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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 四日目
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 麦茶片手にそれぞれの意見をぶつけ合うこと数分。

 架と照の会話内容は、昨晩の途中経過の話から今日以降の予定についての話にシフトしようとしていた。


「成る程……第二部隊が総崩れしたのは国の方針か」

「一度枠を奪われたら取り返せないってのがこのルールのキモだからな。間違っても他国に奪われる訳にはいかない。だから前哨戦の時点でシナリオを決めてたんだろ」

「つまり早々に枠が五つ埋まったせいで、私達がモロにその煽りを食うことになったと」


 と言っても、挑戦権が腕章十枚で手に入ることを考えたら、架達はまだマシな方だ。

 まあ、四日目にして挑戦権を持つアカデミア生が残り二人ということは、元々母数が少なかったのだろうが。


「私達以外の生き残りは後三人か。今頃どうしてるんだろ」

「照達が猛反発した逃亡生活中じゃないか? 残り二人ってなると、復讐権のバリエーション的に五人いる俺達よりもあいつ等の方が危ない」


 残った二人というのが知り合いや友人である場合、残り一枠の第三部隊は十中八九狙われる心配はない。

 丁度二枠空いている第四部隊が一番危険だ。

 それぞれが別の意志を持って行動しているのだとしたら、第三部隊は勿論、架達が狙われる可能性もある。

 分かっているのは、この状況に於いても一切気は抜けないということ。


「流石に可哀想な気がしてきた……女の子じゃなければ良いけど」

「ま、何処にいるかも分からない他の部隊のことを考えても仕方ない。それより、これからどうするかを」


 そう言いかけた瞬間。

 物凄く控えめなノックの音が架達の鼓膜を刺激した。

 架と照は互いに目配せをして、それぞれ獲物を持って忍び足で扉に近付いていく。

 架は扉の正面に立ち、照はその真後ろにしゃがんでいつでも架を援護できる位置に付く。

 そして――勢いよく扉を開け放った。


「はうっ!!」

「「!?」」


 小気味よい音と声に揃って扉の外を覗き込む。

 そこには額を両手で押さえて悶え苦しむ第四部隊のメンバー、ファリンの姿があった。

 様々な推測が架の脳内を駆け巡る。

 何にせよ、事情を聞かなければ何も分からない。

 一先ずファリンを部屋に招き入れた架達は、タオルで撒いた氷を渡してから改めてテーブルに着かせた。


「あ、ありがと、ござます」

「こっちも悪かったよ。まさか数少ない潜入部隊側の人間が訪ねてくるとは思わなくて」

「お願いします! 助けて下さい!」


 あてていた氷タオルを落として唐突に頭を下げるファリン。

 まずは簡単な挨拶から。

 そう思っていただけに、ファリンのこの申し出は架達を大いに逡巡させた。


「待って、まずは事情を説明しなさいよ」

「ゆ、悠長に話し込んでる場合じゃないんです! メイファン達が危ないんです!」


 これで大体の事情は掴めた。

 第四部隊の枠の生き残りはメイファンとファリンだった。

 メイファン達と言っているのは、途中経過に間違いがあったか、もしくは第三部隊の枠の生き残りと合流しているかだ。

 そして今現在、助けを求められる窮地……つまり勝負ではなく、協力者による襲撃に遭っているに違いない。


 どんな状況であれ、メイファンが架達に助けを求めるなんてことはあり得ない。

 恐らくは、ファリンの独断。

 もっとも、これらはファリンが真実を口にしていたらの話だが。


「悪いけどそれは無理。架はあんたんとこのリーダーに銃口を向けられた。今回も私達を陥れるための罠って考えるのは当然でしょ。ルール上、枠を奪わずにいれば協力させることは可能だし」

