ」


「おれが欲している情報?」


 ジャンは鼻で笑った。


「今おれが欲しい情報は隣の喫茶店の本日のランチ限定サンドイッチは何か、パンとパンの間に何が挟まっているか、だ。あんた知っているのか?」


 ぼくは彼のことを優秀な情報屋と評価したが、評価を改めなければいけないかもしれない。彼はもしかすると、情報は情報でも今日の献立情報に特化した情報屋なのかもしれないと思ったからだ。それでも生計を立てていけるということは、ピッチフォークの住民にとって隣の喫茶店のメニューが価値あるもの、ということなのか。

 というのか彼のその食べかけのサンドイッチがランチ限定サンドイッチじゃないのだろうか。トマトと、レタスと、ベーコンとスクランブルエッグが挟まっている。トマト多めだ。でも適当にクリームパンと言っておこうか。いや、やめておこう。口の筋肉の使いすぎで筋肉痛になるかもしれない。


「それは知らないが、ニグがどこにいるか知っている」


 そう言うとジャンはガタンと立ち上がり、カウンターに足をかけ身を乗り出しぼくの胸ぐらをつかんだ。


「なぜその名を知っている!?」


「有名なんだ。知っていて当然だろ?きみのその質問は息の仕方を教えてくれと言っているような、そのレベルの愚問だ。ひとまず手を離してくれないか。シャツに皺がよるから」


 言えばジャンは手を離した。

 ぼくは襟元を正す。彼には分からないだろうがこのシャツはとても価値があるものだ。なぜならぼくが着ているから。


「で、交換でいいかい?」


「・・・いい加減な情報じゃ困る。ニグが今北半球にいるとか南半球にいるとかいう情報はいらない」


「安心してくれ。そんなにアバウトな情報ではない。少なくともどこの国の誰の領地のどの家にいるかは言える」


「さきにあんたの情報からだ」


 ジャンは噛み付くように言った。ほんとう、彼は情報屋に向いていないと思う。感情を出しすぎだ。


「エーデルシュタイン邸にいる」


「なんですって!?」


 ジャンより先に声をあげたのはずっと黙っていた夫人だ。


「話さないようにしていたけれど、我が家にあなたの探し人がいるなら別よ」


 ああ、スムーズに進んでいた交渉が台無しだ。


「・・・やっぱりあんた、ルナジェーン・マグダレノか」


「ええ、わたしはルナジェーン・マグダレノ。エーデルシュタイン家は実家よ」


 ばらしていいのだろうか。先程まで偽名を名乗っていたのに。まあぼくには関係ない。ここで夫人とは別れ、一足先にユプクエに行って魚料理を食べるんだ。


「ニグという人は何者なの?」


「情報料」


「わたしがエーデルシュタイン邸にあなたを招待してあげるわ。そうしたら探し人を堂々と探せる。わたしが招待しなければ、あなたは敷地に入って5秒としないうちに捕まるわよ」


「どこのピッチフォークだい?」


 おっと口がすべった。ぼくのことは気にせずどうぞ続けてほしい。


「一応、これでもここで3年商売している」


「そう。じゃあこれからあなたのプライドをとことん傷つける言葉を言うわ。覚悟なさい」


 なぜそう喧嘩を売るスタイルで話すのか。貴族とは言葉で殴る種族なのか。ぼくは先程喫茶店で貴族に間違えられてしまったが、もしかして言葉で殴るタイプの人間だと思われたのだろうか・・・。だとしたら遺憾である。


「まず、ここはならず者の集まりで世界で一番治安が悪いと言われているわ。他国も面倒で干渉しないほどのね。けれどそれは幻想。アヴァグース、フィラスフィア、コレールは放置して問題ないから干渉していないのよ」


「わざと干渉していない、だと?」


 興味深い話だがこれはぼくが聞いて問題ないのだろうか。


「ええ。だって考えてみなさいな。各国は国民に生まれた時に魔力測定をして多くの魔力を持つものに教育を受けさせている。どこも優秀な魔術師を育てようと躍起になっているの。それなのに、自らが手塩にかけて育てた魔術師を手放すなど、どうしてすると思うの。多少性格に難があっても、おかしな趣味をもっていてもそれがC級以上なら喜んで国ぐるみで隠蔽するわ。必要な実験があれば村ひとつ魔術師に渡しちゃうの。ピッチフォークでなきゃできない研究なんてC級以上にはない。あるのはD級からF級よ。ここはね、頑固で変態で偏屈な下級魔術師のゴミ捨て場よ」


 これは絶対にぼくが聞いてはいけない話だ。あとでジャンヌに頼んで記憶を抜いてもらおう。

 ジャンがこれを聞いてどんな反応をするか、怒り出すんじゃないかと思ったがそれは杞憂だった。彼は笑い出したのか。それはそれで怖い。会って間もないが、彼はもしかして感情がいかれているのかもしれないとぼくは予想する。今の話のどこに笑う要素があったのだろう。


「あんた、いや失礼、マグダレノ夫人はアレを見たことがないからそんなことが言えるんだ」


 笑い終わって、脇腹を抑えながらジャンが言った。

 つまり、夫人がピッチフォークに存在する『アレ』というのを見たことがないからそんなことが言える、『アレ』とはつまり、夫人の言い分を覆す、そう、ピッチフォークにはD級以上の魔術師もいるということをジャンは主張しているのだ。それが本当なら、夫人は国の力を過信した愚か者・・・は言い過ぎだが、ちょっと浅慮な人間ということになってしまう。

