欲しかったから、気付かないふりをした
私はメラニー・アン・レガット。
お父様とお母様と、意地悪なお姉様と暮らしている。お父様は手放しに私の味方をしてくれる訳ではないけれど、お母様が私の味方をしてくれるから大丈夫。お母様がおっしゃれば、お父様も最後は分かって下さるし。
でも、ヴァネッサお姉様は私の言う事を受け入れて下さらない。
私の事が嫌いなのだと思うわ。二人きりの姉妹なのに、私が甘えるのをとても嫌がるの。
みっともないとおっしゃるの。
私、淑女としてきちんと振る舞っているのに。いつもお姉様には否定されてしまう。
部屋に戻ると、私の衣装部屋からお姉様とお姉様付きのレディースメイドが出て来ようとしていた。メイドは私のドレスを手に持っている。
「それは……っ!」
お姉様は私を見ても表情を変えない。メイドは顔を強張らせた。
「また……っ! お姉様、返して下さい! それは叔母様が下さったものです!」
「……知っているわ」
行きましょう、とメイドに声をかけると私のドレスを持って行ってしまった。
あぁ……何て事……せっかく伯母様からいただいた、細かな刺繍が施された美しいドレスで、それなりに気に入っていたのに……。
思わず泣いてしまった私の背中を、レディースメイドのヘレンが撫でてくれた。
「仕方のない事です、お嬢様……」
「でも……っ」
「我慢なさって下さい」
いつも我慢しているのに、これ以上我慢しなくてはいけないなんて……。どうしたらお姉様は私の物を持っていかないようになるの……。
今日は月に一度の、婚約者のフィリップ様とのお茶会。楽しみで楽しみで仕方がなくて、昨日はなかなか寝付けなかった。子供みたいだけれど。
お気に入りのドレスを選び、ヘレンに髪を結ってもらい、フィリップ様がいらっしゃるサロンに向かう。
なかなか上手く髪がまとまらなくて、思った以上にフィリップ様をお待たせしてしまったわ。
少し早歩きをしてサロンに向かっていたら、フィリップ様の声が思わぬ所から聞こえて、思わず足を止める。
誰かと話しているみたい。……この声は、お姉様……?
そっと声のする方に近付く。ヘレンに止められたけれど、どうしても気になるのだもの。
隠れるようにして覗き込むと、フィリップ様とお姉様が抱き合っていた。
そんな……どうして……?
フィリップ様は私の婚約者なのに……。
「愛しているよ、ヴァネッサ」
「……フィリップ様……」
はっきりと聞こえてしまった、二人の愛の言葉に指先が冷たくなっていく。
後ずさり、後ろに控えていたヘレンに、気分が優れないから部屋に戻ると伝えた。
ヘレンは硬い表情のまま頷いた。
月に一度のお茶会に会えなかったと言うのに、体調が優れないと伝わっている筈なのに、フィリップ様は見舞いには来て下さらなかった。
お手紙も届かない。
……フィリップ様は私の事を愛してらっしゃらないの……? お姉様を愛してらっしゃるの……?
フィリップ様がお姉様に愛の言葉を告げていた時の事を思い出す。
──愛しているよ、ヴァネッサ。
婚約者の私よりも……?
