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夏祭りの決意

作者: 小松 

かなり短い作品です。


感想、アドバイスなどあればください。


 ゆう子さんは花火が好きだった。

 普段からあまり好き嫌いを口に出さないゆう子さんが、花火が好きだということを、夏休みの始まる前に聞いた。

 ゆう子さんは口下手だから、彼女の好物を聞き出せた僕は舞い上がって、彼女と出会って49日目の夜に催される夏祭りの誘いをかけた。

 彼女は一瞬何か考える素振りをしたが、いつものようなとても繊細で今にも消えてしまいそうな笑顔を見せて首を縦に振ってくれた。

 その笑顔は、約束から約1ヶ月経った花火前日の今日でも、鮮明に思い出される。

 

 話は変わるけど、僕はゆう子さんが好きだ。特にその笑顔は誰にも劣らないものだと思う。きっと、その笑顔のせいで僕はこんなに彼女を幸せにしてあげたいと思っているのだろう。


---そう、僕は今日、勇気を出す。50日目を迎える前に。

...ちゃんと、言えるだろうか。

そんな不安に苛まれながら、夏祭り当日を迎えた。


「りんご飴とか食べます? あ、射撃だ。景品にスイッチありますよ。お金なら僕出しますから、食べたいもの、やりたいこと、全部言ってください!」


 神社のなかに、大量に並べられた屋台。それらを囲むようにしておびただしい数の人がざわついている。

 まさにお祭り騒ぎな神社で、自分の声を消されてたまるか。と精一杯の音量を吐き出す僕。


「いつもより楽しそうですね。お祭りは好きですか?」


 そんな僕とは裏腹に、涼しさを感じさせるほんの僅かな音量で彼女が訊く。


「もちろん!」


 これもまた、最大限の音量で返す。

 祭りはあまり好きではない。というか嫌いな方だ。人混みとか嫌いだし。うるさいのも好きじゃないし。喉もはち切れそうだ。

 だから、以前は祭りで大声を出す人の気持ちが知れなかったが、今は何となく理解できる。

 要するに、楽しい。ただそれだけの事なのだろう。

  そんなことを考えていると、いつもどうり静かなゆう子さんが楽しめているのか不安になって、同じ質問を、これもまた、喉を潰す覚悟のこもった音量で返す。

 

「ゆう子さんは、どうですか?」


そう訊くと、ゆう子さんは足を止め、顔を少し赤らめた。僕も足を止め、不思議に思ってゆう子さんを見つめていると、雀の涙ほどの声でゆう子さんは言った。


「好きです。誰かと一緒にお祭りに来るなんて久しぶりで...だから、聖くんと一緒に来れて本当に嬉しい、です。」


 恥じらいつつも出た、とても暖かい言葉に、僕もつい顔を赤くしてしまう。


 「「.......」」


 長い沈黙が続く。人混みが僕を避けて進んでいき、まるで何かを急かされているようだ。

 言い訳ではないけど、沈黙と言っても周りはどんちゃん騒ぎ。言葉を発する事に喉を潰す覚悟をしなければいけない上、気まずい空気を破っていく覚悟もしないといけないのだ...

 お祭りにおいて、これはタブーだと知っている。知っているが---

 ---気まずさに耐えきれず、とうとう腕時計を覗き込んでしまった。


 時計の針は6時半を指している。花火打ち上げのよてい時刻は8時半だから、それまでは2時間の余裕がある。...いや、二時間しか猶予がないのだ!

 2つの覚悟を、心に決めた。


「ゆう子さん!」


「は、はい!」


 突然名前を呼ばれ、戸惑うゆう子さんの手を強引に繋いだ。

 いやがってないかなーとか。手が柔らかすぎる!とか。いろいろ思うことはあるけど、気にしないふりをして、ゆう子さんの表情も見ずに精一杯笑った。


「行こう! 楽しい時間は短いんだから。」


 返事を待たずに歩き出す。

 ゆう子さんの手は、女の子にしてもか弱くて、軽い。手が離れてしまっているのではないかと不安になるくらいだ。


 ...慣れない人混みのせいだろうか、彼女を握る手に汗が流れる。


 大丈夫。僕はしっかり握っている。彼女と過ごすこの祭りを、永遠の記憶というアルバムにしっかりと刻むために。そして、何よりも彼女が僕と過ごすことを、嬉しいと言ってくれたから。


「ゆう子さん」


 振り返る。本当に不安な訳じゃない。ただゆう子さんの顔を見たかっただけだ。


 ...だから、


「もう一度、その笑顔を見たかった。」


 とても、悲しい。


 ---ゆう子さんの姿は、いつの間にか消えてしまった。


 BGMは悲しみとは程遠い祭の喧騒。

 悲しみの余韻が残る僕は、抵抗することなく人混みに流される。人にぶつかって、転けて、それでも流される。

 

「祭りなんて、最悪だ。」


 それは、彼女を裏切る言葉だ。けれど、言わずにはいられなかった。


「君、嫌なら帰れば? こっちも萎えるんだけど」

 

 音量がでかかったようだ。背景としか認識していなかったものに、マジトーンで叱られる。

 ...まぁ、いいか。


 かえろう。


 周りの有象無象を強引に押し進め、人混みから抜け出す。

 夏なのに、霧でもかかっているのだろうか、視界が霞む。

 

「あなたがいないだけで、こんなに辛いものか...。明日から生きていく自信がないよ。」


 これは、きっと罪なのだろう。

 死を喜び、新たなる生を悲しんだ、僕への罪。


 雲ひとつ無い空の、朧月を見つめる。果たして、枯れた喉が出す風よりも静かなこの声が、あまりにも遠いあの空に届くだろうか。そして、このお別れに意味はあるのだろうか? 


「さようなら、幽子さん」


 今日、幽子さんは、幽霊の幽子さんは、成仏した。



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