 たしかにそれは笑える。ぼくも笑えるからジャンの感情は正常だ。


「アレとはなに?」


 マグダレノ夫人が聞く。


「聞いたことがあるだろう?この町の噂。魔術師は違法な実験の被験体にされ、最終的に下水道に捨てられゾンビのように彷徨い歩くって」


「まさかそれが本当だとでも?」


「ああ、見ればーーー」


「ちょっと待ってくれないか。まだぼくとの取引が終わっていないと思うのだけれど、ぼくの勘違いだろうか」


 3人で一緒に仲良く下水道ツアーは遠慮したいぼくはジャンの発言に被せた。


「それは後でもいいじゃない。わたしはあなたを雇うから、あなたもついて行くのよ」


 なにを言っているんだこの貴族は。


「なんですって!?」


 夫人の口から出た耳を疑うような言葉にぼくは半分くらい叫んだ。


「冗談じゃありません!」


 どこかでピシリと何かにヒビが入る音がした。

 夫人もジャンも耳を塞いでいる。人が話している時に耳を塞ぐなんておかしな真似を。


「あなたを雇うって言っているの!」


「ぼくは金では動きません!!」


「うちの家宝『アルバの瞳』をあげる!」


「目ん玉なんていりません!!!」


 パリン


 どこかでガラスが割れる音が。


「おい、公爵夫人」


 ずっと黙っていたジャンが口を開いた。


「ぼくの援護かい?いいだろう、さあ、夫人に思いっきり、理路整然と言ってやってくれ」


 そう言うとジャンは耳をおさえる姿勢を保ったまま、


「すまん、あんたがなに言っているか全くわからん。どうせ鼻につくこと言っているだろうが、おれは公爵夫人に鼓膜を治してもらわなきゃならない」


 鼓膜が破れたと言った。


「ジャン、言いたいことはなんとなく分かるわ。わたしも自分のを治しているから待ちなさいな」


 夫人も鼓膜が破れたようだ。


 ーーー

 ーー

 ー


 いったい全体なぜ鼓膜が破れたのか、本当に謎だがきっと非魔法使い特有の病気か現象だ。現にぼくの鼓膜は破れていない。


「さて、気を取り直して。夫人、ぼくは目玉を集める趣味はありません」


 そう言うと夫人は頭をおさえた。頭痛がするんだろうか。


「うちの家宝を目玉って言ったのはあなたが初めて。本当の目玉ではないわ。宝石の名前。『アルバの瞳』透き通った金色の宝石よ。このくらいの」


 夫人は手で大きさを表現した。ちょうど夫人の頭と同じくらい。


「それになんの価値が?」


「200年前から存在する宝石よ。この世に2つとない、ええ、同じ物質でできたものは見つかっていない、この世にたった1つしかない石よ」


「希少性は価値ではありません」


「とても美しいわ」


「美しさはぼくが決めます」


「魔力を秘めているのよ。多量に」


「だからなんです。ぼくはそんな魔力を秘めた物必要ありません」


 魔力を秘めた物質は、通称魔道具という。魔道具の魔力を使えば、自分の魔力を使わなくて済むので魔力切れが起きない。魔術師にはとても重宝される道具だ。

 が、魔力を付与するのはとても難しい作業で、A 級レベルの魔術師でなくてはできない。また、宿すのは自身の魔力。いくら時間が経てば回復するとはいえ、大量生産は出来ず、魔道具はとても貴重なものだ。

 けれどぼくは魔法使い。魔道具なんて必要ない。あたりには沢山の魔素があるから。


「それに、透き通る金色?ぼくの部屋のインテリアには全く相応しくない」


「あなたねえ!」


「落ち着け公爵夫人。おい、あんた。じゃあおれがあんたに報酬を払う。だから公爵夫人に雇われてくれ」


「なぜきみが?それに聞いていただろう。ぼくは200年続く家の家宝も興味ない」


「あんた、過去をやり直したいと思ったことは?」


「無い」


 ぼくは即答した。だが、興味はあった。ジャンは過去の改修の仕方を知っている、ということなのだろうか。


「けれど興味はある。ジャン、きみは何を知っているんだ?」


「時間を操る人を知っている」


「…それは、本当かい?」


 とてもじゃないが信じられないことだ。時間を操るなんて、ジャンヌにもできない。それをできるなんて…いや、そもそも可能なのだろうか。時間を操ることが。


「本当だ」


 ジャンが嘘を言っていないのは分かった。


「…ぼくにその人を紹介できると?」


「ああ。なんなら時間旅行に連れて行くよう口添えできる。あいつはおれの願いを断れない。借りがあるからな」


 借りがある、というのは嘘だな。

 だが、その人物に興味が湧いた。時間旅行はともかく、ぼくはその人に会って、あわよくば時間の操り方を知りたい。それさえ知れれば、偉大な魔法使いになり庭の手入れから解放されるだろう。あとジャンヌに自慢できる。

 ジャンヌとの待ち合わせまで時間があるからそれまでに終わらせればいいだろう。べつにジャンヌは寄り道を禁止していないのだ。


「夫人、エーデルシュタイン邸へ一緒に行けばいぃですか?」


「ええ…」


「ジャン、最短でどのくらいでつく?」


「10日」


 余裕だな。


「いいでしょう、夫人。あなたに雇われます。つきましては雇用契約を。ご安心ください、とても簡単な契約です。ジャン、きみも関係あるから見てくれ」


 ぼくたちは3人で契約をした。2人とも契約書を隅から隅まで読むからとても時間がかかった。契約書を魔法で複製し、3人で1部ずつ、原本は隣の喫茶店に飾ってもらった。10枚を1枚ずつ額縁に入れたので喫茶店の壁が賑やかになった。





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