魔女の弟子
続きました。
スランプ気味なくせにさらに手を付けた莫迦こと神影です。
モーリュと名乗った魔女は「私のことは師匠と呼びな」といい、僕に触れると、光が僕らを包んだ。
眩しくて目を瞑った一瞬で景色が変わり、何処は分からないけど、木でできた家の中だと分かった。
「まず、そのみすぼらしい格好を如何にかしないとねぇ」
全身を値踏みされて言われた一言だった。
みすぼらしいことなんて分かっているし、気にしている暇なんてなかった事だけど面と向かって真面目に言われると少しくるものはあるわけで。
「服は用意するとして、まずは風呂に入れないとねぇ。サラマンダー、ウンディーネ、風呂を沸かして頂戴。シルフは薪を」
『フフッ。いいわよぉ』
『りょーかい』
『お望みのままに』
何もない空中から現れたのは妖精と呼ばれる者達だった。
死んだ爺さんが教えてくれた。
この世には人と、獣と、魔物、魔獣、聖獣、植物、獣人、エルフ、人魚、竜族、精霊、そして精霊が生んだ眷属である妖精が生きていると。
詳しいことは分からないけれど、精霊や妖精の恩恵で世界が回っているそうで、会えば即座に分かるといわれた。
その言葉は正しかったことが今分かった。
「なんだい、アリス。お前様も妖精が見えるのかい?」
「今初めて見たんですけど、見えないものなんですか」
「私は見れて当たり前だが、普通じゃあそうそう見えるもんじゃないね。見えるのは魔力を持つ者かそれに準ずる者だけ。何故今まで見えなかったのかは後で聞くとして、まぁこれも追々。見えなかったら見えなかったで見えるようにするだけだから丁度良かった」
「風呂ができたようだ。着替えは用意しといてやるからきちんと体を洗ってきな。分からないことがあったら風呂から聞きな」と言われ、風呂場に押し込められた。
服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で風呂に入る。
入ったのはいいが・・・・・・。
「如何やって使うんだ・・・・・これ」
生まれて此の方風呂になんて、真面に入ったことがなく、入れてもらうとしても爺さんのところでお湯をかぶるのが精々だった。
石鹸の存在は知っているが、あれはキゾクやチュウリュウカイキュウとかいう奴等が使うもので、底辺の僕らには高級品に等しい
一応文字は読めるものの、それが何を示しているのか分からない。
多分『しゃんぷー』に『りんす』って書いてあるんだろうけど、なんなんだろう。
それにこの『ぼでぃーそーぷ』っていうのは何が違うんだろう。
ボディーってことは体のことだと思うんだけど、そーぷってなんだ。
どれも同じボトルに見えるが、書いてあるものが違うんだから、中身も違うんだろうけど、よく分からない。
『何に悩んでるのかしらぁ?』
「え」
声がした方を向けば、一人の妖精がいた。
「うわッ!」
『フフフッ、とってもいい驚き声ねぇ。楽しいわぁ』
そう言って笑いながら宙をクルクルと飛び回る。
魚と爬虫類の間のようなその姿は化け物みたいに醜くなくて、寧ろこの世のモノであるのにないモノであるかのような一種の神聖さを思わせる。
『ワタシは水の妖精のウンディーネよぉ。それでぇ、どうしたのぉ?アナタにならぁ、なんでも教えてあげるわぁ』
「え、っと、じゃあ、体って如何やって洗うの?」
『体の洗い方ぁ?それはねぇ、まずぅ、そのシャンプーを使ってぇ・・・・・』
ウンディーネに教えてもらいながら体を洗い始める。
髪なんて生まれてこの方、真面に洗ったことなんてなかったから目を瞑って洗うのは大変で、泡立ちも悪いから何回か洗う羽目になったけど、ウンディーネが手伝ってくれたから何とかなった。
リンスの必要性が今一分からないけど、絶対に必要だと言われたので使った。
最後に身体を洗うのだけど、ウンディーネが待ったをかけた。
『身体を洗う前にぃ、顔を洗わなくちゃ。今のアナタは全身汚いもの!』
「あはは・・・・」
妖精は純粋なものって聞いたけど、そうらしい。
其処に悪意なんてものは何もなく、思ったことを口にしているようだった。
『こんなに可愛い顔が汚れているなんて許せないわぁ。ワタシが全部やってあげるぅ』
何をされるのか一抹の不安があったが、綺麗にしてくれるらしいので好きにさせることにした。
顔はウンディーネに渡されたボトルに入った液体で指示通りに洗ってみると、汚れに塗れていた顔が見違えるほど綺麗になった。
鏡に映った自分の顔を見て驚き、思わずウンディーネの方を向くと、ウンディーネは嬉しそうに微笑んでいた。
そのあと身体も洗い終わり、湯船に体を委ねる。
身体が温まったら出ていいとのことだったので、ウンディーネ判定で風呂場から出る。
