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雨が降っていても傘を持っていないのなら、そのままぬれて行けばいい

作者: 今井三郎太

 俺は焦っているわけじゃない。でも、不安は常に覆いかぶさっている。前を向いて走っているのは、振り返るのが怖いからなのかもしれない。楽しければ良いというのなら趣味で十分だ。でも、そうじゃない。俺は、俺という生き物として音楽に触れていたい。紡いでいきたい。ただ、残念ながらこの気持ちだけでは腹はふくれないのだ。


現実を知らせるのは携帯電話のアラームだ。毎朝七時に鳴り出すが、布団をかぶったままうずくまって放っておくと勝手に止まってくれる。

 五畳の部屋には大きすぎるベッド、パソコンや音楽機材の横にある黒いギターはフェンダーのテレキャスター。小さな四角いテーブルの上にあるメンソールの煙草は、たぶん一本残っていたはずだ。

 ベッドから起き上がり、リモコンでテレビをつけた。煙草を吸いながら、ぼーっと朝のニュースを見ていると、目覚まし時計の形をしたキャラクターが「七時三十分、七時三十分」と叫んでいる。テレビは電源を入れておくと、勝手に色々教えてくれる便利な道具だ。しかし、こいつは何者なんだろう。この手足のある時計は。この時計に急かされている気がしているのは俺だけだろうか。まあどうでもいいか、それよりも出かける支度をせねばならん。でも、この時計の声をきっかけに動き出すのは、やっぱり、早く準備しろと急かされている気がする。

 顔を洗い髪型を整え着替えをする。「日中は三十三度まで上がり、真夏日となります。水分補給をまめに行ってくださーい。ですが、夕方には所により小雨が降る模様です。折りたたみの傘を持ってお出かけくださーい」お天気お姉さんの、爽やかなだけの声をリモコンで消し、アパートを出た。   

 急角度の薄い鉄板の階段を降りる。降りる度に階段がカンカンと踏切の音のように鳴る。この音は嫌いじゃないが、必ずこのアパートから脱出してみせる。「昔はボロ屋に住んでいたもんさ」と小洒落た飲み屋で言ってみせる。その為にも、さしあたり日々の生活費を稼がなきゃならない。しょうがない。

俺が名古屋にある退屈な大学を一年で中退して、一念発起、音楽で身を立てようと勇んで上京してから七年も経った。高校生の頃からドラムを叩き、二ヶ月に一度は、ライブをやったりしていた。そこだけ見ると、全くの素人ではないと勝手に思っていた。 

地元で組んでいたバンド仲間と東京に出てきてから、バイトをしながら音楽活動を続けていたが、ヴォーカル担当のやつが突然辞めると言って、一年も経たずに解散した。その後は、東京で知り合った仲間とバンドを組んでCDを自主制作したり、下北沢のライブハウスに出演したりと、それなりに充実した日々を送ってはいた。だが、そのバンドも人間関係や、取り組みたい音楽性の違いとか、いろいろあって解散した。その後いくつかバンドを組んだが解散し、そんな繰り返しで時間だけが過ぎていった。でも、そのおかげで多くの人達と出会えた。それ自体は財産だと思っている。最近はというと、もっぱら一人で曲をつくり歌ったりしている。もちろん、財を成すどころか、一円にもなっていないけれど。

 部屋を出ると目の前が環状八号線だ。交通量が二十四時間ほとんど変わらない道で、いろいろな人や物が流れている。道路全体が汗をかいているように、足元から、ゆらゆらと熱があがっている。排気ガスで空気が薄く色が付いているように感じながら歩いた。

 四分で井の頭線高井戸駅に着く。いつもと同じ改札。いつもと同じホーム。いつもと同じ場所に立てば、目の前に並んでいる人も、いつもと同じ人だ。明大前駅で乗り換えて、新宿で地下にもぐり都営地下鉄大江戸線で六本木へ向かう。

 アルバイト先はテレビ局だ。とはいっても番組制作や放送に携わってはいない。調子のよろしくないパソコンをメンテナンスする仕事で、時給はけっこう高い。コンビニや居酒屋で働くより断然良い。

 最初は、テレビ局であれば、あわよくば業界とコネの一つでもできるかもしれないなあ、なんて思っていたが、甘すぎた。モンブランにホイップクリームをトッピングするよりも甘い考えだった。音楽関係者どころか、そもそも人と接する時間がほとんど無い。

 テレビ局という膨大な人間が働くビルの中にいるのだが、仕事の内容がよろしくない。総務部や製作部といった、いろいろなところから電話がかかってくる。「いやあ、作業していたらパソコンが固まっちゃって」とか「いきなりインターネットと繋がらなくなりましたの」なんて具合に。それを、自分のデスクにあるパソコンから社内ネットワークを使って、遠隔操作で調子悪いパソコンに入り込み、あれやこれや原因を突き止め、元に戻す。そんな調子だから、いったん自分の席に着くと、トイレと昼食以外は立つことはなく、誰かと会話した時間を一日換算してみても、トータルで一時間ないだろう。それが現実だ。目の前に在るものは全て現実だ。良くも悪くも現実だ。


今日も、特に何事も無く仕事を終えて地下鉄に乗った。大江戸線は驚くほど深いところを電車が走っている。そのうち地下にも人々が生活する街ができるかもしれない。「アンダー新宿区Bブロック四丁目」なんて住所を想像したら少し怖くなった。そんなことを考えていたら新宿に着いた。

 JR中央線に乗り換えるために長いエスカレーターを何度も使って地上を目指す。地下深いところから地上に出た時、やっぱり人は空の下で生きるべきなんだと思った。例え新宿の空気がよどんでいても、そう思えるのだ。

 改札を通り、中央快速高尾行きに乗って吉祥寺へ。今夜は、ぐっさんと会う約束をしていた。

 ぐっさんはデザインの仕事をしていて、CDジャケットやライブ告知ポスターを作ってもらうようになってから親しくなり、今では普通に飲み友だち化している。

職人気質の人だから、デザインのことになると病的とも言える興味を発揮する。洋服、靴、鞄はさることながら、建物といい、看板といい、マンホールの模様でも良いと思った物は、じっくりと観察して、全力で吸収しようとする様が、かっこよくもあり、少し怖くもあった。いつも隙がなく、お互いの作品について語り合うと喧嘩になることも珍しくない。

 そんな感じだから、ぐっさんは「坂口菜緒」という女の子らしい名前で、目がくりりとして、かわいらしい面もあるにはあるのだけれど、俺は一度も坂口さんとか、菜緒ちゃんとは、呼んだことがない。友だちの友だちとして紹介された時から「ぐっさん」だった。


吉祥寺駅の改札口、コーヒー屋の前。十分遅れてぐっさんは来た。右手をあげて合図を送ると、ぐっさんは気がついて小走りでやってきた。俺も歩み寄りながら声をかける。

「おつ」

「おつです」

 いつもの挨拶は、すぐに雑踏に溶けて、消えていった。なんとなく、今日はそんな感じがした。

 駅を出て、すぐ右の横断歩道を渡り、線路沿いの道を歩く。ガード下は、CDショップやラーメン屋といった見慣れた店が、今日も変わらず立ち並んでいる。

「いつもの」

「いいよ。どこでも」

 俺が言いかけた声にぐっさんは、すぐに言葉をかぶせてきた。声に無表情という表現があるのならば、間違いなく今の会話はそれだろう。

 ぐっさんの間に、男女としての特別な感情がないのはお互いの共通認識だと思う。俺はそう思っている。その割には何かというと、ぐっさんを呼び出している自分がいて、それに応じてくれるぐっさんがいる。他人にどういう関係かと聞かれると、はっきり答えられないから、誤解を招きやすいけれど、答えられないのだから、しょうがない。ただ、恋愛感情以外にも特別な感情というものがあるのならば、特別な感情がないとは言い切れない気もする。深く考えても答えが出ないだろうし、今、出す必要も無いだろう。いつもの感じでいいのだ。いつもは「いつも」だから心地良いし「いつも」たりえるのだろう。

そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、いつもの居酒屋がある雑居ビルに着いていた。エレベーターに乗り、4Fのボタンを押す。扉が開くと、丸い記号が重なった模様の看板が目に入る。店内に入るや否や、すぐに店員がこちらを見ながら目で人数を確認して、「2名様ですねえ、こちらへどーぞー。ご新規2名様でーす」と無表情に無感情に言い放ち、振り返りもせずに店内を進んでいく。俺達二人は、目に見えない誘導センサーに導かれながら、ざわついた店内を、するすると追尾していった。俺は席に座ると同時に「とりあえず、生ふたつ」と予定調和の呪文を唱える。すると程なくして、ジョッキに注がれた冷え冷えの生ビールを二つ片手に持った店員が「お待たせしましたあ。生2丁になりまっす」と、やってきた。まったくもって、いつもと同じだ。

「お疲れー。かんぱーい」

 俺はジョッキ同士を軽く当てて生ビールを勢いよく飲んだ。うまい。いつ飲んだって、うまい。そう、いつもと変わらない美味しさ。ビールメーカーの弛まぬ品質管理の仕事っぷりに感謝します。日本の良いところと、ある意味悪いところを同時に味わう感覚。

