後編
「またそうやって逃げるのだなっ卑怯者が!」
おっと、いかん。
園遊会の真っ最中だった。
本来脳筋の私が考え込んでいたら、周りに注意が払えなくなる。下手な考え休むに似たりと言うし。
まだあの馬鹿野郎は揉めているのか……って、あれ⁈
サラ様が居ない⁈
護衛対象を見失うなんて、なんという失態‼
慌てて周りを見回すと。
「なんの騒ぎですか?」
サラ様!
よりにもよって、ご自分からあの馬鹿野郎に話しかけてます!
えぇ⁈ なんで?!
あ、騒ぎを見かねて仲裁を買って出たのですか? いやいや、私をお連れ下さい……じゃない、ご自分から騒ぎに近寄るなら私を盾にしなきゃ駄目ですよ!!
私が慌てて近づく前に馬鹿がはっきりよく通る声で叫びやがった。
「あぁん? 子どもは引っ込んでろ!」
あの馬鹿野郎が無駄によく通る声で叫んだせいで、周囲の人間の心の声がひとつになった!
バカヤローオウオウォゥォゥォゥォゥォゥォゥ
今!
お前が!!
横目で見下した方は!!!
サラ様は確かにお背が……可愛らしい!
そして彼女はまだ14歳! 成人前で、デビュタント前なのだから『子ども』の範疇だ。
だが、だからと言って引っ込んでろなんて罵声を向けられる方では無い!
決して無い!!
断じて無い!!!
いつでもニコニコと誰にでも笑顔で対応されるサラ様が、こんな罵声に出会ったのは初めての事だろう。さぞかし恐ろしい思いをなさったのではないか?
そう、思ったのだが。
サラ様の笑顔は崩れなかった。
いつもの愛らしい笑顔のまま
「そこの貴女、わたくしはサラ・フォン・ベッケンバウアー。貴女のお名前を聞いてもよくて?」
そう、馬鹿に絡まれていた赤毛のスレンダーなお嬢様に訊ねられた。
「す、スカーレット・フォン・シュバルツルーマと申します。お会い出来て光栄です」
さっきから馬鹿に絡まれてたお嬢様は、やはりスカーレットというお名前なんですね、慌ててカーテシーをとってサラ様にご挨拶致しました。
「ありがとう、私のことはご存じ?」
「当たり前です! ベッケンバウアー嬢を知らない者など、この宮殿におりません!」
「そう。もし、そんな輩がいたら、それは慮外者、いいえ、不審者って事になるのかしら」
「仰せのとおりです!」
この時、笑顔でお話ししていたサラ様の、その笑顔の質が変わった。
「衛兵! 慮外者を確保! スカーレット! わたくしの傍に!」
はっ! という声と共に警備の騎士が数名現れ、あっという間に馬鹿野郎を組み伏せた。
私もサラ様を背後にして立つ。
地面に組み伏せられた馬鹿野郎こと、デビット・フォン・シュヴァインは、私の顔を見て驚きの表情をみせた。
「す、スカーレット?! え? なんで?」
なんで? って何がだよ。
「なんでお前が近衛の制服なんか着てるんだ?!」
カッコイイわよね、と私の背後でサラ様のお声が呟く。……ちょっと嬉しい。
「お前! 王宮勤めになったんだろ?! 俺に断りもなく、なに勝手な事してるんだ!」
この馬鹿野郎は何を言ってるのだろう?
なぜ私の就職に馬鹿野郎の許可が必要なんだろう?
「この男は気が狂ってると思われます。騎士様、相手にしてはいけませんわ」
スカーレットさんが私に言う。
そうですね、同感です。
「あ! お前! お前よくもスカーレットの振りをしやがったな! お前のせいで恥をかいたじゃないか!!」
馬鹿野郎の視界にスカーレットさんが入ったらしく、コイツ、彼女に難癖付け始めた。
騎士に抑え込まれて、これだけ元気に喚けるって逆に凄いな、おい。
「お嬢様も、前に出てはいけません」
スカーレットさんも私の背に庇う。
「お前、先程から此方のシュバルツルーマ嬢に絡んでいたな。ここを何処だと心得る。王妃様主催の園遊会で騒ぎを起こすなど無礼千万。家門にも責が及ぶぞ?!」
睨みつけながら言うと、流石に黙った。馬鹿にも自分の馬鹿さ加減が理解出来たようだ。
「ねぇ? そこの慮外者のアナタ、わたくしが思うに、此方のシュバルツルーマ嬢と、わたくしのスカーレットと、間違えて話しかけてたのではなくて?」
私の背後からひょっこり顔を出して、サラ様が、訊ねる。
「あぁん? 子どもは引っ込んでろって言っ」
ドガッ!バキッ!