風呂場から出ると、棚の上に置かれた籠の中にタオルと僕の新しい服であろうものが置かれており、その一番上にメモが置かれていた。
メモには「籠にタオルとアリスの服を入れておいたからそれで体を拭いてから、服を着て私のところに来なさい」と書かれていた。
服を見てみると、僕が来ていた服とは大違いなほど綺麗だったけど、着方はほとんど一緒だったため、簡単に切ることができた。
魔女・・・・師匠の元と言われてもよくわからなかったが、ウンディーネが案内してくれた。
ウンディーネの後を着いて行って着いた場所はさっきいた、ソファーやテーブルが置かれている大きな部屋の隣の部屋。
其処は台所になっていて、六人掛けの食卓があった。
ウンディーネの方をふと見ると、何時の間にかいなくなっていて、部屋には僕と師匠の二人になっていた。
師匠は料理を作っていたようで、二人分の料理を食卓に並べている最中だった。
僕に気が付いたのか、師匠は僕の方を向くと、「出てきたか」と言った。
「あれだけ汚れていたんだ。相当スッキリしただろう」
「はい。ありがとうございます」
「私を呼ぶかと思ったが、呼ばなかったってことは、遠慮でもしてあんまり変わらず出てくるもんかと思ったが、そうでもなかったようだね」
「どうしようかって悩んでたら、ウンディーネがいろいろと教えてくれて・・・・・」
「そうか、ウンディーネが・・・・・・ッ!」
支障は言葉を途切れさすと、勢いよく僕のほうを向き、速足で近づいてきたと思ったら、今までの飄々とした顔とは比べ物にならないくらい真剣な顔で、僕の顔を両手で包み、上を向かせたり、服を捲ったりして、何かを確認しているようだった。
「え、ちょ、ししょッ」
「髪も短くはなっていないし、何処もなくなってないね」
ほっと一息をつくと、何時の間にか何処かに行っていたウンディーネが姿を現して、僕らの周りを面白そうに飛び回っていた。
「ウンディーネ。アリスに色々してやったみたいだが、対価に何をもらうつもりだい。若しくはもうもらったのか」
『フフフッ、そんなに険しい顔をしないでよぉ。何にも貰ってないしぃ、貰う心算もないわぁ』
「どういうことだい」
『その子は愛し子。我ら、人ならざる者が愛し、慈しみ、大切にする、ただ一つの人の子。そして、この世で一番我らに近く、我らはこの子の隣人。我らが守る存在。だ・か・らぁ、ワタシタチはその子の傍に入れるなら、なんだってやるわぁ』
「その、人ならざる者の中には精霊も含まれてるってことかい」
『勿論よぉ。ワタシタチ以上に、我らが親は望んでいたものぉ』
僕を挟んで話が行われていること以上に、その話の内容に眩暈がしそうだった。
人ならざるものだの、愛し子だの、意味がよく分からないことが多かったが、つまりは、妖精と聖霊は、僕がお願いすれば無条件でどんなことでも叶えてくれるってことはなんとなく分かった。
もしそんなことが人に知られてしまえば、今まで以上に大変な目に遭うことは必須。
でも、僕を守るって言っていたから、もし僕がそんな目に遭えば、精霊や妖精の恩恵を受けてい回っているこの世界において、一国なんて簡単に滅ぶ。
その結果を背負うだなんてこと、僕なんかにできるはずがない。
顔を青くしている僕の背中に強い刺激、痛みが走った。
「そんなにしけた顔をするではないよアリス」
僕の背中を叩いたのは師匠だった。
僕は師匠を見上げ、師匠は僕を見下ろす。
「私はそんなにお前のことを知っているわけではないが、すでにお前様が、同い年の子供に比べて聡明で度胸があるのは分かる。あの時、生きるために逃げるという選択肢を選んだからね。今の話を聞いて、自分がどういう存在であるのか、その結果が最悪のものになるとどうなるのかが分かっているんだろう」
僕が聡明で度胸があるのかは置いておいて、想像はできないけど、一応理解しているのは確かだ。
僕はその言葉に小さく頷いた。
「だったら、話は簡単なことだ」
「・・・・・え?」
「これから私の元で知識をつけなさい」
そういって、師匠は微笑んだ。
師匠は優しく僕の手を取り、窓の元へ導きたと思ったら、閉じていた窓を大きく開け放った。
強い風が部屋に入ってきて、僕は思わず目を瞑って耐えた。
風が弱まり、目を開け、外を見ると、僕はその光景に泣きそうになった。
師匠は僕の手を繋いだまま、窓枠に空いている右手をかけ、外を見ながら言葉を続ける。
