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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
3章 ただよう一葉
9/10

3.

 イアータ様の血を引く4人のお子様方が辿り始めた道を話す前に、国の興亡について話すのが順当だと思う。



 もう10年ほど前のことになる。国力の余りの衰えに焦った神皇国が、何を血迷ったのか、帝国の武力を我が物顔で使おうと使節団を寄越した。既に、四方八方から隣国に攻め込まれかけている切迫した情勢に、冷静な判断ができなかったのだろう。

 冷えきった仲となってしまったが元は宗主国と従属国のような関係であるし、今の今まで刃向かわれることが無かったという見識の低さもあった。


 平身低頭で頼み込んでくればまだ良かったのに、武力を貸し出して当然という態度を崩さず、返事を渋る陛下に対してあろうことか脅しまでかけてきた。


 その頃の陛下は、後継者を内々では既に決定していたものの公示をまだされていなかった。そのあたりの情報収集も無く返事を渋り続ける陛下に、神皇国は一人の皇子の存在を知らせてきた。

 帝国より出戻りとなった皇女が、帰国後、産んだのだという。陛下のご長男に間違いなく、帝国内にあれば世継ぎの皇子であったのではないかと紹介したのだ。

 その後継者になりうる皇子の身柄の安全を図るためには、軍を派遣するのは当然だと代表者は宣った。


 陛下は虚を突かれたように一瞬押し黙ったが、その言を首肯した。


 使者が希望するままに、否、それ以上の規模の遠征師団を速やかに用立てて神皇国を喜ばせた。安堵をもらす使者団をもてなしたあと、神皇国までの帰路、軍団を引きつれていけるよう急がせた。



 軍団の派遣が親征となっていたのを、使節団は自国内に引き入れるまで気づかなかった。自国内に敵軍を引き入れたのだから、勝敗はあっけなくついた。


 ほぼ無傷の軍団をいくつかにわけ、本来の目的である紛争地域に武力介入をしようかと持ちかけた。

 そうして、その昔、義兄になったこともある男から神皇位を禅譲させた。禅譲させることで、この時点で生き残っている皇族の身の安全を保障したのだった。



 皇女との対面は、双方に不愉快きわまりないものとなった。皇女は本当にお変わりがなかったそうだ。

 帝国で挙げた婚儀のあと、皇女が言い放った言葉を再現してもらっても構わないと陛下が促せば、ぴたりと言を慎むことにしたようだった。


 帝国の世継ぎの皇子と祭り上げられていた少年は確かに、陛下と同じ瞳の色をしていたが、ただそれだけだった。

 陛下の子であると主張するのならそれでも構わないとの鷹揚な態度に、目を白黒させていた。



 大陸の版図が大きく変わり始めた。





 イアータ様の血を引くお子様たちのことである。



 長子として生まれたラザド様は、俗にいう不義の皇子達の乳母子として次代の皇族方に最も近しい場所で生育されていた。

 しかし、このままでは皇家に呑み込まれてしまうという恐れを実家が強く抱いたことから、ひと騒動が持ち上がることになった。ラザド様の藉を実家の公爵家にうつそうとしたことに、陛下が不快感を隠そうとしなかったのだ。


 陛下は昔から、どこかラザド様のことを自分の息子として接している節があった。陛下の中で、不義の皇子達が法的に自分の息子になっているのだから、愛娘達の異父兄にあたるラザド様も同様の扱いにあげてしまいたいのだろう。


 陛下と公爵家との間で、何度も話し合いが行われた。慣例や常識などに重きを置かない陛下に、臣下としての道を踏み外すことの弊害を理解してもらうのは骨が折れた。後々、ラザド様が成人して貴族として動き出した時に苦労するのは目に見えていると、言葉を尽くして何とか許可を頂けた。

 しかし、住まいを公爵家とすることは許されず、長く皇宮にとどめおかれることとなった。



 皇家直系の瞳を受け継いだ皇女は、シーリヤと名付けられた。帝国初の女帝になるやもしれぬという周囲の期待を一身にに浴びて育つことになる。

 しかし、用意された帝王学に及び腰であったのも仕方が無いほどに、政治などの分野に対する勘が働かない。瞳の色だけで決めつけないで欲しいと、父親である陛下に頼み込む声や姿は、見慣れたものであった。


 長じて、旧神皇国領とその周辺の領地を朱の皇子と翠の皇子が分割統治するにあたりこれ幸いと、帝国を抜け出して付いて行ってしまわれた。

 連れ戻しに走った陛下とすったもんだをした挙げ句、彼の地をシーリヤ殿下が受け継ぐこととなった。皇子二人はその補佐にまわると、跪拝する始末である。


 帝国より二人の皇子に割譲される予定の領土だったのだ。しかし、その領土よりもシーリヤが欲しいと乞い願う皇子達に、陛下は大激怒をしたらしいが多勢に無勢で押し切られた。