 「今日はどうしたの?亮輔の悩み相談を聞くのも私の仕事だからさ。なんかあった?」

 ビール対俺の、いつものやりとりを、ぐっさんの声がやんわりと中断した。

 「ああ、あのさあ、この前の土曜に島村と飲んでて」

 「島村と。あー、で、またダメ出し的な事を言われ、それで、へこんだ」

 「まあ簡単に言えば、そんなとこ」

 「毎度の事でしょ」

 「まあね。でも今回は正直、ちょっとむかついたし、そして、へこんだ」

 そう言って俺は残りのビールを飲み干した。

 島村は以前、俺とバンドを組んでいてヴォーカル担当だったが、昨年音楽活動を辞めて、今は飲食チェーン店の社員として働いている。六年くらい前に共通の音楽仲間を通じて知り合った。その時は、酔っ払ったらよくしゃべるやつ、という印象しかなかった。

 俺がアルバイトを探している時に、当時島村が働いていたところで人手が足りないからと誘われ、一緒に働いたことをきっかけに、「知り合い」から「友だち」に変わった気がする。

 働いていたところがデリバリーの寿司屋で、盆や年末年始といった世間が休暇の時ほど忙しかった。特に十二月三十一日は、朝の八時から夜の十一時まで働いて、翌日の元旦は朝七時からといった殺人的なシフトだった。あまりにしんどかったので、元旦の朝、テンションをあげるために、二人でミッシェル・ガン・エレファントの「スモーキン・ビリー」を大声で歌い、叫びながらバイトに行った。新年早々、近所迷惑甚だしいが、そういうテンションの上げ方は、島村との数少ない共通項なんだと思った。

 島村はバイト中も、酒を飲んでいる場面でも、気分屋で偉そうな物言いがうっとうしい時はあるが、なぜか何も教えてないのに、核心をつくようなことを、ごくたまに言い出したりする変なところが面白く、お互いバイトをやめた後も、長く続いている。

 「気にしない、気にしない。島村の説教癖は、あいつの持病だし風邪をうつされたようなものだよ」

 「まあね。でも今回は、結構重かったよ」

 俺は運ばれてきたビールをちびちび飲みながら、島村の話をぐっさんに聞かせた。

 島村の話は「俺達はもうすぐ二十七歳になる」からはじまった。親からの援助なしで生活し、頑張ってきた事。その苦労している事そのものを美化してきた事。その苦労をいろいろな場面で言い訳に使ってきた事。そして、言い訳にも現状にも疲れて夢を諦めた事。似た環境にいる(と、島村は思っている)俺に対して「今のままだと同じ道筋をたどる。心頭滅却して火は涼しいとか言ってても、実際、触れば火傷して跡が残る。こうはなるな、なってくれるな」と、いまいちわかりにくいが、とにかく一方的に決めつけて、かなり熱のこもった語り口で延々一時間半も続いた。

「それってさあ、へこんだというより、単に疲れただけじゃないの?」

 「ああ。あはは。それもあるかな。でも、当たらずとも遠からずと言うか、一理あるというか、なんというか」

 そう言いながら俺はテーブルを占領するくらい大きいくせに深さのない皿に盛られた大根サラダをドレッシングと混ぜ合わせた。

 細く短い、マッチ棒のような白い大根に、薄いオレンジ色のドレッシングをからめようと、頑張ってみる。しかし、水気を帯びた大根は、かたくなに、拒むように、ドレッシングと混ざり合ってくれない。なんだ、この大根。いや、大根はいいのだ。大根は、大根であって、まさか自分が、細くカットされて、サラダになるなんて、今日の今日まで知らなかっただろうから。問題はドレッシングだ。生野菜に味をつけるために生みだされたからには、しっかりと仕事をしてほしい。いやあ、僕は大根は苦手で、できれば、その、ブロッコリーとか、パプリカなんかだと、シナジー効果っていうんですか?そういう相手となら僕自身のポテンシャルを発揮できるんですけど、みたいな言い訳は一切受け付けないよ。まずは、与えられた仕事をこなそうよ。好き嫌いで仕事を選ぶなんて、ほんの一握りの人たちしかできないんですよ。わかったか。この、混ざれ、混ざれって。

 「ねえ、亮輔。なに黙っちゃってんの?気にする事ないって。ほら飲みな。酒は薬なんだから。ほらほら」

 「ほらほらって。何だよ。おかんが、ご飯を食べちゃいなさいみたいに」

 「そうだよ。中途半端に残ってるから、食器が片付かないじゃない」

 「ほんとにおかんかよ。あはは。ちょっと、ぐっさん。俺さ、へこんでるって言ったよね」

 「ああ、そうだったね。でもほら、今、一瞬忘れてたでしょ。人間は忘れる能力が備わっているんよ。島村のことなんて気にしないで、飲もう飲もう」

 結局この夜は、そもそもどんな悩みなのかも伝えられないまま、単なる、そういう気持ちですっていう報告で終わってしまった。酔ったぐっさんにやたらと励まされて、島村の話から俺の中に生まれた「わだかまりの様ななにか」を再確認しただけだった。


 次の日は、アルバイト終了後に下北沢の音楽スタジオに行くことにした。予約を入れてなかったが、電話をしてみると運よくキャンセルがでて空きがあった。日頃の行いが、こういうタイミングで、運を呼び込むものなんだ。人様に迷惑をかけるようなことは、おそらくしていないし、一日一善とまでは言わないが、お年寄りに席を譲るときも、ためらうことなくやってきた結果のひとつなのですよ、おそらく。

 スタジオの受付でマイクを貸してもらい、定員2名程度の狭いヴォーカルブースに入った。歌の練習というよりも、大きな声をだして「わだかまりの様ななにか」を吐き出してしまおうという算段、というわけ。

 まず、フェンダーの黒いテレキャスターを小さなアンプにつなぎ、最初は自作のバラードを一曲歌ってみた。けれども思うように声が出ない。風邪を引いているわけでもないのに、かすれたような、寝起きのような、ガラガラ声しか出てこない。気が滅入る。

 気分を変えようと奥田民雄の曲を五曲、立て続けに歌ってみた。それでもいまひとつ声が張らない。ますます滅入る。ここはひとつ、もっとロックなナンバーで、心を奮起させるという手もあるなと思い、咳払いを合図にミッシェル・ガン・エレファントの曲を、これまた立て続けに六曲歌ってみることにした。

 歌い、叫び、最後には「あー」とか「おー」とか声にならない声、心の叫びとばかりに吠えまくった。ところが、というかむしろ案の定、どんどん声はかすれるばかりで、しまいには話すことさえ困難な状態になっていた。これでは、まったくもって、気分がいっこうに晴れない。当然「わだかまりの様ななにか」なんて、とうてい吐き出すことはできなかった。

 二時間、まったく休憩もせずに声をだしまくっていた為、嫌な疲労感だけを感じて、そのままスタジオを出ることにした。こんな時はこれ以上何をしても駄目だろう。無理を通せば道理引っ込むとか言いますが、無理を通しきれなかったら、何も変わらないということで。

 帰りは、特に寄り道もせずに駅に行き、電車に乗った。隣に立っている中年のサラリーマンよりも疲れ果てた自分の顔が、車内の窓ガラスに映っている。もうすぐ二十七歳になる。歳を重ねる事は悪い事じゃない。むしろ良い事ではないだろうか。でも、素直にそう思えない。事実としてそこにある現実が、真実という警告を鳴らしているように感じる。今夜は、間違いなく寝つきが悪い。


 それからというもの、翌日も、その翌日も「わだかまりの様ななにか」は、いっこうに消える気配はなかった。朝起きて、アルバイトに行って、練習したり曲をつくったりして、眠る、という繰り返される毎日の中では何も見出す事ができない。こういう状況をよくトンネルに例えたりして「先が見えない」だとか「暗闇を手探りで」というのだろう。でもトンネルならまだいい。先が見えなくても手探りで進める道があるじゃないか。壁伝いにカーブだって判別できる。俺の場合はトンネルですらない気がする。メビウスの輪をなぞっている様な、水槽の水が濁っていく様な、ダンボール箱に押し込められて頑丈に封をされた様な、とにかく、どうすることもできずに、ただ悪化していく状況を見ているだけという気持ちだ。

 夢と現実、理想に対しての現状。今やるべき事の優先順位。一年後の自分。一年前に思い描いていた自分。メジャーデビューを果たし、忙しそうな音楽仲間。自分と同じように夢を追い続けている音楽仲間。趣味として楽しんでいる元音楽仲間。マイペースに、のんびりと取り組める年齢ではなくなっている。かといって焦ることが近道とも思えない。正解はない。もちろん不正解も。うまくやる?それが分かれば、こんなに気落ちすることもない。気分転換?そうだ気分転換だ。何か気分が変わることをしよう。

 思いついたままに、とりあえず部屋の模様替えをしてみることにした。まずは部屋の大部分を占めるベッド。横になった時の頭の方角とか、今まで気にしなかったけれど、何事も意識してやることが大切なのです。方位学とか風水とか、いろいろあるでしょう。それを俺ときたら、ただなんとなく気分で家具家電を配置したもんだから。それは良くない。ここで気づけたのだから、まあ良しとしますか。日々これ勉強ですな。そこでベッドの向きを間逆に変えてみた。そしてコンポとテレビの位置を反対にして、小さな本棚もコンポの隣に置き換えた。とにかく、今まで、そこにあった物を、違う場所に配置換えする。もくもくと作業をしていったが、そもそも、テレビはここでいいの?本棚の上には花?黄色い小物はどっちの方角だったっけ?などなど、疑問が疑問を呼ぶ展開に陥ってしまった。しかも機能性は譲れないという生活重視の考えも発生しはじめ、収集がつかなくなたので、結局すべてを元の位置に戻した。何も変わっていない。いかん。何かが間違っている。これも、この「なにか」のせいだろう。本当にやっかいだ。