ヘレンは何も言わない。言ってくれない。
いつもそう。
彼女は私に我慢なさって下さいとしか言わない。
惨めな思いを抱えながらお母様の元に行くと、私を抱き締めて慰めてくれた。
「可哀想に……婚約者でありながら、花の一つも見舞いとして贈って下さらないなんて……」
「……お母様、私、見てしまったの。フィリップ様とお姉様が抱き合っている所を」
流石に、愛していると言われていたとまでは言えなかった。惨めに思えてきて、苦しくて。
お母様の顔が青ざめる。
「何て事……可哀想なメラニー!」
お母様の優しい手が背中を撫でて下さるたびに、悲しい気持ちが柔らいでいく。なくなりはしないけれど、それでも。
翌日、お母様にお叱りを受けたのか、お姉様は部屋から出て来なかった。いつもそう。お姉様はお母様に叱られると二日は部屋から出てらっしゃらない。
不快だと訴えてらっしゃるのだわ。
でも、今は私もお姉様のお顔を見るのが辛いから、少しだけほっとしてしまう。
フィリップ様は翌月になって会いに来て下さった。またお姉様と会うのではと心配していたけれど、そんな様子はなくて、胸の内で安堵の息を吐く。
「今度の夜会なのですけれど」
もうすぐ伯爵家主催の夜会がある。エスコートをお願いすると、フィリップ様は申し訳ない、とおっしゃった。
「先約があってね、申し訳ないのだが」
「そう、なんですの……」
気持ちが沈む。フィリップ様と夜会に参加出来ると思っていたのに。
「外せないご用事なら、仕方ありません。別の方にお願い致します」
「今からならまだ、相手も見つかるだろう」
そうではないわ、フィリップ様。貴方にエスコートしていただきたかったの。
婚約者なのに、私をエスコートして下さらない……。
従兄に頼んで夜会は出席したけれど、楽しくはなかった。知人も友人も少ない私は壁の花になるしかなかった。
私を見てひそひそと噂する令嬢達が視界に入る。挨拶から戻って来た従兄に思わず愚痴ってしまった。
「私の事を悪く言っているのよ、内容までは聞こえないけれど、見える位置でなさるなんて」
「社交なんてそんなもんだろう。出ても出なくても言われる。おまえは少し忍耐力を付けた方が良い」
呆れた顔で言われてしまった。
「我慢しているわ。貴方に愚痴を零すぐらい許してくれないかしら」
肩を竦めた従兄はそれ以上何も言わなかった。
一曲だけ従兄と踊ったけれど、従兄は別の方と踊りに行ってしまったから、また壁の花になるしかなかった。
……フィリップ様と参加したかった。
「メラニー様ね?」
突然声をかけられた。
声の方を向くと、見知らぬ令嬢が数人の令嬢を従えるようにして立っていた。
値踏みするように私を見る。その強い眼差しに怯んでしまう。
真紅のドレスをまとった、美しい方だった。
お顔立ちはきつめだけれど、それが返って赤いドレスには似合ってらした。
「ヴァネッサの妹と言うからどれ程の方かと思ったけれど、大した事ないわね」
あまりの言いように、カッと身体が熱くなる。
デビュタントこそしたものの、婚約者のフィリップ様と予定が合わなくて、私はあまり夜会に参加出来ていない。
「どなたか存じあげませんが、失礼ではありませんか」
ざわり、と周囲が揺れる。
「物も知らないのね」
目の前の令嬢は呆れたように息を吐く。
「私はマルグリットよ。マルグリット・ドゥ・カラベッタ」
マルグリット様。この夜会の主催者であるカラベッタ伯爵家のご令嬢だったのね。
「大変失礼致しました」
慌てて謝罪するも、鼻で笑われた。
「ヴァネッサは優しいから我慢しているけれど、私は許さなくてよ」
お姉様が優しい? 私にいつも意地悪で、私の物を奪うお姉様が?
それともカラベッタ様の前ではお優しいのかしら……。
お姉様が私の事をどんな風にカラベッタ様に話しているのかが分からなくて、不安になる。
「真に想い合う二人を引き裂くような真似をする、貴女のような人間が私は一番嫌いなの」
そう言ってカラベッタ様は取り巻きを連れて去って行った。
お姉様と仲が良いからなのか、初めてお会いしたのに私を敵視なさっていた。
恋する二人……フィリップ様とお姉様の事……?
あの日の二人を思い出して、首を横に振った。
……考えたくない。そんな事ない。
フィリップ様は、私の婚約者なのだもの……。
「迫力があったな、カラベッタ嬢」
戻って来た従兄が言った。
助けてくれなかった従兄を軽く睨むと、「無理を言うな」と言われてしまった。
「言い返せないだろう、さすがに」
カラベッタ様は伯爵家。私も従兄も子爵家。とてもではないけれど、言い返せない。
散々な思いをして、こんな辛い日はそうそうないと思っていたのに、数日後に参加したお茶会で、信じられない事を聞かされた。
同じ日、フィリップ様がお姉様と侯爵家主催の夜会にパートナーとして参加していたと。
先約があるとフィリップ様はおっしゃっていた。
それが、侯爵家での夜会だったとして、何故お姉様を……。どうして私を誘って下さらなかったの……?
