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繚乱たる呪句に、  作者: 渡守
2章 しずむ闇
6/10

3.


 暗闇の中、イアータを抱く。踏襲された手順に、彼女は私の存在に気づかない。

 イアータの魂が薄氷の上にあることを知った今、それ以上を望めなかった。

 何度もしつこいくらいに、知った快楽をなぞっていくことしかできない。諦めきれてないから情動はふくれあがり、華奢な身体を貪り続ける。


 正気を失わせることを恐れているのに、失わせてから私の手順で自分の良いように抱き潰してしまうのだ。新しい快楽を、気を失っている身体にしつこいほどに教え込む。

 完全に気を失ったのを確認し、幻影の呪を解いて抱いたあと、腕の中に囲って眠りについた。

 こんな無茶な抱き方をすれば、身体を壊してしまうとわかっているのに止まらない。



 イアータに施された声が出なくなる呪のからみ具合は尋常ではなかった。あれほどまでに強く深くからまった呪は胎内にいた時にかけられたものではないかと、公爵夫妻に告げれば思い当たる節があるらしく、その顔が歪んだ。

 その顔色の悪さは身内の仕業だと露呈していた。身内の恥と、隠されてはこちらの気持ちが収まらない。

 その場で委細漏らさず話してもらった。





 婚儀の席でご祝儀として振る舞われる託宣が発端となったようだった。

 公爵夫人から生まれる子どもが一族に繁栄をもたらすという、婚儀の場でよく聞く他愛無い託宣だ。本来なら、その場限りの言祝ぎである。

 しかし、その託宣を高名な術師が下せば話しがかわってくる。大事になってしまったのだ。


 汝が産む娘は、一族の繁栄に寄与することとなるだろう。



 ようやく娘を産み終えたとき、一族郎党の期待に添えたと本当に安堵したのだという。生まれてきた長女は魔力が強い上に、美しい赤児だったことから託宣の御子として大切に育ててきたそうだ。

 けれども、託宣の御子はイアータの方だと、件の術師が覆した。

 その時、イアータはまだ胎内にいた。



 イアータの姉二人を、婚家先の当主達の付き添いと共に出頭させた。夫である継嗣たちも同席を許す。


 二人は、底に沈めた女とよく似た面立ちをしていた。二人がもつ呪の気配を認識すれば、イアータに絡み付いていた呪と一致していたのがわかる。

 挨拶の口上も聞かずに、断罪した。


 

「イアータの声を奪ったのは、そなた達か。

 自分たちの母親の腹に向けて呪を唱え、それが成功したときの気分はどうであった。

 その行為が、母体にどれほどの悪影響を与えることになるか考えもしなかったのか。母親の生死の境をさまようほどの不調をいい気味だと思ったのか。

 声を失ったイアータが、生きていくにあたってどれほど危うい橋を渡らなければならなかったか。

 その上、命まで奪おうとそなた達は力を振るったそうだな」



 皇宮へ当主と共に参内するという仕儀に即して、期待があったのだろう。イアータと同じく召し上げられると思っていたのか、艶やかに着飾ったその姿は弾劾の席に全くそぐわない。

 しかし、報賞の場ならば、ふさわしい出で立ちなのかもしれぬ。

 そう、この二人のおかげで、今のイアータに出会うことができたのだ。

 褒美を下げ渡さなければならないほどの、手柄でもある。



「イアータの声を奪ってくれたおかげで、私達は出会うことができた。感謝もしている。

 それ故に、そなた達への信賞必罰として、イアータが声を失って生きてきた年月と心安らかに逝去するまでのを合わせた年月において、一切の呪句が紡げない呪をかけさせてもらう。