 それからも、朝まで酒を飲んでみだり、買い物をしたり、ドラムを叩きまくったり、フットサルで汗を流したり、毎日なにかしら一つ以上は思いつく事をしてみたものの、「なにか」は、消えるどころか、ますます存在感を増していった。

 

 ある日を境に、俺はその「なにか」を「黒ダンゴ」と呼ぶことにした。そして、じっくり観察することにした。思いつきで動くのではなく、まずは、敵の実態を把握するべきだ。「黒ダンゴ」はその名のとおり黒色なのだが、目を凝らすと濃淡があった。その濃淡が、まだら模様のように全体を覆っている。触ってみると、見た目とは裏腹に、ざらざらとしていて、弾力がない。弾力どころか、水分が全く感じらないほどに乾いている。そして「黒ダンゴ」はごくたまに、震えるように動く。動く度に、大きくなっているようだ。

 最初は、串ダンゴの一粒くらいの大きさだったはずだ。それが、いつのまにかソフトボールくらいに、バスケットボールぐらいにと肥大化を続け、いつのまにか、腰をかけられるくらいにまでなっていた。 

 これが、俗に言う心の闇なのだろうか?いたましい事件がおきるとテレビから聞こえてくる、闇というものなのか?もしこれが、闇だというのなら、コメンテーターの皆さんに一言お伝えしたい。これは闇というには、あまりにしっかりとした質感と重量を感じられ、日に日に心を内側から圧迫し、侵食していく無機質な侵略者であると。いずれ、自分を完全に飲み込んでしまい、とって代わられるのではないか。そういう恐怖心をじわりじわりとミリ単位で押し付けてくる異物であるということを。

 闇、すなわち「黒ダンゴ」は目をつぶれば現れる。夜、眠る前は当然で、電車でおちおち居眠りもできない。神出鬼没なのはあたりまえだ。棲家は俺の心の中なのだから。


 ある日、俺は「黒ダンゴ」を一発殴ってやろうと思い、体重をかけて倒れこむように殴った。するとどうだろう、頭からすっぽりと体が埋まってしまい、とてつもない息苦しさの中、もがいているうちに、気がつけば「黒ダンゴ」の外にいた。泥だけのプールに飛びんで、苦しんでいる夢をみているうちに目が覚めたような感覚。まったく手応えがないどころか、逆に物凄いダメージを被ってしまった。一人ではとうてい太刀打ちできない。援軍が必要だ。

 ところが、ぐっさんの携帯にメールを送っても仕事が忙しいようで、会ってくれないどころか「気にしすぎは良くない。また飲もう。私も美味しいおダンゴ食べたい」と的はずれな返事で、期待はできない。かといって島村に援軍要請をする気もおきない。そもそも、「黒ダンゴ」は、あいつの言葉を聴いたことによって、俺の心に現れたのだから。島村は奴に操られた悲しき罪人なのだ。そんな人間に手の内をみせるなんて、危険極まりない。人生をかけた戦いとは、かくも過酷で孤独なものなのか。

 毎日、じりじりと心を占有されていく圧迫感、嫌悪感を騙し騙しやりすごしながら、もがき続けていた。そんな、先の見えない戦いを繰り返していたが、ある朝、俺は目覚めるなり解決策を見出した。俺には音楽があるじゃないか。灯台下暗し。名付けて「押してもダメなら弾いてみな作戦」これはいける。間違いない。黒ダンゴの肥大化、侵食を食い止め、打ち破るには、やっぱり音楽でもってするしかない。音楽は世界共通の言語なのだ。いや宇宙共通といっても過言ではないだろう。人間のみならず、動物はもちろんのこと、キノコだってモーツアルトを聞かせると美味しく育つという。それほどに音楽とは、万物へ影響を与えうる確かな方法なのです。黒ダンゴよ、思い知るがいい、音楽の偉大なる力を。

 歌うしかない。ライブしかない。しかし、ライブはおいそれとできるものではない。ライブハウスで歌いたければ、出演のオーディションを受けなくてはならない。これが、東京の音楽事情だ。

 その為には、まず自作の曲を録音をして音源を作り、プロフィールや自己アピールを書き込んだ書類をそろえる。写真も用意し、一次選考を受ける。ここでライブハウスのカラーというか、方針に合う合わないを判定される。一次が通れば、二次審査に進む。二次は実演審査で、人様に披露できる演奏力があるか、観客を引き込むオーラがあるか、そういうアウトプット能力を判定される。これを通過してはじめて出演できるのだ。そこまでいっても、じゃあ来週出演、なんて事はない。ライブハウス側のスケジュールの都合で、だいたい一ヶ月は待たされてしまうものだ。こういった諸々の日程を合わせると、実際ライブをするまでには最低でも二ヶ月、若しくは三ヶ月はかかってしまう。こんなに時間をかけていては「黒ダンゴ」が阻止限界点を突破しかねない。

 それ以外にライブを行う方法として、時間貸しをしている会場を借りて自主イベントを開く手もある。これは安く見積もっても八万円から十万円は必要で、費用を少しでも軽くするためには、出演バンドを他に三組は探しだし、それぞれで按分しなくてはならない。これはこれで時間がかかる。では、金も時間もない人間は、ただただ絶望の只中に打ちひしがれているだけなのか。答えは否である。神は、勇気ある人間を見捨てはしない。最期の表現方法として、街角に立つことを与えたもうたのだ。

 屋外で勝手に演目を行うことを一般的には、路上ライブ、ストリートパフォーマンスと呼ぶ。なんと素晴らしい方法だろうか。ここで歌うと心に決めた時点で、その場所は歌い手のステージと化すのである。マイクやアンプ等の機材をならべる。それらを動かす為の発電機が排気ガスを天に向けて、歌い手の存在を知らしめる狼煙として吐き出す。そんな中で歌うわけだから、どこから見ても立派ではない。でもいいじゃないか、自己顕示欲の発露として歌うわけではない。心に巣くう敵との戦いなのだ。なんら恥じることも、媚びることもない。   

 俺はさっそくパソコンで天気予報をチェックした。アルバイトが休みの土日の予報は、「今週末は小雨がぱらつき、ぐずついたすっきりとしない天候になるでしょう」というものだった。なんなのか。このひたすらに出鼻をくじかれる感じ。やつは、それほどまでに力を持っているのか。俺の心から外界になんらかの影響を与え、俺に不利な状況を生み出しているというのか。知らなかった。それほどまでに脅威的な能力をもっていたとは。だが、人類をなめてもらっては困る。インダスや黄河のほとりに文明を築いてから幾数千年、手をこまねいていたわけではない。天候を変える術は、太古より伝えられてきたのだ。そう、テルテル坊主である。これで勝てる。勝った。だいたい勝負というものは、戦う前に決まっているのでしょう。戦いそのものは、その結果確認でしかないのだよ。雲一つ無い晴天の下、歌うごとに晴れやかな気持ちになり「黒ダンゴ」は徐々にその力を失い、次第に小さく小さくなっていく。そしてついに跡形も無く消え去る。ほら、もう完全なる勝ちパターン。圧勝を飾る青空。洗濯用洗剤のコマーシャルみたいに、ぬけるような青空。あはは。なんか笑えてきた。ひひ。

 そして俺はひとつひとつ念を込めながら、丁寧に丁寧に、ティッシュペーパーを丸めてテルテル坊主を作り始めた。何体か作り上げていくうち、次第に手際よく、頭と体のバランスがいい感じになってきた。見栄えも良い。かなりクール。テルテル坊主の雑誌、「メンズテルテル」とか「テル坊ストリート」なんかがもしもあったなら、表紙を飾れるほど格好よく作れるようになってきた。なんと俺には、こんな才能もあったのだ。皆々様、また一人、新進気鋭のテルテル職人がここに誕生しましたよ。

 機嫌良く次々と、青空請負人形を作っていたが、じりじりと「黒ダンゴ」が牽制してきた。奴の焦りもわからないではない。敵としては、これ以上作業が進まないように邪魔をしてくるのは当然だろう。しかし、そんな横槍に負けてたまるか。これは、水面下ではあるが最後の戦いと言えるだろう。ここで俺がテルテル軍団を創出できるか、それを「黒ダンゴ」が阻止するのか、この一戦が互いの命運を分けるのだ。

 いつのまにか明かりをつけないと手元が見えずらい時間になっていた。「黒ダンゴ」はさらに大きくなり、侵食領域を広げてくる。とてつもない圧迫感だ。息が苦しくなってきた。それでも、手を休めてはいけない。