どうして……?
悪い事は重なると言ったのは誰だったのか……。
涙が止まらない。
止められない。
最愛のお母様が、亡くなってしまった。
夫人同士が集まるお茶会の帰りに、突然飛び出してきた子供をお母様が乗る馬車は避けようとして横転。頭を強く打ってしまったお母様はそのまま儚くなられてしまった。
人はこんな呆気なく死んでしまうのかと思う程に。朝は笑顔だったのに。
ついこの前、お母様の方のお祖父様が亡くなったばかりだったのに、お母様まで……!
私はこんなにも悲しくてならないのに、お姉様はハンカチーフで目元を拭うぐらいだった。お父様もそう。
お母様を弔う式を終えて屋敷に戻る。
フィリップ様もいらして下さった。
「メラニー、フィリップ様がいらっしゃるのだから、もう少し涙を堪えなさい」
信じられない。実の母親がこんな事になったのに、どうしてそんなに冷静でいられるの……?
「お姉様は、あまり哀しくなさそうね……」
睨むと、お姉様はため息を吐く。
「哀しくない訳がないでしょう。実の母なのだから。私が言いたいのは……」
「お母様はお姉様には厳しかったものね、だから哀しくなんかないのでしょう?! お父様もそう! 全然哀しそうじゃないわ。この家でお母様の死を悼んでいるのは私だけなのね……!」
言いながらお父様を睨むと、ため息を吐かれはしたけれど、反論はされなかった。
「……メラニー嬢、流石に言って良い事と悪い事がある」
苦虫を噛み潰したような顔をしておっしゃると、フィリップ様はお姉様に寄り添った。
……何故?
どうして私を支えて下さらないの……。
俯くお姉様の肩を撫でるフィリップ様が信じられなくて、私は自室に閉じこもった。
お父様も、お姉様もおかしいわ。
愛する妻が、実の母親が死んでしまったのに、どうしてあんなに冷静でいられるの……。
私は自室で一人、お母様を思って泣き暮らした。
いくら泣いても涙が枯れる事はなかった。
私を愛してくれたお母様。
私を守ってくれたお母様。
もう、いらっしゃらないなんて……。
*****
思わず、手に持っていたカップを落としてしまった。紅茶がこぼれて、ヘレンが慌てて駆け寄って来た。
「お父様、もう一度おっしゃって……?」
声が震える。
「後添えを迎える」
「お母様が亡くなって、まだ一年よ……? それなのに、そんな、酷いわ」
努めて冷静に言うも、お父様は首を横に振るだけだった。お姉様は無表情のまま、紅茶を飲んでらっしゃる。どうして抗議なさらないの?
「この一年、ヴァネッサに家内を見てもらったが、本来それは当主の妻がする事だ」
「ですが、お姉様はいずれこの家をお継ぎになるのですから……」
もう一度お姉様を見るけれど、変化はない。
目を伏せたままだ。
どうしてお父様が後添えを迎える事に反対なさらないの……?
