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ラーメン屋のカップル

作者: 相沢メタル

 ずるずると音を立てて、彼女がラーメンをすする。


 ここは駅近くのラーメン屋。

 放課後の夕暮れ時で、店内は大学生らしき若者や、サラリーマンでごった返している。

 ラーメンのおいしそうな香りがただよい、席で待つ人々はうずうずと空腹をがまんしている。


 僕と彼女は、カウンター席で隣同士に座っていた。

 だから、横を見れば彼女がラーメンを食べている様子が見える。


 ずるずる……ちゅるんっ。

 スープは醤油味。

 焦げ茶色のしずくが、彼女の口元からぴぴっとはねた、気がする。


 汚い……とはもちろん思わない。

 かといって「しずくのついた店内がうらやましい」とも思わない。


(ずいぶん、おいしそうに食べるなあ……)


 考えていたのはそれだけ。

 嘘だ。


(ひどい人だなあ……)


 こちらが本音。

 なぜかって?

 僕の目の前には、ラーメンメニューのオマケについてきたチャーハンだけが置かれている。

 彼女がゆずってくれたものだ。

 なんて優しい彼女だって?

 逆だ。

 ゲームに負けたバツとして、ラーメンのおあずけを食らっているのだ。

 しかも、ラーメンは僕のおごりだ。


 ずるずると音を立てて、彼女がラーメンをすする。

 本当においしそうに食べる。

 この店のラーメンはおいしいのだけど、今日はとびきりおいしそうに見える。


 チャーハンをちびちびと食べる。

 このチャーハンも香ばしくて、それにチャーシューのかたまりも入っていて、おいしい。

 思わずいっきに食べてしまいそうになるのをおさえつけて、ゆっくりと食べる。

 コショウのバランスと、炒り卵の量、それからほんの少しのいんげん。

 まったくもって、素晴らしい。

 おっと、食べ過ぎるところだった。


 ずるずると音を立てて、彼女がラーメンをすする。

 店内に置かれたテレビから、ニュース番組の音がする。

 ちょうど、東京のラーメン屋を特集していた。

 ラーメンを作っている店長の顔を見ると、じっとテレビを見ていた。

 同業者として、やっぱり気になるものなのか。

 ちょっとした気付きを得て、得した気分になる。


 気がつけば、彼女はどんぶりを持ち上げラーメンのスープを飲み始めていた。

 音はせず、のどが小刻みに上下する。

 ゆるやかな反復運動が続き、やがて停止した。

 彼女はゆっくりとどんぶりをカウンターに置き、ティッシュで口元をふいた。


「ごちそうさま」


 ラーメンで温まった顔で、彼女は満足そうな笑顔を見せる。

 そのまま立ち上がったので、僕はあわててチャーハンを食べ終えた。


 店の外に出ると、少しだけ肌寒かった。

 彼女は、ワイシャツの首元のボタンを外して、ぱたぱたと手であおいでいた。

 こっちはチャーハン、あちらはラーメン。

 その事実を忘れさせない4月の肌寒さが、にくらしい。


 彼女はうーん、と伸びをしたあと僕の方を振り返って、


「ごちそうさま」


 と、ひとこと告げた。

 その表情がこどもっぽくて、愛らしいものだから、僕はチャーハンのことを忘れた。


(ずるいよなあ……)


 ちなみに、彼女は彼女であって、付き合っているわけではない。

 女性だから、彼女と呼んでいるだけ。

 別に好きなわけでもない。

 なんとなく、一緒にいると楽しいっていうか?

 ええい、なんだよ、ニヤニヤこっちを見るなよ。

 いいの、とりあえずはこの距離感で。


 さて、明日は彼女とどんなゲームをしようかな。

 きっと、また僕が負けてしまうんだろうけど。

 それもいいかな。

コロナが悲しいので日常的な話を書いてみました。

少しだけ、自分の気持ちが癒やされました。

読んだ人の気持ちも癒やされるといいなあ、と思うのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラーメンが美味しそうで、描写のクオリティの高さを感じました。 つい食べたくなってしまいますね。
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