中華街の暗殺者 0
幽霊探偵シリーズ第二話です。今作で初めて人が死にます。ですが、無差別殺人の話だけは書ける気がしません。なぜなら、動機がないと推理小説を書くのが難しくなってしまうので。第一話よりもトリック、アクション、ラブコメ、ギャグ要素たっぷりでお送りしたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
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今晩は、僕は酒井英人といいます。若くして都内にあるカウンターバーを経営しています。また、バーテンダーの仕事をする傍ら探偵業も営んでいます。以後、お見知りおきを。
さて、自己紹介を済ました所で本題に移ろうと思います。先程、副業で探偵をやっていると言いました。そう、お客様の依頼を解決するのが探偵の仕事です。一口に依頼と言っても世の中には様々な依頼が存在します。
とくに、今夜の依頼は今までに受けたことのない一風変わった依頼でした。
「わしの生きていた証を探してくれないか」
と、老人は言いました。今夜のお客様はこの老人だけ。元々、僕の店は来客が多くありません。ですが、今夜はやけにお客様が少なかったのを覚えています。
「生きていた証……ですか」
僕は自然とワイングラスを拭き始めていました。
「写真やアルバムはお持ちでないのですか?」
「どこかに無くしてしまったのう」
と、老人はグラスに注がれたバリハイを一口飲みました。バリハイはラムベースの南国風カクテルでアルコール度数が高い事で有名です。このお客様は酒豪なのかもしれません。
「では、賞状やトロフィー等は?」
「何年か前に売ったのを覚えておる」
老人の目はしっかりと僕の作ったカクテルを見つめていました。ボケているようには見えません。
「失礼ですが住まいは?」
僕は思い切った質問をしてみました。すると、老人はゆっくりと僕の瞳を見据えて、
「君は鋭いのう。まだ若いのに良い目を持っておる」
と、渋い顔をしました。
「今はこのギラギラとした街を徘徊――うんにゃ、放浪と言った方がかっこいいかな――放浪する毎日が続いているぞい」
「都会の旅人というわけですね」
「ただのホームレスじゃよ」
老人は景気よく笑っていました。その表情からは、本当の意味での自由を楽しんでいるという心情が伝わってきます。
「旅の資金はどうされているのですか?」
「全盛期に稼いだ金がまだ残ってるからのう。それでなんとか賄ってるんじゃ」
と、老人はバリハイを飲み干しました。全く顔が赤くなっていません。このお客様……ただのホームレスではなさそうです。
「旅人になる前は何をしていたのですか?」
僕はこの老人に興味が湧いてきてしまいました。
「ほっほっほ。忘れてしまったよ」
と、老人はおどけて見せました。
「どうじゃ? 意外と難しいじゃろ。物以外で生きていた証を見つけるのも」
「全くその通りです」
僕は老人の言うことに同意するしかありませんでした。身元不明の人物から生きていた証を見つけ出すのはとても難しい事なのです。
「もしかしたら、わしは一度死んでいるのかもしれん」
老人は遠い目をして語り出しました。
「記憶喪失とは訳が違う。わしは一度死神に会ったことがある。証拠も記憶もないが、何故だかその事だけは断言できる。わしは時代の荒波に取り残された浮遊霊なのかもしれん。じゃが、幽霊にだって前世ぐらいはあるはずじゃろ? それを君に見つけて欲しいんじゃ」
僕は幽霊や死神など、死に関しての事柄に敏感です。なぜなら、僕自身も一度人生を終わらせた経験があるからです。僕の人生については――後で説明することにしましょう。
「わしの……どこかに置いてきてしまった人生を……見つけて来て欲しいんじゃ」
と、老人はしっかりとした口調で言いました。
「その依頼、誠心誠意引き受けさせて頂きます」
と、僕は答えました。最初はお断りさせて頂くつもりでしたが……お客様の依頼に興味を持ってしまったのも事実です。なにより、一度死んでいるという言葉が僕の心を大きく揺れ動かしました。一種の親近感のようなものを感じてしまったのです。
「君が話の分かる人で良かった。今日のお勧めを一杯貰えるかな?」
「かしこまりました」
僕は手際よくカクテルを作り、お客様へと差し出しました。今日のお勧めのカクテルはレッド・アイ。ピルスナー(一般的な)スタイルのビールにトマトジュースを加えた少し変わった味わいのカクテル。通なお客様にはピッタリの一杯です。
「黄土色のカクテルとは……また珍しい物が出てきたのう」
と、老人は右手に持ったグラスを物珍しげな目で見ていました。
「黄土色? 確かにレッド・アイには生卵を入れるレシピも存在しますが――」
「ああ、すまない。コースターの色が黄色だったもんじゃから」
と、老人は細長いグラスに注がれたレッド・アイを美味しそうに飲みました。
「久しぶりに美味い酒が飲めた。ありがとう」
「こちらこそ、久しぶりに美味しいカクテルを作ることが出来ました」
僕は敬意を込めた笑顔でお客様に感謝の意を示しました。