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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
3章 ただよう一葉
7/10

1.




 帝国が変質していたと気づいた時にはどう動けばいいのか、わからなくなっていた。



 帝位を獲るために、同族殺しを繰り返す皇族達。それをおかしいとも思わない者達が国を動かしていく。強い者だけが生き残り、その血を残すのがこの国の是だ。

 生き残れない者は、必要のないものだった。

 近衛師団は、皇族を守るために存在するが、その実、どの師団よりも皇族殺しを成し遂げている。

 皇族を弑するのは我々だけだと、自負すらしていた。

 



 皇太子が敵対する陣営を次々と粛清していくのに何の疑問を持たずにいた。己の治世を盤石なものとするためには必要な措置であると、誰もが認めていたからだ。そうして粗方の敵が消された時、皇太子側の陣容の薄さが気になった。


 これで、どうやって帝国を動かしていくのだろうという疑問が表面化する直前に、皇太子による粛清は終結した。

 抵抗する間もなく、勝ち組だった筈の陣営が皇太子諸共この世から消え去ったからだ。新たに立太子された男は、その足で帝位にまで上り詰める。


 帝位についた者に、近衛師団は刃を向けることはできない。既に男は反逆者ではなく守るべき存在となっていた。

 その上、近衛よりも強大な力をもつ私設軍隊を手中におさめていた。



 斬首された皇太子の正妃になる筈だった女が、寝返っていたのだ。

 神皇国から嫁いできた皇女が連れてきた三部族が、背筋も凍り付くほどの刀刃を振るった。賤民の立場にある彼等の力を我らは、甘く見ていた。一騎当千の動きになす術も無かった。


 皇族に連なる者達が、些細な不始末で命を落としていく。息つく暇も無く、近衛軍も後始末に駆り出されていた。

 そんな中、流れるべくして流れた噂に眉をひそめるしかできずにいる。


 皇妃が不義の子を身籠っている。


 誰も知らぬ者など無い、陛下公認の不義だった。

 帝位簒奪の立役者となった皇妃と結んだ約定の一つであったのだろう。三部族の力を貸し出す代わりに、自身の不行跡に口を出させないというのが。

 皇妃は、国許から後生大事に連れてきた男達を寝室に連れ込み、夜ごと嬌声を挙げていた。

 孕むなどということは流石にしないだろうと思っていたのだが、我が帝国をそれほどまでに見下していたのか。



 皇妃が産み落した双子は、当然のことながら陛下に似ても似つかない赤児だった。その赤児を陛下は自身の皇子として披露してあろうことか、乳母を募った。

 高位貴族に触れを出したが、身内を賤民の血を引く赤児の乳母に差し出す貴族などいるわけがない。



 どうやってここまで詳しい内情を調べあげることができたのか。

 渡された資料に従って近衛軍には、乳母となりうる奥方をもつ貴族の速やかな拘引が命ぜられた。

 皇宮の大広間まで、家族共々丁重に攫ってこいとの命令に頭をさげるしかない。



 そうして連行された貴族は、その日のうちに家名諸共消え失せた。鮮血に染まっていた大広間は、陛下の呪句一つで塵一つみつけることのできない静謐な空間と早変わりする。

 名乗り出た乳母が皇子達に初めて授乳する儀式の場として、用意された豪奢な衝立てが空々しくてならない。

 



 近衛軍の面々は、対象となった貴族を大広間まで連行したあと、賤民共が刀刃を縦横無尽に振るうのを、壁際に立ち並んで見ているだけだった。

 繰り返される惨劇を止める術をもつ者など、どこにもいなかった。


 

 そうして何度目かの乳母招集において私が割り当てられたのは、ルヴァン公爵家だった。そこの末娘が先日、出産を終えたばかりらしい。


 公爵家の末娘の噂を耳にしたことのある者は多い。呪句を唱えられない役立たずの令嬢がこれ以上の醜聞を広げさせないよう内々に処分されたというのを。

 家令などに下げ渡されるぐらいの娘だという侮った気持ちしかなかった。



 案の定、公爵家の本邸に令嬢はいなかった。離れにいたのを急ぎ確保し連行した。そのまま皇宮までの転移をする時に、公爵家が抵抗を見せた。

 公爵家や夫であるのだろう男が娘を守ろうとする必死な様子に、ただ苛立った。この娘が乳母となる条件にあるために、伝統あるルヴァン公爵家が粛清されてしまうかもしれないのだ。

