第一話 二人の出会い
心が壊れてしまった少女【岬 理子】はある事件をきっかけに、心を修復する少女【神之月 時名】に助けられる。
理子は、次第に時名に心惹かれていく……。
これは、心を修復する少女の百合ベンチャー物語――。
「……はぁ」
「……はぁ」
「……はぁ」
私は、甘い吐息を出しながら、それが終わるのをひたすら待つ。
火照った体も、高鳴る快楽も、すべては生理現象だ。
嫌悪感や羞恥心も度重なる行為で、既に無くなっていた。
これは、私達が生きていくために、必要な行為だから――。
空気を吸う、物を食べる、睡眠をとる……。それらの行為と何ら変わらない。
だから私は、それを当たり前のように受け入れている。
*****
「……ここは、駅……か……」
私の名前は『岬 理子』
十八歳の高校生だ。
暗く沈んだ意識が、少しだけ現実に戻る。今いる場所は通学に利用している、この町の寂れた小さな駅のホームだった。冷たい外気が、容赦なく駅中を吹きつけていく。私の体は小刻みに小さく震えだす。もうすぐ春という季節であったが、まだ学園の冬服だけでは肌寒いと感じた。
私は階段を上りホームに到着すると周りを見渡す。次の電車を待つ人達が、疎らに視界に入ってくる。
あれは、男女のカップルだろうか? ガイドブックを見ながら楽しそうに、何かを話し合っているようだった。
こちらは、旅行に行くのだろうか? 大きなトランクを脇に置いて、イヤホンを耳にあて音楽を聞いている青年がいた。
それは、以前テレビで見た都会の通勤ラッシュとは程遠い、田舎の平穏な駅の風景だった。
空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっている。正午前ということもあり、輝く太陽の日差しがいつもよりも強く感じた。
そんな風景を見て、私は思う。ここにいる誰もが、この風景と同様に平穏で幸せな生活を送っているのではないだろうか。
そう、私以外は――。
私は、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。しかし、私を包む、どす黒い靄のような感覚は取れることはなかった。
ああ、私もこの空のように、青く透き通りたい。もう、嫌な事、辛い事は思い出したくない。
……だから、私は最後の一歩を踏み出そうと決心をする。
ホームの中央あたりで、私はそれがくるのを待っていた。
しばらくすると、低い振動音が遠くから聞こえてくる。その音は徐々に大きくなっていき、空気の震えが大きくなっていくのも肌で感じることができた。
もうすぐ、このホームに止まるであろう電車が近づいて来ているのだ。私の足は、その振動の大きさに共鳴するかのように、ゆっくり前に進み始める。この足は、もう止まらない。このまま前に進めば、これからは何の苦痛も悩みもしなくて良いのだから、止まる理由はないハズだ。私は、そのまま線路に足を向け進んでいく。
「……あっ……!」
その途中、私の肩が何かに当たると、か細い悲鳴が聞こえ誰かが倒れる音が聞こえた。顔を向けると、そこには黒い髪をした私より少しだけり大きな制服を着た女性が倒れていた。
「ご、ごめんなさい……」
私は、倒れた女性に深く頭を下げ弱々しい声で謝罪する。
……そして、私の足は再び前に進み始めた。低い振動音は、更に大きくなっていく。足からも、振動次第に大きくなってくるのを感じることができた。
そして、駅内全体に若い駅員のアナウンスが聞こえてくる。
「黄色い線の内側までお下がり下さい――」
アナウンスが流れても、私の足は止まらない。黄色い線を跨ぎ進んでいく。私の行動に気が付いたのか、誰かの呼びかける大きな声が聞こえてくる。
さらに、耳に響き渡る大きな警笛音――。
それでも、それでも、私の足は止まること無く進んでいく−−。
大丈夫……、一瞬の痛みだけ我慢すればいい。そうすれば、これから続くであろう痛みや苦しみから開放されるのだから。
そして、遂に、私の右足が空を切る。
その刹那、私は線路側に倒れるようにふわりと落ちていく。警笛音は、鼓膜が破れそうな程に大きく聞こえ、強い風と電車が迫ってくる圧迫感を肌で感じた。
私は、一瞬の激痛に耐えようと唇を噛み締める。
「……痛っ!!」