 帝国への帰路を、ラザド様が同伴することでかろうじて事なきを得るという荒れ具合だったという。



 母親及び異父兄ラザドと同じ色の瞳をもつ皇女は、ルーリヤと名付けられた。幼い末の弟が帝位に就くまでの中継ぎとして長く立太子の席を温めることとなった。その傍らにはいつも蒼の王子が控え、揺るぎなき親政を執行する手はずを整え続けた。

 末の弟の立太子がなされたあと、宰相夫妻として支えていくこととなる。

 当然のことながら、宰相は蒼の王子がなるものとばかり思っていたルーリヤ殿下はその人事通知詔書に、自分の名が宰相として記されていることに卒倒寸前までいくことになった。

 父に真意を聞きに走り、夫にきつく問いただせば、弟が頑として譲らなかったのだという。

 皇太子位を剥奪するのだから、それ相応の地位を用意しなければと主張したらしい。

 なんて余計なことをしてくれるの……とルーリヤ殿下の口からこぼれた。



 父親と瓜二つの皇子は、セザルと名付けられた。父親と同じ名前である。性格も似ているらしく、毎日、やり合っている。

 剣だったり、乗馬であったり、勉強であったり。

 父親と二人して、宰相夫妻の休日に突撃したりと楽しい日々を過ごしているそうだ。





 一番大きな変化となったのが、イアータ様の処遇だった。


 数年前、イアータ様が大病を患い生死の境を彷徨うところまでいったことがあった。陛下の必死の看病の末、何とか命を落とさずにすんだものの、ご本人からすればあのまま死んでしまった方が幸せであったと思うような事態が待ち受けていた。

 大病を境に、陛下はイアータ様に対して一切の興味を失くされた。失っていた声が戻ったのが悪かったのかなど、様々な憶測が流れた。


 本復もまだされない内に、イアータ様は本宮から一番遠い北の離宮に移された。

 その凋落に、ルヴァン公の失墜を期待し浮かれた貴族達はすぐに痛い目にあうこととなる。

 イアータ様が産んだお子様達を相も変わらず陛下は溺愛し続けていた。興味がなくなったのはイアータ様に対してだけだった。

 



 北の離宮に隔離幽閉されてから、陛下が訪れてくれないことをイアータ様はひたすら非難し続けていた。戻った声をそのような罵詈雑言に使うのかと、ため息が出る。

 ひとしきり罵り続ければ飽きてくるかと期待しているのだが、まだまだのようであった。


 イアータ様に付き従うもの達は、厳選されていた。誰もが、その痛哭を理解しようと務めた。




「因果応報だと思っているんでしょ?」


 イアータ様が突き放すように喧嘩腰に話しかけてきた。そんなことありませんよと、穏やかに返す。


「陛下のイアータはね、魂が砕け散ったの。だからもうどの世界にもいなんだから。大陸中を侵略して回ってもいないんだから」

「そのことは、陛下も十分、理解されてますよ」

「……あのイアータしかいらないってことなの」



 ぼろぼろとイアータ様が涙を流す。流しながら、自分がしたことの正当性を話し続けた。

 強い枷が日を追うごとに更に強くなって封じられていく恐怖から逃れるために、「イアータ」を呼び寄せたのだと。最初はその存在が側にあるだけで良かったのに、力を完全に封じられた末路が見えた途端、その思いが消し飛んでしまって……押しつけてしまった。


 呪句の唱えられない情けなさとか、二人の姉の意地悪とか、果ては家人に降嫁しないといけないなんて耐えられなかった。

 その上、賤民の乳母になるなんて絶対に嫌だったの。



「文句もいわれず、代わりをしていただいて良かったではないですか」



 陛下との蜜月だけが、イアータ様の人生なのでは無かったはずだ。辛いことを他人に押しつけた時、その未来も放棄してしまったのだと思う。

 最初の時点で、本人が踏ん張れば望みの栄達を今も続けられていたかもしれない。





 イアータが陛下に飽きられること無く貪られていたのを思い出す。

 私の姿形をとった陛下は、私がイアータを抱く手順を丁寧に踏襲していた。しかし、それは最初の内だけであった。

 すぐに塗り替えられてしまい、残滓すら無くなってしまった。

 それがただ悔しくて、陛下が政務に拘束されている時間を狙って慌ただしく肌を重ねた。陛下を出し抜き、明るい内から交わす背徳感。

 その夜、更なる情事にイアータが乱れ狂うのを見つめ続けさせられた。




 無い物ねだりが、人を動かす。

 権力、財力、名声、栄達、人望、そして愛情。

 つかみ取っていた筈なのに、私の腕の中には何も残っていなかった。



 今、私ができることはイアータ様の憤懣を聞き続けることだけだ。

 憤懣が、お子様達へと溢れてしまわないように、イアータ様の声を聞き続ける。





最後まで、読んでいただきありがとうございました。


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