2話
ピッチフォーク
前述したとおりそこは世界で一番治安が悪いと言われている無法地帯。3つの国の間に存在しており、自国の領土としておくと色々と面倒なので3国とも無視を決め込んでいる都市だ。
そんなピッチフォークにようやっとぼくたちはたどり着いた。時刻は朝の7時で太陽はすでにのぼっている。足を踏み入れて10秒たつがまだ殺されていない。
さて、ジャンヌが言っていたジャンという情報屋はどこにいるのか。
ピッチフォークは道は舗装されておらず、建っている家はほったて小屋だろうとイメージしていたが、以外にも石畳の道と煉瓦造りの家々が立ち並ぶ都市で、まだ死体は見当たらない。
以外と人々は文明的な暮らしをしているようだ。
情報屋を探したいが夫人をベッドに寝かせたい。
ぼくは情報屋を探しつつ、休憩できそうな場所も探した。
とはいえ今は朝の7時。酒場は閉じているしパン屋もまだ開いていない。パン屋はそろそろ開くかもしれないが。
しばらくトライクで移動し中心部まで来て、やっと喫茶店を見つけた。
ピッチフォークの中心部には黒光りする塔が建っており、なんの塔なのかは皆目検討がつかない。日時計だろうか。
ぼくは喫茶店の前にトライクを置いて、夫人を抱えて中に入った。
トライクは魔法使いにしか操縦できないため盗まれる心配は無い。荷物も魔法をかけてあるのでこちらについても盗られる心配は無い。
カランカラン
「いらっしゃい」
喫茶店の扉につけられたベルが鳴る。
中は温かみのある木製のテーブルと椅子、壁際にソファ席があり、ソファは赤、テーブルクロスは赤と白のチェック柄、かわいらしい内装の喫茶店だ。
店内にはすでに2人の客がおり、女性店員1人がカウンターの中にいて作業をしている。
「やあ、お嬢さん。忙しいところすまないが質問してもいいかい?」
「お貴族さまにお話することなんて無いね」
店員はつっけんどんに言うと作業に戻ってしまった。
ひどい訛りがあるし、喋り方は偏屈な婆さんのようだ。喉が酒焼けしているようで嗄れた聞き取り辛い声。しかも貴族に間違われてしまった。困ったな。
「お嬢さん、気を悪くさせてしまってすまない。ぼくの所作があまりに美しく、洗練されているから貴族と間違うのも無理はないだろう。シワひとつ無いシャツ、磨かれた革靴、びろうどの外套、ループタイは手作りで嵌め込んだ石はそこら辺に落ちていたものだが、僕が身につけるとルビーのように見えて確かに、一見して高貴で精錬な貴族にしか見ない。だが、ぼくは貴族ではない。間違われて悪い気はしないが誤解は解く主義なんだ。訂正させてもらうよ」
「そうだね・・・。今の言葉で私の勘違いってことが分かったよ悪かったね。ただ、ここは喫茶店。町の相談所では無いのさ」
誤解が解けたようでなによりだ。
「それじゃあコーヒーを一杯。ところで、ここで使われている通貨は何かなフィラスフィアのH?アヴァグースのY?コレールのF?」
「コレールのF。HもYも信用できないからね」
「それには深く同意できる。ぼくも最近はFを多めに持つようにしていてね。もしぼくがFではなくHやYを多めに持つ主義だったら、ここからすぐに出ていかなければならないところだったよ」
「そうかい」
店員は無駄のない動きで湯を沸かし、他の客が注文したであろうサンドイッチを作っている。
「ところで、この辺に宿はあるかい?」
「無いよ」
「おや・・・。じゃあ旅人はどうしているんだい?旅の途中で立ち寄った町に宿がなければ一晩野宿するしかないじゃないか」
「お客さん、ここはピッチフォークだ。旅人は立ち寄らないよ」
「そんなことは無い。現にぼくが立ち寄っている」
「へえ。随分と身綺麗な旅人だね」
「ああ。身だしなみには気を遣っているんだ。いくら野宿をするからと言って、いつ何時舞踏会に呼ばれるかわからない。何があってもいいように、身だしなみを整えることが旅人の基本さ」
「はは。初めてだよあんたのような客は」
店員は笑うと、ポケットからカードを取り出した。
「隣の家に行ってごらん。ピッチフォークの役所みたいなもんで、空き家のリストアップをしている。適当な空き家に泊まりなよ」
「これは・・・ありがたくいただくよ。隣が役所みたいなものなら、この喫茶店は窓口・・・否、入国審査の役割を果たしているのかい?」
ゴト
サンドイッチののった皿がカウンターに置かれる。
「ありがとよ」
ぼくの他の客、入り口に近い席に座っていたスキンヘッドの男が注文した品らしい。
なるほど、店員は彼女1人で、注文した物は店員が給仕せず自分で取りに行く仕組みか。それなら1人で切り盛りできる。彼女は店長か。認識を改めなければ。
「その通りさ」
店長はぼくのコーヒーを淹れている。
「なぜ分かったか聞きたいかい?いいよ。教えてあげよう。まず、ぼくはこの町を訪れておかしな事に気がついた。この町の噂は知っているかい?人も歩けば殺される、一般人は立ち入った5秒で殺される、魔術師は10秒で殺されるか捕らえられて違法・・・そういえばここには法律がなかったね。各国では違法な実験の被験体となり、最終的に下水道に捨てられゾンビのように下水道を歩き回る羽目になるという噂さ。殺しは日常茶飯事で肩がぶつかっただけで殺し合いがおき、息をしたら酸素を奪ったという理不尽な理由により撲殺され、死体は弔われることなく野ざらしになるらしい。だが実際に訪れてみてどうだろう。道端には死体が一体もなく、異臭もしない。まだ朝だから人はまばらだが、皆文化的な生活を送っているようだ。その光景を見て思った。もしかして噂は間違っているんじゃないか、とね」
ちょうどよく置かれたコーヒーをありがたく一口飲む。
「そう、考えてみれば噂はおかしな事だらけ。まずなんだい一般人は立ち入った5秒で殺されるとは。この町には特に検問もなく入り口の制限もない。どこからでも入ることができるのに5秒で殺されるとは、町の周りにつねに殺人鬼がいないと出来得ないことだ。殺人鬼が凄腕の魔術師で人感センサー付きの結界を張ってしかも瞬間移動できれば話は別、と言うならそれは極めて愚かな主張だ。そんな能力の高い殺人鬼はピッチフォークに行かなくとも都会・・・それこそ王都でも堂々と殺人ができるからね。だからこの噂は嘘だと断言できる。次にーーー」
そこまで話すと今度はサンドイッチが出てきた。
「サービスかい?」
「ああ。コーヒー分のお代だけでいいからそれを食べたらさっさと隣に行ってくれ。話が長い」
「そりゃ失礼」
まだ話を続けたかったがぼくは遠慮なくサンドイッチを食べた。普通においしい。食材はどこで手に入れているのか気になったが、話が長いと言われたので質問することなく黙々と食べてお勘定をして店を出た。
店を出る時、もちろん隣に座らせていた夫人も忘れていない。
だが、店を出てから情報屋のことを聞くのを忘れていたことを思い出した。