 呪句が使えないことによる生きづらさや恐怖を、その身で思い知るが良い」


 許しを乞う甲高い泣き声と、慌てるように解呪を申し出る声が錯綜する。


「解呪? そなたたちはもう既に呪が使えない身となっているのにか」


 試しに呟いた呪句が何の発動もしないことに女達が気づいた。その絶望した顔に、安堵した。

 イアータへの呪の掛け直しは私がしたが、万が一、声が戻ってしまう芽は潰しておかなければならない。



「次に報賞の件だが、ルヴァン公の異議がなけれ両婚家の当主に一任しようと思う」


「嫁いだ娘達です。余程のことが無い限り、決定に口をはさむつもりはありません」


「望みのものはあるか」


 ルヴァン公の応えにうなずき、当主達に意見を求めた。


「報賞として用意されていた全てをイアータ様のためにお使いいただければと願っております。当家としましても、嫁が引き起こした罪を償っていく所存です。

 イアータ様が皇宮にて心安らかに暮らせるよう誠心誠意、仕えていくことをお許しください」


「ルヴァン公の指示に従って?」


 ここまでしぶとく生き残ってきた貴族達である。機を読む目は確かなのは違いなかった。

 当主達の恭順をもって、ルヴァン公の管轄へと押しつけた。



 周囲を気にする余裕も無く、口をぱくぱくと開け閉めを繰り返し、何度も呪句を呟き続ける女達の姿は、こっけい過ぎた。



「そなた達にかけた呪が有効な状態になっているかどうか軍部に確認させる。出頭命令が届けば、速やかに連行してくるように」



 呪句が一切使えない不自由さと恐怖を思い知ればいい。

 全てのことに対して頭を下げなければならない生きづらさを、イアータが心安らかに亡くなる瞬間まで体感してゆくがいい。


 呪句にからまれているイアータの心身はとても脆い。おそらく長くは生きてはいけないのではないか、そんな恐れを抱いてる。


 イアータがこの世から去ったとき、婚家に命じて女達を放逐させようか。

 この世の醜さにまみれて、のたれ死んでしまえばいい。






 イアータが双子の皇女を産んでくれた。

 私とライドのを一人ずつ。

 皇族の直系にだけ現れる瞳の色を有する皇女が愛おしいのは当然だった。それよりも、彼女の瞳の色をもつもう一人の赤児への愛おしさには戸惑うばかりである。

 私の血を引いていないにもかかわらず、我が子としての認識しか持てないのだ。


 ライドが父親面するのが許せない。


 イアータの気質を強く受け継いだのか、二人ともかなりおっとりとした赤児のようだった。男の赤児とこうも違うのかと驚く。先の皇妃が産み落していた皇子のふてぶてしさとどうしても比べてしまう。


 まだ飲み始めてばかりだというのに、眠り込んでしまうし、泣き声も小さい。


 公爵夫妻が言うには、イアータの小さい頃にそっくりだそうだ。イアータの気質を是非とも受け継いでもらいたい。

 私やライド、ましてや底に沈んでいる女になど、似てもらいたくはなかった。



 しかし、これほどまでにおっとりとした気質となるとその周囲をどう固めていくか、早急に考える必要がある。



 感覚的な理解となるが、イアータに惹かれてしまうのは仕方がないような気持ちを持つようになった。

 底に沈んでいる女が、有象無象がひしめき合う異界の中からイアータを選んできたのだ。イアータに惹かれ、それ以外の者を選べなかったに違いない。


 託宣の御子が選んできた魂である。

 我らが、魅了されてしまうのは当然なのではないだろうか。


 そして、悔しい事実に気づく。ある意味、底に沈んでいる女こそが、イアータの一番近くにいることになる。

 もう二度と、言葉を交わす仕儀に陥るのはご免被りたいが、その本音を聞いてみたいとも思えるようになった。



 子ども達の成長は早い。

 道理をわきまえ始めた皇子達が、父親の祖国から挨拶にやってくる者達に解呪を授けだした。思った通り、するすると呪が解けていく。


 三部族の解呪が安定して成功するのならという前提で、考えていたことがある。

 そう、大きく版図を変えたい。



 愛しい娘達に、広大な領土と財と名誉をもたらすために。




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