馬鹿を押さえ込んでいた騎士が両側から同時に奴を殴って沈黙させた。
当然だ。
私もレディ達の護衛任務がなければ殴ってる。
「お前……口は災いの元だぞ? 死にたくなければ黙ってろ」
私の最後の良心による忠告は、遅すぎたようだ。
サラ様はかまわず馬鹿に話しかける。
「ねぇ? 要するに、スカーレットが王宮勤めになったのを聞いて、スカーレットに会いに来たんでしょう? そこで、同じような赤い髪の令嬢を見て、勘違いしてしまった。違う? それにアナタ、シュバルツルーマ嬢に先程言ってたわよね? 髪色の事とか。見ての通り、わたくしのスカーレットは濃いブルネットよ?
うふふふ。アナタなのね? わたくしのスカーレットの髪色に文句をつけて染めさせたのは」
先程からサラ様の言う『わたくしの』という単語が指し示すところが自分の名前、と言うのが……なんと言うか……
ぶっちゃけ嬉しい……が、恐ろしい。殿下、聞いてないよね?!
「話は聞いているわ、デビット・フォン・シュヴァイン。ちっぽけな男のプライドを振りかざして元婚約者の令嬢に難癖つけたお間抜け野郎ってアナタの事ね。身を飾るヒールを捨てさせ化粧を止めさせ髪色にまで難癖付けて! その上、剣術試合で自分に勝ったスカーレットに八百長しない事を咎めたのですってね!」
閉じた扇の先をビシッと向けて啖呵を切るサラ様。カッコイイ……のに可愛い。
「アナタも騎士の端くれではなくて? それが八百長で忖度されて勝つ事を望むなんて、全ての騎士を冒涜しているわ! 笑止! 誰か! 騎士団長をこれに!」
サラ様……可愛いのに、こんなに可愛いのに威厳もあるなんて、凄い、貴女最強ですよ!
……でも、私の隣でこっそり私の袖口を握っているそのお姿……ぁぁ! 愛おしい!!
騒ぎを聞きつけたのか、騎士団長が来た。
……当然というか、王太子殿下も一緒に。
「あ! ヘル様!」
サラ様が殿下の登場に気が付き、私から離れ彼の元へと足を運んだ。
殿下は嬉しそうな顔をして、サラ様を両手で迎えて囲いこんだ。
サラ様は何やら殿下に事の顛末を説明しているようだ。
此方、騎士団長は拘束されている息子を見てギョッとしたように目を剥いている。
そしてこの馬鹿を拘束している騎士、自分の部下に、何があったのかを聞き。
顔色を真っ青に変え、サラ様に向かって即座に地に両手両膝をつき、頭を下げた。
「愚息が無礼を働きました! 大変申し訳ございません!!」
「父上?」
自分の親の姿に不思議そうな声を出す馬鹿。
「いいえ。わたくしの姿を知らないのですから、致し方ありません。でも、わたくしの専属近衛騎士にした無礼の数々には、腹が立って仕方ありませんの」
憤懣やるかたなし、といった風情のサラ様。
「しかも! なんの関係も無いシュバルツルーマ嬢をも巻き込んで大騒ぎしてましたわ。団長。失礼ながらご子息をどのようにお育てになりまして?」
年下の、子どものわたくしが言うのも、アレですが。
そう言ってサラ様は馬鹿野郎を睥睨する。
サラ様の背後には、彼女の腰を支えて立つ王太子殿下。
流石に。
頭の悪い馬鹿野郎にも、流石にサラ様がどのようなお立場の方か、察しが付いただろう。真っ青になって震えている……いや、付かないようだとこの先、生きていくの苦労するぞ?
「シュヴァイン団長。取り敢えず、ご子息を連れて下がりなさい。……沙汰は追って」
静かに王太子殿下のお言葉が降りた。
騎士団長、自ら慮外者の……息子の腕を掴んで退席しようとした時、サラ様が口を開いた。
「ねぇ? 慮外者のアナタ、寄りを戻したいのならそんな高飛車な上から目線では逆効果よ?」
親に引き摺られながら、馬鹿が必死に口を開いた。
「違う! 誤解があったからそれを話し合おうとしただけだ!」
何を言ってるのだろ?