「確かにそうだが、おまえだっていずれは他家に嫁いで家内をまとめなくてはならないのだぞ?」
「まだ、たった一年です!」
これ以上聞いていたくなくて、部屋を飛び出した。
自室に戻って、ベッドに腰掛ける。
こみあげてくる涙を我慢出来ない。
私の抵抗も虚しく、お父様は後添えを迎え入れた。
第一王女殿下に請われて長く仕えていた為、婚期を逃したとされる方だった。
年の頃はお母様とそう変わらないぐらい。
お名前はイジルド様。……お義母様と、呼ばなくてはならない。
式などは行わないとの事で、安堵した。
けれど、お披露目をしない訳にはいかないからと、親族や親しい方だけを呼んで、挨拶を兼ねた小さな夜会が開かれた。
イジルド様はいらしたばかりなのにもう女主人として振る舞っている。信じられない事に、お姉様はもう、お義母様と呼んでらっしゃって。
それが正しい姿だと分かっていても、気持ちが追い付かない。
お父様のお友達は、お父様の肩を叩いて、おめでとうとおっしゃる。イジルド様のお友達というご夫人達も、口々に良かったわね、とおっしゃる。
……何も良い事はないわ。
私を愛して下さった、優しいお母様はもういないのだもの。
メイド達も、執事も、私以外はイジルド様を受け入れている。
受け入れる気持ちになれないのは、私だけなの?
お母様はいないのに、お父様はイジルド様とお姉様と楽しそうに過ごしている。
前と違って部屋に閉じこもらなくなったお姉様は、よくお父様達と過ごしているようだった。
笑い声が聞こえるたびに、不快になる。
辛い気持ちを紛らわせたくて、逃げたくて、お姉様に甘えた事をイジルド様に怒られてしまった。
淑女としてあるまじき事だと。
姉妹なのに、どうして甘えてはいけないの?
イジルド様がお母様を殺した訳ではない。そんな事は分かっているけれど、イジルド様の色に染まっていく家の中が息苦しくて、フィリップ様に助けて欲しくて、お手紙を送った。
フィリップ様がいらして下さった。
私の手紙を読んで会いに来て下さった。
嬉しかった気持ちは、その場にイジルド様、お姉様、お父様がいらした事で半減してしまった。
「この際なので、はっきりさせたいと思います」
フィリップ様が真剣な顔でお父様を見る。
お父様は少し疲れた顔をして、ため息を吐いた。
「本当に、無理を聞いてもらって申し訳なかった……」
いえ、と短く答えるとフィリップ様は首を横に振った。
一体何のお話をしてらっしゃるのか、私には分からないけれど、この後詳しく聞かせていただけるのかしら……。
フィリップ様は立ち上がると、お姉様の隣に座り、お姉様の手を握りしめた。
あまりの事に、思わず立ち上がった私に、イジルド様がお座りなさい、と言う。でも私はそれを無視した。
「メラニー、おまえとフィリップ殿の婚約は正式に結ばれてはいない」
「……え?」
お父様の言葉が、耳に入ってきた筈なのに、頭の中に染み込んで来ない。
理解出来ない。
「ヴァネッサとフィリップ殿は婚約者のままだと言ったんだ」
「そんな馬鹿な……」
確かにお姉様とフィリップ様は婚約者同士だったけれど、私がフィリップ様に恋をして、お母様がその気持ちに気付いて下さって、お二人の婚約は解消された筈。それで私とフィリップ様が婚約者になったのだもの。
「いつものおまえの我が儘に付き合っている振りをしてもらっただけだ」
……私の、我が儘……?
「おまえももう、デビュタントを済ませて淑女となったのだ。子供ではない。
いつまでも姉に憧れて何でも欲しがるのは止めなさい」
「お母様が……私とフィリップ様を婚約者にして下さったと……」
頭が混乱する。
色んな事が頭の中に入ってくるのに、どれもこれもが理解出来ない。
お父様のため息が聞こえる。
「……おまえの母は、本当に我が儘だった。何でも自分の思い通りにしなければ気が済まない性分だった」
顔を上げると、苦々しい顔をしたお父様と、そんなお父様の肩を撫でるイジルド様がいた。
「私とイジルドは婚約間近だった。それにも関わらず、強引に自分との婚姻をねじ込んできた」
お母様は、お父様とは相思相愛だったと何度もおっしゃっていた。
幸せそうだったし、お父様だってお母様を大切に……。
いつもお母様がおっしゃった意見を受け入れていたのは、お母様を愛してらしたからじゃないの?