 どれくらいの時間がたったのだろうか。圧迫はさらに、そして、より強力になってきた。心のほとんどが侵食されてきているのではないだろうか。苦しい。とてつもなく苦しい。眩暈とともに吐き気がしてくる。我慢できない。俺はたまらず胃の中の物を吐き出した。胃からは、まるで悲鳴のように、飲んだコーヒーが、だばだばと出てきた。吐き気はおさまらず、胃が空っぽになり、胃液しか出なくなってもなお、続いた。せっかくのテルテル軍団が茶色、黄色に染まり、力なくひしゃげていく。そうか、そういう攻撃か。俺の吐き気を催し、その嘔吐物でもって、テルテル達を壊滅に追い込むという。うかつだった。裏をかかれた。ティッシュ五箱分に届こうかという精鋭達は、戦いを迎える前に、見るも無残な姿に成り果てて、全滅してしまった。無念だ。負けてしまった。完敗だ。俺は徐々に意識が遠のいていき、テルテル達の上に倒れこんだ。


 あの戦いに敗れてから、歌を歌える時間が作れた日は、必ず雨が降っていた。「黒ダンゴ」に抗うことは、もはや、不可能なのだろうか。

 敗北感というナイフでめった刺しになり、ベッドに倒れ込んでいたところ、携帯からビートルズの「Drive My Car」が流れてきた。この着メロは島村だ。「黒ダンゴ」の申し子だ。

 「おはよーさん。今回も大雨じゃない。運が無いねえ、ついてないねえ、人生が腐りかけてるねえ、お互いに」

 「うるさいよ、俺は腐ってねえよ。しょうがないだろ。止むを得ないよ」

 「あはは。まさに止むを得ないとは、この事だ。もちろん中止だろう?今回も歌えないのだろう?されば友よ酒を呑もう、ぐっさんも一緒に。晴天祈願だよ、雨空に酒を奉じようじゃないか。来週は晴れますようにって」

 何をぬけぬけと言い放つのか。「黒ダンゴ」に操られし、暗黒神の宣教師が。だが待てよ。これはチャンスかもしれない。ここはひとつ誘いに乗って、隙を見出そう。このままでは、完全に「黒ダンゴ」に支配されてしまう。何か突破口をつかむためには動かなければ。手をこまねいていてはダメになってしまう。よし、反撃開始だ。

 「ああ、わかったよ。じゃあ、夕方六時に吉祥寺でいいか?」

 「了解。まあ気を落とすな、人間の都合で天気は変えられんよ、自然は偉大だということだ。じゃあ、ぐっさんには連絡しておくよ」

あいかわらず言いたいことだけを言いやがって。まあ、言わせておこう。「黒ダンゴ」がどんなに島村をも利用し暗躍しても、俺は負けない。まだだ、まだ終わらんよ。

 部屋を出る時間になっても、雨は降っていたが、それもいつまで続くことやら。今日、俺が動き出したことで、全て逆転するシナリオだったのだ。

 これみよがしに雨が降り注ぐ空に向かって百円のビニール傘を力いっぱいさした。これは、勇者の剣とも呼ばれる伝説の傘となるだろう。こういう劇的な逆転勝利の場面では、一挙手一投足もが後々語り草となる。最後の力を振り絞り、闘志を胸に臨戦態勢で吉祥寺へ向かう。雨が電車の窓を叩く。そのリズムが不規則で吐き気がしたが、揺れる電車にも負けないように両足を踏ん張り、吊り革を力強く握り締めた。

 吉祥寺に着くと、ぐっさんも島村も改札口前に立っていた。駅を出て、すぐ右の横断歩道を渡り、線路沿いの道。いつもの居酒屋。

 「疲れてないけど、お疲れ」

 島村の乾杯の音頭にも「黒ダンゴ」の悪意を感じる。焦ってはいけない。今は、じっと隙をうかがうのだ。

 「来週も雨だったりして」

 「島村。そういうこと言わないの。まあ、いいじゃん。路上でやるんだから、どんだけのびたって問題ないでしょ」

 ぐっさん、違うんだ。もうかなりギリギリのラインなんだ。

 「おい亮輔、無言で飲むと体に悪いぞ。発散しろ、発散」

 「そうそう、せっかくお酒を飲んでいるんだから、楽しく飲まなきゃ」

 二人とも、もっと危機感を持ってくれ。俺は今、最後の偵察戦というか、スパイ大作戦というか、逆転勝利へつなげる、そういう情報戦の真っ最中なんだよ。

 俺は怪しまれないように、適度に適当に、二人との会話をやり過ごしながら、一時間ほど酒を飲み「黒ダンゴ」の出方をうかがっていた。だが、いっこうに糸口が見つからない。心の圧迫を解放せしめる方法が見えてこない。これは、一旦トイレで一人になり体制を立て直そう。そう思った俺は「ちょっとトイレに」と一言残して、席をたった。

 それほどの量を飲んでいないはずなのに、鏡に映った顔はけっこう赤くなっている。手を出すと自動で水が出る蛇口から、少しづつ流れ出る水を何度か手ですくい、顔全体に叩いた。何かあるはずだ、あきらめずに食らいついていれば、必ず尻尾をつかめる。あきらめない、それが重要だ。よし、戻ろう。決意を新たにして、トイレを出る。席に戻る途中、ついたて越しに二人の大きな声が聞こえてきた。

 「だから、島村は結局音楽やめたわけじゃん。そういう人がとやかく言うことじゃないよ」

 「いやいや、だからこそだよ。やめたからこそ、見えてくる事だってあるんだって。これは、やってたやつじゃなきゃ分からないもんなの」

 「だったら自分自身の事として、勝手に思っていればいいじゃん。いちいち亮輔に説教するんはどうなの?自分が果たせなかったからって。そういうのを迷惑に感じる場合だってあるって」

 「そういうなら、ぐっさんもさあ。どうかと思うよ」

 「どうってなによ」

 「亮輔が歌で成功するとは思えないって」

 「ああ、前に言いましたよ。でもそれは、歌うよりもアレンジとか楽曲作りのほうが可能性高いって意味で」

 「まあ、それは人それぞれ思う事だから、その点に関してはいいよ。でもさ、そう思ってんのに協力するってのは、単なる自己満足なんじゃない?」

 「だったら説教たれてる島村だって自己満足なだけじゃん」

 「だからそれは、実体験者としてだね。おっ、亮輔なに突っ立ってんだよ、今な、亮輔問題ついて議論というか、もめてたわけでさ」

 島村は、ついたて越しの俺に気づいて早く座れと手招きした。

 「亮輔問題ってなんだよ」

 おい、俺よ、なに喧嘩腰になっているんだ。冷静になれ。これは「黒ダンゴ」の陰謀だ。かく乱だ。隙を見出そうと懸命に頑張る俺に対する牽制なんだ。感情的になったら負けだぞ。

 「俺に問題はあるかもしれんけど、それは俺自身の問題で、二人には直接関係ないだろ。感じ悪っ。なんなんだお前らは。申し訳ないけど帰る。三千円だす」

 おーい。ダメだって帰っちゃ。なんで俺の体がいうことをきかないのか。考えと行動が正反対だ。むむむ。これも「黒ダンゴ」の魔力か。俺の体さえも自在にコントロールしつつあるというのか。そんな裏技を使ってでもということは、このままいけば俺がやつのコアな部分に触れそうなことを予見したからこその妨害か。ここはなんとか踏みとどまらなければならない。

 「そう怒んなよ。まぁ飲め。飲めって」

 「そうだよ、帰らないでよ。気悪くしたよね。ごめん。謝る」

 俺の体が動き、財布から金をだそうとしていると、島村が立ち上がって向かい合い、両肩に手を置いて座れと促す。ぐっさんも左手をつかんで、離そうとしない。

 俺の心は、この場に留まろうと必死に体を椅子の前まで動かそうとした。しかし、体がまったく動かない。目玉どころか、足の小指の先まで体が完全に石化していた。

 「動けー」俺は大声で叫んだ。声を出している感覚もしっかりとある。だが同時に、意識だけが宙に浮いて、まったく主導権を失った自分の体を見下ろしているようでもある。

 「亮輔、なんか変だぞ、とりえず座れ。黙って突っ立ってないで。な、座れよ」

 島村が俺の背中を椅子の方へと強く押した。と、その瞬間、ぴくりとも動かなかった体が突然回れ右をした。そして、すばやく財布から千円札を三枚抜き取るとテーブルへ叩きつけるように置く。無表情のまま突然動きだしたことで驚いている二人に、冷たい視線を一度だけぶつけると、ジョギングのポーズのように腕を直角に曲げ、両手を握り、拳を腰にあてて、走るように店の外へ出て行った。

 「ありがとうございましたあ」妙に明るいだけで、心を感じられない店員の声が遠くで聞こえる。俺は、完全に身体の自由さえも奪われたことを知った。

 

 「黒ダンゴ」に侵食されてから、いったいどれくらいの日々が過ぎたのだろう。アルバイトへ行き、飯を食い、風呂に入ってはいるが、体はオートマチックに動き、自分の意思と連動しているのは、ため息をつくだけになっていた。ただただ時間だけが上塗りされていき、塗り重なったぶんだけ、心はよどみ、ついに「黒ダンゴ」が俺の全てを覆い尽くしてしまっていた。

 やあ「黒ダンゴ」よ、これで満足かい?たとえ陽が昇っていようとも、目を全開に見開いていようとも、世界は、緞帳に覆われたように、真っ暗だよ。何の気配も感じない、自分自身の掌だって、見えないのだよ。俺はいったい、今まで何をしてきたのだろう。何のために生きてきたのだろう。何が俺をここまで焚き付けてきたのだろう。わからない。俺が今日まで生きてきたことに、どんな意味があるのだろう。楽しいことは、もちろんあった。うれしいことも。誰かを愛し、そして、愛されたこともあった。苦しいことは、いつも隣にあった。悲しいことは思い出せないくらいあったはずだ。いろいろな出会いがあって、たくさんの経験をしてきた。でも、それが、いったい何になるんだろう。