左肩と左手首に、いままで感じたことのない激痛が走る。体は重力に逆らうように舞い上がった。ふわふわと宙を舞うような感覚、その直後、鈍く痛々しい音が聞こえると共に、全身に激痛が巡っていった。
「!! がぁはぁ!!!!」
声にならない声を私は叫ぶ。口をパクパクさせるが、呼吸をすることもままならない。目の前は真っ白にになる。
電車に轢かれた……、というよりは、まるで、コンクリートの壁に全身を打ち付けたような衝撃だった。しかし、予想していた痛みとは違っていた。もっと一瞬で、もっと強烈な激痛を想定していたからだ。今の衝撃でも、十分痛かったが、頑張れば耐えることのできる痛みだった。
もしかすると、既に体は電車にボロボロにされて、触覚が既に麻痺している状態なのかもしれない。
そんなことを頭の中で思っていると、誰かが私の腹部に乗りかかってきた。信じられないことに、今の私に馬乗りしようとしているのだ。
「――――!!」
私の脳裏に、いつもの光景が浮かびあがってくる。あの男に犯される直前の光景が−−。こんなボロボロになった私に、尚も辱めをしようというのだろうか。ああ、でももういいや……。これが最後だから、もう一回くらい我慢しても何も変わらないだろう。もうすぐ、私は、あの人の手の届かない所に行くのだから。早く済ませて、私を楽にしてほしい−−。
そんな願いを、私は思うのだった。
*****
私は前髪をかき分けると、深く、深く深呼吸をする。目の前の仰向けになっている、自殺しようとした少女の制服の胸元を開けると、躊躇なく下着の中に手を入れる。
「……貴方の心は、壊れてしまったのですね……。大丈夫……壊れてしまったものは、直せばいいのだから」
私の手から、まばゆい光が溢れ出してくる。その光は、私の手を通じ、仰向けの少女の中に流れ込んでいった。
『リペア……マインド……!』
それは、心を修復する奇跡の力――。
*****
ぼんやりと視界が明るくなってきた。深い深いノンレム睡眠から一気に目覚めたような、今までに経験したことのない程、頭がスッキリと感じることのできた目覚めだった。比喩的にいえば、それは、先ほど見た雲一つないこの青空のようなものだろう。
私は、死んでいなかったところ実感する。でも、何が起こったのかは、まったく把握することができなかった。……しかし、一つだけ確実の事があった。
誰かが、私に馬乗りして、胸を揉んでいる!
そんな状況を認識した途端、私の顔は一瞬に火照ってしまった。左手は何故か激痛が走り動かせなかった。だから私は、馬乗りしている人物に躊躇なく右手を振るった。
「わ、私の胸を揉むな! この痴漢!!」
甲高い乾いた音が鳴り響くと、馬乗りしている人物の顔に、右手の平手は見事に命中する。相手の顔は思いっきり横にブレ、その衝撃でその人物が掛けていたと思われる眼鏡は、かなり遠くに飛んでいった。
「い、痛い!」
それと同時に、左肩にも激痛が走る。私は左肩を右手で押さえる。どうやら、私の左肩は外れてしまっているようだった。
「くぅぅ……!」
その激痛で、私はその場で悶絶する。そんな私にはお構いなしに、馬乗りになっていた人物は、頬を左手で抑えると、私の体を跨いで目の前で立ち上がった。……そこには、私が想像すらしていなかったものが、目の前に見えていたのだ。
「……白パンツ……」
痴漢だと思い力いっぱい平手打ちした人物は、先程私とぶつかった女性だったからだ。その女性は、私の正面から離れると、先程飛んでいった眼鏡を取りに離れていく。私は、その様子を呆然と見つめ続けていた。女性は眼鏡を拾い上げ、少しムッとした表情の後、眼鏡を顔に掛ける。
こちらを振り向いた女性の眼鏡の右側のレンズには、大きなヒビが入ってしまっていた。私は謝ろうとするも、左肩の激痛と未だに状況が把握できておらず、口を何とか動かそうとするも、パクパクとするだけで声にすることができなかった。
その様子を見た女性は、呆れた顔をしつつも、安心した様子で私に話しかけてきた。
「その様子なら、もう、あなたの心は大丈夫のようですね」
女性はそういうと、私の前から立ち去り、停止していた電車の空席に何事もなかったように座る。私はその様子を、ただじっと見つめるのだった。