「誤解?」
私が問うと馬鹿は団長の手を振り払って私の方に来ようとした。
「なぁ、スカーレット! 何故お前と連絡がつかないんだ? どうして会えなくなったんだ? 教えてくれ!」
何を、言ってるのだろう?
「何故って、婚約解消したから会う必要もなかろう?」
「は? 解消? 何を言ってるんだ?」
なんと。お前も同じ感想か。奇遇だな、私もお前が何を言ってるのか、まるで分からない。
「デビットっ! 何度も説明しただろう⁈ スカーレット嬢との婚約は白紙に戻したとっ!」
騎士団長が上げた悲鳴のような声が、木霊して青い空に消えていった。
ゼーハーと息を荒らげる団長。
そこへ
「白紙に戻したのだから、ゼロから始める、という事だろう?」
怪訝な顔で父親に問う馬鹿野郎。
暫し、沈黙が場を支配した。
天使が3個師団ほど編成を組んで行進していく幻さえ見えた気がした。
長い沈黙を破ったのは王太子殿下だった。
「シュヴァイン団長……苦労しているのだな……下がりなさい」
「……はっ!」
団長は馬鹿の後ろ頭をガッチリ掴むと、自分と共に頭を下げさせた。凄い勢いだった。
そして今度は何も言わず、馬鹿にも言わさずに退席した。
……彼の目に光るものを見たのは私だけではない、はずだ。
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *
さて。
馬鹿野郎はやっぱり馬鹿野郎だった。
奴は『婚約解消』という意味を全然、サッパリ、丸っきり理解していなかった。
サラ様が推測したように、奴は私が王宮勤めになったと聞きつけ私に会うために王宮に来たらしい。
間の悪い事に、本日は園遊会で、あちこちに騎士団の団員が警護として配備されていた。が、奴は『騎士団長の息子』だった為に顔パスで、存在を認識されてた割にほぼノーチェックで、上がり込んできた。皆、彼が父親に会う為に来たと思い込んでいたらしい。
誰か止めて入城目的を厳しく問い詰めるべきだったのだが……あぁ、頭痛い。
まぁ、本当に頭が痛いのはシュヴァイン団長ご本人なのだろう。
彼的には息子の為に結んだ縁談が破談になっただけでもかなりのダメージを受けただろうに、息子がそれを理解できない程のお馬鹿ちゃんだと判明したのだから……
しかし、『白紙に戻した』という表現を『だからゼロから始める』と曲解するのはなかなか出来ることでは無い。奴は斜め上に天才なのかもしれない。
奴の教育をし直す団長には天災かもしれないが。
なんならうちの鍛錬場に放り込みますか? 一族総出で扱くと思うぞ。皆、私関連で奴の事を苦々しく思ってるからな!
今回、私としては取り敢えず、サラ様の愛らしい所とカッコイイ所と威厳たっぷりに振る舞う所を沢山拝見できて至極満足である。
巻き込まれて迷惑を被ったシュバルツルーマ嬢は、何故かすっかりサラ様と意気投合していた。
二人でキャッキャウフフしてる様はとても愛らしくて、とても和む。
だが、またしてもサラ様が無理難題を押し付けようとしているのをお諌めすべきか悩む所だ。
「ねぇ? 貴女だけのあだ名をつけても良くて?」
「はぁ、どんなあだ名でしょう?」
「ロザリーって呼びたいの♪ だって貴女、騎士のスカーレットの事、好きでしょう?」
「へ? は? ファルケ様の事は、はい、好きですが、それと『ロザリー』と、なんの関係が?」
「(にっこり)んふふふふ♪ 2人ともスカーレットだと私も混乱するし、ねぇ?」
なにが『ねぇ?』でどんな因果があるのかサッパリ分からない。
だが、サラ様が毎日ご機嫌に過ごされるなら、それでいいのではないか。
私は空を流れる白い雲を眺めながら、そう達観したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なぁ、ジーク。もしかしてサラは、赤毛が好みなのか?」
「知りませんよ、そんな事。ご本人にお聞きすれば?」
「僕も赤毛に染めた方が良いのだろうか?」
「あれ? 聞いてませんね? 好きにしてくださーい」
【おわり】
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