 なあ「黒ダンゴ」、お前はどうして突然、俺の心にやってきたんだい?俺に絶望という安心を届けにきたのかい?教えてくれよ。俺には、もう、自分から何かをする気力も、体力も、想いもなくなっちまったみたいだから。俺の心を覆い尽くして、いったい、これからどうするつもりなんだい?なあ。

 どんなに語りかけても「黒ダンゴ」は無反応で、ただそこに居続けた。俺は、じっと見つめていた。目はないが、黙って見つめ合っている、そんな気がしていた。吸い寄せられるように、そっと掌で触れてみた。ひんやりとした冷たさも、じんわりとした温かみも、何も感じられない。指先に力を入れて、強くつかんでみた。すると、掌におさまるくらいが、ぼすっという音とともに剥がれた。その剥げ落ちた「黒ダンゴ」の断片を、俺はなんとなく口に入れてみた。無味無臭で、じゃりじゃりと、砂のような食感だけがした。吐き気がした。それでも、何度も噛んで、噛んで、噛んで、そして飲み込んだ。それから俺は少しづつ引き?がしながら、もくもくと食べ始めた。

 俺は「黒ダンゴ」に完全に食われてしまったのだから、今度は俺が内側から食ってやる。それが、気力も体力もなくなってしまった中で、最後にできることだった。いや、それ以外にできることは、なにもなくなっていた。真っ暗闇で自分という存在を確かめられる唯一の行為だった。

ひとつひとつを噛み締めて飲み込んでいった。食べれば食べるほど、苦しくて悲しくて、涙が出た。それでも、食べた。泣きながら食べた。子供のように声を上げて、泣きながら食べた。食べても食べても減らない給食を、一人ぼっちの教室でいつまでも食べ続けるように。ときおり吐き出しながら、吐き出した断片も、もう一度口に運び、涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃになりながら、とにかく食べ続けた。奥歯の溝に詰まり、歯と歯の間にも詰まってきた。舌を動かしても取れないので、気にせずに食べた。どんなに口に入れても、じゃりじゃりとした感じに慣れることはなかった。胃袋はもう入りきらないと幾度となく嘔吐を催す。それでも食べた。食べることをやめると、自分という存在がこの世から消えてしまいそうな気がして、とにかく食べ続けた。

時間も感覚も全てがわからない。ただ、じゃりじゃりと口の中の音だけがする。とても静かだった。苦しさや悲しさは、最初ほど痛烈ではなくなっている。長時間痛みにさらされたことでの麻痺や、慣れではなく、痛みを受け入れるというか、そういう負の力を自分の中に取り込んでいるような感覚になっていた。もしかすると、死ぬ瞬間というのは、こういう感じなのかもしれない。無限に感じられる闇。無音の世界。全てから見放されて、全てから受け入れられるような、感情の起伏のない心。

 そんな感覚がしばらく続く中、ふっと、ごく自然に、「黒ダンゴ」は俺自身なのではないか、と思い始めていた。完全に呑み込まれたあとに、内側から食らうことで同化し、今、本当に「自分」となったのではないか。

 やがて、その思いは確信に変わっていった。今まで、どうして気がつかなかったのだろう。「黒ダンゴ」は、ずっと、いろいろなことを誤魔化しながらも生きてきた、俺自身の心。何かある度に、蓋をして、目をそむけて、誰かのせいや、状況のせいにして、逃げてきた俺自身の心が、隠しきれなくなって出てきたものなんだと。俺は、俺自身に苦しみ、俺自身を恐れていたのだ。

 なぜ、苦しいのか。それは、何もこの手に掴んでいない不安があるからだ。なぜ、恐ろしいのか。それは、何も掴んでいないまま、年月だけが過ぎ去っていくからだ。でも、それはしょうがないことだろう。少なくとも俺自身が望んで、この人生を歩んできたわけだ。勉強をしたり、訓練を積み重ねることだけでは成し得ない夢を、ハイリスクハイリターンな道を選び、何年も何年も進んできたのだから。苦しいなら、やめればいい。恐ろしいなら、終わりにすればいい。簡単なことだ。昨日までの自分にさよならを告げることで、すべてが過去になる。

 そうかそうか、だから島村の言葉を聞いて「黒ダンゴ」は、はっきりとした形をもって、溢れ出てきたのだ。音楽を生業とする夢を捨てて、生きている島村を見ているのも、苦しかったんだ。それでも自然に生きているように見える島村が、恐ろしかったんだ。俺は、島村がどうして、今までのすべてを費やしてきたことを、過去にできるのかが理解できなかった。でも、それに反して、自分もその時を迎えようとしているような、そんな気もしていた。漠然とでも、その状況に恐怖していた。その恐怖が脅威となり、自然と形作られ、成長し、肥大化した。そして俺を飲み込んだ。だが、飲み込んだ側も飲み込まれた側も、俺自身だから、残ったものは俺であり、それ以上でもそれ以下でもないということなんだ。

 正体はわかった。それで、結局どうするのか。今日までのすべてを過去に変えて、生きていけるのか。いや、無理だろう。どう考えても、どんなに悩み倒しても無理だ。俺は、諦めが悪い。これからも、こんな調子で生きていくだろう。きっと、何度も何度も「黒ダンゴ」を生み出しながら、知らずに大きくなり、気がつけば押しつぶされ、そんなふうに生きていくに違いない。そうだ、例えそうなってしまっても、それほどまでに、音楽は、俺にとって生きていく意味なんだ。理屈も感情も、全部ひっくるめて、生きていくことそのものなんだ。

 やっぱり、音楽は偉大だ。ボブ・マーリーのように平和を謳わなくても、エルヴィス・コステロのように怒りを振るわなくても、ダニー・ハサウェイのように愛と自由を求めなくても、音楽は、紡ぎ手に生きる意味を与えてくれる。そして、こんな思いをした俺にでさえ、喜びと悲しみと希望と絶望を与え、それでもなお諦めさせてくれないのだから。これからも音を紡いで生きていこう。それ以外の生き方ができないだけだ。できるはずがない。俺は母親の胎内から産まれ出でた時からそういう生き物だった。忘れかけていたのか、完全に忘れていたのか。でも、今、はっきりとわかる。そういう生き物で、それ以外の自分を想像も創造もできない。最初から決まっていたこと。

気がつけば俺は自分の部屋のベッドに横たわっていた。胃がキリリと痛んだが、柔らかな布団の感触が気持ちよかった。

俺は、ようやく自分自身を心の底から認め得たのだ。心身ともに擦り切れたような疲労感こそあれ、自分という肉体の容器に、混濁していようとも自分という精神をしっかりと注ぎいれて、満ち満ちた充足感を感じる。

突然、携帯電話の着信音が鳴った。音をたよりに携帯を手に取った。

電話にでると、相手は高校時代からの友人である健太郎だった。健太郎は、高校で同じクラスになってから、お互いが音楽に興味をもっていることで、ごく自然に仲良くなりバンドを組んだ仲間だった。そして卒業とともに、バンド全員で一緒に東京に出てきた。だがバンドは解散し、その後、なんとなく連絡を取り合わないまま疎遠になっていた。

 健太郎は健太郎で音楽活動を続け、何年か前に「ハザマスケッチ」という三人組のバンドでメジャーデビューを果たしていた。最近はテレビ番組のテーマソングに起用されたり、音楽以外の雑誌にも取り上げられていて、世間では注目の新人と騒がれ始めていた。

「もしもし、お疲れさん。久しぶり。今、大丈夫か?」

「おう。久しぶりだな。健太郎どした?」

「いや、なんとなく元気かなって思ってさ」

 多忙なスケジュールなのだろう。疲労が声に溶け込んで電話越しに伝わってきた。

「あのな、なんかさ、最近、亮輔と会ってないなと思って」

「そら、健太郎が忙しいからだろう。俺はいつだって暇だよ」

「そう言うなって。なんか今、上京した頃を思い出してさ、それで元気かなって。それと、周りのやつらに聞いたんだけど、亮輔が俺に会いにくいというか、連絡とりづらいみたいだって」

「なんだそれ。俺が、健太郎に気後れしてるっていうのか。誰がそんなふざけたことを。なんか腹立つ」

「いやいや。なんかな、そんなことを、ちらっと小耳に挟んでな」

「健太郎が夢かなえたことは嬉しく思っているよ。確かに俺は、まだかもしれんけど。健太郎の今ある姿は健太郎の努力の結果なわけだし。それを近くで見てきたから、俺にはまだ足りない部分があるということも分かっている。それは認める。でも、健太郎に嫉妬しているみたいなことを誰かに言った憶えも、思ったこともない」