*****
その後、警察沙汰にはならなかったものの、駅事務所に連れていかれた私は、保護者が来るまでその部屋で保護されることになった。正直、両親にはいま一番会いたくなかったのだが、未成年という立場上、私にはどうすることもできなかった。
一時間程度経った頃だろうか。青ざめた顔をした母が、駅事務所の扉から現れる。急いで来たためか、服装が外行きのようなものでなく、部屋着にコートを羽織っただけの格好だった。
母は私の側に来ると、私をじっと睨みつける。そして、その場で立たせ私の頭の後ろに手をおき、深々と強制的に頭を下げさせる。母も同様に深々と頭を下げ、駅事務所にいる駅員の方に謝罪の言葉を伝えていた。
それから母と駅員がしばらく話し合ったあと、私は開放された。それから家に付くまでの間、歩き続けた私と母は無言だった。母が私の右手首を、痛くなるほど強く握りしめていたのは、心配だったからなのか怒りによるものなのか。
母に引きづられるように私は歩き続ける。そろそろ正午になろうとした頃、私が住んでいる家が見えてきた。少し年季の入ったアパート。ここの二階の一番奥の2DKの部屋が、今の私の家だった。昔の楽しい思い出も沢山あるのだが、今は……、嫌悪感で一杯の場所にすぎなかった。
玄関を見ると、父の靴があった。今日は仕事だといっていたが、どうやら会社から戻って来ているようだった。
「あなた、連れて帰ってきました」
母が玄関のドアを開け、家にいるであろう父に報告しようとした途端、部屋から出てきた父は私の右手を引っ張ると、六畳程のダイニングキッチンのある部屋に突き出した。少し大きな音がして、キッチンの椅子が倒れる。私は背中をテーブルに強打してしまい、その場で蹲る。
「……お前……あのことを、誰かに喋ったのか……!」
怒りと怯えが混ざったような、低い声で父が訪ねてくる。その言葉を聞いた途端、私は少し笑いだしてしまった。
「ふふ……。血が繋がっていないとはいえ、娘が電車に飛び込もうとしたことよりも、自分の身が心配なんですね、お義父さん……!」
私の言葉に、義父と母は驚いていた。それもそのはずだ。私は今まで、今の両親に逆らう事は一切してこなかった。人形のような存在だったからだ。両親の言葉に素直に頷き、両親に遊ばれるだけの肉の人形。それが突然、意思を持って敵意を隠さずに反抗してきたのだ。
「……別に、お義父さんが私にしてきた事を警察とかに言うつもりはありません。ただ、もう耐えられないだけ……!」
私が睨みつけると、義父は先ほどとは打って変わって情けない表情に豹変する。義父に力いっぱい体当たりをすると、バランスを崩して尻餅をついて倒れてしまう。その隙に、私は玄関前に駆け抜ける。
そして、外に出る間際、振り向き、家の中にいる二人に告げる。
「……もう死のうとかは思っていないから安心して。でも……、少しだけ一人にしてほしいの!」
そういうと、私は再び家を飛び出したのだった。
私はひたすら歩き続けた。少しでも早く、遠くへ、あの義父のいる場所から離れたかったのだ。
どのくらい歩いただろうか。気がつくと、私が通う学園の正門が見えてくる。普段は電車に乗って通っているのだが、知らず知らずにかなりの距離を歩いていたようだ。
今日は日曜なので学園はお休みなのだが、クラブ活動を行っている生徒の為、学園自体には入る事ができた。ちょうど制服を来ていた私は、一旦学園の中に入ることにした。……大丈夫だと思うが、仮に両親が追いかけてきても、学園の中であればおいそれと手は出せないだろう。
私は、学園に中に入ると中庭へいくことにした。この学園の中庭は、緑豊かで小さな公園のようになっている。物静かな雰囲気の場所でお気に入りの場所の一つだった。
まだ少し肌寒いが、頭を冷やしこれからの事を考えるには、うってつけの場所だろう。それに、今は一人になりたい気分だった。休日は、ほぼクラブ活動の生徒しかいないので、中庭を利用する生徒はいないはずだ。
……しかし、中庭には、既に制服を着た一人の生徒が、けやきの木の下のベンチに座っていたのだ。見かけない生徒だったが、その生徒はベンチに沢山の書類のようなものを広げ、一枚一枚確認している様子だった。
……私は別の場所を探そうするも、その場所を動く事ができなかった。
だってあの生徒は、私を救ってくれた女性とそっくりだったから――。