「あのときは私達も最善を尽くそうとして……っ」

「最善を尽くした結果があれな時点で、あんた達とは永遠に分かり合えないわよ」


 架も照の意見に概ね賛成だ。

 この場に蒸籠が居れば二つ返事で了承していたかもしれないが、照は勿論、架も先日依衣に釘を刺されたばかり。

 中途半端な優しさは良くない。

 ただし。

 そこにメリットがあれば助ける価値はある。


「条件がある」

「架!?」

「これは君個人との取り引きだ。今後もし何かあったとき、君が俺達に味方してくれるのなら。仲間や国の方針よりも俺達を優先してくれるのなら。助けに行っても良い」

「!!」


 彼女のお国柄、これは非常に難しい条件だ。

 何より、いざとなったら約束を反故にされる可能性もある。

 だがそんなか細い繋がりも、無理矢理繋いだ鎖であっても。

 架が夢見ている未来にとっては、尊重すべき第一歩なのだ。


「……分かりました。メイファン達を助けてくれるなら、貴方達のために何でもします」

「良し」

「はぁ……厄介なことにならないと良いけど」


 何故か憂鬱そうに溜息を吐く照を尻目に、架は早速必要最低限の情報をファリンから聞き出すことにした。


「メイファン達は何処にいる?」

「隔雲亭の跡地に身を潜めてます。私はとある人の助けを借り、て……、」

「……? 大丈夫か?」


 突然だった。

 今の今まで平然としていたファリンが、下腹部辺りを抑えながら苦しそうに身をよじらせ始めたのだ。


「はぁっ……はぁっ……熱い……熱いよぅ……」

「何ちょっと色っぽい声出して悶えてんのよ!? ぬ、脱いじゃ駄目ぇ!」


 ここが男子寮だということも忘れて、ファリンは制服をいそいそと脱ぎ始めた。

 照が止めてくれたお陰でどうにか服がはだける程度で済んだものの、非常に目のやり場に困る光景だ。


 急激に汗をかき始めていることから、架は自分の死神トートの最期を連想したが、どうもそのときとは苦しみ方が違う。

 照の言う通り、本当に快感で悶えているように見える。

 何かしらの外的要因があるのだとすれば、考えられるのはファリンの言葉の中にあった『とある人の助け』くらいしかない。


「おい、助けって何をしてもらったんだ。ここに来る前に何があった」

「何千人ものアカデミア生に取り囲まれて……んぅ。菖蒲田を……できるだけ短時間で進めるようにって……体が軽くなる薬を、はぅ。貰い……ました」

「く、薬ってまさか」

「……どうも俺達は巻き込んだ側だったみたいだ。さっきの条件は忘れてくれ」


 立ち上がる。

 目指す場所は隔雲亭跡地。あそこにも無人タクシーの路線は通っているが、確かこちら側とは繋がっていなかったはず。

 つまりまた架は走るしかない訳だ。


「ま、待ちなさいよ! 私も行く」

「こんな状態のファリンを置いて行けないだろ」

「話聞いてなかったの? この子今、何千人ものアカデミア生に取り囲まれてるって言ったのよ!? 本当だとしたら一人で行くなんて無茶だってば!!」


 五百人でさえ包囲網を突破するのが精一杯だった。

 桑名裕樹と市ノ瀬信二。

 あの二人との戦闘でさえかなりの時間が掛かった。

 何千人なんていう人間を相手に一人で戦うなんて、もはやゲームみたいなものだ。


「一人でも平気……んっ、です。二人で……行ってくださいひぃ」

「喘ぎながら言われてもな……」

 目だけでなく耳のやり場にも困る。


「助けを呼びに……来たのに。この期に及んで足を引っ張るなんてイヤ、です……!」

「!」

「……分かった。私達はあんたを置いて行く」


 心配がない訳ではないが、何千人規模のアカデミア生が集結しているとなると、態々架を狙って第二男子寮を訪れる輩がいるとは思えない。

 初日以来、ここを訪ねてきた人物がいないことも後押ししている。


「行くか」

「えぇ」


 架はしっかりと鍵を閉めたことを確認し、照と共に走り出した。

 ファリンは菖蒲田を通ってここまで辿り着いた。

 得体の知れない薬を飲んでまで回り道をしたのは、そのルートが安全だと言うことを意味している。


 だがそれでは遅い。

 真っ直ぐに向かってアカデミア生の包囲網を一点突破する。

 何も表立ってメイファン達を助けに行く必要はないのだ。

 派手に暴れて、アカデミア生達の注意を引きつけてやればいい。

 そして幟天使の二人が全速力で走った結果、ものの数分で目的地まで辿り着くことができた。

 目の前には不規則な動きで前進を続けるアカデミア生の軍勢が見える。


「はは……多少は大袈裟に言ってるんだと思ってたけど。こりゃマジでほぼ全校生徒が集まってるっぽいな」

「架、あんたどう戦うつもり?」

「……さあ。できれば刃は向けたくない」


 刃を返して戦うか、鞘に納めたまま戦うか。

 いずれにせよ容赦なくぶった切るなんてことは絶対にできない。


「ね、提案があるんだけど。ソードレスリングって習ったわよね」


 ソードレスリングとは、主に剣を使った打撃で相手を圧倒する技術だ。

 架達の武器はあまりソードレスリングにはそぐわないため、習ったものの一度も実戦で使用したことはない。

 というか、今の今まで忘れていたくらいである。


「ソードレスリングなら相手を殺さずに圧倒できる。首を切るとか目を潰すとか、その辺をどうにかすれば使えそうじゃない?」

「いや、それ以前に……あれって片手剣を防御に使わないと始まらないだろ。日本刀を使う俺は勿論、レイピアを使う照も難しいんじゃないか」

「あんたはあんたなりに。私は私なりに使いこなせばいい。何たって恰好の練習台がいるのよ? それも、大量に」


 アカデミア生達に視線を送る照。

 見たところ、彼等は武器の類いを持っておらず、完全な徒手空拳。

 ゾンビの如く前進しているだけに過ぎない。

 本当にゾンビであれば怪力や噛みつき攻撃を警戒しなければならないが、彼等はいたって普通のアカデミア生だ。

 武器がないのであれば攻撃方法は自ずと限られる。

 恰好の練習台。

 照の言葉の意味がようやく架にも分かった。


「各自成長するチャンス……か」

「背中は預けるわよ」

「お互いにな」


 拳と拳を軽くぶつけ合って、再び視線をアカデミア生達に向ける。

 圧倒的物量がそのまま途方もないプレッシャーとなって、架達の意志を鈍らせてくる。

 こちらは二人。

 しかし、寄せ集めの彼等とは違う。


「行くぞ!!」「行くわよ!!」


 合図もなしに声を揃え、二人は一斉に駆け出す。


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