「別に怒らせるつもりはないって。ごめん。ただ、ほんとに最近会ってないし、話もしてないなって単純に思っただけで」

「そうか。ならいいけど。じゃあさ、話ついでに、俺の今の状況どう思う?音っていうか、音楽っていうか。今やってることを、思ってるまま言ってみてくんないか?」

「突然だなあ。どうしたんだよ?」

「突然電話かけてきたのは、健太郎だろ。どう思うか聞きいてみたいんだ。思ってるままにさ」

「思ってるままか…。うーん、そうだな。ちょっとキツイかもしれんけど、あえて言うとしたら、正直言って亮輔は自分で歌うよりも楽曲作家の方が向いていると思う。いい曲かくんだから。それは一緒にバンドやってた時から思ってたんよ。才能はある。間違いなくある。要は使い方次第だと思う。運を引き寄せる力だって、結局は自分の才能を有効活用できているかどうかだと思うんだよな。楽曲制作がおまえの才能を100パーセント発揮できる方法だと思うんだけどな。あと欲を言えば、言葉のチョイスかな?歌詞のな。もっと吟味すれば今以上に曲の完成度が高くなると思うんだよ。まあ、こんな感じかな俺が思ってる事は。だから、早くこっちに来い。必ず来い。亮輔が俺の立場を利用できるくらいに、俺もがんばっていくからよ」

「ありがと。言われんでも、逆に来るな言われても必ずそっちに行くからな。健太郎、がんばれよ」

「おう。お前こそがんばれよ。なんか、意味もなく電話したけど、元気そうだな。よかった。今度時間空きそうな時に連絡するから、またフットサルやろうぜ。じゃあな」

 携帯を切って、仰向けになり天井を見た。俺が自分自身と向き合えたこのタイミングで、健太郎から電話がかかってきたことを考えた。きっとなにかの意味があるのだろう。良い方向としての意味が。そう思いたい。

 そもそも、ひとつひとつの物事には、もともと意味なんてないのかもしれない。俺が生まれてきたことだって、生物としては原子レベルでの結びつきと、その後の細胞分裂でしかない。ただ、それに意味を与えるのは人間だと思う。この世にあるものは、形のあるなしにかかわらず、誰かに、なにかしらの意味を与えられた時、(例えば愛の結晶だとか、喜びの歌だとか)初めて鼓動し、色彩を帯び、その存在を確かなものにするのではないか。少なくとも俺の人生は、俺自身が意味を与えてきたし、これからも与え続けるのだと思う。

 暫くすると雨が降ってきた。部屋の窓に不規則なリズムが鳴っている。俺は、その不規則さに「自然界の心地よい調べ」という意味を与えた。


 翌週の週末は晴れた。先週までの「毎週末は雨」が悪い夢かのように文句なしの晴天だ。天気予報をチェックしなくても、テルテル坊主を作らなくても、晴れる時は晴れるものだ。運命のいたずらか、単なる偶然か。もう気にしない。そういうことにも意味があるのだから。

 機材を揃え、午後一時に部屋を出た。向かう場所は代々木公園だ。木々は緑を黄色に変え始めていた。いつの間にか夏は終わっていた。

 ここらへんでいいだろう。人通りがそれなりにあるあたり。マイクスタンドを立てた。。ギターは相棒というべき黒のテレキャスター。発電機を左手で押さえて、右手でスターターを勢いよくひっぱる。ドルンという音とともに動き出す。アンプのコンセントを発電機に差し込む。ギターのシールドケーブルをアンプに差し込む。アンプの電源スイッチをオンにする。何度かギターの音を出して、アンプの音量を調節するツマミを右に回した。

 少し離れたところでもアコースティックギターで歌っている二人組がいる。十人くらいが囲むように彼らの歌を聴いていた。本当に良く晴れている。雲一つ無いとは言えないが、気持ちの良い秋晴れだ。大きく深呼吸を一回した。少し冷たい空気が肺の中いっぱいに入り込んでくる。最初はウォーミングアップを兼ねてミディアムテンポの曲がいいだろう。六弦からギターのチューニングをする。歩いている人たちが、こっちをちらりと見ては関心なさそうに通り過ぎていく。俺はなんの前触れもなしに歌い始めた。 

 三曲、四曲と歌い続けた。最初は学生服を着たカップルが何か話しながら歩みを止めて聴いてくれた。一度誰かが立ち止まると、その後は不思議と人が増えていく。洋服ショップの袋を両手に持ったお洒落な若者、一時間半は電車に乗って東京に遊びにきたであろう垢抜けていない中学生くらいの女の子たち、グレーの背広を着た青い顔のビジネスマン、年齢も職業も想像がつかない無精ひげで長髪の青年や、たまたま散歩していたおじいさんまで、幅広い年齢層の人たちが聴いてくれている。

 六曲目を歌っていた時に、いつの間にか島村とぐっさんの姿もあることに気がついた。人だかりは、二人立ち去ると一人増え、二人立ち止まると、一人がいなくなるというように、顔ぶれを変えながらも全体の人数はそれほどかわらないままだったが、徐々に少なくなっていき、十一曲目を歌い終える頃には、ぐっさんたちを入れても五人に減っていた。

 「ありがとうございます。えっと、興味のある方、チラシがあるので持っていって下さい」

俺はそう言いながら、ぐっさんデザインのフライヤーをリュックから取り出した。目の前にいた高校生くらいの女の子に手渡そうとした時、最後の曲の終わり頃に立ち止り、その場から離れようとした同世代の男が一人、呟いた。

 「たいして上手くもないくせに、くだらんね」

その瞬間、島村の眉が歪んだようにみえた。ぐっさんの手が島村の腕に伸びたが空振りした。島村は男の背中を睨みつけて肩をつかんだ。

「待てコラ」

 島村は、怒気を吐き出す。

「あ?痛えな、離せよっ」

 男は振り向きざまにつかんだ手を振り払う。その反動で島村は少しよろめく、と同時に怒鳴った。

「人に向かって、くだらんとほざく奴が、一番くだらねーんだよ」

男は島村の眼前に詰め寄り、冷めた目で見下ろすと、低く唸るように言った。

「くだらねえ」

 島村は男に掴みかかった。

 そこからは、古い漫画にでてきそうな喧嘩がはじまっていた。俺は止めに入ったが殴られたので、殴り返す。ぐっさんも止めに入ったが蹴られたので蹴り返している。しかし三対一の喧嘩は、周囲にいた人たちにあっというまに止められた。

 小さな騒ぎは二分と経たずに終わり、男は走って逃げて行った。

 「島村、めんどうは勘弁してくれよ」

 俺は殴られた左頬を撫でながら、しゃがみこんでいる島村に半笑いで言った。

 「申し訳ない。けどさ、なんかカチンときたわけよ、くるだろ?普通さ、カチンと。右の頬を殴られたら左の頬をなんて無理だね。つーか、なんかすげえ痛てえ」

 そう言うなり島村はしゃがんだ姿勢のままドッと後ろに倒れた。

「血。亮輔、島村のおなか。血」

 ぐっさんは島村の腹から流れ出てる血に気づき叫んだ。赤とピンクのチェックのシャツが濃い赤銅色に変わっていく。俺は着ていたジャンパーを島村の腹に巻きつけた。

 「機材よろしく。電話するから」

 ぐっさんにそう言い残し、島村を背負って通りに出た。週末の渋谷は人通りが多く、逆に自分たちの存在が目立たないようで好都合だ。普通に救急車を呼べば話は早いが、間違いなくおおごとになり、代々木公園で路上ライブができなくなる可能性があると、とっさに思った。

 緑色のタクシーを止めて後部座席のドアが開くなり、島村を押し込み自分も乗り込んだ。

「どちらまで?」

「どこでもいいんで近く病院へ」

 俺の切迫とした声に何かを感じたのか、バックミラーに血の気が引いていく島村を見たのか、運転手は無言で車を飛ばした。

ほどなく病院に着いた。島村をタクシーに残し、受付に走っていく。のんびりと事務的に作業をしていた受付の若い女の子に手短に状況を伝える。

「少々お待ちください」

 返答も事務的に奥の部屋へ入って行った。とたんに奥が騒がしい雰囲気になり、医者とおぼしき初老の男性と、年配の女性看護師がストレッチャーとともに出てきた。

「患者さんどこ?」

 看護師が緊張感のある声で受付の女の子に聞く。

「えっと、外のタクシーの中みたいですよ」

 それに対して、受付の女の子は宅配のお歳暮が届いたように答えた。

ストレッチャーに寝かせられた島村は、医者と看護士にすばやく処置室へと運ばれていった。


 島村の傷は意外に深く、おそらくナイフで刺されたのだろうと、応急処置を終えた医者から説明を受けた。とりあえず命に別状はないことも。待合室のベンチに腰をおろすと安心感と疲れが一気に体にのしかかってきた。大きく息を吐いて、のけぞるうようにベンチの背もたれに頭を乗せた。「診察券を出してお待ちくださーい」抑揚のない声が聞こえた。

 いったん病院を出て、ぐっさんの携帯電話に状況と病院の場所を連絡した。タバコに火をつけて深く吸い込む。メンソールの味が肺に浸った。いつもの味が少しづつ心を平らかにしていく。 