「この世界は理不尽さ。弱者は守られず、圧倒強者のみが優遇されている。『貴族の義務』・・・・・与えてもらっているもの以上に与えることが義務だなんだって言ってるけど、本当にそんなことをしているのは極一部の貴族のみ。しているように見せかけて犯罪を行っていたっていうことなんてザラにある。現に、お前様を買い取った奴らはお前様の住んでいた地を収めている貴族と密接な繋がりがある。奴隷制度は国によっては認められているところもあるが、この世界の国際法によって厳しく規制がされている。この国では奴隷制度はなく、人身売買は違法とされているが、今の王がクソが幾つ付いても足りん無能の塊でな。貴族が絡んでいるからって表立って動こうとせん」
その声は怒りや悲しみなんてものがない無感情のように聞こえるが、どこか、遠くを見つめているような声だった。
「どんな種族であっても、この世に生きる者達に絶対的な善などない。どんなに優しくても良くても、悪は切り離すことはできない。だからこそ、その悪に負けぬように、巻き込まれないように、己の善を信じれるように、何より己の足で立って前を向いて歩いていけるように、我らは学ばねばならない。それが強い力を持ったものが一番にすべきことさ。けれど、この世の理不尽だけではなく、この世の美しさも学ばねばならない。時の流れ、川のせせらぎ、木々の騒めき、草花の芽吹き、鳥の囀り、雨音、風の音、虫の声、太陽の光、月の満ち欠け、星の瞬き・・・・。この世は確かに理不尽だが、その分、時が止まって欲しいと願うほどに美しい。アリス、お前様はこれから、それらのすべてを目で見て、耳で聞き、肌で触れ、感じ尽くさなくてはならない。お前様は人よりも多くを見聞きできる存在だ。何が善くて何が悪いのかを判別し、自分自身を、何時かできるかもしれない大切な何かを守るためにね。そして、自分のたった一つの命を謳歌するんだよ。私も長いこと生きてはいるが、毎日が学びと驚きの連続さ」
真剣な話だが、師匠は少し楽しそうに、懐かしむように話した。
きっと師匠は世界を見てきたのだろう。
僕と同じ、その人よりも多く見聞きできる目と耳で。
「いいかい、アリス。これからお前様は持たざる者ではなく、持ちうる者ということを、その力は決して悪用されてはいけないことを頭に叩き込め。アリスは偉大なる緑の女王・モーリュの弟子であることを心に刻め。お前様は私の最初で最後の弟子さ。私が生きている限り、私はお前様の絶対的な見方だ。お前様を守り、慈しむ者であることをお前様自身に誓おう。そして、私が持っている知識のすべてを授けよう。師匠とはそういうものだろう」
その時、窓から見た景色は今まで見たものよりも美しく、師匠の顔は今まで見てきた顔の中でもっとも胸を締め付けられるものだった。
師匠が繋いだ手を放し、僕の顔を片手で拭って初めて、僕は泣いているのだと気づいた。
思わず抱き着いた僕を師匠は優しく迎えてくれた。
師匠は冷たいように感じたけど、とても温かかった。
【おまけ】
「そういえば、なんで僕を追ってた人買いが貴族と繋がってるって知ってたんですか」
落ち着いた僕は師匠に尋ねた。
師匠は「ああ、それか」といい、ピーッと指笛を鳴らした。
すると窓の外からバサバサという音を立てながら何かが部屋に入ってきて、師匠の腕にとまった。
「梟・・・・?」
「ああそうさ。これは私の使い魔。お前様が風呂に入っている間に人買いを追ってもらったのさ。この結界内には入っては来れないだろうが、念のためにな。そしたら諦めたのか帰っていったのだが、面白いことを思いついてな。そのまま追ってもらった結果、貴族の屋敷へと入っていったのだ。此奴のには映像と声を記録する能力があるから、この森に足を踏み入った者がいた時点で此奴にその者の位置が伝わり、誰が入って来たのかを記録するように命じてある。勿論アリスのことも奴らのことも記録してもらっているぞ。何時もなら録画をされたものを見ているのだが、暇だったから茶でも飲みながらリアルタイムで見ていたら、結界に向かって来るじゃないか。驚いたぞ」
つまり、師匠は人が大変な思いをしている時に、それを肴に優雅にお茶を嗜んでいたらしい。
不愉快極まりないが、何故だろうか。
この人なら当然だと思えて仕方がない。
「・・・・・・強制的だったけど、この人を師匠にしたのは軽率だった?」
「何か言ったか?」
「いえ、なにも!あ、あと、師匠」
「なんだい」
「長いこと生きているって言ってましたけど、師匠って何歳なんですか?」
「・・・・・・・・・・いいかい、アリス」
「?はい」
「女性に向かって年齢を聞くのは、殺されても仕方がないことだよ。それと、私にクソ王と年齢の話はタブーだ。よぉく、覚えておきな。返事は」
「はいッ!」
この時の師匠の顔は本当に怖かったことだけは言っておこう。
此処まで読んで頂き、有難う御座いました。
これからも宜しくお願い致します。