myuzの三題噺「完成形」「管制塔」「慣性則」
頬を叩くそよ風が心地良い。
仕事の合間の休憩時間。私は海を眺めていた。
といっても、ここには海くらいしかないのだけれど。
「よっし、休憩終わり!」
暫く海を眺めていた私は、気合を入れて仕事場へと戻ることにした。
私の仕事は、航空管制官。そして、ここは「航空管制塔八十七番」。人工的に造られた小さな島に建つ管制塔である。そもそも、航空管制官という言葉自体余り馴染みが無いかもしれない。なにせ、ここ数年で生まれた職業なのだから。
魔法技術が発達するに連れて、人類は陸から海へ、そして空へと行動範囲を伸ばしていった。その中で生まれた問題が「交通事故」だ。個々によって機動も速度も様々に、飛行魔法を使える者たちが飛び交う為に空中で衝突、そのまま海へドボン。なんて事故が多発したのだ。
輸送手段として空路が使えれば素晴らしい経済発展が見込める。だが、個人飛行ですら事故が多発した以上物を大量に運ぶのは危険。確実性に欠けては意味が無い。
という訳で作られたのが「航空管制塔」。周囲に感知結界を貼り、「航空者」が結界内で衝突しないよう注意、機動の調整、場合によっては「魔法解除<マジックキャンセル>」を行使し、事故を防ぐのが目的だ。統計的に事故が起きやすい各所に建てられている。そこが海上だった場合……ここのように、10分も歩けば島を一周出来る程度に土が盛られ、その上に塔が建てられたのである。
「ただいま休憩から戻りましたー」
「ん、やっと交代か。後よろしくー」
軽く挨拶を交わして同僚と交代し、席につく。基本的に危険が来る事なんて一日に二回もあれば多い方なのだ。気を緩め過ぎてもいけないが、常に張り詰めている必要もない。
結界のパッシブソナーで表示される航空者の位置をちら見しつつ、海を再び眺め始めた。
空よりも少しだけ深い青は、水平線まで陽光を反射しながら続いている。ここでの勤務が始まって何ヶ月と眺め続けている光景だが、相変わらず飽きはしない。遠くで跳ねる魚の影やさざ波が、この光景に変化をもたらしてくれる。大きく変わる事は無いものの、常に変わり続ける様は、ある種の完成形にも思えてくる。少なくとも、見ていて退屈は紛れるのは確かだ。
突然、結界が猛スピードで飛行する航空者を感知した。軌道も不規則で、とても危険だ。
念話を試みる、反応なし。軌道予測不可。
「北西六十、距離八八五、危険航空者感知。念話不可。魔力暴走の可能性あり」
立ち上がり背伸びをすると、体からパキパキと音がなる。
「ちょっくら確認行ってきます!離れてる間任せるね!」
「了解。がんばー」
南側を担当していた同僚の気の抜ける様な声を後ろに、私は窓からそのまま飛び立った。
「この辺だったと思うけど……」
そろそろアクティブソナーを起動しようかと思った時、遠くの方に影が見えた。なんだか声も聞こえる気がする。
――――そこの人危ないですぅ!どいてくだささあああああ!」
「うわっ!?」
飛行速度が想像以上に早く、気づいたらその航空者は目前に迫っていた。とっさに避けてしまった。けど、私のしごとはアレを止める事なのだ。
っていうかたすけてくださああああ――― と叫びながら遠ざかっていくので、恐らく暴走で間違い無し。
算段がまとまったので、全速力で追いかける。声が届くくらいの距離まで追いついてから大声で呼びかける。
「航空管制官です!『魔法解除<マジックキャンセル>』を行使します!」
「おねがいしますうううううううううううううう!」
暴走中の少女に承諾もとれたので即座に起動。1秒も掛からずに展開した赤い立体魔法陣が魔法を完全に打ち消す。これで推進力は無くなったが、慣性則にのっとって速度はそのままだ。少女と同じ軌道、そして限りなく近い速度で近寄り、触れる。そのまま私の飛行魔法の対象下に引きずり込んで速度を落としていけば、ミッションコンプリートだ。
「いやー、助かりましたのですぅ」
「新型飛行魔法具のテストねぇ……こんな遠くまで良く無事だったねホント」
「念話する余裕も無かったのですぅ。死ぬかと思ったですぅ」
彼女の使っていた飛行魔法具は試作品らしく、試験場の天井を突き破ってここまで暴走してきたらしい。無茶すぎる。何事も無かったのは奇跡的だろう。
「完成形にはまだまだ遠いのですぅ……」とか呟いているが、できれば出力を抑えて実験して欲しい。
そんなわけで、彼女の迎えがくるまでの一日だけ、何もない島は少しだけ賑やかになった。
航空管制塔八十七番は、今日も平和だ。
年末に書いた三題噺です。
便利な魔法も、それを支える人達のおかげ。
そんなファンタジー社会もあると思います。