 十分くらいすると、病院の前にタクシーがと止まりぐっさんが降りてきた。

 「お疲れ。けっこう深いってよ。入院だって」

 「うん。でも、命にかかわるほどじゃなくてよかったよ、本当に。ちょっと休憩。待合室のベンチに座っても大丈夫だよね」

 ぐっさんは、さっきまで泣いていたのか目の周りが少し腫れて赤くなっていた。その腫れた下瞼を夕陽がさらに赤く照らしていた。

病院の待合室には何人かの患者が順番待ちをしていた。俺たちは、なるべく奥の端の席に並んで座った。

 「大変だったね。何もできなくって、ごめんね」

 「ぐっさんが謝ることなんてないよ。悪いのは島村だから。あっ、島村も悪いわけではないか、良くもないけど。機材ありがとう、逆に感謝だよ」

 「うん。気にしないで。あー、なんかやっと心臓のバクバクが落ち着いた。でも今日変な夢見ちゃいそう」

 「俺も。枕の下に本とかマンガとか入れて寝ようかな。しょうもないくらいに、ばかばかしいの。天才バカボンとかさ」

 「亮輔ってバカボンのマンガ持ってるの?珍しくない?」

 「え?持ってないよ。ただ思いついただけ」

 「あはははは。なんだ。思いつきかよ。今夜、絶対貸してもらおうと思ったのに」

 「賛成の反対の反対の反対なのだ」

 「ばか」

 少しの沈黙の後、俺は人が一人腰掛けられる程度に空いている、ぐっさんのいないベンチの右側を握りこぶしで軽く二度叩いた。

 「あのさ。ぐっさん、けっこう前の話だけど、飲みの途中で突然帰って悪かったね。ごめん」

 「そんな前のこと気にしてたの?ううん。こっちこそ、ごめん。なんかさ、亮輔に言ってなかったけど、あの後、島村と反省会っていうか、そんな感じで飲んでさ」

 「そうなんだ。じゃあ俺も戻って、反省会に参加すればよかった」

 「そっか。亮輔に戻って来いって連絡すればよかったんだ。そう、それでね、私たちのしてることって、ただのおせっかいなのかもねって」

 「そんなことはないよ。現に、ぐっさんにはデザイン的なことをいろいろやってもらってるわけだし。まあ島村は、意味ないかも。ただ、俺もあの時すごくモヤモヤしててさ。ほらだいぶ前、島村にあーでもない、こーでもないって言われてかなりへこんだって言ったでしょ。それの延長っていうか、俺の気持ちがどんどん変な方向にいっちゃってて」

 「そっか。なんか気付いてあげられなくてごめんね。そういう時だったのに、島村と二人して自分たちの言いたいことだけ言ってたんだね。でもね、島村は心配してたんだって。自分で生活費稼いで音楽…。そんな言い方じゃなかったな。えっとね『己の両手のみで糧を得て、それ以外の時間的および物理的空間を、極力、成し得たい不確かな未来へ注ぎ込む』だったけかな」

 「要は、親とかの援助なしに自活して夢に向かうってことだろ。よく憶えてたね。そんなめんどくさい言い回し」

 「そだね。なんで憶えてるんだろ、変なの。そうそれでね、そういう過酷な生活を何年も手応えのないまま続けていると、不安で不安で自分が何者なにかさ分からなくなってくるって。そういう自分自身に押し潰されそうになるって。今の亮輔を見てるとそんなふうに壊れてしまいそうで、心配なんだって言ってた」

 「あの長々とした決め付けみたいなのは、心配してくれてた話だったんか。わかりずらいんだって、いつも。でも島村の話を聞いてからかなりの間、ぐったりしてたけど、それがきっかけで、改めて音楽で生きていくって気持ちがはっきりしたんだ。島村がきっかけってのが、なんか癪だけど。そう考えると、なんか腹立ってきた」

 「まあまあ。島村は腹刺されたんだし」

 「ああ、そうだった。今完全に忘れてた。ぐっさん、のど渇かない?ちょっと自販機で買ってくるけど、何がいい?」

 「あっ、ありがと。じゃあ紅茶。温かいの」

 「了解」

 天井からぶら下がっている「売店・自動販売機こちら」という矢印看板を見て、人が少なくなってきた待合室のベンチとベンチの間を歩いた。ポケットの小銭を取り出して見てみると二百九十円だった。小銭を眺めながら、俺には、少なくとも心配してくれたり、応援してくれる仲間がいるんだなと思った。島村以外にもたくさんいるって言うとおこがましいかもしれないけど、何人も名前が浮かぶ。そういう意味では、けっこう恵まれているのかもしれない。


 缶コーヒーと小さいペットボトルの温かい紅茶を買って、ぐっさんの隣に戻った。

 「ありがと」

 「いえいえ、これは島村に請求するから」

 「あはは。そうなんだ。そうだよね、そうしよう」

 俺は一口飲んだ後、缶コーヒーにデザインされた髭おじさんの顔を眺めていた。

 「どしたの?」

 「どんなものにも、なんらかのデザインがあるんだなって思ってさ」

 「そりゃそうでしょ。そうじゃなきゃ、その商品の魅力をビジュアルとしてアピールできないじゃん」

 「そうだよね。俺のCDジャケットのデザイン、毎回すごく気に入ってる。ぐっさん、ありがと」

 「なに、急に気持ち悪いな」

 「いや、さっきぐっさんが、おせっかいとか言ってたけど、俺、たくさんの人に支えられてるんだなあって」

 「亮輔には、何かそういうのがあるんだよ、きっと」

 「特に、ぐっさんにはお世話になりっぱなしだよな」

 「気にしないで。私にとって亮輔って趣味みたいなものだから。亮輔との係わり合いのすべてが趣味」

 「それ、喜んでいいものなのかな」

 「喜んでよ。そういう意味では特別な感じなんだから」

 「俺にとっても、ぐっさんは、特別だよ」

 「へー。亮輔にとっても、私って特別なんだ」

 「そうだよ。なんと言うか、いろいろと」

 「なんか曖昧。本当に特別?」

 「なんだよ。やけにひっぱるね。ぐっさんは趣味かもしれないけど、こっちは人生かかってるんだから。ある意味、俺がぐっさんに感じてる特別感のほうが、特別だよ」

 「ふうん。そういう意味ね」

 「他にどんな意味があるわけ」

 「別に。じゃあ、特別同士ってことか。ねえ、亮輔。これからも、そういう意味で特別同士でいようね。お互いのためにさ」

 「え、あ、うん」

 特別という言葉が何か心にひっかかったような気がした。特別って、相対的な感覚なのだろうか。他の何かと比較してみると、AよりもBのほうが特別というように。

 俺は、何と比べてぐっさんが特別なのだろう。他にデザインをしてくれる友人がいないから、特別。こんなに俺と向き合ってくれる女の子は珍しいから特別。わかるようで、わからない。単純なようで複雑。簡単なようで難解。ぐっさんに対する特別な感情は、間違いなくあるのだが、なにがどう特別なのか、おぼろげではっきりとしない。

 「島村、大丈夫だよね」

 「大丈夫だろう。もう手当てされているわけだし」

 俺たちは島村の様子を見にいかないまま病院を出た。外はすっかり陽が落ちて、涼しい秋風がぐっさんの髪を優しく揺らした。俺はふと、ぐっさんとは、ずっとこの感じのままでいることが、お互いにとって幸せなんじゃないかと思った。根拠はなにもない。ぐっさんの横顔を見ながら、ごく自然とそう感じた。

 理屈で説明できない感情が、感覚ですんなりと消化されていった。


俺は翌週もギターと機材を持って、代々木公園へ出かけた。歌う前に島村の様子を見に行こうと思い、病院へ寄った。

「おっす。大丈夫か?」

「いやいや亮輔先生じゃないですか。その節は大変ご迷惑をおかけしました。なんとお詫びしてよいのやら」

「本当だよ。まあこれから一年は、この件をことあるごとに言わせてもらうけどね。つーかさ、島村、こういうの多すぎなんだよ。急性アル中で救急車とか、原付でガードレールに突っ込むとか。全部俺が一緒の時じゃん。まじ勘弁」

「ああ、もうお好きなように非難して下さい。どうぞ、どうぞ気の済むまで罵って、罵りたおして下さい」

「とりあえず、退院したら酒おごれよ」

「了解しました。浴びるほど御飲み下さい。なんなら救急車呼んでも結構ですんで」

「おう。そん時は頼むわ。あはは」

「ところで、割と晴々としたお顔をしてますが。友人が刺されて入院しているというのに」

「なんかさ、ふっきれた感があるんだよ。なんかいろいろと悩みは尽きないけど、やっと俺という生き方を、自分で全肯定できたって」

「さいですか。夢を追うってのは、悩み多き事だからねえ。でもよかったじゃない。自分自身を心から愛することができて。ここで、ワンポイントアドバイス」

「なんだよ。また変なこと言うんじゃないだろうな」

「変なことではござらぬ。まあ聴きたまえ。迷惑かけた者が偉そうに言うのもなんですが、亮輔は絶対にいける。諦めずに進め。全ては亮輔の両手で成していくこと、良くも悪くも、己との対話を忘れるべからず」

「ありがと。アドバイスとして、聴くだけ聴いておくわ」

「いやいや、ここからがアドバイスなり」

「まだ、あるの?島村は話が長いんだって。で、なんだよ」

 島村は目を閉じ、神妙な顔をして言った。

「今はまだ、茨の坂道、登り坂。先は、霞に覆われて、手探り、泣き面、迷い道。さらに己の身をぬらす困難という雨が降っていても、傘を持っていないのなら、そのままぬれて行けばいい」