「ヴァネッサは私に似た気質だったが、おまえは母親によく似ていた。自身に似たおまえを溺愛した……」
確かにお母様は私を可愛がって下さったけれど、我が儘だなんて……。お姉様の事だって、憎からず思ってらっしゃった筈だわ。親子だからと言って相性と言うものはあるもの、お姉様より私の方がお母様にとって可愛く思えただけで……。
「ヴァネッサへの贈り物を欲しがるなど、浅ましい事をした事を咎めず、姉なのだからと何でもヴァネッサから奪い、おまえに与えた。
私が何度止めても聞かず、父親である侯爵の権威をちらつかせて己の要求を通した」
「え……そんな、あれは甘えただけで……」
お姉様に贈られるものはどれも素敵で、私も欲しいと思ったから、素直にそう口にしただけなのに……それに……。
「お姉様だって、最後は私に下さったではないの」
「おまえに渡さないと、ヴァネッサは後から折檻を受けるからだ。アレに叱られた後、ヴァネッサが部屋に閉じこもっていたのは、出られなかったからだ」
ざわりと気持ちが乱れる。
ずっと、機嫌を損ねているから出て来ないのだと思っていた。
お母様はそうおっしゃっていて、気にする事はないとおっしゃっていたから……。
「宝飾品も、ドレスも、おまえが欲しがるからと満足に与えてやる事も出来なかった」
いつも、何が欲しいかとお母様に問われても、何も要らないとおっしゃっていたのは……。
せっかくのお母様からの好意なのにと思っていたけれど。
それに、何でもかんでも欲しがった訳ではないわ。
本当に素敵だったから……。
「物では飽き足らず、遂には姉の婚約者まで欲しがるなど……おまえは本当に、憎い程にアレによく似ている」
そうおっしゃるお父様の目は鋭く、身体が震えた。
「当然、ヴァネッサもフィリップ殿も拒否をした。だがおまえの母親は、実の娘であるヴァネッサを修道院に入れようとした……!」
お姉様を修道院に……?!
もし修道院に入れられたなら、素行に問題のある令嬢として、家格の落ちる方との婚姻か、どなたかの後添えになるしか、道がないのに……?
お姉様を見ると、顔を両手でおおっていた。フィリップ様はそんなお姉様の肩を自身に抱き寄せていた。
「そんな……! 私、知らなくて……!」
もしそんな事になるのなら、お姉様に瑕疵がつかないようにとお母様にお願いしたのに。
「知らない、か……」
吐き捨てるようにお父様はおっしゃる。
そこにいるのは私の知るお父様ではなかった。見知らぬ男性のようだった。
私は、お母様の言いなりになるしかなかったお父様しか、見ていなかった。
「おまえの目は自分に都合の良い事しか映さぬのだな。目の前でアレが、おまえにだけ優しく接し、ヴァネッサに厳しく当たる姿を見ていたにも関わらず、知らなかったの言葉で済ますのだからな」
私は、知らなかったんじゃない。
知ろうとしなかった。
気付かないふりをした。
本当は分かっていた。
お姉様の持つ物が素敵なのは、お姉様が持つからだと。自分も手に入れれば素敵な淑女になれると信じて疑わなかった。
フィリップ様に恋をしたのも、お姉様を慈しむお姿を見ていたから。婚約者になれば私もあんな風に愛していただけるのだと思っていた。
そんな筈はないのに。
だって、私はお姉様ではない。
どれだけ望んでもお姉様にはなれない。
……いいえ、違うわ。
私は、お姉様のようになりたいと願いながら、願うだけで努力をしなかった。
物だけは手に入れられたから。
お母様が私のお願いを全て叶えてくれたから。
でも、それは全部、お姉様のもの。
私のものは何一つない。
私は私のまま。
冴えないし、努力も嫌い。
お母様にそっくりだと言われたお父様の言葉が思い出される。
「こちらにおられましたか」
背後から声をかけられる。
「もう、そんな時間だったのですね」
私を迎えに来てくれた人は頷いた。
「祈りの時間です」
ここを出る日は来ないかも知れない。
いつか来るのかも知れない。
私は今日も祈り、己と向き合う。