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第15話 インタラクティブな夜

 翌日の夜。俺は乙村さんとヘッドセットで通話をしながらネット対戦していた。


 俺はスティーブで礼音くんを想定した動きを繰りかえす。乙村さんには動画で覚えてもらった戦術をひたすら実践してもらう。


 非常に地味で退屈な訓練だ。しかしジャイアントキリングを目指すわけだから、あるていど型にはまった戦術で一点突破するしかない。


「かなり正確に入力できるようになってきたな」

『考えていただいたコンボがすごく簡単で。打撃に開眼してしまいそうです。うふふ』

「そうか」

『あ、も、もちろん投げ技への愛情を失ったわけではありませんよ?』

「どこで慌ててんの?」


 コンボが決まり、彩女が勝利する。


 この調子なら礼音くんに勝つこともできるかもしれない。可能性は三十~四十%くらいだろうか。


『あの、少しいいですか?』


 乙村さんが改まった口調で言った。


「なに?」


 アーケードコントローラーのかたわらに置いてあったスマホの画面が明るくなった。ビデオ通話に切りかわったようだ。


「ビデオになってるけど」

『はい。今回はまちがったわけではありません』


 スマホを持ちあげ、俺のほうもビデオ通話に切りかえた。


 画面の中の乙村さんが俺をじっと見ている。カメラ越しなのは分かっているのに、なんだかそわそわとした気持ちになり、思わず顔を伏せた。


「え、ええと……。なに?」

『お礼を言いたくて』

「それはもう聞いたけど」

『それは動画を作っていただいたことに対してです。今日言いたいのは、いままでの』

「いままでの?」


 乙村さんはこくりと頷いた。


『わたしの知らなかった素敵な世界に連れていってくれたこと』

「俺が連れていったわけでは……。乙村さんが飛びこんできたっていうか」

『それから、たくさんのドキドキを感じさせてくれたこと』

「……」

『あと、渡来くんとの巡りあわせに。きっかけは偶然でしたけど、その偶然にもわたしは感謝しています』

「……」

『今日まで本当にありがとうございます』


 今日まで、という言葉で、ちくりと胸が痛んだ。


 ――あ、そうか。


 乙村さんの目標はゲーセンで一勝すること。それが終われば、こんなふうに彼女とゲームや通話をする必要もなくなる。


 つまりこれが最後かもしれないわけで。


「……」


 胸がつまるという気持ちは、こういう感じなんだろう。いつの間にか俺は、乙村さんとゲームでつながる時間を気に入っていたようだ。


『それでは、そろそろよい時間ですので』


 通話を切ろうとする乙村さん。


 このままでは気持ちが一方通行のまま終わってしまう。


「待って!!」


 俺は思わず声をあげていた。


 乙村さんはちょっと驚いたような顔をして、でもすぐに柔らかな表情になって言った。


『なんでしょう?』

「あの……」


 なにをどう伝えればいいのか分からない。無邪気に感情を露わにするのが怖くてしかたない。


 また中学校のころの記憶が蘇りかけた。自分の頬をはさむように打ちすえて気合いを入れ、


「乙村さんに言いたいことが」


 と、ひとまず口に出した。恐怖で動けなくなるなら、恐怖の感情が俺を支配する前に動いてしまえ。そんな一心だった。もしかすると乙村さんの無鉄砲が伝染したのかもしれない。


『え……?』


 乙村さんは目を見開いた。


『言いたい、こと……?』


 自分の心音を確かめるように胸に手を当てる。顔が赤く見えるのは光の加減だろうか。


『それって……』

「あのさ、俺……」

『す、少し待ってください!』

「? いいけど……」


 乙村さんは目をつむった。大きく息を吸い、長く吐く。


 それを何度か繰りかえし、ようやくまぶたを開いた。


『準備できました。どうぞ』

「あ、ああ……」


 変な間が空いたせいで緊張がぶり返し、喉がすぼまる。


「俺さ……」

『……』

「俺……!」


 俺は声を振りしぼり、なかば叫ぶように言った。


「俺も、今日まで、楽しかった……!」

『……』

「……」

『…………え?』

「…………ん?」


 聞こえなかったのだろうか? もう一度、同じことを言うのは恥ずかしいのだが。


『楽しかった……?』

「よかった、聞こえてたのか」

『……それから?』

「? いや、それからとかないけど……」

『………………』


 今度は気のせいではないと分かるほどはっきりと乙村さんの顔が赤くなった。


 ――なんだ……?


 引いている、というわけではなさそうだが。


 乙村さんは「はあ~……」と深く息を吐いた。


『な、なんだ……。わたしてっきり――』


 はっと息を飲み、口をつぐむ。


「『てっきり』?」

『う、ううん! なんでもありません!』

「でも――」

『お気遣いなく!』

「べつに気は遣ってないけど」

『それより渡来くんの話です』

「え? いや、それは……、もういいだろ」


 蒸しかえされるのは、なんだか照れくさい。


『楽しかった、でしたよね』

「う、うん……」

『わたしもです。――一緒、ですね』


 画面の中の乙村さんが頬を染めてはにかんだ。


 俺はまた顔を伏せた。さっきはまっすぐ見つめられるのが恥ずかしかったから。今回は、だらしなく崩れそうになった顔を隠すため。


 気持ちが一方通行ではなくなった。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しい。


『明日、頑張りますね』

「ああ。――お、応援する」

『ありがとうございます』


 乙村さんは満面の笑みを浮かべた。


 通話が終わる。


 明日に備えて早めに寝ようと、用を足してトイレから出ると、ちょうど茉莉実が通りがかって、俺を怪訝な顔でじっと見つめた。


「なんだよ」

「すず兄、今年一馬鹿っぽい顔してるよ?」

「そうか、教えてくれてありがとうな」


 微笑みかけると茉莉実は気味が悪そうに顔をしかめ、一歩後ずさった。


「じゃ、おやすみ」


 俺は弾むような足どりで階段を上った。

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