 既に、いくつもの貴族が乳母を断ったために潰されている。こんな娘のために、辛うじて残っている大貴族が消されてしまうのか。



 先に公爵一家を皇宮に移動させ、令嬢にわきまえるべき立場を言い放った。私の言葉を理解していないのは、その馬鹿面からわかった。

 公爵家はもう終わりだと、ほぞを噛むしか無かった。



 大広間に集められた貴族達が、全て粛清されてしまうのかと暗澹たる思いで壁際に立つ。

 陛下が玉座に座し、不義の双子が披露される。当然、乳母になると名乗り出る者などいるはずもない。

 陛下も期待などしていない。貴族の取り潰しに利用しているだけだ。



 赤児が泣き出した。今から、男達の白刃が舞うのか。目を背けてしまいたいのを堪えて貴族達を見続ける。



 連れてきた令嬢が合図を寄越していた。本気なのか。賤民の子に乳をやるのか。

 私達のやり取りに気づいた陛下が、令嬢の元に降り立つ。

 慌てて側に寄って、彼女の身体的状況を説明する。


 拘引したとき、公爵家が令嬢の処遇を考慮してくれと必死に頼み込んだ気持ちが少しわかったような気がした。




 そこからは、イアータ様一人に帝国の屋台骨を押しつけることになった。不義の双子の乳母を無事に勤め上げた後、公爵家に戻りたがった彼女を陛下は欲した。

 夫君に心酔しているイアータ様のご様子を間近に見ていたので、複雑な思いをいだくことになった。

 夫君の支えがあるからこそ、乳母としての仕事を全うできたのだ。相思相愛であることは端から見ただけでもわかった。その二人を引き裂くことになるのだ。

 陛下のお相手として、イアータ様は申し分の無い女性だったから。


 イアータ様にとって、陛下の恋情はただ恐怖でしかなかったようだ。強引に迫られ気を失った後、一週間近く、意識を戻さない事態を引き起こした。

 陛下は意識を取り戻すまで枕頭を極力離れようとしないほどの執着をみせつけた。



 公爵家と陛下の間で何度も話し合いがもたれた。娘の暇乞いを懇願する公爵家を一蹴し、酷な役割を命じた。



 イアータ様は本人のあずかり知らぬうちに、夫君と離縁させられ側室にすえられることになる。離宮から移された場所が、本宮だと知らされること無く一生を過ごす。

 夫君のことを心から愛しているにもかかわらず、夜ごと抱いているのは他人だと知ればきっと壊れてしまうだろう。



 誰もが真実を口にすることを、選ばなかった。



 我ら近衛軍は、陛下の血を引く御子を何としてでも、イアータ様に産んでもらいたかった。前夫との間に成した息子の能力の高さは、折り紙付きである。

 ゆくゆくは公爵家を継ぐことになったらしく、イアータ様の長兄の継子にと籍を移されている。



 陛下とイアータ様の御子様もきっと素晴らしい素質を持つに違いなかった。


 何よりも皇妃の産んだ者達を帝位につけることなど、許しがたい。



 本宮にて、イアータ様は双子の皇女を産んだ。一人は間違いなく陛下の御子様だった。これで、血筋の継続は確保された。

 今後、皇子も生まれるだろうという期待も十分な結果だった。



 不義を働き続けた皇妃もイアータ様に先んじて、男児を産み落す。紛れも無く、賤民の血筋を引く赤児だった。

 ようやく、陛下も皇妃のやりように腰を上げた。神皇国に皇妃の不行跡を知らしめた。動かぬ証拠が、三人もいるのだ。使者の顔色は悪いまま、皇妃位返上を唯々諾々と受け入れ、皇女に戻った女を引き取っていった。


 近衛師団を全掌握したのだから、私設軍団はいらなくなる筈だと踏んでいた。皇女が随行してきた男達を全員つれ帰ればいいものを、不義の子ども達とともに半数以上が残された。

 御前会議に於いて一悶着があったが、神皇国の直系に近い皇子達を三人も押さえたという事実を述べた陛下の薄ら寒い言葉に、慄然とするしか無かった。



 これ以降、神皇国とのつながりは表向きは断交されるが皇子達の血筋を介した交流が活発となる。賤民どもの皇子詣でが定期的に繰り返されていくにつれ、神皇国の国力が下がっていく。求心力は帝国側に急速に傾いていた。




 帝国の版図が爆発的に拡大するのも間近に違いない。戦場において、陛下からの信頼を必ず取り戻してみせる。世間において、賤民達の軍団を近衛軍と見受け出している風潮を何とかくい止めたい。

 栄光ある近衛師団の復活にむけて、鍛錬に励む日々が続く。



 産褥期を何とか無事に乗り切ったイアータ様の立后が内外に開示された。

 本人が不在のまま、立后の儀が執り行われ、皇女達の披露もつつがなくなされた。

 典礼場の警備には雑多な人種が溢れていたが、陛下と皇女達の身を何よりも第一に警護するという点において堅牢な陣容となっていた。



 そして此度の典礼は、ご本人が一生知ることは無い立身の結実であった。

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