「は?なんだそりゃ。アドバイスが一番分かりにくい。いつも抽象的すぎるんだよ」

「イメージで会話してるから」

「だからそのイメージが分りにくいんだって。まあいいや。そろそろ行く。また代々木公園で歌ってくるよ」

「さいですか。ではお気をつけて。流血沙汰にはご注意下さいませ」

「島村がいなけりゃ、トラブルはおきんと思うよ。じゃ、またな」

「頑張れよって言わなくても頑張ってんだろうから、頑張れよとは言わねえよ」

 応援してくれてるのは分かるが、相変わらず、言い回しが分かりにくい。


 代々木公園の木々は、先週よりもさらに黄色みを増していた。前と同じ場所は縁起が悪いだろうか。そんなに気にすることでもないだろう。俺は、手際よく機材の準備を整え、静かに歌いだした。一曲、二曲と立て続けに歌う。少しづつ、立ち止まる人が増えていった。三曲目のサビのあたりで、ぐっさんが来たことに気がついた。

 十曲目を歌い終えて、さりげなく周りを見渡してみた。立ち止まって聴いてくれている人たちは十人ちょっとくらいだろう。先週見た顔も一人二人いるようだ。俺はその場にいる人たちに聞こえるように、少し大きな声で話しはじめた。

「えっと、今日は僕の歌を聴いてくれて、ありがとうございます。えー、突然ですが、皆さんは色々悩みとかあると思います。もちろん僕にもあります。へこむ事なんてしょっちゅうです。途中で迷ったりもします。それで考えてみるのですが、答えが全然出ません。それでも必要以上に考えて、やっぱり答えが出なくて。それでも、わかんないままやるしかないって思っては、また悩んで、考えて。そんな事を何回も何回も繰り返しています。そういう毎日だと正直疲れてしまいます。でも疲れて、疲れ果てて立ち止まった時、気づくんですよ。そんな状態でも、やりたい事があって、それをやれているのは幸せだなって。そして、それを応援してくれる人がいるって事はすごく嬉しいことだなって。なんか、誰もが思うような当たり前の事なんだと思うんですけど、そういう気持ちを歌にしました。本日最後の曲です。今日は最後まで聴いてくれてありがとうございました。また、来週もたぶん、この同じ場所で歌いますので、気が向いたら立ち寄ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました」

 俺は、深く大きく息を吸い込んで、深呼吸をした。ギターのチューニングを微調整して、歌いだした。


 季節の移り変わりを鈴虫の羽の音で気づく

 またひとつ時が過ぎたと 

 もう一人の自分が呟いた

 俺はこれからどうなっていくんだろう?

 次の季節は何やってるんだろう?


 悩んだり迷ったり

 そんな事は誰もが抱えている

 特別な事じゃない 三人目の自分が呟いた

 みんなそれぞれ頑張ってんだろう

 だから俺も勢いよく さあドアを開けて

 

 青い空の真下 素直に思いました

 俺はここから また歩いていきます

沢山の人達が支えてくれてました

 これからもよろしくと頭をさげました


 単調に陽が昇り

 何もできないまま翳っていく

 同じような毎日が時間という水に流れていく

 けれども今日という一日は

 二度と訪れることはもう絶対無いのだから

 

 青い空の真下 心に誓いました

 どんな時でも歩き続けていきます

 沢山の感情が込み上げてきました

 すばらしい日々だなと涙をふきました


 青い空の真下 青い空の真下

 すばらしい空の下 口笛吹きました


 歌い終えたと同時に、心の中でじんわりと立ち上るように、達成感がこみ上げてきた。何ひとつ達成したものなんてないのに、とても清々しい気持ちだった。

 ぐっさんが拍手をした。それに続いて、拍手はその場にいた人たちへと広がった。俺は、深々と頭を下げて「ありがとうございます」と言いながら、フライヤーを手にして、一人一人に渡していった。


 機材を片付けて一息ついたところで、ぐっさんが声をかけてきた。

「お疲れ、この後どうすんの?島村の様子見に行く?」

「いや、島村は歌う前に会ってきたよ。なんか割りと大丈夫そうだったよ。のど渇いた。飲みにいこう」

 俺たちは、渋谷から井の頭線で吉祥寺のいつもの居酒屋へ向かった。

 「お疲れー」

 何度となく繰り返しきて、これからもずっと繰り返すであろう乾杯の儀式の後、一気にビールを飲み干した。

 「正直言ってさ、悩みって常に心にあって、不安も解消されてはいないし、解消されるもんでも無いと思うんだ。でもそれでいいんだと思った。そういう事も含めて自分なんだし、やりたい事だと思うから。これかも色々とよろしくお願いします」

 「私でよければ、こちらこそよろしくお願いします」

 向かいあったまま、互いに頭を下げあった。お見合いをしたことはないが、きっとこうやって、頭を下げ合うのだろう。よろしくと頭を下げることで始まる交際って、ちょっと不思議だ。

 「なんか亮輔、顔つきが少し変わったね。うまく言えないけど、すごくすっきりしたような。ところで亮輔、今日最後に歌った歌、音源にしないの?」

 「うーん。たぶんする、かな?まだ分かんない。まあ、その時はまた、ジャケットやら何やら頼むよ」 

 「うん。わかった協力する。あの歌いいと思うよ。はやく形にしたほうがいいよ。ビール一気に飲んだね。次、なに飲む」

 「そうだな、ジントニックにする」

 テーブルの上のタッチパネルの端末から注文する。いろいろと便利な世の中になっている。想像できる範囲の少し外側、自分では思いつかないが目の前にあると理解できる程度の物やシステムが、知らないうちに形になって、生活に溶け込んでいくのだ。

 でも、どんなにいろいろなことが変わっても、変わらないものがある。むしろ、周囲のものが少しづつでも姿を変えていくからこそ、より普遍性を確固たるものとし、さらなる輝きを発して、存在し続けるのではないか。いつの時代の、どんな状況にあったとしても。

 一分も待たずに注文した飲み物が運ばれてきたので一口飲む。なにかが違う。

 「亮輔?どした?なんか変なもの混ざってる?」

 「これさ、ソーダ」

 「え?どういうこと?ソーダ?」

 「ジントニック頼んだのに、トニックウォーターじゃなくてソーダで割ってあるんだよ、飲んでみ」

 「ほんとだ、甘味がない。これソーダ割りだね。作り直してもらえばいいじゃん」

 店内を回遊魚のように動きまわっている店員を捕まえて事情を説明した。「申し訳ございません。ただ今お持ちいたします」と言われ、もう一度グラスが運ばれてきた。確かめるように一口飲む。俺は思わず大声で笑い出した。

 「なになに?今度はなに?何割り?」

 「ははははは。またソーダ。ソーダ割り。なんだこりゃ」

 さっきの店員を呼びつけて、トニックじゃないと説明するものの、返ってきた言葉は「トニックってなんですか?」だった。こいつじゃ話にならんと別の人間をよこすように言った。

 しばらくすると、線が細く青白い顔をした四十代くらいの店員がやってきた。胸に店長というバッジをつけているが、なんとも頼りない。その店長が、頭を下げながら、たどたどしい口調で説明を始めた。

 「大変申し訳ございませんが、ただ今、トニックウォーターを、きらしてましてえ。申し訳ございません。何か、別のものを、お持ちいたしますので。何になさいますか?すぐに、お持ち、いたします。申し訳ございません、本当に、申し訳ございません、本当に」

 「わかりました。じゃあ、瓶ビールをください。グラスは一つでいいんで」

 かしこまりましたと頷いて、店長は風に飛ばされるスーパーのビニール袋のように店の奥へと消えていった。

 「あはは。亮輔ってやっぱり、ちょっと運がないかもね」

 「はははは。ちょっとね、ないかもね。瓶ビールも品切れだったりして」

 確かに俺は運がないかもしれない。だが、ジントニックがジンソーダでも、友だちがナイフで刺されても、心に「黒ダンゴ」が生まれても、先のことなんて分らなくても、やりたいことがはっきりとあって、それをやっている。そして、それを応援してくれている友だちがいて、そんな友だちとこうやって気持ちよく酒を酌み交わせるという幸福が、間違いなく目の前にある。こんなにも幸せなことがあるだろうか。要は気の持ちようか。何も難しいことではないのだ。「病は気から」という言葉をなんとなく思い出した。

 

 どれくらい飲んだだろう。腕時計を見ると、いつの間にか終電間近であることに気づいた。会計を済ませてエレベーターにのった。

 「急ごう。けっこう時間、ギリだよ」

 二つ折りの携帯電話を開いて時間を確認したぐっさんは、酔っ払っているからか、言葉のわりに、のそのそとエレベーターからおりた。

 雑居ビルを出ようとすると、外は雨が降っていた。

 「あー、雨降ってるよ。今日の天気予報って雨じゃなかったはずなのに。けっこう強いな。ぐっさん傘ある?」

 「雨?傘?ないない。亮輔は?」

 「もちろんない!」

 「まじで?じゃあ、ガード下まで走ろ。ぬれないようにさ」

 「そういえば今日、島村が言ってたんだけど、『雨が降っていても、傘を持っていないのなら、そのままぬれて行けばいい』だって」

 「はあ?どういう意味?島村は、またそういう変なことを言う。あはは。相変わらず、わけ分かんないね」

 「なんか喩えと言うか、人生の?何?俺もよく分かんないんだけどね」

 「じゃあ、傘持ってないし、そのままぬれていく?」

 「いやいや、そういう意味じゃないと思うし、ぬれたくはないし。走ろう」

 そう言うと俺たちは、どんどん強さを増して土砂降りになってきた雨の中を「中央線」と書かれたガード下に向かって走っていった。ぬれながら。フラフラとしながら。笑いながら。


-了-



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